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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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刃に舞い、刃に散れ b

◇◆◇◆◇



 全霊を込めた掌底と極密度の魔力刃がぶつかり、弾き合う。

 僕は建物を幾つも突き破りながら吹き飛んで、地面に爪を突き立ててようやく止まった。


 回数にして、三十二回目の仕切り直し。


「フゥゥゥゥゥッ……!」


 意識して息を吐き出し、赤熱した神経を鎮める。

 いつの間に移動したのか、全く知らない場所だ。街並みが原型を留めていることからこの場所に来るのは初めてらしいが、それ以外は分からない。


 ――台風のようにC区画中を移動して、全てを巻き込みながら戦ってきた。

 時間の感覚はとうに薄れて消えている。だが梶浦たちの突入がもうすぐなのは間違いない。いや、もしかしたらもう既に突入しているのかも。


 僕たちが動き回ったせいで補足には時間がかかるだろうが、仮にも一級魔導師の集団だ。そう大きなラグにはならないだろう。

 藍染はもちろんだが、僕やクロハだって軍が味方というわけではない。クロハは身体検査なんぞされたら即座に実験動物にされるし、僕は今の人外戦闘を見られるだけで一発アウトだ。


 ――軍に捕捉される前に決着をつけなければならない。

 それが僕たちに共通する、この戦闘の前提条件だった。


「カハァァ……」


 がぽりと口を開け、肺の中の空気を全て押し出し――刹那。

 中空で、僕と藍染は三十三回目の激突を迎えた。


 身体能力では僕が上回り、戦闘技術では藍染が上回る。その構図は変わらず、戦闘は奇妙なほどの拮抗を見せていた。

 だが、僕は確信する。


 押している、と。


「【瞬節】」

「遅い!」


 瞬間加速で死角に回ろうとした藍染の上空に先回りし、踵落としを叩き込む。

 肉体の速度で圧倒的に劣る藍染の、生命線とも言える加速魔法。瞬間加速という特性故に見切るのは困難だったが、これだけ見れば流石に慣れて来る。


 僕の身体能力は加速した汐霧と同程度。藍染の加速は汐霧よりも劣るのだから、こうなるのはある種必然のことだった。

 加えて――


「ゼェアァァァァァァァァァァァァッ!!」

「……!」


 空を下に、地を上に。

 落ちる藍染に追いすがり、殴打の嵐を叩き込む。それを卓越したナイフ捌きで防ぎ、即座に反撃を見舞ってくる藍染。

 戦闘開始から変わらない構図――そう見えるが、実は違う。


 左側面の防御が、少しだけ遅いのだ。


 邂逅時の戦闘で千切った左腕は、どのような手段を使ったのか元通りになっている。

 現代の回復魔法では失った手足を戻すことは不可能だ。唯一『再生』という系統の魔法ならそれが可能だが、これを使える人間は全世界の魔法史を攫っても二人しか存在しない。


 であれば、どうやって? それは今日藍染を見た時からの疑問だったが、実のところそれほど気になってはいなかった。

 Sランクの魔導師だったらそんな魔法を持っていてもおかしくない。それほど別格なのだ、Sという魔導師ランクは。


 話を戻すと、奴は喪失した左腕を何らかの魔法で再生した。

 だがそれは、何もかも元通りになったということとイコールではない。


「後遺症か」

「【霧刃(むじん)】」


 問い掛けに答えはなく、代わりに僕の四肢が全てサイコロステーキ大に切り分けられた。

 あの、数千の刃が同時に襲い来る神業。腕と足だけで済んだのはむしろ奇跡だった。察知があと少しでも遅れていれば心臓と脳もズタズタにされていた。


 ……だが受け切った。受け切った!


 そして流石の藍染といえど、これほどの大技には硬直を強いられるらしい。

 僅か一瞬、完全に停止する。


 四肢が再生するのと、藍染の硬直が解けるのは、ほとんど同時だった。

 しかし、それでも僕が先んじた。


「【瞬せ――」

「堕ちろッ!!」


 魔法の発動よりも先に、僕の打ち下ろしが藍染に突き刺さる。

 魔法をキャンセルしてナイフで受ける藍染。続くノールックキックを回避する――も、体勢が僅かに崩れた。


 今だ。

 畳み掛けろ。


「死、ィ、ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!!」


 殴打、殴打殴打殴打殴打。

 最高速度の、最大威力の、暴力の驟雨。

 藍染の防御が、一撃ごとに、少しずつ崩れていく。


 死へのカウントダウン。

 その命を奪うまで、あと一歩。

 慢心も油断もない。決着がつくその瞬間まで、全神経を藍染に注ぎ込む。


 超過集中による意識の加速が、眼に映るもの全ての速度を奪い去った。

 刹那が遥に引き伸ばされたその世界で、藍染が言葉を紡ぐ。


 唇の動きを読む。

 導かれるは【瞬節】の二文字。

 瞬間加速の魔法。その名前。


 僕は笑みを深める。

 それは見切った。それを待っていた。

 今の加速した世界では、その魔法ですら遅過ぎる。捉えることが出来る。

 次の一撃を避けることは、出来ない。


 然るに――詰みだ。


 拳を引き絞る。

 タイミングは最上。これ以上ない。想定の中にすら存在しない。


 だというのに、悪寒が走った。


 今更止めることは出来ない。

 拳を振り抜く。

 藍染の顔面に、絶死の拳が迫り、


「――【瞬節・一秒恋歌(いちびょうれんか)】」


 完全に、空振った。

 腕が虚空を打ち抜く。

 拳が地面を穿つ。


 藍染の姿は、視界から消えていた。


 瞬間加速魔法。

 【瞬節】より、【コードリボルバ】より――そして僕より、ずっと速い。


「!?」


 僕はぞっとする。

 藍染は今の今までずっと【瞬節】しか使って来なかった。

 まさか、ずっと温存していた? 異常な身体能力を持つバケモノ相手に? 速度で大きく劣るその身で?


 その一瞬、確かに僕は藍染九曜という魔導師に完全に呑まれた。


「―――!」


 着地、反転、即座に裏拳を放つ。

 奇跡に近い反応速度での一撃。直感のみを頼りに放ったそれは、見事後方から放たれたナイフの刺突にブチ当たり――完璧に打ち負かされた。


 切り飛ばされた右腕が吹き飛ぶ。

 体勢を崩され、体が後ろに倒れかかる。

 それらを代償に、僕は藍染の渾身の一撃を防いだ。


 ――その瞬間、僕の敗北は決まった。


「……な」


 再び後方から気配を感知。

 藍染ではない。そもそも僕の背後には回り込めるだけの空間が存在しない。なにせ、今まさに背中を打とうとしている瞬間なのだから。


 じゃあ、どこから―――?


「あ」


 無理矢理首を回し、振り返った先。

 アスファルトの路地。僕が倒れ込もうとしている、正にその場所にある鉄で出来た円。


 マンホール。

 地下(ジオフロント)と地上を隔てる地の扉。

 視界に収めたちょうどその瞬間、それが吹き飛んだ。


 底なしの闇。

 そこから飛び出してくる赤。

 ギラギラとした眼光と歪んだ笑みを浮かべた、チェーンソーを携えた殺人鬼。


「ギ……ィイヤアアァァァァァ―――――!!!」


 産声のような咆哮が轟いた。

 高速回転する刃が、僕の心臓へと真っ直ぐに振り上げられた。


 ……参ったな。

 最初からここまで、ずっと誘導されていただなんて。

 あれだけの戦闘能力を持ちながら、この不意打ちの一点狙いだったなんて。


 僕の……完敗だ。


 僕に出来たのは、苦笑を浮かべるのと、一瞬刹那右腕を動かすことだけ。

 無論、それだけで迫る凶器をどうにか出来るはずもなく。


 回転する刃が僕の心臓があった場所を貫き、グチャグチャに引き裂いた。

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