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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
99/171

飛べない彼女はただの人 c

◇◆◇◆◇



 空高くから憂姫を蹴り落とした遥は、打撃の反動で数秒ほど滞空していた。

 憂姫が落下した辺りには土煙が立ち込めており、彼女がどうなったかは分からない。


「……さて」


 手応えはあった。生かさず殺さず、戦闘不能にするのに必要十分なだけの一撃を叩き込んだ確信がある。

 ……だが、あの目。自分を見上げていた二つの紅。

 諦感に呑まれた敗北者の目では、断じてなかった。


 思考を他所に、重力に絡め取られた体が自由落下を迎える。

 加速度的に大きくなる地表。未だもうもうと立ち込める土煙が次第に視界を埋め尽くしていく。


 その、瞬間。

 それを突き破って飛び上がる銀色の光が一つ。


「っ――!」


 咄嗟に空気を蹴り、遥はその場を大きく離れる。

 回避は寸前で間に合った――そう判断しかけた遥であったが、肩口を濡らすぬるりとした血の感触に思い直す。


 攻撃が掠った左肩には骨まで届く裂傷が出来ていた。その余波で骨が砕けたのか、まるで左腕が動かない。

 無論再生は滞りなく開始し、完了するが……そうじゃない。そうではないのだ。


 ……避け切れなかった。避け損なった、ではない。本気で回避行動を取ってなお、咄嗟に避けれるような生半な速度ではなかったのだ。

 音など軽々と追い越す神速。汐霧憂姫が加速魔法によって一瞬だけ至ることの出来る最高速度。


 パンドラアーツの最高速度と等しいそれは――神速以外の何物でもない。


 遥はそのまま地上に着地し、空を見上げた。

 誰かが空を飛んでいる。

 先ほど自分がいた場所に浮かぶ人影が一つ。

 誰かではない。あの空に佇む人影は、太陽の光で輝く白銀の髪をたなびかせる魔導師は……ただ一人。


「――綺麗だ」


 飾ることを忘れた感想が、意図せぬままに口から漏れた。


 その髪と同じ美しい銀色の装甲に覆われた四肢。肩から指先まで覆う手甲、大腿からつま先まで覆う脚甲はどちらも機械的ながら洗練された形状(デザイン)を取っており、それ自体が光っているかと錯覚するほどの魔力を帯びている。

 両手に装甲同様の機械的なデザインの拳銃と小刀(ナイフ)を持ったその姿は、今までの汐霧憂姫とは比べ物にならないほどの威圧感を放っている。


 ――現代魔法という分野において、飛行魔法は存在しない。

 魔力の噴出による滞空、足場を創造しての空中挙動、身体強化による多段跳躍――そのように魔法を駆使して空を飛ぶ手段こそあれど、魔法そのものにより飛行することは不可能とされている。


 理由は単純、コントロールが異常に難しいからである。

 人間が歩行という動作を鍛錬による超絶技巧で行なっているのでないのと同じ。飛行魔法には徹頭徹尾感覚的な魔力運用が求められ……当然、生来空を飛ぶ器官など持たない人間にそれが叶うはずもない。


 憂姫の脚甲、その踵部分から展開された魔力の羽に目が留まる。

 この装甲は彼女の魔法である【武装換装装填魔法(カラフル)】によって創り出されたモノだ。それら武装は一様に人智を超えた能力を宿している。


 だとすれば、彼女の飛行魔法はその能力によるものか。

 ……どのみちそれが魔導の極みにあるのは変わらない。空を飛ぶのに魔力操作の超感覚が必要なのには全く変わりがないし、何よりも。


「……まさか、自分の手足を【カラフル】の素材にするなんて」


 それこそが最も信じ難い奇跡だった。


 魔力とは非常に危険な代物だ。扱いを誤れば使用者に牙を剥く。特に複雑な人体に干渉する身体強化系統と回復系統の難度、危険度は他の魔法と一線を画する。

 憂姫の使う【カラフル】はそれらより更に難しい。ただの髪飾りを魔導銃に変えたように、人体それ自体を兵器に変える――魔力のコントロールを細胞一つ分でもしくじればそれが最期だ。


 数億または数兆にも及ぶ細胞一つ一つへと魔力による干渉を行い、そのうち一つも失敗することなく魔法として完成させる。

 そんなSランク魔導師ですら不可能な神業を、それも自分と死闘を演じながら成し遂げて見せたのだ。この汐霧憂姫という少女は。


 これを天才と呼ばずして、一体何と呼ぶ。


「……【武装(カラフル)コード・殺戮兵装型少女(リーサルアームドガール)】」


 戦慄する遥を余所に、憂姫は名乗りを上げる。

 魔法名の通り兵装となった体で、煌々と輝くナイフの切っ先を遥へと突き付けて――


「勝負です、儚廻遥」


 そう、宣戦した。

 文字通り上から掛けられた言葉に、遥は笑う。


 ああ、ああ――是非もない。


「……あぁ。派手に行こうかっ!!」


 跳躍。遥は刹那のうちに空を十二回蹴り飛ばして最高速度に至り、少女の高みへと到達する。

 迎撃。踵の翼を羽ばたかせ、憂姫は迫る最強の戦闘者に対して縦横無尽に銃撃を見舞う。


 自在に空を駆けることの出来る憂姫と違い、遥の動きは直線的だ。如何に細かな跳躍を行おうと、今やほとんど同速の世界にいる憂姫は全て見切ることが出来る。

 憂姫は旋回するように飛翔して遥の直線上から離脱する。直後自分がそれまでいた場所を貫通した遥へ、彼女は右手のナイフを投げ放った。


「【コードシニスター】」


 瞬間、一本のナイフが数百本に増殖する。

 遥の周囲360度に隙なく敷き詰められた小刀の監獄。その全ての刀身からは濃密な魔力が立ち昇っている。


 【カラフル】による能力。悪意ある者(シニスター)の名を冠するこのナイフは込めた魔力に対応して666本まで増殖することが出来る。

 憂姫が指を握り込むと同時、それら全てのナイフが中心の遥へと飛翔した。


「【アーツクライ】」


 全方位に撒き散らされた魔力衝撃がナイフの軌道を乱し、包囲に空隙を生じさせる。

 そこに身を踊らせ、脱出する遥。憂姫の姿を探して気配を探り――直上にそれを感じ取る。

 見上げた遥の目に映った憂姫は、左腕を遥へと突き付けていた。


 ――正確には、その手に持ったガトリング砲(・・・・・・)を。


「【コードスローター】」


 魔法名を唱えるのと同時、砲身が回転を始める。

 実弾銃ですら人間など掠っただけで血煙に変える30mm口径の悪夢。それが魔導銃と化したなら、その威力は一体どれほどのものになるのか――。


 この瞬間、遥は本物の命の危機を感じた。


「……【アーツ】!」


 一瞬迷った後、左手から極光を解き放つ。双連や千連よりも更に射程と貫通力に長けたオリジナルの魔法(アーツ)

 一秒の間に数百と放たれた魔弾の(とばり)と、純白の魔導砲が激突した。


 僅か一瞬の拮抗の後、徐々に片方が押し潰されていく。

 競り負けたのは――遥。


「グッ……がァアッっ……!!」


 左肩が、両脚が、腹が、右耳が、右胸が、心臓と脳を除いたあらゆる体組織が消し飛んだ。

 掠るどころか余波だけで血煙に変えられる魔弾に全身を撃ち抜かれ、文字通りの蜂の巣にされた遥がそれでも生きていたのは、寸前で咲良崎咲の体捌きを思い起こせたからだった。


 禍力を解放した全力の一撃を、衝撃を全て受け流すことで被害を最小限に抑える。

 その高位の戦技にも匹敵する動きを模倣して弾丸の衝撃が拡散しないように抑え込んだ。


 遥は肉体を再生させつつ、憂姫の追撃に備えて片腕に魔力を充填させる。

 しかし憂姫が追ってくる気配はない。見れば空中で膝を折り、ふいごのように息を乱している。


「はっ……はぁっ……はぁ……!!」


 ……おかしい。戦況を彼女が押しつつある今、どうして。

 ……いや。考えれば当然のことか。


「……それだけの超高位魔法だ。消費魔力だって馬鹿にならない。せいぜいがあと一分、そんなところじゃないか?」

「さあ、……どうでしょうね」


 不敵に笑う憂姫だが、顔は既に真紫に染まっている。一目で虚勢と分かるようでは強がりにもなりはしない。

 失笑すら買うようなその様子に、しかし遥は笑うに笑えなかった。


 ……なるほど。これが汐霧憂姫という魔導師が短期決戦(ブリッツ)を主軸とする根幹か。

 そして恐らく自分の見立ては間違っていない。あと一分で憂姫の魔力は底をつき、【カラフル】を保てなくなるだろう。

 防御に徹しつつ逃げ回れば、それだけで彼女の敗北が確定する。


 ――そんなの冗談じゃない。


「僕はお前よりも強い」

「……?」

「そんな強い僕がお前から逃げる? 笑わせるな。これ以上失望させるなよクソ野郎が」


 これが汐霧憂姫の全力。

 弱者が強者のために用意し、研ぎ澄ましせた牙。


 ならば強者(ぼく)はそこから逃げ出して、一体どこで戦うというのだ?

 遥は一瞬だけ瞳を閉じ、


「お前がこれまで積み上げて来た強さを、全て僕にぶつけてみせろ」


 ――受けて立つ、と。


 そう宣言した。


「……は」


 憂姫は口元に小さな笑みを浮かべ、【コードスローター】を解除し、元の拳銃に戻す。

 ……これだけ晒け出して、まだ望むか。


 しかし少女の内心に不快感はない。それどころか考案していた戦術も、描いていた戦況予知も、この戦いの目的すらも、全て消えていた。

 残ったのはたった一つの欲求。

 この目の前の魔導師に、最強の戦士に、憧れた男に――全力で勝利したい。


「……【カラフル】」


 憂姫は拳銃とナイフを重ね合わせ、ありったけの魔力を込める。

 魔力に呼応して輝く二つの武装。急速に輪郭を崩し、一つの武装として完成していく。


 やがて目の前の空間に何かの柄のようなものが現れる。

 憂姫は掴み取り、引き抜いた。


 柄のようだったそれは、真実剣の柄だった。

 憂姫が持っていた【コードシニスター】とよく似た、機械的なデザインの柄だ。


 しかし、その刀身は似ても似つかぬほどに異様(・・)そのものだった。

 【コードシニスター】の何百倍――正確には666倍という巨大さ。

 その正体は、666本の【コードシニスター】によって構成されたナイフの群体による刀身である。


「【コードシニスター・666(カラミティ)】」


 魔法名を口にした憂姫は、巨大な剣の柄を両手で握り締めた。

 ……振るえるのはたった一度。その一度に、私は全てを懸ける。


 これが最後の攻防となることを確信して、憂姫は言った。


「行きます、遥」

「来い、汐霧」


 その瞬間、二人の口元が揃って微笑みの形を作ったのは、何の偶然か。


 両踵の翼が大きく羽ばたいて、

 汐霧憂姫が、駆けた。


 剣が遥へと振り下ろされる。

 遥は自分から突っ込み、力と魔力を限界まで込めた右拳を引き絞る。


 憂姫の大剣と遥の拳がぶつかり合った。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!」

「ウォォォォォォォォォォォォォォオッ!!!」


 大剣の刀身が綻ぶ。

 拳が血肉と骨を撒き散らす。

 魔力欠乏により体が悲鳴を上げる。

 全身から何かが軋む音が鳴り続ける。


 遥かとも思える刹那の時間。

 何十何百何千の限界と、何十何百何千の踏破を経て。


 少女は、勝利した。


「収束砲ッ!」


 憂姫の持つ大剣が遥の拳を打ち破る。

 零距離、最後の加速を得た憂姫は大剣を遥へと突き付けて、


 絶唱した。


「カラミティブレイカァァァァァァァァァ!!!」


 剣先から放たれた白銀の砲撃が、遥へと叩き込まれた。


 超至近距離で起きた爆発により、憂姫の体は木の葉のように吹き飛ばされる。

 薄れゆく意識の中で、憂姫は確かにそれを見た。


「……お前の勝ちだ、汐霧憂姫」


 酷く静かな言葉。

 その言葉の主は、右腕が真黒に染まっていた――。

【殺戮兵装型少女】(Sランク)

自身の四肢そのものを【カラフル】によって武装に変異させた憂姫の切り札。

両腕の能力は『全【カラフル】の任意使用』、両脚は能力は『随意飛行魔法』。

非常に強力な魔法だが、使用までに長時間の準備が必要なこと、消費魔力が凄まじいことなどの欠点がある。


【コードシニスター】(B+ランク)

悪意ある者。【カラフル】によって造られた機械的なデザインのナイフ。魔力を限界まで込めた場合の切断力は遥の【キリサキセツナ】をも上回る。

能力は『増殖』。込めた魔力に比例して増殖する。最大数は666。

能力の汎用性は高く、質量だけを増殖させたり増殖させたナイフを更に増殖されたりも出来る。


【コードスローター】(Aランク)

鏖殺する者。【カラフル】によって造られたガトリング砲。創造主の憂姫に丁度いい重さとして具現化するが、実際の重量は数百キロ相当。空中で召喚して相手の上に落とすだけでも立派な凶器となる。

超音速弾頭、秒間三百発という連射性能、射程1000メートルという超射程とえげつない性能を誇る。憂姫の【カラフル】の中でも最強の武器。

当然消費魔力はべらぼうにデカい。


【コードシニスター・666】(A+ランク)

コードシニスター・カラミティ。666本のナイフを一本の大剣として扱う殲滅技。巨大な個体が多いAランクのパンドラに対抗するために造られた憂姫の奥の手。

範囲、威力ともに凄まじい。更に憂姫がこれを使う場合は大抵が【殺戮兵装型少女】を行使している状態なので、斬撃の速度は全て超音速を超える。どうしろと。


【カラミティブレイカー】(A+ランク)

収束砲。【コードシニスター・666】の魔力を全て砲撃に変えて撃ち放つ。威力は同じく魔導砲撃に分類される【アーツ】の数倍を誇る。

基本的には大剣で叩き斬った後の駄目押しとして使うトドメの必殺技。

この強力極まる連撃に耐えられた敵はおらず、憂姫の【殺戮兵装型少女】が誰にも知られていなかったのもこのため。

使用後は【カラフル】及び全ての魔法が解除される。


災禍を打ち破る者。

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