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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
遥けき空に
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プロローグの終わり

 昼休みの食堂は人でごった返している。

 昼を食堂で摂る生徒は全体の三割程度だが、ただでさえ東京中から生徒の集まるこの学院だ。混雑具合は凄まじいことになっている。


「これだけ混んでるとこっそり胸とか触ってもバレなさそうだよねぇ」

「……その話を聞いて、私はどうすればいいんですか?」

「あはは、またまた。汐霧この話関係ないでしょ? だって触れるほどの胸なんてごぶっ……!?」

「すみません。混んでいたので、つい」


 最近の女の子は人混みを歩くと、うっかり飛び膝蹴りをしてしまうらしい。世紀末過ぎる……いや、実際そんな感じの世界ではあるのだが。

 そんな漫才を繰り広げつつ席を探し歩いていると、丁度近くの席が空いていたので二人して座った。

 僕は話を切り出す。


「……で、結局話って?」

「《部隊編成》の件です」

「あ、ならちょっと待って。まずはその《部隊編成》について教えて欲しい」

「……自分で調べなかったんですか」

「自由研究が忙しくてね」

「小学生ですか」


 はぁ、と嘆息。


「《部隊編成》というのはその字の通り部隊を編成する行事です。部隊については知っていますか?」

「流石にそれくらいは。2~6人で組むもので、強力なパンドラや高難度の任務、あと異界(ダンジョン)化した区域の探索は部隊じゃないと行えない」


 これらの理由は簡単で、ただでさえ多くない魔導師がこれ以上少なくなるのを防ぐためだ。

 パンドラの禍力は人にとっては猛毒と同じ。火傷、麻痺、腐敗――一人だけでは禍力による一撃を喰らっただけで終了となる。


「部隊、すなわち多人数であれば万が一禍力を喰らっても仲間で対処が出来る。よって部隊は高ランクの任務になればなるほど必須とされている……と、こんな感じだったかな」

「はい、その認識で問題ありません。それが理解しているなら話は簡単だと思います」


 そんな前置きから始まった汐霧の説明を簡単にまとめると、つまりは早いうちから部隊行動や連携の基礎を学ぶための行事らしい。


 部隊を組み、正規の部隊同様に依頼を受ける。

 遂行した依頼の難易度に応じた評価点が入り、その合計により成績がつけられる。

 部隊の仲間の能力が高ければ高いほどいい成績、引いては将来の進路に色がつく。


 聞いただけでは他力本願の落ちこぼれ――僕のような無能にはありがたいシステムだろう。


「……仕組みは理解した。それで、僕は何をすればいい?」

「特には。私と部隊を組んで依頼を受けていただければ、それで大丈夫です」


 さらっと提案されたことを吟味する。

 部隊の話というのにここにいるのは僕と汐霧だけ。普通いるであろう部隊の仲間は、どこにも見当たらない。

 ……まさか。


「まさかそれ……違ったら悪いけど、コンビって解釈で合ってる?」

「はい、その通りです」


 コンビ。それは二人のみで組む部隊の俗称だ。

 高ランクの魔導士が好んで組むことが多いらしい、が……


「それ、汐霧ならともかく、僕には荷が重過ぎると思うんだけど」


 彼女の魔導士ランクは学院内のものだけでなく、東京コロニー正規のものでもAランク。これはコロニーにいる正規軍や傭兵魔導師を合わせて見ても二桁ほどしかいない。

 紛れもない高ランクの魔導師である彼女ならコンビを組もうとするのも頷ける。


 ――だが、翻って僕は?


 学院なんかの成績でE評定。正規のランクだったら格付けすらされないようなゴミクズだ。コンビなんか組んだら、いつ弾みで死んでもおかしくない。


「僕の成績はご存知で?」

「それはあなたがいつも手を抜いているからです。違いますか?」

「……はぁ?」


 そんな馬鹿げた、荒唐無稽な質問を投げ掛けた汐霧の瞳は、しかしこれ以上ないほど真剣だった。


「えっと……言ってる意味がよく分からないんだけど?」

「言葉通りの意味です。必要ならもう一度繰り返しますけど」

「いや別にいいよ。聞こえなかったわけじゃないから。……じゃあどうしてそう思った? 根拠は?」

「昨日の戦闘です」


 昨日というと、Bランクのパンドラ二体との戦闘のことか。


「あの時のあなたの動きは、正規軍の魔導師と比べても全く劣っていませんでした」


 またもや真顔でのたまう汐霧。

 ……って、待て待て。それは流石に無理があるぞ。


「動きも何も、僕は不意打ち決めただけだろ? アレだけでそんなの分かるわけない。デタラメ言わないでくれ」

「あの状況で臆さずに動き、ああも簡単にパンドラを始末する……同じことを出来る人間が、この学院に何人いると?」

「少なくとも梶浦や藤城、お嬢……じゃなかった、那月ならそれくらい目を瞑ってでも出来るよ。もちろんお前だって。だろ?」

「……私達のような人間は、生まれた時から訓練を受けてきたようなものですから」


 汐霧は僅かに寂寥を感じさせる微笑を浮かべた。やはり彼女のような強い人間にも……いや、だからこそ悩みがあるようだ。

 お嬢さまは汐霧同様の名家の出。梶浦は正規軍の中将だか少将だかの息子。藤城は驚くことに一般家庭の出らしいけど。


 一般家庭、つまり魔法の才能があると認められて強制的に徴兵された者の一人だが、彼は少し例外だ。

 無理矢理戦場に突っ込まれるようなものだから、殆どの一般生徒のモチベーションや実力はさほど高くない。


 学院を辞めたら国からの根回しでマトモな職に就けなくなる――なんてことがなければ殆どの奴が辞めているだろう。

 そして僕も、理由と境遇は違えども、そんなモチベーションの低い連中の一人である。


「お前がどう思おうと自由だけど、僕が勝てたのは運が良かったから。本当、ただそれだけだよ」

「今の成績があなたの本気と……それで、あなたはいいんですか?」

「いいも何も、僕はいつだって全力だ」

「……でも」

「仲間に強くあって欲しいって思うのは分からなくもないけどさ、その妄想に殺されるのは他でもないお前だよ。それを踏まえて好きに思えばいい」

「…………」


 黙り込まれる。幻滅されたのだろうか? まぁ、仕方ない。もうすっかり慣れた反応だ。


「……あ」


 今思ったが、これで契約を無効にされたら凄まじく不味くないか?

 何せ僕はもう学院を辞められない。もし唯一のプラスが消えてしまったら、残るのは莫大なマイナスのみ。

 そうなってしまったら弾みで国外逃亡を企ててしまうまである。


「……仕方ない、ですね」


 後先考えない自分の発言に青ざめていると、そんな声が机の向こう側から聞こえた。

 見ると、今まで俯けていた顔を上げ、汐霧が真面目な顔を向けて来ている。


「あなたがそう言うならそれでもいいです。それを踏まえて……私の部隊に入ってくれませんか」


 ――入ってくれませんかも何も、そういう契約だっただろ。

 そんなことは露ほども思わない。彼女がこんな問いをした意味が、分かってしまったからだ。


 コンビと呼ばれる部隊は、前述したように高ランクの魔導士同士で組まれることが多い。それは何故か。


 少人数故の評価の上昇。情報伝達の速度。連携の練度。認識の共有。意思疎通の正確性。機動力の優位性。裏切りの危険性。


 二人と三人以上の間には、これらの要素において大き過ぎる差が出来上がる。

 取れる戦術や安全性、安定性など三人以上の部隊の方が上手な要素は、上記の要素に比べれば、高ランクの魔導師にとってはどうとでもなる問題だ。だから彼らは少人数の部隊を好む。


 だが、それは彼らが比類のない実力者だからだ。

 僕のような無能が、そんな諸刃の剣を使ったらどうなるか。子供にだって分かるような問題。

 もし僕が先ほどの質問で、実は自分が強いなんていう世迷い言をほざいていれば、彼女はこんな問いをしなかっただろう。

 僕に、彼女から見れば、弱いと言い張る僕に、命の危険を了承して貰うために。


「……はは、律儀なことで」


 笑う、笑う、嗤わない。

 笑う要因こそあれど、嗤う要素はどこにもない。


 契約って言い訳に逃げれば良かったのに、それをしない、知らないお人好し。壊れた世界でめっきり減った、生きるべき、生き辛い人間。

 懐かしい、嫌いじゃない人のカタチだ。


「……なんですか、いきなり笑い出して」

「あっははは……ゴメンね、ちょっと面白くてさ」

「意味がわからないです」

「気にしないで。あと部隊の件、いいよ。よろしく」

「はぁ、よろしくお願…………え?」


 彼女の表情が固まる。まさかこうもあっさりと了承されるとは思っていなかったのだろう。

 幾ら金を出すとしても、命あっての物種だ。普通は誰しもが断るような無謀な提案。


 けれど往々にして、ハイリスクはハイリターンを生むものだ。

 だからこそ、僕は右手を差し出した。


「ほら、これからよろしく」

「……あの、本当にいいんですか?」

「自分から誘っといて何言ってるんだか。いいよ別に。面白そうだし」

「死んでもおかしくないですよ」

「大丈夫大丈夫。僕って死なないことは得意だから。何せもう、今年で十六年も実績があるんだぜ?」


 戯言以下の何かを吐き出すと、クスリと汐霧が微笑んだ。


「……それはそうでしょう。馬鹿ですか、あなたは」


 呟き、僕の右手に合わせて握る。いわゆる握手。


「これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく」


 和やかに成される提携。その裏に何かあるのか、何もないのかさえ僕には分からない。

 何故彼女がコンビ、そして僕なんかに拘るのか。

 相応の理由があるのだろうが、聞いて教えてくれるようなら既に話しているはずだ。だから多分教えて貰えない。少なくとも、今はまだ。


 ……まぁ、別にいいか。


 今はそうだとしても、いつか教えてくれるような日が来ればいい。

 運ばれて来たお冷に口をつけながら、僕はそんなことを考えて、小さく笑った。


 こうして、一週間ほど気が早く、学院最強と学院最弱なんていう世にも奇妙な凸凹コンビが結成された。

プロローグ終了。ここからが本編です。

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