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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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少女よ、これが絶望だ b

びっくりするほどハートフル


「あぁぁあッ!!!」

「―――っ!!」


 恐怖に支配された声二つ。

 振り返りざまの斬撃と銃撃。


 それらは何もない空間を駆け抜け、過ぎていく。

 遥の姿など影も形もない。


「ッ、アイツは!?」

「分からないっ、今間違いなくそこにいたのに―――!」


 だが、現実として遥はどこにもいない。

 訝しみながらも前方に向き直る。いないならそれに越したことはない、そう自分を納得させる。


 だから振り向いたすぐ前で歪んだ笑みを浮かべている遥に気づいた瞬間、二人の頭は真っ白になった。


「捕まえた」


 一瞬だった。

 鋼糸が巡る。右脚が霞む。

 頭上の枝を介した鋼糸がホタルの首を縛り、吊り上げる。

 鞭のようにしなった上段蹴りがアイに突き刺さり、吹き飛ばす。


「……ぁっっ……!!」

「かはっ……!!」


 尋常ならざる圧迫感に喘ぐホタル、木の幹に叩きつけられて苦悶の声を漏らすアイ。

 後者は暫く放っておいても大丈夫そうだと判断し、遥は宙吊りのホタルに向き直る。


「……おー絶景。へぇ、はは、中々大人っぽくて高そうなの履いてるじゃたい。まだ14くらいでしょ? うちの座敷ぬりかべにも見習わせたいくらいだよ」

「……っ……っっ……!!」


 べらべらと喋る遥だが、当のホタルにはそんな戯れ言を聞いている余裕は全くなかった。

 今にも白目を剥きそうなほどに目を見開き、首の拘束を弛めようと喉を掻き毟っている。


 少しでも首から力を抜けば、その瞬間に折れてしまう。そうでなくても意識が落ちるのは時間の問題だ。

 ――どうにかしないと、どうすれば。

 ホタルの心にそんな思いが駆け巡るも、恐怖と焦燥感に邪魔されて何も思いつかない。


 一方の遥は、そんなホタルの様子をへらへらと嗤っていた。


「弱いねぇ。実力も精神も、狂気すら全然ないじゃない。そんなんで本当にシグレの弟子?」

「……ぁ……ぇ……!」

「あはは、日本語喋れよ。大丈夫、殺す気はな……かったんだけど、うーん、やっぱりどうしよっか。正直お前を生かしてもどう活かせばいいか想像もつかないんだよねぇ。恨まれそうだしさ」

「……ぃっ……!!」

「……ねえ聞いてる? お前のことなんだけど。ねえ、ねえってば。聞こえてますかー!! ねーえー!!」


 言い、遥は鋼糸にかける力を強めた。

 その分だけホタルの首は更に締め付けられ、口が魚のようにパクパクと開閉し、二本の足がみっともなくバタバタと宙を泳ぐ。


「わぁ、なにこれオモチャみたーい。そーれ、ワンツーワンツー」

「っぅ……!! ……っ、ぁ!!」

「あはは。頑張れぇー、根性見せろぉー」

「…………っ…………!」


 力を強め、弱め、また強め。ガクンガクンとホタルの体が上下し、それに伴って音楽のように変わるホタルの苦しみようを遥は笑う。

 やがてホタルの抵抗が消え始め、手足がだらりと垂れ下がった頃を見計らい、遥は手を止めた。

 同時、その音に気付く。


「あん?」


 みしり、という破滅的な音。

 ホタルを吊るしている枝の根元から。

 遥が気付くのを待っていたかのように音は加速度的に大きくなり――べきり、と枝が根元から折れた。


 当然、支えを失った鋼糸は落ち、同様にホタルも落下する。

 そこそこの高さからの落下だったが、ホタルは空中で回転して足から着地する。骨も無事だ。見たところ姿勢を制御していたわけでもなかったというのに。


「運いいなぁ」


 呟いて、遥は手をついて激しく咳きむホタルに歩み寄っていく。

 その足音にホタルは顔を上げ、遥を睨みつけた。


「げえ゛っ、オ゛エ、エエエエ゛ッ!! ……はぁっ……あぁあっ……!」

「はは、ブッサイクな顔してんなぁ。せっかくの美少女が台無しだ」

「……さない……絶対に許さない……! 殺してやる……殺してやるお前!!」


 地面を殴りつけて立ち上がり、ホタルは左目の眼帯に手を掛ける。

 これ(・・)は奥の手にして鬼札。ホタルが【ムラクモ】に入るきっかけとなったもの。

 肉体への負担や魔力消費が激しいために普段は封じているが、そんなことはもうどうでもいい。

 ただ目の前にいる敵を、最悪の糞野郎を、殺す。殺し尽くす。


「いや馬鹿か?」


 そんなホタルの顔面に、遥のつま先が突き刺さった。


「ウぶっ……!!」

「今更使わせるわけないでしょそんなの。使うなら僕が格上だって分かった瞬間に使っておけよ」


 遥は喋る片手間に鋼糸を展開。瞬時にホタルの首に絡め、仰け反る頭を無理矢理に引き寄せる。

 そして再び放たれた前蹴りが寸分違わぬ場所を蹴り抜き、ホタルの頭をサッカーボールのように跳ね上げる。


「ぶギぃっ!!」


 豚の鳴き声のような悲鳴が上がる。もはや冷静沈着な少女剣士の姿はなく、そこにいたのは無様に苦痛に悶える動物のみ。

 折れた歯と血飛沫が放物線を描く中、遥はホタルの頭を空中で力任せに掴む。


 そしてそのまま、腕の勢いを乗せて――


「せー、ェのッ!!」


 思い切り木の幹に叩きつけた。

 ぐしゃり、と少女の後頭部から響く嫌な音、血液。


 ホタルの体から今度こそ力が抜け落ちて、それでも遥は動きを止めない。

 遥は右腕で少女の頭を木に押し付けて固定し、動かないようにしてやる。


「死ね」


 ぼぎり、と。

 放たれた膝蹴りが、ホタルの顔面に突き刺さった。

 90度向きを変えた首が、木と膝にサンドされた頭蓋骨が、破壊的な音を奏で上げる。


 白目を剥いた顔、ビクンビクンと痙攣する体、気絶して漏らしたのか漂う異臭。

 それを確認した遥はふうと溜息を吐いた。


「まず一人」


 呟き、その場を跳び去る。

 そのおかげで、遥は音を立てて倒れてきた巨木に紙一重潰されずに済んだ。

 ちらりと見ると幸運にも(・・・・)、ホタルは一切巻き込まれていない。


「くっ……!?」


 着地。その瞬間落とし穴でも掘ってあったのか陥没する地面。崩れる前に再び跳躍して難を逃れる。

 今度こそ回避し切れたことを確認して、遥はある方向に視線を送った。


「……へぇ、まだそんなに出来るんだ」


 立ち上がり、その方向へと歩き出す。

 視線の先には木に寄りかかって立つアイの姿。遥がホタルを嬲っている間に昏倒から抜け出したようだ。

 アイは両手を前に突き出し、言った。


「【マガツキ】……!」


 魔法名。魔法のトリガーとなる言葉。

 アイの全身から凄まじい魔力が解き放たれる。

 それは波紋のように広がり、瞬く間に周囲のもの全てを包み込んだ。


 直後、世界が変わった。


 木々が遥を追い縋るように倒れる。

 突風が吹き荒れ、鋭い枝や岩が弾丸のように放たれる。

 踏み出した地面が崩れ落ちる。

 足元の草が蛇のように足を絡め取る。

 偶然仕掛けられていたトラップが起動し、弓矢が、ナイフが、爆発が襲い掛かる。


 まるで世界が遥一人に牙を剥いたかのような有様。

 遥はそれらを躱し、叩き落とし、切り裂くも、不規則な上に呆れるほど数が多い攻撃に、次第に傷を負っていく。


「っと!」


 ついに遥の体勢が崩れた。

 17回連続で着地と同時に崩れた地面。複雑に絡んだ雑草が足に絡みつき、跳躍による回避を封じる。


 ――樹海フィールドに入って初めて遥が見せた隙。


 アイは直感する。

 今だ、今しかない。


「うぅあああああッ!!」


 更なる魔力を注ぎ込む。先の波紋の優に二、三倍の大きさの波紋が脈打ち、世界を変える。

 瞬間、起こったのは罠や環境の武器化程度のものではなかった。


 地震が。

 竜巻が。

 間欠泉が。

 爆轟が。


 多種多様な自然災害が巻き起こる。

 そして、それら全てが同時に遥に襲いかかり、その全身を呑み込んだ。


 衝撃と、光と、煙が、轟いた。


「……これが、アイの、僕たちの強さだ……」


 背後の木に体を預け、息も絶え絶えにアイは絞り出す。

 殺した。その確信がある。死力を込めた切り札たる【マガツキ】をモロに叩き込んだのだ。今までのように技術や小細工でどうにか出来る範疇を超えた、純粋な暴力の嵐を。

 よしんば生きていたとして、無事であるはずがない。


 煙が晴れ、衝撃が流れて消える。

 アイは斃した敵を確認しようと、一歩前に出て、


「――なるほどね。それがお前の魔法か」


 それが絶望なのだ(・・・・・・・・)と知った(・・・・)


 裂けたような笑み。

 ギラギラとした眼光。

 遥だ。

 遥が笑って、立って、生きている!


「あ……あぁあ……!!」


 歯がガチガチと噛み合う。

 言葉にならない。

 思考が形を成さない。

 背後に木があることも忘れ、近づいてくる遥から少しでも逃げようと後ずさろうとする。


「はは、逃げるなよ。悲しくなっちゃうだろ?」


 遥の右手がブレる。刹那、アイの全身が磔のように縛り付けられた。

 遥は笑みを浮かべたまま、そんなアイに近づいて行く。


「念動や環境操作かと思ったけど、そうじゃない。さっきの攻撃はお前の意思に関係なく発動していた。なにせお前の認識外のものすら武器となって僕を襲ってきたからね」


 歩く遥は全身に傷を負い、血を滴らせていた。

 【マガツキ】によって起きた現象によるものではない、まるで肉体が内側から破裂したかのような損傷ばかりだ。


 それでも顔を歪めるどころか息一つ乱さない遥が、アイにはひたすらに不気味だった。


「では何か? 考え方を変えよう。魔導師というのは基本的に一つの魔法を特化させ、そこから新たな魔法を構築する。故に絶対的な共通点が存在するんだ。それが何かを考える」


 木の枝と葉を思い浮かべれば分かりやすいだろうか。

 その者が最も得意とする種類の魔法の性質を枝として、魔法はそこから繁る葉だ。どうしたって木の性質に影響される。


「ここでヒントとなるのは今日これまでの戦闘だ。いろいろあったけど一番印象に残っているのは――僕はお前との戦闘中やたらと運が悪く、逆にお前とホタルはやたらと運が良かった」


 ついに遥はアイとの距離を詰め切り、片手をその顔に沿わせる。

 そして、囁くように言った。


運を操る魔法(・・・・・・)。それがお前の魔法の正体だ。違うか?」

「………………ぁ……」


 もはや、反抗する気力はなかった。

 打った手は尽く下され、必殺を真正面から破られ、魔法の正体まで看破されて。

 肉体以上に精神を打ち負かされたアイに出来たのは、現実からの逃避のみ。


「ん? ……ああ、いいよ、寝て。お前はそこそこ強かった。その強さに免じて、今くらいはゆっくり休むといい」


 その言葉を聞き届けるのと、ほぼ同時。

 アイの意識は暗闇に転げ落ちた。








「……掘り出し物、見ぃつけた」


 故に、その呟きを聞く者は誰もいなかった。

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