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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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秒速300mの届け物

◇◆◇◆◇



 6月21日。

 21時。

 儚廻家、リビングにて。


「――じゃあ、これからの流れを確認するよ」


 テーブルに広げた東京コロニーの地図に手を突き、僕は言う。

 議題は藍染たちによる襲撃の対策と防衛。大団円なハッピーエンドを迎えるための方法についてだ。


「連中による襲撃は今夜零時ちょうど――僕と藍染の契約が切れた瞬間に始まると予想されている。連中の勝利条件はクロハを奪回すること、僕たちの勝利条件はクロハを守りきることだ」

「質問よ。その予測が外れる可能性は?」

「ほぼゼロだ。そうだな汐霧?」

「はい。遥の話によれば師は依頼主に『出来るだけ早く』と命令されているそうです。遥との契約で七日も引き延ばされた以上、例え不確定要素があってもこれ以上時間を掛けようとはしないはずです」

「……その不確定要素も、この七日間でこの上なく最小に抑えん込んだだろうしね」


 仮にもコロニー最強を謳う【トリック】を率いているのだ。研究機関のアテなど幾らでもあるだろう。


「こちらの戦力は僕と汐霧、加えて梶浦が回してくれた正規軍一個中隊。敵の主戦力を中隊が抑えている間に僕たちは退避する手筈となっている。交戦は無理矢理にでも避けてくれ」

「質問です。私たちが襲撃開始時までここに留まる理由は? 先に退避していた方がいいのではないでしょうか」

「梶浦が僕たちに協力してくれる対価だよ。軍は藍染たち【トリック】を、ひいては連続魔導師殺害事件の大元の連中を捕らえたい。誘い出して一網打尽にする――僕たちはその囮役だね」

「続けて質問です。その場合、主戦場はこのC区画になるということですか?」

「ああ。だから緊急避難勧告も出されてる。もうこの辺りには僕たち以外いないはずだよ」

「もし何かの事情によって避難出来なかった一般市民がいて、敵が人質に取ってこちらの逃亡を阻もうとした場合は?」

「人質ごと敵を殺せ。出来なければまず人質を殺せ。死んだ人質は敵にとって邪魔にしかならない。その隙に逃走しろ」

「……」

「汐霧、『僕の指示には、例えそれが明らかに人道に反するものでも従うこと』――約束だろう?」

「……はい」

「はは、いい子だ」


 頭を撫でてやると、パシッと払われて睨まれた。これなら大丈夫だろう。

 とはいえ汐霧が人を殺すことに並々ならぬ忌避感を抱いていることは知っている。


 いざとなれば僕が殺そう。

 それが適材適所だ。


「質問よ。退避の行き先は?」

「C区画と南区の境界に向かえ。梶浦が軍の大部隊を手配してくれている。ルートは地上を予定しているが、敵の出方が分からない以上は臨機応変に変えていくことになると思う」


 言い、僕たちの家と目的地に駒を置く。

 建物をフルに利用して隠れながら進む本命ルート、マンホールから地下に降りてジオフロントを進む副ルート、直線距離を突っ切る博打ルート……これらを状況に合わせて混合させていくこととなるだろう。


「梶浦には僕たちの護衛に分隊一つ回してもらった。だから基本は彼らの指示に従うことになると思う。全員死んだら僕が、僕がいなくなったら汐霧が……最悪クロハの独断に任せる。いいね?」

「……そんな状況は考えたくもないけれど、ええ。了解よ」

「ああ、それでいい」


 まぁ、そんなのはクロハを攫われたも同然だから考える意味はさほどないのだが。


「次は装備の話に移ろう。汐霧、お前は大丈夫?」

「はい。いつでも動けます」

「クロハ、お前は? 例えお前独りになったとして、お前が奥の手を使えれば逃げ切れる可能性が一割は残る。抜かりはないだろうな?」

「ええ。ほら、あそこ。ちゃんと準備出来ているでしょう」


 クロハが指差す先、リビングの隅には黒色のスーツケースが鎮座していた。

 切羽詰まった時こそ『切り札がある』という精神的余裕が生死を分ける。常に頭に冷静さを残しておかなければならない逃走戦などその最たるものだ。


「奥の手、ですか?」

「ああ。こんな時だから詳しい話は省くけど、使えばクロハがお前と同等……は、流石に言い過ぎか。まぁ、かなり強くなるよ」

「覚えておきます。それで、遥は?」

「鋼糸だけが間に合わなかった。それ以外は特に不足ないかな」


 壊れた鋼糸はもちろん、【ムラクモ】時代の鋼糸もアリスに回収されている。

 軍の目があるせいで僕は禍力も身体能力も使うことが出来ない。そのため暗器である鋼糸は喉から手が出るほど欲しかったのだが……無い物ねだりをしても仕方がない。

 あるものでどうにかしなければ。


「ま、各々準備が出来ているなら話は早い。さっき話した護衛の分隊がもうすぐ到着するはずだから、彼らと合流して零時まで待機。以上お話終ーわり……っと、そうだ」

「……? まだ他にも何か?」

「うん、この戦いにおける最善と最悪を話してなかったなって」

「えっと……勝利条件ではなくて?」

「ではなくて。まぁ、いいから聞いてくれ」


 別にそう難しい話じゃないので構えず気楽に聞いてくれ、と手をひらひら振って見せる。


「僕も汐霧もクロハも無事で敵の襲撃を凌ぎ切る、これが最善、一番だ。だけど現状その結果を得られるかは割と危うい。だからそれ以外の順番について話しておこうと思ってさ」

「……順番」

「そ、順番。例えば二番目は……そうだね。クロハは攫われたけど僕も汐霧も死なずに済んで、クロハもまだ生きている、とか。そんな感じかな」


 それが次善。

 敵が勝利条件を、僕たちが敗北条件を満たしてそれでも(・・・・)全員生きている。

 そんな糞のような結果(もの)が、次善なのだ。


「はっきりと言っておこう。ここにいる誰かが死んだらその時点で終わりだ。その後どんなハッピーが舞い込もうが関係ない。お前たちが生きていなければ、残る結果はまとめて最悪、ドンケツのクソッタレなんだよ」

「それは――死ぬな、と?」

「ああそうだ。死ぬくらいなら白旗上げろ。金を渡して体売れ。土下座かまして靴舐めろ。僕を売ったって構わない。知ってる情報全部吐いて、僕の首を獲りに来い」


 何だっていい。

 この二人が、ようやく見つけたセツナを救う方程式の断片が、こんなところで潰えてしまう代わりとなるなら、何だっていいのだ。


 ……なんて思いが胸中にあったせいか、思った以上に言葉に熱が入ってしまった。

 おかげでリビングの空気は通夜もかくやというほどだ。ドロッドロに重くて胃が痛くなる。

 いやもう本当どうすんのこれ。


「あー……まぁ、とにかく。各員何があっても絶対に死なないこと。オーケー?」

「言われなくても最初からそのつもりです。……でも、はい。分かりました。死に急ぐようなことはしないと約束します」

「私も従うわ。一つの道具として、ご主人様の御心のままに」

「はいはい、そうしてくださいな」


 手を軽く振り、ぞんざいに言う。

 全く、慣れないことを言うもんじゃないな。いつ噛まないかと冷や冷やした。


 何とも言えない心地に後ろ頭を掻いていると、ごろんとクロハが転がって、膝の辺りに体を預けてくる。


「ま、私は死にようがないからあまり関係のない話だけれどね」

「猫かお前は……それたそうとも言い切れないぞ? Sランクの魔導師なんだからその手の切り札だって持っててもおかしく――ん?」


 ない、と言い切ろうとしたところで強化された聴覚が何かの音を掴んだ。

 軍用の装甲車、そこから降りてくる八つの足音、装備は防御力と機動力を兼ね備えた魔導陸士汎用B装備、銃器はアサルトライフルと軽機関銃(サブマシンガン)重機関銃(マシンガン)の混成……なるほど、護衛の分隊か。


 時計を確認すると、確かに合流予定時刻のちょっと前だ。

 迎え入れようと僕は腰を浮かして――そこで、ふと動きを止めた。


「……?」


 無意識の停止。我ながら訳が分からない。首を捻ってしまう。

 無視するべきなのだろうが、この感覚……先生に大切にしろと教わった類のものだ。


 そしてそれは、視界の端で中途半端な姿勢で固まり、僕と同じような表情を浮かべていた――汐霧の姿を見つけると同時、確信じみた疑念に変わる。

 汐霧が、E区画で生まれ育ち、汐霧家で英才教育を受けたあの汐霧が、僕と同様の感覚を得たのだ。


 同時、複数の軍靴が僕の家の玄関前に並び立つ。

 普通なら梶浦の指示により僕の家に入ろうとしないだけ、そう考えるだろう。

 しかし、これは……!


「――遥っ!」

「全員その場に伏せろッ!!」


 叫んだ、その直後。

 ガチャガチャガチャリ、と。

 八丁の銃器が音を立て――秒間100発を超える鉛玉の嵐が、何もかもを蹂躙した。

開宴

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