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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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刃に舞い、刃に散る a



 時間は十を超えてから。

 手傷は百を超えてから。

 攻防は千を超えてから――数えるのをやめた。


「オオオオオオオオォォォッッ!!!」

「―――――――――!!!」


 拳とナイフが激しくぶつかり合い、狂ったように火花が咲き乱れる。

 威力と速度において勝る僕の打撃を、藍染はキレと正確さを極めた斬撃で迎え撃つ。


 足場はとうに崩れ去った。

 僕たちは空中で、衝撃のみを拠り所に滞空しながら、応酬を重ねる。

 一撃一撃に互いを打ちのめすだけの力が込められていながら――知ったことかと、競うようにギアを上げていく。


「【センレンアーツ】、【センレンアーツ】、【センレンアーツ】っ!!」


 一息に魔力弾を撃ち放つ。その数3000発。夜天を純白色に塗り替える。

 かつては藍染に隙を作った魔法、その三倍。空間ごと塗り潰す、防ぐことも避けることも不可能な魔力の暴力。


 ――その程度の事実は、もはや何の意味も成さなかった。


 魔力弾が消え失せ、空が元に戻る。

 一瞬だった。

 一瞬で、全て斬り裂かれたのだ。


「緩い」


 一言、次はこちらの番だとばかりに。

 斬撃が奔る、奔る奔る奔る。鋭さと速度も然ることながら、そこに仕込まれたフェイントが尋常ではない。

 視線、体重、感覚、気配、直感――あらゆる感覚が一撃ごとに択を迫られ、一つでも読み違えれば全身が刻まれる。


 十を超える。

 百を超える。

 千を超える。


 まるで数千人の人間を同時に相手にしているかのような。

 全ての刃が同時に襲い掛かる、そんな絶技。


 これが人の極致か。


 僕は奥歯をぎりり、と噛み締めた。

 呑まれてなるものか―――!


「ウゥラアァァァァァァァァァッ!!」


 咆声(ウォークライ)に突き飛ばされた全身が限界まで駆動する。眼球が病気のようにぐらぐらと揺れ、認識した斬撃を片っ端から撃ち落とす。

 戦火の花が盛大に明滅し、真昼(しろ)深夜(くろ)を行ったり来たり。まるで彼岸と此岸が交錯しているかのようだ。


 この世ならざる光景の中で、殺し合いは熾烈を極めていく。


 互いの体を掠めて飛ぶ必殺の乱舞。

 血が飛び、肉が飛ぶ。だが全てが軽傷、擦り傷。

 両者共に、死は未だ遥か遠く。


「【ソウレンアーツ】っ!」

「【瞬節】」


 双連の魔力光が全てのナイフを一瞬で塵芥に帰す。

 それを読んでいた男の加速が光を追い抜き、手品のようにナイフの檻が出来上がる。


「【翳牢(カゲロウ)


 敷き詰められた刃の監獄が藍色の光を灯す。

 瞬間、僕の右目をナイフが貫いた。寸前で逸らしたため脳まで達することはなかったが、そのことに安堵する暇もなく更なるナイフが出現し(・・・)、両膝を貫き割る。


 ――そう、出現。

 周囲の檻から飛来したのではない。最初そこにあったかのように、虚空から出現したのだ。


 ノータイムで現れるナイフを第六感で捌きつつ、意識を超加速。この魔法の術理を思考する。

 突如現れるナイフ。向きはバラバラ。範囲はこの刃の檻の中――いや違う、正確に言えばナイフによる結界。

 ナイフの出現は転移魔法と酷似。しかし転移魔法である場合ナイフ出現の速度が異常過ぎる。では事前に転移先の空間と転移物を限定していたら? ――恐らく可能。近似例あり。


 つまり。


「……魔力を宿したナイフで空間を切り取り限定(マーキング)。事前に転移物として設定していたナイフをその空間に送り込む。敵の位置はアンタの桁外れた空間識能力で把握。これにより檻の中の敵を任意のタイミングで狙撃出来る――こんなところか?」


 返答はない。が、恐らく当たりだろう。ここまで高度に複合させた魔法は流石に初見だが、一つ一つならその道を極めた人間の技術で見たことがある。

 そして術理が分かれば対処も可能だ。要するにマーキングしている空間を壊せばいい。檻に込められた魔力異常の魔力を叩きつけてやればそれで済む。


 僕は直感任せでナイフを片っ端から躱しつつ、両腕に魔力をチャージする。


「ダブル――」


 腕の骨と肉がバキバキと弾け、元の数倍の太さに膨れ上がる。破裂した血管が、真横を通り過ぎたナイフに真っ赤な化粧を施した。

 収束完了。臨海突破。

 そんな言葉をまとめて無視して、両腕にトドメの魔力を叩き込む。


 僕は、叫んだ。


「【ダブルアーツクライ】!!」


 光が燦然と輝いた。

 全方位に撒き散らされた莫大なエネルギーが荒れ狂う。生じた爆轟と衝撃が刃の檻を尽く塵芥に変えていく。


 二連続の自爆で丸焦げとなった肉体に、最優先で眼球を再生させる。辺りを見回し藍染の姿を探し――死角から迫る圧倒的な死の気配を感知した。

 襲い来る藍染。彼我の距離、ほぼ(ゼロ)

 上等、と僕も藍染目掛けて空を蹴り飛ばす。


「ラアァッ!!」


 僕の右腕と、


「フゥッ―――!」


 藍染のナイフが、真正面から激突する。

 その衝撃で、僕たちを中心とした半径100メートルが吹き飛んだ。


 次の瞬間、まったく同じタイミングで蹴りが放たれ、中間距離で衝突。

 互いの体が磁石のように弾かれ合った。


「ぐあっ……!」


 100メートルほど吹っ飛び、無事な住宅街をごろごろ転がってようやく止まる。

 跳ね上がるように立ち上がると――こちらへ四つの影が突っ込んで来るのが見えた。

 藍染の部下、【トリック】の暗殺者達。

 正面戦闘は本領ではないとはいえ、全員がAランクにも匹敵するだろう凄腕の魔導師共。


「どけ雑魚!!」


 空気を掴んで右腕を振り抜くと、その四人が一瞬で肉塊となった。発生した爆撃めいた衝撃波が街を廃墟に変えていく。

 だがそんな成果はどうでもいい。むしろ最悪だ。なにせ、数秒間も藍染から目を離してしまったのだから。


 背筋に強い悪寒が走り、背面に魔力を解放する――ほぼ同時に右胸に灼熱が走った。


「守ったか」

「ッッァァア!」


 狙いもつけずに膝突を放つ。何かに擦過して、しかし手応えは皆無。難なく躱された。

 振り向き、同時に右胸から飛び出しているそれ(・・)を掴んで引き抜く。


 肝臓の破片と多量の血液を纏ったそれは魔力加工されたナイフ――藍染の武装だ。

 一瞬でも魔力解放が遅れていたら心臓を穿たれていた。それ自体ももちろん脅威だが、僕の体を難なく貫いたこと、そして心臓を狙ってきたことが途方もなく恐ろしい。


 何故なら、これは二つの事実を示しているから。

 即ち藍染はパンドラアーツの禍力の突破が可能であること――そして僕の弱点がバレていること。


 藍染は、僕を殺すことが出来るのだ。

 ……馬鹿か、僕は。


「殺し合いなんだから当たり前だろうが」


 幸運にも最近戦った敵は雑魚ばかりだった。だから殺される危険がなかった。たったそれだけのことなのだ。

 ……ああ先生、あなたが恋しいよ。あなたが毎日与えてくれていた痛みがこんなにも恋しい。


 さあ――殺し合いを続けよう。

 死ぬまで。どちらかが死ぬまで。


 小さく笑い、僕は飛び出した。



◇◆◇◆◇



 地上での戦闘が激化の一途を辿る中。

 奇しくも地下の戦闘も、加速度的に激しさを増していた。


 ジオフロント。

 地下シェルターやA級監獄エリアなど一部の重要区画を除く、東京コロニー全体に広がる地下空間。


 その目的は区画ごとに異なるため、内部は場所によって大きく変わる。居住区では主にインフラ関係の整備が主目的であり、一本の太い道から多くの細い道が伸びる木の幹と枝のような構造となっている。

 そのあまりの多さ、複雑さからか、この場所には曰くが絶えない。幽霊を見た、パンドラの巣がある、地獄に繋がっている――などなど、愉快な都市伝説の温床なのだ。


 その細く真っ暗な道の一つで、憂姫は足止めを強いられていた。


「【アサルトスフィア・複列弾倉(ダブルカラム)】!」


 周囲に大量の魔力球を生成、即座に撃ち放つ。その内訳は誘導徹甲弾型が三割、炸裂弾型が七割。

 暗殺者は己の姿を晒すような愚は犯さない。そもそも藍染が異常なだけで、本来暗殺者とは正面戦闘を不得手とするものだ。


 故に遮蔽物に隠れつつ、誘導徹甲弾を牽制にして炸裂弾を叩き込む――直撃することこそないが、敵の行動を妨害するにはこれ以上ない手だ。

 結果として、憂姫は実質一人で十を超える暗殺者との戦闘を成り立たせていた。


 ただ、成り立っているからと言ってそれが手放しに喜べる状況というわけでもなかった。


「っ……敵がどんどん集まって来てる……!」


 憂姫たちは逃亡者、対してあちらは追跡者。現状維持では時間が経つほどに敵が有利になる。

 だが、そもそも一流の暗殺者を10人以上も相手にしておいて、抗戦が成り立っているのがそもそも奇跡的なのだ。


 変な話だが――敵が暗殺者で助かった。基本単独、多くて二人組(ツーマンセル)で動く暗殺者にとって、あの人数はかえって邪魔になる。

 これが軍の部隊であれば今よりずっと苦戦していたのは想像に難くない。


「……とはいえ」


 それは別に向こうが悪手を打っている、というわけではない。

 単にその必要がないだけ。こうして縫い止めてられている間にも敵は続々と戦力を合流している。このまま膠着が続けばいつか攻め落とされるのは避けられない。


 退路はない。背面を狙われないよう、憂姫の手によって天井を崩してあるから。よって撤退は不可能。

 であるならば、いっそこちらから――


「……ユウヒ」

「っ、はい、なんですかクロハちゃん」


 不意の声に意識を思考の渦から引っ張り上げ、傍らの幼女に顔を向ける。応射の手は止めず、魔法も次々と発動させているが、敵に動きが少ない今なら会話くらい支障はない。

 最も、その内容までは気を回せなかったが。


「危ないことはしないで。お願いだから」

「――…………は」


 憂姫は思わず聞き返す。意味が理解出来なかったわけではない。危ないことはしないで――なるほど別段不思議のない、当たり前の願いだろう。

 だが何故今更。マンション内で散々同様のことについて話し、加えてこれ以上ないほど危険な状況にいながら……今更、どうして?


 憂姫の疑問を感じ取ったのか、クロハが言いにくそうに口を開く。


「……あなたが今やろうとしていたことは、きっととても危険なこと。あなたの命を喪いかねない綱渡りでしょう。そんなの駄目。私なんかのためにそんなことをしないで」

「その話は、先ほど散々して終わったはずです」

「状況が変わったなら結論だって変わるわ。ハルカだって言っていたでしょう――いざとなったら私を売れって」

「そのつもりが少しでもあるなら、最初からこんな場所に立ってません」


 多少の苛立ちすら込めて、憂姫は言う。

 二度目、もしくは三度目ともなるこの問答。こんな鉄火場で、そろそろいい加減にして欲しい。私は自分の意思でここにいるのだ。それを疑われていい気はしない。


 遥も遥だ。こんな幼気な女の子にそのような残酷な選択肢を吹き込んで、馬鹿じゃないのか。大事にしているのかそうじゃないのか、それが曖昧だからこの娘はこんなにも不安定なのではないか。

 重なる苛立ちが銃撃を激しくする。機銃もかくやというほどの弾幕は憂姫の魔力を著しく削るが、遥に注がれた膨大な魔力のおかげで未だに底が見えない。


「……向こうは分かりやすいくらいに時間稼ぎに徹している。きっと彼らのリーダーを待っているのよ。そうなればどのみちおしまいだわ」

「それを防ぐために遥は上に残りました」

だからこそ(・・・・・)。――きっと、彼は負けるわ」


 ……え?

 憂姫がその言葉の意味を聞き返そうとした、その瞬間。


 遥か頭上で、誰かの絶叫と。

 何かをグチャグチャに引き裂くような、おぞましい切断音が聞こえた気がした。

12時にbを投稿するので読んでください。

そして感想ありがとうございます。どれも本当に励みになっております。


ところでロックマンXの8作品が収められたps4リマスターが7/26に出るそうです。買います。買いましょう?

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