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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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崩壊のリリック


 ――足を一切止めず、致命傷だけを防ぎ、立ち塞がる軍人共を掻き分けてひたすら前に進む。

 そんな無謀極まる強行進軍は、経過時間にしてたった10分――体感時間にして永久永遠ほど経った頃、ようやく終わりを迎えてくれた。


「……ここ、は」


 ぽつり、と。

 ひたすらウォークライを奏でていた口が、随分と久しぶりに人語を発する。


 辺りに広がる景色。C区画なのは変わらないが、どことなく雰囲気が違う。

 僕たちのいた中央から南西に抜けた辺りにある住宅街だ。


 ……周囲に敵の気配は、ない。


 それを感知した辺りで、アドレナリンが忘れさせていた呼吸がようやく戻ってきた。

 数回深呼吸して息を整え……左肩の重みへと声を掛ける。


「汐霧……生きてる?」

「…………た、ぶん」


 言うと同時、肩から腕が外れた。咄嗟に掴もうとするも、血と内臓のかけらでずぶ濡れの服がぐちょりと滑って止められない。

 汐霧は叩きつけられるようにして地面に突っ伏し……思い切り嘔吐した。


「ゲホッ、うげぇえええ……! ふーっ……ふーっ! ……オエエエエエエエッッ!!」


 胃液おろか、血液までがゲポゲポと吐き散らされる。

 体内で胃がぎゅうぎゅうと絞られているのが聞こえてくるような凄まじい嘔吐だ。見ているだけでこちらも吐き気がこみ上げてくる。


 ……さっきの戦闘で一番負担が大きかったのは、間違いなく汐霧だ。

 複数人用の【コードリボルバ】。ただでさえ負荷の大きなそれを、必要だったとはいえ連続で多用させてしまった――魔力だけでなく、体力や気力、生命力まで使い込ませてしまうほどに。


 嘔吐の反動で首を折ってしまわないように上体を支えてやり、ついでに背中をさすってやる。

 汐霧の状態は、脚色なく酷い。まるで生気が感じられない。血の気が失せて真っ青な顔色、血走った目、浅い呼吸を繰り返し、時折痙攣する体。


 外傷は全身大小様々、その中でも右腕が特に酷い。肘から先が千切れかけている。

 これでは回復魔法でも完治させられないかもしれない。少なくとも傷跡は消せないだろう。


 半死半生と言った容体。 まだ意識があることがおかしなくらいだ。

 僕やクロハのような再生能力を持っていないのに、よくもまぁ五体満足で付いて来て見せた。


 ……なんて、僕はゲロをよく食べていたのから気にならなかったが、この場にいたもう一人はそうもいかなかったらしい。


「……………………う゛」


 エグめに濁った声とともに、右肩のちんまい重み――クロハの体重が消失。

 その場に膝をつき、上体を折り、口に両手を当て、目をカッ開いて、そして……決壊した。


「……ゥゲェエエエエエエエエエエエッッ!」

「あー、貰っちゃったかぁ……」


 どうやら貰いゲロしてしまったらしい。健闘虚しく……というか健闘した分、より激しくクロハは吐瀉物を地面に叩きつける。

  ズタズタになった黒衣の矮躯がぶるぶると震え、こちらもさすってやると、やがて嗚咽が混じり始める。


 ……吐いてる時って、辛くて悲しくて悔しくて情けなくて泣きそうになるよな。分かる、分かるぞクロハ。


 まあ、さっきの戦闘ではコイツもかなり頑張っていたのだ。

 銃弾やら魔法やら、僕たちに当たりそうなものを率先して引き受けてくれていたのは意識の端で確認している。


 それは決して簡単なことでも、簡単に出来ることでもない。

 どれだけ傷が治ろうと、痛いものは痛いのだから。


 さて、落ち着くまで存分に吐かせてやりたいところだが、ここも安全というわけではない。

 軍の連中は結構な被害を与えてやったからまだまだ来ないだろう。被害確認、再編、捜索……よほどゆっくりでもしていかなければまず追いつかれない。


 ――だが、敵はアイツらだけじゃない。


 僕は二人の体を両脇に抱えてそこらの適当な路地に入る。高い塀と塀の間に出来た空間であり、外からはまず見えない。

 二人を塀にもたれ掛からせて汐霧の手当てをする。手持ちの包帯はそれほどなく、千切れかけの右腕に巻いたらもうなくなってしまった。


 気つけ薬と鎮痛薬を準備した辺りで汐霧が呟いた。


「……それ、いいです。いらない……」

「でも、辛いだろ。楽になるぞ」

「…………その、代わり……魔力を」

「え?」


 思わず問い返してしまう。何を言ったか、それは分かった。

 分かったが、その意味が分からない。


「魔力が、どうした?」

「……あなたの、魔力を……私、に」

「まさか注げ、なんて言うんじゃないだろうな。馬鹿を言うな。危険過ぎる」


  確かに枯渇している魔力さえ戻れば、汐霧は回復魔法で自分を治すことが出来る。お嬢さまほどではないが、コイツの回復魔法もかなりのレベルだ。

 だが――


「魔力ってのはエネルギーだ。自分のものだから制御出来てるだけで他人のなんて凶器でしかない。知らないわけじゃないだろうが」


 制御した状態でさえ“魔法”などという人を簡単に殺せる現象を引き起こすのだ。制御していない魔力がどれだけ危険なモノか、コイツほど優れた魔導師が知らないはずがない。

 そんな常識論に対し、しかし汐霧は弱々しく首を振った。


「いい……から」

「……ああもう、分かった。こうしてる時間が勿体ない。やってやる。その代わり、絶対にしくじるなよ」

「…………」


 汐霧は答えず、ただ右手を伸ばした。その手に僕は左手を合わせる。

 可能な限り優しく、弱く。間違っても壊してしまわないように。魔力の調節ネジがぶっ壊れている僕にはかなりの難題だが、いいさやってやる。


 汐霧憂姫は魔法の天才だ。

 その才能を欲した僕が信じなくて、一体どうするというのだ。


 左手に魔力を集約し、細心の注意を払って放出する。

 すると、汐霧が呟いた。


「……【カラ、フル】」


 その瞬間、まるで整列の号令でも掛けられたかのように、濁流となりかけていた魔力が秩序立って流れ始める。

 合わせた手のひらの五指から、僕から汐霧へと流れていく魔力。最大限制御を心掛けていたにも関わらず、勢いがないだけでその量は【アーツ】一発分と大差ない。


 そんな大量の魔力が、【カラフル】によって彼女の色に染め上げられる。

 瀕死という極限状態で。あるんだかないんだか怪しい意識で。

 自身を傷つけるはずだった僕の魔力を、汐霧の魔力へと変質させていく。


 やがて、魔力の放出が終わる。

 汐霧は大きく口を開き、息を吐き出した。


「…………っぷぁ! あ、あっぶな……! ちょっと魔力多過ぎです殺す気ですか!?」

「いや、お前がやれって言ったんじゃん……」

「だとしてもなんですかっあの魔力量! 魔導師何人分つっこむつもりですか!? 途中風船の気分なってましたもん! 咄嗟に回復魔法で消費してなかったら破裂してましたよ私!!」


 その程度で済んでる時点でちょっとした奇跡なのだが、本人にその自覚はないようだ。

 結局僕、制御出来ずに【アーツ】一発撃ったようなものだし。途中からは正直水がたんまり入った盆をひっくり返した気分だった。


 しかしこれ、もしコイツと戦闘になったら【アーツ】は無効ということか。恐ろしい奴だな……。


「まぁいい。今お前が興奮してるのは大量の魔力を一気に注ぎ込まれたからだ。いつもと違うことを自覚して、意識して気を落ち着けろ。さっきも言ったように時間がないんだ」


 ギャーギャー騒ぐなんてあまりに汐霧らしくない。そのことは本人も自覚してくれたのか、手で口を押さえて沈黙する。

 魔力が体に馴染んだらコイツも元に戻るだろう。それくらいの時間は……


 ……ああ、糞。

 もう、ないのか。


「二度説明は出来ない。二人ともよく聞け」


 行き場のない焦燥感を堪えながら、僕は二人に告げる。


「もう数分もしないうちに藍染たちが来る。ここから梶浦たちの場所まで最短距離を全速力で約10分。戦闘は避けられそうもない。そして汐霧は調子が戻るまで時間がかかる。その間は戦えない」


 反応はない。汐霧は熱した頭で今の話を把握するのに必死だし、クロハも痛みによる精神的疲労で同様だ。

 だが、そんなことはお構いなしに話を続ける。


「ここは居住区、地下(ジオフロント)がある。地上に比べれば少しは敵の層が薄いはずだし、隠れる場所も豊富だ。お前たちはそこを通ってどうにか梶浦のところまで辿り着け」

「お前たちって……ハルカ、もちろんあなたも一緒に」


 クロハのそんな言葉を、半ばで指を唇に当てて止める。

 肯定を求めて、自分を安心させたくて口から出た問い掛け。頷いてやりたいところだが……それは出来ない。


 僕は首を横に振った。


「僕は、このまま地上で藍染を倒しに行く」


 クロハの目が、大きく見開かれた。何か叫ぼうと口が開く。

 そんな彼女を無視して、僕は言う。


「あの男に自由に動かれたら僕たちは負ける。誰かがヤツを抑えなきゃならない。その役割は絶対に必要で、それが出来るのは僕だけだ」


 せめて汐霧が万全なら、と思う。二対一で挑めるなら幾ばくか勝算もあっただろう。

 だが、そうはならなかった。それが全てだ。


「何を……言ってるの。そんな、いきなり、焦って……ねえ、ハルカ」

「倒せなくても抑えるくらいはやってみせる。司令塔を抑えれば隙の一つくらいは出来るかも知れない。それを突け」

「ハルカ!」

「じゃあな。死ぬなよ」


 一方的に言い、掴もうとする小さな手をするりと躱して。

 僕は、その場に拳を叩きつける。

 そして呟いた。


「【アーツ】」


 衝撃と極光が地面を貫いた。

 物理衝撃がジオフロントの天井までの地面を吹き飛ばし、圧倒的な魔力が天井を吹き飛ばす。


「きゃっ……!?」

「っ!」


 まず僕へと身を乗り出していたクロハが落ち、そのクロハを追って汐霧が大穴へと吸い込まれていく。

 ……これであの二人を案ずる意味がなくなった。もう僕には手の出しようがない。天に祈るのがせいぜいだ。


 さて、僕は僕の役目を果たすとしよう。


 路地を出る。辺りには誰もいない。空を見上げる。

 人工的な光明が消えた真夜中の空は、(アウター)や塔の《楽園》から見る空には劣るが、それでもまあまあ綺麗だった。


 ああ、そうだ。いつか星なんて観に行くのもいいかもしれないな。

 汐霧と、クロハと、そうだな、退院したら咲良崎でも誘って。なんとも楽しそうだ。


 そのためにも――


「お前を殺すよ」


 振り返った先には、いつの間にかたくさんの人影があった。

 電柱や道路、屋根に鎮座するように佇む影。一人一人で全く別の、普通の魔導師が使えば即座にブッ壊れるようなイカれた魔導具と、こちらはお揃いの黒色の仮面を付けている。


 最高位の殺し屋集団。

 魔術(トリック)の名を冠する戦闘部隊。

 その中には一人だけ、仮面を付けていない人間がいた。


 その男だけは顔を見せようが問題ないから――顔を見られた相手を取り逃がす無様などあり得ないからだと、汐霧はそう言っていた。

 汐霧憂姫の師で、最強の暗殺者で、かつての【死線】と等しきSランクの魔導師。


 藍染九曜。


 仰々しい肩書きの数々と対照的に、彼は一言だけ淡々と口ずさむ。


「それは、こちらの台詞だ」


 戦闘開始。

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