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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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飛べない彼女はただの人 b


 一手一手が死と隣り合わせ。

 否、殺す気などないのだろうが……そうとは思えないほどの重さが、遥の攻撃にはあった。


「――ああァァァァァっ!」


 読む――読む。読む、読む、読む、読む、読む。

 目を限界まで見開き、しかしその瞳には今まさに迫り来る拳すら映っていない。全神経を没我させ、数瞬後に現実のものとなるだろう光景を描き切ることに専心する。


 ――見てから動いたのでは間に合わない。

 予測しろ。いいや予知しろ。予め知れ。知り切れ。


 全て、既に知っていたかのように。

 一歩先の未来を予知してみせろ。


「シャアァッッ!!」

「っ……!」


 怒涛の攻めを抜けた憂姫の一撃が届く。

 股下を潜り抜けながらの斬撃。両脚の腱を削ぎ取られた遥が体勢を崩した。


 地面に爪を突き立てて慣性をキャンセル。憂姫は跳躍し、遥の真上を取る。

 瞬間――ドンッ! と周囲の空気を歪ませ迫る蹴り上げを、鋼糸弾(アンカー)を巧みに操作することで回避する。


 好機。


「!!」


 しかし寸前で攻撃をやめ、拳銃のトリガーを引く。銃口から伸びる鋼糸が巻き取られ、憂姫はその場を離脱した。

 直後、それまで憂姫がいた場所を膨大な魔力と爆風が蹂躙する。


 その出所は遥の右脚。蹴り上げの体勢のまま放たれた【アーツクライ】によるもの。

 肉塊となった脚のことなど意識する素振りも見せず、一言呟く。


「よく躱す」


 言葉通り、憂姫の回避は冴え渡っている。

 速度に圧倒的なアドバンテージを持つ自分に対して馬鹿正直に戦えば、彼女が事前に分析した通り五手で詰む。


 憂姫はそれを避けるために、四手以下で必ず戦闘を打ち切るようにしていた。

 言葉にすれば至極単純、簡単そうに聞こえるが……そんなわけがない。

 憂姫による異常なまでの精度を誇る戦闘予測があってこその結果だった。


 ……主導権を握られている、か。


「だったら取り返す」


 遥の姿がブレた。

 刹那のうちに肉薄、槍のような突きが放たれる。憂姫は転がって躱すも、即座に追撃の蹴りが迫る。


 憂姫は真横に鋼糸弾(アンカー)を射出。唐突に勢いを増した憂姫の体、その足先の一センチ下を爆撃じみた蹴りが擦過して行った。

 鋼糸弾(アンカー)を打ち込んだ木の幹を足場に着地する。見ると遥は追ってきておらず、代わりに居合のような構えを取っていた。


 この技は、さっき見た―――!


「幻想再現・『三日斬月』」

「――ッ!」


 回避は不可能。そのことを悟った憂姫は、手刀が巻き起こした嵐に対して真っ向から突貫する。

 魔法が使えない現状、制御可能な限りの魔力を右手に持ったナイフに注ぎ、強化。


 振り下ろす。


「は――ァア――ッ!」


 ――キィンッ――!


 澄んだ音。衝撃の嵐を断ち切り突き抜ける。

 勢いそのままに憂姫は刺突の体勢に入り――そして目にした。


 自分へとまっすぐ伸びる、五指を広げた手のひらを。


「っ!」


 予知していた通りの遥の行動に、憂姫は体を捻る。この零距離では衝撃波が生まれる余地もない。回避の動作は最小限で事足りる。

 鉤爪のような形の手が憂姫の顔の真横を貫いた……その、瞬間。


 爆音が轟いた。


「……ぁっ!?」


 圧倒的な音圧に体が硬直する。

 憂姫の顔の真横で鳴らされた指。ただ指を鳴らしただけとはいえ、パンドラアーツの身体能力で、耳の真横で発生した音圧は、憂姫の脳天からつま先まで貫いた。


 一回だけの、敵の思惑を裏切るために編み出された戦技ですらない小技。

 憂姫の予知は元から完璧ではない。幾ら何百何千というイメージトレーニングを積んだとして初見の、しかもこんな小技までは想定が及ばない。


 硬直していた時間は一秒にも満たなかっただろう。

 だがこの場所、この距離、この敵相手では、一瞬の単位が違った。


「逃がすか」


 指鳴らしで損壊した手を引き戻し、逆の手で憂姫の頭を掴み取る。

 同時に足払いを掛け、重心を宙に。完全に体が浮いた憂姫の頭から手を外し、代わりに胸に手を添えて――勢いをつけて真下へと叩き落とす。


 憂姫が血を噴いた。


「ごぷっ……ぅ……!?」


 内臓のどれかに致命的なダメージが入った、そのことが感触から分かる。

 しかし痛みに喘いでいる暇はない。半ば地面にめり込んだ体を引っこ抜き、なりふり構わず真横に転がって――辛うじて遥による踏みつけ(ストピング)を躱した。


「はあぁっ……!」


 跳ね上がるように姿勢を起こし、攻撃直後の遥を狙う。ここで逃げては駄目だ。防戦一方となったら、その瞬間に自分の負けが確定する……!

 ――あと少し。あと少しなのだ。


 明らかに動きが悪くなった体で、それでも突撃を敢行する。

 そんな憂姫の様子に何かを感じ取ったのか、遥の目が鋭く細められる。


 必殺狙いの首掻きを躱しざま、渾身の力を込めた拳を叩きつけた――自身の体へと(・・・・・・)


「はっ……?」


 胃や肺などの重要臓器が弾ける瑞々しい音。胃液と血が食道を駆け上がり、それらが溜まった頬がリスのように大きく膨らむ。

 意味不明な自傷行為に、思わず憂姫が動きを止めた、その時。


 がぽりと遥が口を開けた。

 その口内にあったのは血と胃液だけでなく、煌々と輝く魔力の光。


「【ブレス】」


 酷くひび割れた不気味な声。

 同時、濁流のような体液と魔力の混ざり物が視界を埋め尽くした。


 咄嗟に後退した憂姫は直撃こそ避けたものの、否応無く視界を封じられてしまう。

 耳に届く何かが風を切る音。それが遥の接近してくる音だと気付いた時には、既に手遅れだった。


「……死んでくれるなよ」


 祈るような言葉、刹那下方からアッパーよろしく掌底が叩きつけられる。

 魔力操作による結界のなり損ないが辛うじて間に合うものの、そんなものはお構いなしと、憂姫は空高く打ち上げられた。


「うぶッ……!?」


 憂姫は喀血を堪え、空中で体勢を立て直そうとする。

 痛烈な一撃だが、遥から距離を取れたのはありがたい。魔法が完成するまであと少し、ここで仕切り直せば。


 ――そんな思考が浮かんだ瞬間、憂姫はほとんど反射的に下方へと魔力を解き放っていた。

 直後凄まじい威力の何かがぶつかり、憂姫の魔力が打ち破られる。


 その衝撃で更に空へと加速しながら、憂姫は魔力を突破したものの正体を見た。

 ――地上にいるはずの、儚廻遥の姿。


「はるか……!?」


 一方の遥は蹴り上げた足を戻しながら、言う。


「……僕に付いて来ると言うのなら、藍染と、あの超越者と戦えるだけの力が必要だ」


 勝てる可能性が、例え万に一つであろうと存在するだけの実力が。

 あの化け物と『戦闘が出来る』だけの戦闘能力が。


「ただの人間に、それは不可能だ」


 空を蹴って憂姫を追い、更なる打撃を叩き込む。

 最早地上の木々が点のように見える高度。鋼糸弾(アンカー)を撃ち込める対象などどこにもない、雲にすら届きかねない空の只中。


 憂姫は上へ上へと無力に吹き飛ばされながら、その言葉を聞いていた。


「人間は地に足を付けて生きるもの。誰の言葉だったか忘れたけど、これが正しいと言うならば」


 最後、一際大きく跳んだ遥が脚を振り上げる。

 トドメが来る。止める手段はない。


「飛べない少女(おまえ)は、ただの人間(ヒト)だ」


 鉄槌の踵落としが憂姫の体に突き刺さる。

 存分に手加減されたその一撃は、それでも人体を壊すには充分過ぎた。防御に繰り出した魔力と両腕をまとめて砕き、少女に激烈な加速を与えた。


「がッ、ッ!」


 上空100メートルから地面へと打ち落とされゆく憂姫に出来るのは、死なないように背後へ魔力を放出して落下の勢いを弱めることだけ。

 そして例え全霊を込めてそうしようと、自分は戦闘不能になるだろう。遥もきっとそれを狙っている。


 だが、それが分かっていても、今の憂姫に出来ることはなかった。


 ――そう、今はまだ。


「なら、飛ばせていただきます」

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