同窓会を始めよう
更新遅くなって申し訳ございません
次はもう少し早く更新できると思います…
◇
後輩二人を優しく気絶させて、演習場へと戻る途中。
「……で、お前はいつまでそうやってるつもりだよ。戦んないの?」
「そんな命令は受けていませんから」
返答とともに、それまで誰もいなかった空間に一人分の気配が現れた。
赤毛の少年。コノエだ。
「うーん、バレてましたか。流石ですね」
「白々しい。隠す気なかったろうが」
「あはは。半分くらいは本気でしたよ。あ、二人受け取ります」
「ありがとう」
引きずっていたホタルとアイを投げ渡す。腐っても【ムラクモ】と言うべきか、コノエは二人を軽々と受け止め、肩と小脇に抱え上げた。
コノエが口を開く。
「それじゃ戻りましょうか。リーダーとシグレさんがお待ちです」
「ああ、それはいいけど……本当に戦う気はないんだな?」
「見れば分かるでしょう?」
「でもアリスがお前をこの余興に参加させた意味が分からない。無駄なことはやっても無意味なことはやらないのがあの変態だ」
故に、それが分からないうちはコイツに対しての警戒を緩めるわけにはいかない。
さっきの二人は近年稀に見るレベルのカスだったから何とかなったが、この少年は少なくともその三倍は強い。
油断などすれば一瞬で負けるだろう。
そう構える僕に対し、コノエは苦笑して手をひらひらと振った。
「本当に戦う気はありませんよ。僕がリーダーから言われたのはあなたがやり過ぎないように見張ることですから。こうして二人が無事な以上、特にやることもないわけです」
「……無事、ねぇ」
貴重な魔法を持つアイはともかく、ホタルの方はたまたま死ななかったに過ぎない。ぶっちゃけトドメの一撃とか首が折れるかどうか賭けだったし。
それに幾ら死んでいないとはいえ、ここまでやったら後遺症が……とそこまで考えて、ようやく僕は納得した。
「ああ、ミオか」
「ええ。あの人がいる以上、死なない限りは大体助かりますからね。死ななきゃ安い、です」
「でもあれ確か時間制限あったろ」
「それならそれで別に。ここじゃ弱い人間に価値なんてないですからね」
「あはは。なるほどねぇ」
そうして適当に雑談しながら歩いていると、程なくして演習場に辿り着いた。
不満そうな表情のアリスが僕たちを出迎える。
「……むー! ハルカったらなぁに日和ってるのさらしくもなーい! 殺せよぉー、縊っちゃえよぉー」
「出来れば殺すなって言ったのお前だろうが……ってかうぜえ。キモい。纏わりつくな鬱陶しい」
「うえーんシグレー! はるるん反抗期なぁぁう!」
嘘泣きしながらアリスが今度はシグレに纏わりついて行く。あのバカ本当にやかましいな。
あ、斬られた。
「ぎゃあああああ」と転がるアリスに少しだけ気分を良くして、僕は身を翻す。
そして、飛びついて来たクロハを正面から受け止めた。
「ハルカ……!」
「っとと……クロハお前、また重くなった? まぁ最近はあんまり訓練もやってなかったし――」
「怪我はっ……こんなに、それに出血も酷い……!」
「……おーい、無視かーい」
「黙りなさい!」
「はい」
もの凄い剣幕に押し黙る。なにこれ凄く怖い。心配かけた上にふざけた僕が悪いのだが。
今の僕はパンドラアーツとしての能力をオフにしているため、ほとんど普通の人間と同じだ。故に負傷しても再生はしないし、血を流し過ぎれば動けなくなる。
クロハにはその辺りのジャッジをお願いしていたわけで、今はそれだけ過敏になっているのだろう。愛されてるなぁ僕。わぁい。
そう僕が馬鹿なことを考えている一方で、クロハは僕の体を簡易的に診察していく。
「刀傷に火傷に銃創に……ああもう弾も残ってる……! それに、この傷……!」
「あ、それ魔力解放したときのだね。ほら、最後の天災パレードのときの」
今クロハが触れているのは肩から背中全体を覆う傷だ。内側で爆発したかのように抉れている。
これはアイの魔法――【マガツキ】といったか――による天災の数々を防ぐために解放した、自らの魔力によるものだった。
高密度の魔力は純粋な破壊エネルギーそのもの。相手が単純な大質量による暴力で来るならこっちも同じように返してやればいい。
過去の暴走によって僕の魔力は常時暴走状態にある。そのおかげで抑えている禍力の殻を外してやれば勝手に溢れ出し、全方位を呑み込んでくれるのだ。
ただ、これは自身の制御を超えた代物だ。僕の体が魔力の放出に耐え切れず、損壊してしまう。
それ故、使う度に重傷を負ってしまう諸刃の剣でもあった。
「はは、仕方ないでしょ? そうでもしなきゃ防げなかったんだからさ」
「そもそもそこまで追い込まなければいいでしょう! ……お願いだから少しは心配する身にもなって。このままじゃ私、絶対に早死にするわ」
「善処するよ。それよりほら、早くお薬ちょうだい」
「…………もう」
言いたいことを言って少しは気が済んだのか、膨れ面ながらもクロハは僕から離れてくれた。
そして腰のポーチから一本の注射器を抜き取り、手渡してくれる。
「ああ、これこれ。ありがとね、クロハ」
礼を言って受け取り、流れ作業でキャップを取る。注射器を首筋に突き立て、中の液体を注入する。
――ごぼり、と体のどこかで異音が鳴った。
皮膚がボコボコと泡立ち、脈打つ。視界が白熱し、吐き気と痒みと激痛、激痛、激痛が全身に襲いかかる。
肉を刻まれる痛み、
体内を焼かれる痛み。
弾丸に抉り穿たれる痛み。
体が内側から突き破られる痛み。
今し方後輩二人から受けた攻撃、その全ての痛みが圧縮され、シチューとなって全身に到来。あまりの気持ち良さに口元が自然と弧を描く。
そして――それは始まった。
バキベキボキボキ! と赤色の煙を上げながら失った血肉が再生する。目に映る全てのものは痛いほどの純白に、耳に届く全ての音は濁流の真っ只中のように。
感覚神経が上げた悲鳴がダイレクトに脳に伝わり、胃液を足元にぶち撒ける。同時に体内の銃弾も再生された肉に押し出され、まとめて足元に転がった。
ゲロに塗れた銃弾を見て、思う。
今夜の晩御飯はもんじゃ焼きがいいな。
そして、肉体の再生が終わる。痛みは徐々に引いていき、五感も正常な機能を取り戻す。頭を軽く振って意識をリブート、体の状態を省みて、問題がないことを確認する。
最後に口元に残ったゲロと血を拭い取って、僕はへらへらと笑った。
「……あー、あー……オーケー、完璧。はは、相変わらず凄い効力だ」
――精錬薬トキワII。それが今使った薬の名前だ。
かつての第八期【ムラクモ】にて副隊長を務めていた魔導師が作り出し、その弟子と氷室が協力して複製に成功した薬。効果は単純至極、服用者の肉体を再生させるというもの。
禍力による再生と比べると欠損した部位などは再生出来ない、再生速度があまり速くないなど劣る部分はあるものの、それでも破格の薬であることは間違いない。
事実として、これがなければ僕はとうの昔に死んでいた。
だが、それにも関わらずこの薬は世間に出回っていない。死傷者の絶えないこの時勢のためにあるような薬だというのに。
その理由は大きく分けて二つある。一つ目はこれが僕のために製作された薬であること。先生が僕の教育用にとお願いして作って貰ったものである故、そもそも製作者には世間一般に普及させる意図がなかったのだ。
そしてもう一つは、先ほどの僕の様子を見れば分かる通り、副作用の存在である。
この薬は服用者に拷問じみた痛みを強いる。それも並どころか【ムラクモ】の魔導師ですら一回で精神崩壊を起こすような激痛をだ。いくら肉体が治るとしても、それで心が駄目になるのでは意味がない。
更にもう一つ、この薬は使うたびに寿命を激烈に削る。件の副隊長や氷室の診察によれば、三年前の時点で僕の寿命は20歳ちょうどだったのだとか。
まあ、そんな事情もあり、この薬はかつての僕の常套手段にして専売特許だったというわけである。
ちょっと昔を懐かしんでいると、クロハがおずおずと口を開いた。
「……相変わらず、酷いものね。その……本当に、副作用は大丈夫なの?」
「うん、平気平気。この痛みがあるから今日も生きれてるところあるくらいだもの」
「そうじゃなくて、いえ、そっちもだけど……それよりも、もう一つの方よ」
「そっちは本当に大丈夫。お前なら分かるだろ? 僕らの体に寿命なんてものは存在しない」
細胞が必要以上に損壊すれば禍力が自動的に再生させる。
故に二つ目の副作用については問題ない、はずだ。多分。確証はないが、何となく分かる。
「だからお前が心配するようなことは何もないよ。というかクロハ、お前はもっと気楽に生きることを覚えた方がいい。ハゲるぞ?」
「うるさいわ。そう言うならあなたが心配を掛けなければいいのよ」
「はは、ごもっとも。……で、そこの銀髪はさっきからなに? そんなところからこっちをじっと見てきてさ」
「…………」
視線を向けると、むっつりとした汐霧がこちらに歩いてくる。
怒っている……のだろうか? 何やらとても不機嫌そうだ。
「……さっきの戦い、見てました」
「だろうね。ここら一帯はだいたいどこもカメラ仕込んであるし。それで?」
「…………」
「黙ってちゃ分からないよ。なに? あの二人の倒し方がそんなに不満だった?」
特にホタルは心を折るためにも徹底的にやってやった。あれは汐霧からしてみれば相当に不快だったに違いない。
「は? なに言ってるんですか。違いますよ」
「だと思ったよ。……うん? いや待ってごめん、だと思わなかった……あれ?」
「どっちですか……」
呆れ顔で溜息をつく汐霧。いやだって……ねえ?
「いや、ちょっとダーティな戦い方したからそれかなって」
「私のことなんだと思ってるんですか。E区画出身の元暗殺者ですよ、私」
「でもお前、凄く善良で真面目じゃない」
「……ちょくちょく思うんですけど、遥って私のことすごく過大評価してますよね。……嬉しいですけど」
小声でそう付け足し、汐霧はこほんと咳払いする。しかしその頬は心なしか赤い。照れているようだ。
「それは今はいいんです。いいですか。私が怒ってるのは、遥がそんなにボロボロになってることです」
「はは、許してよ。僕とっても弱っちいんだから」
「だとしても、です。あんな雑魚くらいなら秒殺出来たはずです。実際最後の方なんて完全に圧倒してたじゃないですか」
「……ちっとテンションが上がっちゃいまして」
今になってあんなキチガイみたいな声上げて戦っていたことが心の底から恥ずかしくなる。あれ絶対やべえ奴だったじゃんか、僕。
「私が言いたいのは、前哨戦でそんなに傷ついてどうするんですかってことです。……次戦うのはあの二人なんでしょう?」
「いや、流石にシグレとアリス相手にあんな戦い方はしないから」
そんなの絶対に二秒で八つ裂きにされてしまう。
「……近くで見て、よく分かりました。あの二人は本物です。Aランク最上位というのも頷けます。そんな二人と遥、あなたは一人で戦うつもりなんですか?」
「今更どうした? 最初からそういう話だったろうが」
「私も戦うと言っているんです」
「却下だ馬鹿。大人しくしててくれ」
簡単に読めた提案に呆れてひらひらと手を振る。
汐霧も僕のそんな反応を見越していたらしい。表情からは諦観が滲んでいた。
「……死なないでくださいね。絶対に」
「はは、死なないよ。僕は強いから」
「少しは心を込めて言ってください……もう」
言って、汐霧は左手に銀銃を、右手に黒銃を展開する。
両方とも【カラフル】によって精製されて魔法銃だ。その様子に彼女の本気が伝わってくる。
「危ないって判断したら割って入りますから。あとで文句とか言わないでくださいね」
「はいよ頼んだ。ああクロハ、一応薬三本くらいちょうだい」
「……はい。でも、できれば使わないで」
「あいよ」
それが恐らく叶わないことを察しつつ、受け取った注射器を腰に繋いで差して置く。
「じゃ行ってくる」
「はい」「ええ」
緊張した面持ちの二人に内心で苦笑して、演習場の中央へと歩く。
そこにはちょうど準備を終えたらしい、シグレとアリスの二人がいた。
十五メートル。互いに飛び出しても一歩は余裕がある、そんな距離。
僕たちは互いを見据え、武装を展開する。
僕は鋼糸を。
シグレは長大な日本刀を。
アリスは空の両手に魔力を滾らせて。
「……………………」
各々、構えを取る。
誰も何も話さない。
既に言葉など不要だと知っているから。
そして。
場が、爆ぜた。
鋼糸が巡る。
斬撃が奔る。
魔法が暴れ狂う。
それらは僕らの中間でぶつかり合い、衝撃を撒き散らす。
その爆心地に向けて、狂ったように僕は飛び出した。