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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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愚者の推理、徒労に似たり

◇◆◇◆◇



 ――十二歳の誕生日プレゼントは、外道を好きなだけ殺戮出来るお仕事だった。


 パンドラを崇め奉る邪教ピクシス教団。軍人に研究者、一般市民とよりどりみどりの信者を掻き集めた特大の教団。

 正規軍にも多くのシンパがいたことから、その本拠である大教会への強襲作戦の実行役には内部粛清を常任とする【ムラクモ】が任命された。


 その作戦の決行日は、奇しくも僕の十二歳の誕生日と同じ日だった。

 独自に何か掴んでいたのか、常にない怒気を纏った先生に僕が命じられたのは『とにかく人を殺すこと』、その一点のみ。


 先生やトキワ、シグレと共に突入し、傭兵魔導師に軍人、暗殺者に一般市民を皆殺しにしながら最奥目指して進むこと、約六時間。


 ――吊って。

 ――刎ねて。

 ――切り裂いて。


 途中で先生たちと逸れた僕は、一人で途方もない数の狂信者共を殺し続け。

 満身創痍の血塗れとなりながら、それでも何とか最深部の大聖堂へと辿り着き。

 そこにいた教主とか名乗る話の長いハゲを八つ裂きにして――


『……………………神、様?』


 ――そして、彼女(アイツ)と出会った。


 ルベライトのような瞳、漆のように艶やかな黒髪。小さな体には豪奢なドレスを纏っており、しかしながら受ける印象はただただ空虚。

 夕陽で全身をきらきらとさせて、ぼんやりとこちらを眺めてくる様はとても神々しく、まさに神聖不可侵。


 そんな酷く可愛らしい幼女に、僕はこう返したのを覚えている。


『うるさい』


 そして首を刎ねた。

 神などというとっくに死んだ雑魚扱いされた段階で、ユーモア欠乏症の僕に躊躇いは残っていなかった。


 ごろんと丸いものが転がり、八分割された教主の死骸にぶつかって止まる。頭を失った体は首の断面から勢い良く血を噴き出し、ぐらりと倒れて――


『…………ぅ』


 床に崩れ落ち、そんな呻き声(・・・)を上げた。

 声帯も口も、どちらも失っていたはずなのに。


 不審に思った僕は、幼女の倒れた祭壇へと歩み寄る。

 そこには血塗れの――それでいて傷一つない気絶した幼女の姿があった。


『…………』


 確かに首を刎ねたはずだった。

 それで死なない人間などいない、そう教わった。

 人型のパンドラなんて教わっていない。

 殺せない相手の殺し方なんて、知らない。


 仕方がないので僕は幼女の体を抱え、大聖堂を後にした。

 僕に分からないことでも先生なら知っている。知っていて、教えてくれる。

 そう信じてやまなかったから。


 時間をかけて来た道をそのまま辿り返し、外に出る。

 外ではちょうど最後の信者を先生が殴り殺していたところで、僕は幼女についてどうすればいいかと聞いてみた。


『う、うーん……えと、えっと、……どうしよう? ね、トキワちゃん』

『聞かないでよ。……誕プレでいいんじゃない。ハルカ今日誕生日だし』

『……それだ!』

『それだじゃねえよボケ共』


 そんな僕のツッコミは当然ながら無視されて。

 辟易としていると、そこでちょうど幼女が目を覚ました。

 周りを見回しもせず、僕の顔を見つめて、言う。


『……ぁ。神様』


 その目には、一度首を刎ねたというのに恐怖や嫌悪は浮かんでおらず、どころかキラキラとした輝きまで見て取れたので――

 僕はうんざりとして、言った。


『……ただの人間だ、僕は』


 嗤うような三日月が印象的な、そんな夏の夜のことだった。



◇◆◇◆◇



 目を覚ました。

 微細な振動が頭を揺らしている。

 車内だ。運転している汐霧の頭が見える。


 窓の外は既に暗い。

 後頭部が何か柔らかな感触に包まれている。

 見上げると、二つの赤い瞳と視線が重なった。


「……ハルカが起きたわ、ユウヒ。やっと」

「そのまま寝かせていてください。もうすぐ着きますから」


 言われなくても、と額に手を置かれて寝かしつけられる。

 なんかこんなことあったな。つい最近、というか昨日。二日連続で違う女の子の膝枕を堪能できるとはいいご身分だ。

 両方ちんちくりんなのは目を瞑ろう。わぁい、幸せだなぁ!


「……じゃなくて。ああ、糞。僕はどれだけ寝ていた?」

「今が19時だから……五時間くらいかしら」

「何故起こさなかった」

「馬鹿。起こせるわけないでしょう。いくら肉体の損傷は治っても、摩耗された神経や積み重なった疲労、擦り減った精神が元に戻るわけじゃないのよ」

「精神力なら先生のお墨付きだ。……いや、いい。それより資料は? ちゃんと受け取っただろうな?」

「ええ。ユウヒがちゃんと受け取ったわ」

「それくらいしないと、いよいよ私が付いて行った意味がないですから」


 そんなことはないだろう。朦朧とした記憶だが、僕が吹っ飛ばされたから戦場に戻るまでの時間を稼いでくれたのは汐霧だったはず。

 それがなければ最悪あそこで禍力を解放する羽目になっていた。もし汐霧がいなかったら、と考えるとゾッとする。


「悪いね、助かった」

「ありがとう、って言ってくれた方が嬉しいです」

「ありがとう。で、早速だけどその資料見せてくれ」

「……はあ」


 何やら嘆息して汐霧は携帯をぽいと後ろに放った。

 携帯はどむ、と鈍い音を立てつつ僕の胸で一回バウンドして停止。軽く咳き込みながらも手に取り、操作する。

 ……うわお。


「汐霧、これ……」

「……? もう何か分かったんですか?」

「友達登録が僕とクロハの二件とか……えと、大丈夫? 学校辛くない?」

「私の親ですかあなたは!? い、いいんです! ほっといてください!」

「うん、ごめんね。本当、ごめんね……その、辛かったらいつでも相談してね?」

「その本気(ガチ)っぽいやつすっげえうぜえんですが!? ですが!!」

汐霧(ぺったん)汐霧(ぺったん)、ちょっと口調が汚いでごザマスわよ。オホホん」

「さてはツッコミ待ちですねこのヤロウ……!?」


 今度学園の中央広場にでもポスター貼っとこう。『友達になってください!』って大きく書いて。顔写真付けて。友達100人できるかな!

 へらへらと笑って、画面にデータを表示する。

 流石は【ムラクモ】のデータベースだけあり表示された情報は膨大だ。簡単に必要そうな情報だけを取捨選択し、繋ぎ合わせていく。


 【ピクシス教団】

 教義は『パンドラによる人類聖伐の保障』。

 南区の正エイリア大聖堂を中心とした周囲1.3平方キロメートル本拠とする。

 敷地内には大聖堂の他にも信者用の居住区や教会、研究施設などの施設が確認されている。


 教師数8人。信者数1万4千人。

 殺人、誘拐、拉致、人身売買、禁止薬物使用、大規模暴動、塔管理局へのテロリズムなど他多数の犯罪行為に及んだ。

 拉致被害者には一般人の他TCTAの研究者や塔管理局局員も数多く、その大半が拷問、または洗脳により従属していた。


 2217年7月7日、【天叢雲剣】主導による強襲作戦が決行。

 この作戦によって信者のうち13986人(99.9%)が死亡する。

 生き残りである14人のうち13人は軍による事情聴取の後に処刑される。


 ・教主

 石留美鶴【死亡】

 ・教師

 相田光顕【死亡】

 金森出雲【死亡】

 マルグリット・ヨクトゥス【死亡】

 谷塚草太【死亡】

 川崎三船【死亡】

 セル・パンデフ【死亡】

 凩夏希【死亡】

 三浦和成【死亡】


 …………


 【死亡】【死亡】【死亡】

 【死亡】【死亡】

 【死亡】

 ……………【死亡】。


「……………………待て」


 それは……おかしくないか?

 生き残りのうち殺されなかった一人、それはクロハだ。

 つまりこのデータが正しければ――教団の生き残りなどいないということになる。


 だが、藍染を雇って僕たちを襲わせた敵の首謀者は教団の関係者だ。クロハを『神子』と呼んだことから、それは間違いない。

 また僕を襲った赤髪の少女――クロハの同類と呼べる彼女の存在だってある。教団が関わっているのは明らかだ。


 つまりこのデータは間違っている、ということになるが……


「……いや。それこそ……あり得ない」


 【ムラクモ】のデータが誤っている可能性、それ自体は否定しない。

 しかし僕は――ここで思い出す。先生が本気(・・)でこの教団にキレていたことを。

 何故かはついぞ聞かずじまいだったが、そのこと自体はトラウマとして深く記憶に刻みついている。


 『こいつら、皆殺しにする』


 先生は確かにそう言っていた。冗談でも何でもない、本気の言葉だった。

 彼女が本気でそれを実行したとして、逃げ切れる人間などいるはずがない。先生の生徒であった僕が保証する。


 あの教団の信者は全滅した。

 それが絶対的な事実だ。


 いや、だが。

 それならば。

 赤髪の少女に破壊活動を繰り返させ、藍染を雇ってクロハを攫おうとしている一連の事件の首謀者は……一体誰だ?


 考えろ。

 考えろ。

 考えろ、考えろ、考えろ。

 何でも、いいから。

 何か。

 何か……。

 ……。


「……汐霧、クロハ。……悪いニュースが、ある」

「……。話してみてください」

「敵のアテが……外れた。推測も予測も、全く出来ない」

「……そう、ですか」

「……」


 残り5日。

 僕たちは敵への手掛かりどころか、行動の指針すら失った。

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