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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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死蹂奏《カルテット》 b

「ここに入る。一気に屋上階まで跳ぶからしっかりと掴まっていてくれ」


 二人の腕が首元に回されたのを確認し、左右の手でそれぞれを抱き上げて跳躍する。一足飛びに屋上まで到達する。

 着地し、二人を下ろす。どうやらテニスコートになっているらしく、住民が残して行ったラケットやボールがそこらに転がっていた。


「周辺二キロにこれより高い建造物なし、出口はドア一つだけ……差し当たっては問題なさそうですね」

「うん、なかなかに悪くない場所だ……っと、ふぅ」


 息を吐き、入り口のドアに背を預けて腰を下ろす。

 ああ、もう、疲れた。やっぱり軍人なんて相手にするもんじゃないな。


「ほら、二人もこっち来て座れ。特に汐霧、お前の魔法は凄く体を使うんだから休めるときに休んだかなきゃ」

「そうですね。それじゃ隣失礼します」

「クロハも。眠いなら仮眠取っててもいいからさ」

「あら、それは膝を貸してくれるということかしら。これは迷ってしまうわね」

「……元気そうで何よりだよ。はぁ」


 横一列となって座り込み、ぼうと夜空を見上げる。生憎と、天気は梅雨らしいドス黒い曇天なので気が晴れることはなかったが。

 しかし……こうしていると今が死線の真っ只中だということを忘れてしまいそうになるな。


 そうだ、戦場のあるあるネタとしてラジオに投稿してみたらどうだろう。

 きっとお茶の間に暖かな笑いを届けられ……ないか。ないなうん。やっぱなしで。


 ……さて、いつまでもこうしていたいところだがそうもいかない。

 いつも通りに戯れ言を浮かべられるようになったこの辺で、そろそろ本題に入るとしようか。


「汐霧、アイツら草薙の軍人だと思う?」

「……間違いないでしょう。あの装備に集団戦闘力、真似しようと思って出来るものじゃありません」

「ああ、僕もそう思う。更に言えば連中の総数は約300。僕たちを助けてくれるはずだった部隊が丸ごと敵になっている――そう考えて相違ないはずだ」

「……はい」


 深刻そうに頷かれる。聡明なコイツのことだ、少なくとも僕と同じくらいには推測出来ているに違いない。

 いやはや、頭がよくて変態じゃない奴は話が早くて助かる。氷室も少しは見習って欲しいものだ。


「恐らく、敵は軍における手駒の全てをこの場所に()ぎ込んだのだと思います。ですがそれは……」

「ああ。あの梶浦がそんな無様を許すはずがない。なら何故? 答えなんて簡単に絞り込める。そう、例えば――」

「実は梶浦が敵の一人だった……ですか?」


 僕の言葉を継いでそう言った汐霧は、しかしながら得意げでも何でもなく、こちらに気遣わしげな視線を送るだけだった。


「いい子だねぇ、お前は」

「…………は?」

「あはは。何でもないよ。うん、まぁ、順当に考えればそうだろうね。アイツが敵ならこの状況を作るのなんて難しくない……というよりどんなに難しくてもどうにか出来ちゃうからね、アイツなら」


 梶浦の頭の出来は僕たち凡人に比べてあまりに別物だ。ベクトルこそ違えどあの氷室と同等以上の天才だろう。

 そんな奴が敵に回ればこの窮状も頷ける……と考えるのも、まぁ仕方ない。


「ま、安心してくれ。アイツは、梶浦謙吾は決してそんな小さい男じゃない」

「……?」

「アイツは使う側の人間だってことだよ。使われる側の僕畜生なんかと違ってね」


 仮に梶浦が藍染やその背後の組織の仲間だったとしよう。

 だとすればアイツにとって、この戦いにおける最高は『クロハの奪取』ということになる。


 そんなことがあり得るわけがない。


 ここにはなんの因果か【トリック】に加えてその依頼主までもが集うとされている。

 あの男がそれを放っておくはずがないし、放っておくことを強制されるような立場に甘んじているはずもない。


 よって梶浦が敵の仲間、なんて単純で平凡な推理は間違いだ。

 根拠も何もあったものじゃないが、僕はそう確信している。


「……裏切ることそれ自体は否定しないんですか?」

「はは、否定するとすればその言い方かな。アイツと僕は『友達』であって『仲間』じゃない。だから裏切るもクソも最初からない。ただ単純に騙された……たったそれだけの話だよ」


 へらへらと笑い、思考をころころと転がす。

 以上のことを前提として考えると、この状況もいろいろと見えてくるものがある。その辺りをはっきりとさせておこう。


「それが本当だとしたら……」

「待って。汐霧にさっき言いづらいこと言わせちゃったから後は僕が引き継ぐよ。というか数少ない見せ場なんだから取らないでったら」


 例えそれが起きたことの推察などという、どうしようもなく手遅れなものであったとしても。


「状況を整理しよう。僕たちが追われているのは正規軍の中隊まるまる一つ。内訳は敵の手駒で100パーセントだ。どうやらこれは総指揮の梶浦が目を瞑らなきゃ起こりえないことらしい」

「そして敵の狙いはクロハちゃんの奪取。そのためには手駒を使い切ることも容認してしまえるほど、その重要性は高いと考えられます」

「ああ。これだけの騒ぎを起こしたんだ。今ここにいる軍人たちは後日処刑されるだろうね。軍は裏切り者に厳しいから――そうだね、多分それが狙いだ」

「はい。目的の一つに違いありません」


 つまりは裏切り者の炙り出し。ここまで大規模な騒ぎを起こしたのだ。裏切り者共も上から下まで芋づる式に足がつくはず。


「加えてもう一つ。ここに来るまでの隙の多さだ」

「それは私も思いました。もし軍の中隊が包囲展開しているなら、私たちがここまで逃げられるとはとても思えません」

「僕やお前一人ならともかく、誰一人欠けずに三人揃ってだ。それも奇襲を掛けて包囲しておいて。手を抜かれているわけでもない。連中はその場その場で最良の行動を取り続けている。ならば何故か?」


 その問いに、汐霧が指を唇に当てる。

 考え事をまとめようとするときの彼女の癖――だが、既にある程度まとまっていたのだろう。

 すぐに顔を上げ、口を開く。


「立案された作戦に不備がある……ですね。そして、今回の作戦指揮は梶浦です」

「うん、アイツが不備のある作戦に気付かないはずがない。そうなるとワザとということになるけど……ところで汐霧、今は何時だ?」

「22時30分……師が、【トリック】の襲撃予想時刻まであと1時間と30分です」

「うっわ、計ったような残り時間……本当にアイツ凄いな。引くわ」


 1時間半。僕たちが軍から逃げ続けられる程度には短く、包囲を突破するには足りない、そんな時間。

 梶浦は【ムラクモ】時代の僕のことを知っており、汐霧のことも織り込み済みだ。


 となれば後は直接口を出せずとも、部隊の初期配置さえ決めてしまえばいい。

 アイツの頭なら、それで充分に戦況を操作できるはずだ。


「敵の中隊と【トリック】。この二つが梶浦の狙いだ。僕たちはその囮役だから、仮に運良く敵の包囲を抜けてもC区画から出しては貰えないだろうね。少なくとも0時になって【トリック】が出て来るまでは」

「……師は来るはずです。契約のグレーゾーンを突くようなことまでしたんですから、これで来ない方があり得ません」


 来ない可能性もあるにはある、が……この状況でそんな楽観が持てる奴がいるなら見てみたい。

 まあ来るだろう。嫌だなぁ。


「つまるところ0時になったら中隊と【トリック】、その確認が取れ次第口封じに来る正規軍……合わせてこの三つに狙われるってことになる。そうなったらまぁ、もう詰みだね。どうしようもない……あ、そうだ汐霧。今日はパンツ何色?」

「……あいにくですが白は履いてないですよ。ほら、どこかの誰かさんが『もっと可愛いの買ってあげる』そうですから?」

「あっやっべ忘れてた。明日買いに行こうか」

「ええ、いいですよ。逝きたくなったらいつでも誘ってくださいねうふふふふ」

「……馬鹿な漫才してないで、ちょっといいかしら」

「あん?」


 膝の上のクロハに袖を引っ張られ、そちらを見る。なんだ、起きてたのか。


「ハルカ、あなた逃げるときに身体能力を解放していたでしょう。いいの? もし軍にバレたりしたら……」

「ああ、それは問題ないよ。この軍の動きは本人達だって相当にグレーな行為だもの。記録になんて残せるわけがないんだ。裏切り者共はもちろん、梶浦だってね」


 というかこの状況で僕の身体能力が使えなかったらもう詰んでいる。恐らくそれではこのマンションからすら逃げられないのだから。


「流石に禍力は対パンドラ用の網に引っかかるから使えないけどね」

「そう……うん、それならいいの。時間を取らせてごめんなさい」

「ん。二人とも、他に質問はない?」


 返答は否定が二つ。頭のいい子ばかりで頼もしいと同時、愚かな自分が恥ずかしい限りだ。

 我が両親はいらないものばかりを僕に押し付け、必要なものは全部妹にあげたらしい。あのクズ共唯一の善行と言っていいかもしれない。


「話を戻すよ。【トリック】が攻めてくるのは0時ちょうど。梶浦たちが攻めてくるのはそれを確認してからだから……大軍であることも考えると0時30分くらいかな。その30分間が僕たちがC区画から無事脱出出来るかどうかの勝負所だ」

「ならそれまではここで抗戦ですね。あまりいい場所とは言えませんけど……1時間半も逃げ回るよりは多分楽です」

「幸いこっちは(ぼく)暗殺者(おまえ)がいる。撹乱目的で動けばそれくらいは稼げるはずだ」

「……気は進みませんけど、はい。了解です」


 汐霧の顔が曇る。事ここに至ってもまだ殺人に抵抗がある……というわけでは、どうやらない。

 嫌悪、拒絶……それ以上に憂鬱? なんだこれ。まあいいか。


 浮上した疑問をとりあえず脇に置き、言葉を続ける。


「んで23時45分になったら屋上(ここ)から移動。前にスカイツリーに突入した時の移動方法を使って集中した戦力を飛び越える。あとは一点突破で包囲を崩してC区画外に脱出する。汐霧、お前はマンション内に入ってきた敵部隊の撹乱だ。ひたすら掻き回して敵をここに近づけないようにしてくれ」

「ええ、了解です」

「クロハ、お前は汐霧のヘルプを。あくまでヘルプ、支援だ。間違っても前には出るな。ヤバくなったら退避してここに逃げ込め」

「……足手まといみたいで釈然としないけど、分かったわ。了解よ。ハルカはどうするの?」

「僕はあっち」


 手の甲で床を軽く叩き、示す。

 正確にはその先、マンション前の広場に集結し、展開しつつある敵の部隊を。

 厳しい顔をした汐霧が、言う。


「……危険です」

「でも必要な役割だ。幾ら狭い通路で戦うからってあの数で来られちゃ逃げようも守りようもない。そんで一時間もアイツらの大半を釘付けにするなんて、出来るのはこの中じゃ僕だけだろ?」

「……………」

「ハルカ、勝算は?」

「負けはしないよ。多分ね」


 ただ、敵の数と練度が問題だ。僕がどんなに頑張ってもマンション内部に到達する部隊は必ず出てくる。


「マンション内部で予想される戦闘は隠密やゲリラ系だ。それなら僕よりも汐霧、お前の方が上手い。僕一人なら屋上に戻ってくるのだってどうとでもなる。適材適所ってやつだよ」

「…………分かりました。でも、無理だけは絶対にしないで」

「安心しろ、苦手分野だ」


 へらへら笑い、尻を払って立ち上がる。

 汐霧たちは階下に続く扉、僕はその反対へ。お互いに背を向けて歩き出す。

 と、汐霧が立ち止まり、ぽつりと言った。


「では、また1時間後に」

「ん。それまでクロハは任せたよ、相棒」


 その会話を最後に僕はフェンスを乗り越え、飛び降りた。

 自由落下。加速度的に近く人間の気配、気配、気配。


 意図せず口元に醜悪な笑みが浮かぶ。


「よーし、お兄さん頑張っちゃうぞー」

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