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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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天ノ叢雲ノ剣

質問などあれば遠慮なくお聞きください



◇◆◇◆◇



 ・候補生十四番。


 ・【アマテラス計画】において製造された十四番目の個体。


 ・魔力総量は十番、十三番と同じくイザナミの約百分の一で十分な実用に耐えると判断。


 ・以降育成プログラムに沿った教育が為される。


 ・2217年の反政府勢力によるクーデターの折に五番、十一番と共に行方不明となる。


 ・塔、軍共に捜索が行われたが発見出来ず。


 ・2220年に捜索が打ち切られ、同年死亡処理が行われた――




「――ってのがあの結界使いの身の上らしいね」


 車中にて、助手席に座った僕は手元の紙束をパラパラと捲り、言う。

 一時間ほど前に央時から受け取った資料はとても綺麗にまとめられており、大した苦もなく必要な情報を抜き出すことが出来た。


 用済みになった資料を魔力で砂粒ほどの大きさまで磨り潰し、窓の外へと放り捨てる。そんな僕の隣でハンドルを切る汐霧は、少し困ったような声を出した。


「ええと……アマテラス計画とイザナミの意味が分からないです」

「イザナミは今の『結界装置』のことだよ。ほら、この前汐霧父が殺そうとしてたやつ」

「ああ……あの結界に守られていた女の子ですか」


 そうか、汐霧は汐霧父が防護障壁を壊すところを見ていたんだったな。それなら説明はいらないか。


「アマテラス計画っていうのはお姫、『結界装置(イザナミ)』の後継を作り出そうって計画だね。イザナミの能力値を百分の一した個体を100人作って、安定的に大結界を運用するのが目的だったかな」

「……それはまた」


 汐霧は複雑そうに顔を曇らせる。倫理観や道徳観が全てと言うつもりは彼女だってないだろうが、思うところはあるらしい。気持ちはよく分かる。

 ただ、この件に関しては仕方のない部分も少なからずある。屑共を擁護するようで癪だが、まあ、そこはそれ。

 僕は口を開く。


「汐霧はさ、魔法を使い過ぎた人間がどうなるか知ってる?」

「使い過ぎたら、ですか? よく言われるのは体組織や脳機能への異常、記憶や精神への障害ですけど……」


 その言葉通り、汐霧が一ヶ月ほど前にE区画のパンドラを殲滅した直後、狂乱して襲い掛かってきたのは記憶に新しい。

 アレは精神的な要因が八割を占めていたが、魔法を使い過ぎた結果であることもまた事実だ。


 そしてその果てには本物の暴走――10年前の僕が陥った最悪の現象が待っている。汐霧は運良くそうならなかったが、あの時は本気で焦った。

 まあ、今その話はいい。「他には?」と続きを促す。


「他、ですと……、…………眉唾ですが、寿命の減耗とか」

「ピンポンパンポン大正解~。ご褒美にこのペロペロキャンディーを」

「いらないので説明お願いします。ハリー」

「あ、そう……」


 僕はしょんぼりとしてキャンディーをバッグに戻す。園児帽とスモックも合わせて用意したのだが、どうやら無駄になりそうだ。

 勿体無いな。絵面的に絶対似合うと思うんだが。


「……その『魔法を使い過ぎると寿命が減る』って話は正真正銘真実よ。証拠はないけれど、そういう前提で考えて」


 後ろから届く声。後部座席に座ったクロハの声だ。逸れに逸れた話を見兼ねたのだろう。声に呆れが滲み出ている。

 こほんこほこほ、と二人分の咳払い。場の空気をリセットし、真面目な話に戻る。


「要するに、だ。『結界装置』なんて言っても結局は人間の女の子なんだから限界はある。でも大結界の性質上、一年365日の一日たりとも休むわけにはいかない。必然、彼女の寿命は恐ろしい速度で削れていく」

「……その命が尽きてしまう前に、何らかの代替手段を確立しておく必要がある。だから多少非人道的な計画であろうと許容するべき……と、そう言いたいんですか」

「少なくとも理解はするべきだろうね」


 それに、この計画はそれなりの人情味が感じられる。

 技術的な理由もあるが、今のお姫さま(イザナミ)のように一人に全ての負担を負わせるのではなく、100人に均等に分散させる形を取っている。

 何よりこの計画が成功すれば、今現在お姫さまに掛かっている負担を軽く出来るかもしれないのだ――


「黙れよ馬鹿が」


 隙あらば善人を気取りたがる己に向けて重く呟く。口の中だけにしたつもりだったが、隣に座る汐霧にぎょっとした顔をされた。


「……何でもないよ。ごめん。それより資料の内容は理解できた?」

「はい。確認するなら繰り返しますけど」

「いいよ。それより今から少し集中するから、目的地に着いたら教えて」


 女の子に運転させてる上、その助手席で自分は目を閉じるなどマナー違反にもほどがあるだろうが、恥を忍んで断行する。

 何故か――簡単だ。ここから先は本物の死地だから。それに尽きる。


 戦闘機械(シグレ)戦闘狂(アリス)


 東京でも最強クラスの魔導師である二人を、これから僕は人間として抑えなければならないのだから。





 それから約一時間後、汐霧の運転する車は【ムラクモ】の隊舎前に到着した。

 車から降りた僕らを出迎えたのは、幸いなことにゲボ共ではなく赤毛の品行方正な少年、コノエだった。


「お待ちしてました、ハルカさん。第四演習場でリーダー達がお待ちです……と、そちらの方々は」

「殺されそうになった時の保険。強いから、仕掛けて死んでも自己責任でね」

「はは……心配せずともそんなつもりはありませんよ。噂に名高い汐霧憂姫に襲い掛かるほど命知らずではありませんから」


 毒気のない苦笑を向けられる。

 いや、お前がそういう奴じゃないのは何となく分かる。僕なんかにこんな丁重な対応をしてくれる辺り、真から真面目な人間なんだろう。

 それは分かっているんだが……悲しいかな、【ムラクモ】に属しているというだけで疑念がバブ入れた風呂みたいになるんだ。ごめんな。


「それではリーダーがお待ちの件、確かに伝えました。僕はリーダーにお使いを頼まれているので、また後ほど会いましょう」

「そ。頑張ってね」

「ありがとうございます。それでは」


 コノエは丁寧に腰を折り、この場を後にした。

 なんだろう、今のやり取りでめちゃくちゃ癒されてる僕がいる。最高じゃないか後輩。


「……ホモ野郎」


 ひっそり感動していると、ふと後ろからとんでもねぇ単語が聞こえた。

 僕はにっこり笑って振り返る。


「おい今のどっちだ?」

「「ホモ野郎」」


 どっちもかよジーザス。


 そんなこんなで僕らは第四演習場を目指して歩き出す。

 道中、都合良く暇だったので汐霧とクロハに頼みたいことについて詳しく説明することにした。


「クロハ、お前には僕が人間の範疇の動きをしているかの判別を頼みたい」

「パンドラアーツの身体能力を解放していないか、もし解放していたら止める……そういう解釈で問題ないかしら」

「アイアイ・マム。それで頼むよ」


 僕がパンドラアーツになったことをシグレとアリスに知られるわけにはいかない。

 それ故【ムラクモ】の僕もパンドラアーツの僕も知るクロハに監視して貰い、万一うっかりと化け物の戦い方をしてしまうのを防ぐ。


「遥、私は?」

「汐霧はさっきも言ったけど殺されないための保険ね。人体急所……特に心臓と脳味噌を狙った攻撃が当たると思ったら割って入って欲しい」


 死の気配に敏感で、強力な加速魔法を持ち、一級の銃撃の腕を持つ汐霧。よっぽどの攻撃でも来ない限りセーフティとしての役割を果たしてくれるはずだ。

 そのよっぽどの攻撃は……僕が何とかしよう。それくらい、いいさ。


 これは僕の戦闘だ。

 一から十まで汐霧任せにするつもりはない。


「脳味噌と心臓……パンドラアーツの急所ですか」

「ああ。どっちも潰されたら終わる」

「即死する、ということですか?」

「そう思ってくれていい。正確には即死するのは心臓だけだけどね」


 胸の中央に触れる。

 ここには心臓と、半ば心臓に同化している核がある。


 核は(あまね)くパンドラの弱点だ。僕とてそれは変わらず、砕かれれば即座に肉体の半分を失って死んでしまう。


「心臓だけ……ですか。それじゃ、脳の方はどうなるんですか?」

「『儚廻遥』が死ぬ」

「……は?」


 端的に告げると、汐霧は訳が分からないという顔をした。

 僕はへらへらと笑い、続きを口にする。


「そのままの意味だよ。儚廻遥という屑畜生の半端者が死ぬ。記憶人格自我感情、僕を構成する全てが消えて――そして、ただ一つバケモノだけが残る」


 核をパンドラとしての弱点とするなら、脳は人間としての弱点だ。

 一瞬だろうと無意識下のコントロール全てを手放すのだ。禍力に呑まれ、二度と戻ることはない。


「そうなったらどうなるか……下手すると世界とか滅ぼしちゃうかも」

「…………」

「おーい。はは、今の笑うところだよー?」

「……笑えませんよ、そんなの」

「はは、そりゃ遺憾」


 そうなった僕など想像するだけで滑稽極まりないのに。ああ、今も大差ないか。

 気付けばクロハにも冷たい視線を向けられていたので、へらへらと笑い話題を変える。


「ま、そんなわけで頼んだよ。ああ、別に気負う必要なんかないからね? 守るのは僕なんかの命なんだから。気楽に、適当に。オーケー?」

「……ええ」


 意図と反して深刻な顔をする汐霧。僕がフォローを口にする前に、辺りの景色が変わる。

 ひらけた景色。若草と土、巨大な円のように辺りを囲む木々。

 そして――


「待ったよ、ハルカ」

「…………」


 アリスが。

 シグレが。

 二匹の戦鬼が、佇んでいた。


 汐霧とクロハを待たせ、僕は彼らのすぐ前へと距離を詰める。

 いつの間にか僕の顔は、残忍に、酷薄に――へらへらと笑っていた。


「ああ、僕もだ」


 さあ。

 ここから全力だ。

Twitterで応援させて頂いている黒鳶らるむ様(@KurotobiL)から素敵なイラストを頂きました!


挿絵(By みてみん)


かっこいい。

それに尽きます。

本当にもうかっこいい。


載せた気になってた私は死んでいい。

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