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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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戦火の咆哮 c

「かァッ……!」


 アリスが喀血し、体がくの字に曲がる。

 お返しとばかりに叩き込まれた正拳は、彼女の肋骨をまとめて三本易々とへし折っていた。


 しかし、この程度は【ムラクモ】の魔導師にとって負傷のうちにも入らない。

 身体強化による万力じみた怪力で自身の身に突き刺さっている腕を掴み、固定。

 そのまま遥の腕に魔力を流し込み、直接爆破する――


 ――その目論みは、寸前で遥が力任せに(・・・・)アリスの腕を振り払ったことにより不発に終わった。


「……あはっ!」


 身体強化を施した魔導師の拘束を力尽くで振りほどく。身体強化も何もない、生身の力で。

 そんな矛盾した現実にアリスは更に笑みを濃くする。

 ――これだ。これを待っていたんだ!


「イェェェェアァァァァァ!!!」


 体勢を崩すアリスを前に遥は笑う。笑って右腕を振りかぶる。

 彼女の怪力によってか、肘と手のひらの中間で折れ曲がった右腕。見る者にすら痛みを強いるそれを、遥は勢い良く薙いだ。


 ――ブチグジュッ!

 ――ギチッ!


 生理的嫌悪を誘う怪音が二つ続いて響き、遥とアリスが磁石のように弾き合う。

 そこに、抜刀したシグレが地を這うような疾走とともに突っ込んだ。


「疾――」

「イィァァア!」


 長大な刀と鉤爪のような形を取った左手が――火花を散らす。一つではない。二、五、十二、二十――更に更に更に。

 シグレの絶対切断の前にはあり得ざる光景。見ると遥は刀身の側面に爪を叩き込み、いなしている。

 一度や二度のみならず、全ての斬撃を。


「……」


 シグレは確信する。

 これは今までのように予測や計算によるものではない。そんな高等なものではない。

 全て見てから動き、防いでいる。それだけだ。技術や経験など必要ない、誰にでも出来る防御。


 もっとも――それを可能とする身体能力があればの話だが。


「三日斬月」


 三日月形の斬撃を二つ三つと飛ばすが、遥は地を跳ね空を跳ね、曲芸じみた動きで全て避け切る。

 そして攻撃直後の隙を突き――ガヅンッ!! 稲妻の如きローキックを叩き込んだ。


「っ……」

「ギッッッ……!!」


 シグレの体勢が崩れる。またとない追撃のチャンス――だが遥は動かない。動けないのだ。

 見れば遥の足は両方とも半ばで変形していた。明らかに膝ではない場所が折れ曲がっている。また、左腕も同様の状態だ。

 その場所には攻撃を受けていない。にも関わらず、眼を見張るほどの重傷を負っている。


 直後、バキバキバキバキッ!! と破滅的な音を立てて遥の四肢が元に戻っていく。

 損傷をそれ以上の痛みとともに再生させる――精錬薬トキワⅡの効果だ。

 この薬の効果時間は長い。強力過ぎる故の副作用とも言うべきか、服用者が嫌だやめてと泣き叫んでも強制的に再生と激痛を施す。


「……自損ぶりは変わらずか」

「フーッ、フーッ、フーッ……!」


 シグレの貴重とも言える言葉にも耳を貸さず、遥は荒い呼吸を繰り返す。そこには普段の飄々とした顔など欠片すらない。

 血と戦火に涎を垂らす、おぞましい獣のそれだ。


 ――ウォークライ。

 魔法ではない生身の戦闘技術――【ムラクモ】ではそれらを略称して戦技と読んでいる――の一つ。

 特殊な咆哮によって敵を怯ませると同時、肉体のリミッターを解除する。鍛え上げられた魔導師であればあるほど上昇する能力値は大きい。


 ただしその反動は激しく、身に過ぎた力によって全身が加速度的に傷ついていく。更には急激に上がる身体能力による万能感、高揚感により理性や思考能力も失ってしまうのだ。

 このように、あまりにデメリットばかりが重過ぎるために諸刃の剣と呼ぶのも躊躇われるような技。

 よって使用する魔導師などまずいない。当然だ。一度の攻防で四肢が使えなくなるような技などただの自損(・・)だ。自爆にすらなっていない。


 ――だからこそ、と言うべきか。

 この世界で唯一トキワの恩恵を受けられる遥だけは、この技を常用していたのだ。


「フーッ、フッ……フゥウウウ!」


 再生を終えた遥が疾駆する。全身から何かが潰れ、折れる異音をかき鳴らして動くその様はまるで壊れた楽器のようだ。

 ブレーキなど端から搭載していない。それが死に至る暴走であろうが燃え尽きるまで走り続ける。


「【異邦人を追え追え殺せ(スピードスタートスタンピード)!】――あははははっ! 楽しいねえハルカ! 楽しいねえ楽しいねえ楽しいねえええええ!!!」


 更に、ここにもブレーキの吹っ飛んだ気狂いが一人。

 アリスは高らかに哄笑を上げ、砲弾のように加速する。昂ぶり猛る気持ちが煮え滾り、眼に映る敵以外の全てが赤く白く融けていく。


「【紅刃(クレハ)】」


 シグレもまた同様に。魔法を起動し、刀身を紅で覆う。

 それは彼が唯一持つ魔法。即ち彼が本気を出した証に他ならない。地を蹴りアクセルを踏み砕き、その身で死戦への参加を表明する。


 狂奔する咆哮、燃え盛る狂気、静謐なる紅。

 それらは、まるでそうすることが当然であるかのように惹かれ合い、衝突した。


 ――直後、その結果は異常な現実として顕現する。


 距離、一メートル圏内という超々至近距離で。

 各々、手数は怒涛のように間断なく。

 恐るべきことに――直撃、一つとしてなし。


 絶拳が翔ぶ。限界突破した荒々しい重撃に加え、そこから展開される鋼糸は正に表裏一体。だが全てが当たらない。

 爆撃が轟く。四肢に超圧縮された爆破の魔法、のみならず我が身もお構いなしとばら撒かれる手榴弾と魔法爆弾。だが全てが処理される。

 斬撃が舞う。刀身が宙に紅の軌跡を描き、視認すら困難な速度の連撃が百や二百と振るわれる。だが全てが空を切る。


 肉を切る被弾は数あれど、誰一人として骨を断たせてはいなかった。


 この現実離れした光景を作り上げた三人は、反して回避や防御など頭に浮かべてすらいなかった。

 ――敵を殺す。殺すために攻撃する。それ以外など知ったことか。危機など体が処理してくれる。


 全ての攻撃が一撃必殺――だからこそ(・・・・・)起こった異常事態。

 一撃でも喰らえば敵を殺すことが出来なくなる。故に彼らの本能(からだ)は勝手に動き、自身の生存を確保する。


 全ては、敵を殺すために――


「【六花(りっか)】」


 シグレの刀が霞む。瞬間紅の花弁が虚空に乱れ咲き、視界を埋め尽くす。

 紅雛流刀術陸式『六花』。一息のうちに百をも超える数の突きを放つ大技。範囲を絞った分、その空いた威力と速度は入神の域に達する。


 神速の突き、更にその軌跡に残留する斬閃。

 空間そのものを浚うかのような突きの激流に、遥とアリスは――


「ひゃひっ!」

「ガアァアァアッ!」


 ――まるでそれしか知らぬように、正面から突っ込んだ。

 剣閃と剣閃の僅かな間隙に予備動作で飛び込み、それが潰える頃には次の間隙へと攻撃しながら再び飛び込む。それで躱し切れない斬撃は無視する。

 体の端々を刻まれながら、だからどうしたと二人は笑う。


 最後の突きをスライディングで躱した遥がそのままシグレに激突。僅かに揺らいだシグレへ向けてアリスが爆撃を見舞う。

 シグレは刀身でそれを防ぐも爆風に押されて後退。それを見届けもせず、遥とアリスは旋風を巻き起こして反転する。


 ほぼ零距離で向かい合った二人の間に束の間静寂が流れ――刹那。


「ウウゥオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

「あっははははははははァーーーーーー!!!」


 咆天。狂乱。衝撃。乱舞。

 散る。穿つ。奔る。舞う。


 掌底と掌底が、横蹴りと横蹴りが、膝鉄と肘鉄が裏拳と裏拳が膝蹴りと膝蹴りが正拳と正拳が――ぶつかり合うぶつかり合うぶつかり合うぶつかり合う。


 片や壊れた肉体の再生すら待たず、片や魔力を込める手間すら惜しみ。

 嵐のような乱撃が真正面からぶつかり合い、弾き合う。


 ――早く、速く、ただ疾く!


 遥による目にも留まらぬ三連続の回し蹴り。右、左、後ろと舞踏のように放たれたそれは、しかしアリスが同時に放っていた同様の三連撃と激突し、全てが相殺される。

 弾き合った足が地に着いた瞬間、二人は互いへと飛び掛かり、鉤爪の形を取った右手を振るう。


 二本の腕が相手の顔面目掛けて空を翔け、中間距離で激突。間を置かず振るわれた左腕も同様に。

 二つの顔面が零距離で向かい合い、そして、鏡像のように振りかぶって――


 ――ガヅンッッッ!!!


 鈍い音と血を散らし、反発するように距離を取った。

 プッ、と何かを吐き出す音が二つ連続する。口内の血とともに吐き出されたそれは――お互いの前歯。

 喉を喰い千切ろうとした()撃が、これもまた同時に激突し、互いの口内を噛み千切る結果となった故だ。


「っ……ふふ、ふふふふふっ! キスだよハルカ! 血の味の、血塗れの、キスだよ! あはっ、あははははっ! 美味しいねえ、楽しいねえ、シアワセだねえ……!」

「ッ、ッッ……!」


 恍惚とするアリスに対し、遥は何も答えることが出来ない。射殺すような眼光でアリスを睨みつけるだけだ。

 ウォークライにの反動によりほぼゼロとなった肉体強度。そこに喰らい、喰らわせた噛みつきにより顎が砕けている。喋ることなど論外、首が折れないようにするだけで精一杯だった。


 だが、それもすぐに再生する――はずがいつまで経っても再生が始まらない。

 原因はただ一つ。トキワの効果時間が切れたのだ。


「……!」

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