死蹂奏《カルテット》 a
十分間、銃声は鳴り続けた。
それがようやく収まったとき、僕たちの周りは徹底的に破壊されていた。
砕け散った窓、弾痕だらけの壁、破砕した家具の数々、その他見るも無残なエトセトラ。
……模様替えは夏休みにしようと思ってたんだけどな。
心の中で嘆息して、玄関先の気配を窺う。
こちらに銃弾をブチ込んできた八人に動きはない。恐らく対人トラップを警戒してだろうが、だからと言っていつまでもこのままということもあり得ない。
……しかし、アイツらは一体何者だ?
藍染との契約が切れるまであと二時間はある。汐霧がああまで断言していた以上、藍染がそれを破ったということも考え難い。
また襲撃者たちの装甲車や武装、軍靴など諸々の音から、連中が正規軍の軍人である可能性が高い。
何故味方であるはずの正規軍が僕たちを攻撃する? それもこんなタイミングで。
仮に彼らがそのまま護衛に扮していれば、道中で僕たちに不意打ちを仕掛けることだって出来たはずだ。
その試みが成功していたかは別として、その方が正面から仕掛けるよりはよっぽどクレバーだと考えそうなものなのに。
……駄目だ、考えるには情報が少なすぎる。とにかく今は状況を把握しなければ。
僕はソファの影に伏せたまま、トントントトン。床をタップする。
タップによるモールス信号。『無事か?』という内容。すぐに『はい』『ええ』と二つのタッピングが返ってくる。
どうやら全員、被弾はないらしい。骨を折って防弾家具を揃えた甲斐があったというものだ。
僕は更にタッピングを続ける。
『玄関に音光手榴弾投げ込んで後ろの窓から逃げる。汐霧、先導を頼む』
『質問。彼らを倒して、情報を得てから進むのは?』
クロハのタップに、前方の気配を窺う。
確かに奴らを倒せば分かることもあるだろう。地の利がこちらにあることを考えれば、仕掛け方によっては速やかに制圧出来る可能性もなくはない……が。
返答しようとした矢先、それより早く汐霧が答えた。
『草薙の軍人は強いです。ここで戦うのはとても危険です。遥?』
『ああ同意だ。だから逃げる。汐霧、クロハ、スリーカウントだ。準備を』
その返答を最後に全ての音が消える。
そして、トン、トン――トン。
「行け!」
鋭く叫び、ピンを抜いた手榴弾を投げつける。
手榴弾は床を滑るように転がり、一秒後に起爆。閃光と爆音を撒き散らし、敵の動きを押し留めることに成功する。
混乱を避けるためか、敵からの応射はない。
その隙に僕たちは窓枠を乗り越えて外に出る。他に敵がいないかと辺りの気配を窺って――
そして、気付いた。
途方もない数の気配が、僕たちを取り囲んでいることに。
「……は?」
瞬間、何十ものライトが僕たちを照らし出す。辺りの家屋の屋根に設置していたらしい、犯罪者の確保時に使われる軍用ライト――そしてその光によって浮かび上がった、数え切れないほどの人影。
強化された視覚が、その人影たちが軍服を纏っていることを認識して――
「逃げるぞ汐霧!」
「っ、はい!」
「きゃあっ!?」
首筋を刺し貫いた悪寒に逆らわず、クロハを抱えてその場から跳躍する。
瞬間、背後で耳がおかしくなるような銃声の狂想曲が響く。百を超える銃口の延長線を紙一重逃れながら、とにかくこの場で死なないために疾走する。
「遥っ、どういうことですか!?」
「僕にも分からない! ああクソ、何で軍人が敵になってるんだよ!?」
とにかく敵のいない方を目指し走りながら、並走する汐霧と怒鳴り合う。
藍染や【トリック】の暗殺者共、チェーンソーの少女と戦闘になるならまだ理解出来た。想定外という動揺はあっただろうが、連中と戦う心構えは済んでいる。何せ元々戦うつもりだった敵なのだから。
だが、今の敵は軍だ。本来なら僕たちの味方のはずで、僕たちを守ってくれるはずだった。
それがどうだ、この状況は。作戦行動じみた動きで僕たちを包囲して、鉛玉を雨あられと撃ち込んできている。
確かに、藍染たちの背後にいる敵が軍内部にかなりの数の手駒を忍ばせているという予想は出来ていた。軍人と交戦することになる可能性も考えなかったわけではない。
だが、その予想もせいぜいが数人から数十人。あんな数百人という一個中隊にも匹敵する数は考えすらしなかった。
いや、待て……
「……一個中隊?」
自分の思考で引っかかった部分を口にする。
一個中隊。現正規軍の規定として尉官に率いられた300人程度の部隊の呼称。
……三百人。
梶浦は軍の裏切り者について二、三百人、佐官や尉官クラスの士官も含まれると予想していた。
あの場にいた人影の数、そしてパンドラアーツの超感覚が感知した気配の数。合わせると大体それくらいになる。
つまり、敵は手駒をほぼ全てこの場に注ぎ込んだことになる、が……
「……そんなことがあり得るのか?」
今回の作戦指揮は梶浦が、あの梶浦が取っているのだ。
集団運用において東京でも指折りのアイツを出し抜いて作戦参加者を全員息のかかった人間にするなど、どう考えても不可能……
…………。
……………………まさか。
「――るか! 遥! 聞こえてますか、遥!」
「っ!」
ハッと我に返る。視界にはこちらに迫る軍の分隊二つと、射撃による牽制を続ける汐霧の姿が。
そうだ、事の考察も必要ではあるが、今はとにかく逃げなければならない。推理の合否は一度落ち着いてから考えればいい。
「ああ……問題ない! クロハ、降ろすぞ。走れるか?」
「ええ、私は大丈夫! ユウヒを助けてあげて!」
その言葉に頷きだけ返し、僕はクロハの代わりにすぐ側にあった電柱をへし折って担ぎ、跳躍。
空中で、二つの分隊の中間を狙い、構え――ぶん投げる!
「汐霧退がれ!」
「っ!」
『――!!』
バックステップした汐霧のいた空間に電柱が突き刺さり、耐え切れず爆散。衝撃と金属片が放射状に拡散し、軍人達の動きが止まる。
僕は着地すると同時、汐霧とクロハを抱えて再び跳躍。近くの民家の屋根に着地し、すぐさま隣の民家へと飛び移る。
その明らかに人間の身体能力では不可能な動きに、クロハが目を剥いた。
「まさかハルカ、あなた身体能力を解放して……!?」
「大丈夫だから気にするな! それよりしっかり掴まっていろ!」
叫び、疾走。小刻みに跳ぶことで意図的に残像を発生させ、敵の照準を撹乱させる。
目まぐるしく入り乱れるサーチライトを掻い潜り、上へ下へ右へ左へ。屋根を電柱を街路樹を道路を塀を電線を街灯を――あるもの全てを踏み台に、縦横無尽に跳び続ける。
決して一点に留まることのない、パンドラアーツの身体能力をフルに行使した逃走――それでも軍の追跡は振り切れない。
奴らの敷いた包囲網を抜け出せず、場当たり的に進路を変えることを強制される。
今だって前方から迫り来る部隊を避けるために右の路地に逸れ――その先にいた部隊による待ち伏せを、真上に跳んで紙一重躱したばかりだ。
「まるで狐狩りだな……!」
こちらの行動は一手ごとに制限され、代わりに向かうの動きは加速度的に研ぎ澄まされていく。
賞賛すべきは敵の練度だ。一人一人の地力が高く、それ以上に部隊間の連携が優れている。
裏切り者とはいえ、流石は正規軍の魔導師と言ったところか。
「っと……!」
建物の屋根に降り立った僕だが、すぐにサーチライトが飛んできて姿を照らされてしまう。
瞬間、斜め下三方向から襲い来る弾幕射撃。軍用ライフルによる斉射の前には一般の建物など盾にならない。
壁や屋根をまとめて貫通して殺到する弾雨をバックステップで躱した――その刹那。
「【コードアサルト】!」
抱えていた汐霧が魔法名を叫び、完成した黒銃を即座に八連射する。
ほぼ同時に放たれた魔弾が、超音速で飛来した狙撃弾八発を正確に撃ち落とした。
「助かる!」
「狙撃手の位置は!?」
「全方位、どれも二キロ以上先だ!」
「多いし遠すぎます……!」
その言葉に同意を示す間も無く、分隊三つ分の一斉射を激しく動き回って掻い潜る。
とにかく、一度体勢を立て直さなければ……!
「ハルカっ、下の敵が登って来ているわ!」
「分かっている! 跳ぶぞ、掴まれ!」
目標も付けぬまま、敵の層が薄い方に勢いをつけて一気に跳躍する。
いい加減に敵も慣れて来たのか直撃コースの弾丸が増え出すも、そういうのは汐霧が全て撃ち落としてくれる。
とはいえ、この回避もあと何回使えるか――
「……ん?」
ふと、着地した自分の眼前にそびえ立つ建物を見上げる。
高層マンションだ。それも一つではなく、辺り一帯全て。どうやらいつの間にか集合住宅の並び立つ区画に入っていたらしい。
敵の気配は……ない。それはそうだ。ここは敵の包囲網の内部であり、更にはC区画のど真ん中そのものなのだ。
どのみちここに逃げ込めば袋の鼠なのだから、兵を配置する必要性が低い。
――逆に言えば、逃げ場がなくなる代わりに多少の時間が確保出来るということでもある。