小休止
三週間も開くとか何やってるんでしょうね私は
◇
「――なんて言われたけど。そんなに僕の顔って酷いかな?」
「ええ、酷いですね。特に笑顔なんて目を背けたくなるくらい酷いグロ画像です。あれは法律で禁止するべきです」
「……あの、そこまで言う……?」
ぺんぺん草も残らない言葉の絨毯爆撃。僕はちょっと泣きたくなったので天井を仰ぐ。はは、汚ねえ。
じゃれつくクロハの相手をしていた僕の隣に腰掛ける汐霧。ぼす、とソファが彼女の体重で凹み、風呂上がりのほかほかとした温かみが漂ってくる。微妙に暑苦しく、鬱陶しい。
「まあ、もうすぐ夏ですから」
「……ナチュラルに心読まないでくれ。エロいこと考えられないだろ」
「それなら少しは顔に出さない努力をしてください。そんな『うわコイツ邪魔くせえ』みたいな顔されたら腹のひとつも立ちます。私だって女の子なんですよ、こんなでも」
「知ってるよ。……わー汐霧さんとーっても魅力的ぃー。脇とかおでことかから感動のラブジュース流しちゃーう。この心身ともにじとっとしてくる不快感はなんなんだろなー。恋かなー」
「梅雨の湿度ですね。……ああ、そういえば今週いっぱいで明けるそうですけど」
それは僥倖。雨も嫌いではないが、やっぱり晴れている方が気持ちいい。
雑談が一区切りし、汐霧はドライヤーを、僕は再びクロハの相手に戻る。帰宅途中に拾った猫じゃらしを右に左に、それにじゃれつくクロハも右に左に。はは、面白いなこれ。
――結局梶浦と別れた後、僕は一度家に戻ることにした。
他でもない梶浦に、変態連中を除けば唯一の幼馴染とも言えるアイツにああまで言われたのだ。無視は出来なかった。
……それにしても、そっかぁ。僕の顔ってそんなに不細工かぁ。心はともかく顔だけはいいはずなんだけどなぁ。
流石は汐霧家の元ご令嬢、イケメンの類は飽きるほどにかっ喰らった、と。
「……今ものすんげえ不愉快かつ的外れな妄想をされたような気がしたんですけど」
「はは、イッツイマジン。ビッ……汐ッチは気にしなくてもいいことさ」
「おい今なんて言った」
どうやら口調がヤンキーチェンジするくらい気に入らなかったらしい。……親しみの込もったいいあだ名だと思うんだけどなあ、汐ッチ。
と、談笑……談笑? していた僕の背にぺたりと引っ付くひんやりとした生物が一人。振り返るまでもなく、候補は一人しかいない。
「あまり気落ちしないでいいわ、ハルカ。大丈夫よ。私はかっこいいと思うし、好きよ」
「クロハはお前、僕がミミズになろうとそう言いそうだから信用ないんだよなぁ……あと重いからどけい」
「嫌無理絶対断固拒否。せっかく今日は一日一緒にいれると思ったんだもの。なのに結局いつも通り別行動だなんて酷いわ、詐欺だわ」
「知るかあ」
前門の罵詈雑言爆撃機、後門のめんどくさいいきもの。
梶浦へ。休息の場所が自宅とは必ずしも決まりではないみたいです。今度みんなでお泊まり会とかしような。
とりあえず手持ち無沙汰なのでテレビを点け……ようとしたら寸前で汐霧にリモコンを取り上げられた。
僕はじっとりと彼女を見遣り、言う。
「……家主ぞ? 僕、この家の家主ぞ?」
「知ってます。住まわしてもらっていることへの感謝を忘れたことはないつもりです」
「だったら待遇の改善を求ーむ。こちとら女の子二人でいつも肩身が狭いんだ、今すぐどっちか男になれーぃ」
「…………女子として最高級に傷つく物言い、どうも」
「…………ハルカ、私、傷ついたわ。ちょっと泣きそう」
ああ、今のじゃこの二人の女性的魅力を一切否定したようなもんか。……いやそれ当たり前じゃね? 認めたらポリスだぞ僕。
腑に落ちないが、とりあえずはフォローを。
「あー、うんごめん。流石に言い過ぎた。僕だって同じ蹴られるなら女の子の方がいい。パンツ見えるし」
「……………………」
「……………………」
視線の温度が5度ほど下がった。
「……最っ低。最っっっ低。知ってましたけど!」
「そう言うならスカートで蹴ってくるの自重してくれ。こう……あるだろ、他にも。喉仏殴るとか鼻を殴るとかいろいろ」
「もしそれやったら息荒くしてゲーゲーするか鼻血ダラダラ垂らすかの二択じゃないですか。嫌ですよ私、そんな変質者みたいなの視界に入れるの」
「……え、何、それじゃあお前的に股間押さえて蹲ってるのはセーフなの?」
過去18回ほどそれをやって、その度にゴミを見る目を向けられた記憶がある。
汐霧はどこか遠い目になって、乾いた笑みを浮かべた。
「……E区画にはたくさんいたので。もう見慣れてます」
「マジかよ流石だな汐ッチ」
「…………!」
「オーケー僕が悪かった、もう言わない。だから銃はやめよう。ザクロがご所望なら今度買ってくるから。ね?」
「…………チッ」
ノータイムで現れた銃口にホールドアップ。なんだお前それ、何でソファに拳銃仕込んでんだ。
ぶるぶると震える哀れな僕に同情したのか、はたまた弾の無駄だと思い直したのか。汐霧は舌打ちして銃をソファにしまい直した。
「……話を戻しますけど。テレビなんか見る暇があったら休んでください。梶浦にも休むよう言われたんでしょう?」
「ん、そうだけど……あれ、話したっけ?」
「分かりますよ。……あなたが素直に言うこと聞くのなんて、私の知ってる限りあの三人くらいなんですから」
拗ねたようにそう言う。あの三人というのは梶浦、藤城、お嬢さまのことだろう。
「そんなことはないよ。理論的、建設的、合理的、倫理的……は、まぁ場合によるけど。そういう意見は誰のものでも聞くようにしてるつもりだ」
「だったら私の意見も聞いてくれますよね? 休むならテレビなんて見てないでちゃんと寝て休んでください。明日も早いんですから、ほら、ほら」
「あ、ちょっ――」
ぐいぐいと力任せに肩を押される。こんなナリだがコイツは素手で防火扉をブチ抜くような人型ゴリラだ。踏ん張れず、そのままソファに押し倒された。
背中に引っ付いていたクロハの「ぐェッ」という鳴き声が響く中、僕はへらへらと汐霧の顔を見上げる。
「……はは。まさかお前に押し倒されるとは思いもしなかったよ。そんなに溜まってたのに気づかなくてゴメンね?」
「はい、私だってこんなでも女子ですから溜まるものはあります。例えば怒りとか呆れとか……あれ、ちょうどいいところにちょうどいいボールが」
「バランスボールならあっちですぜ旦那。それ僕の頭蓋骨ですぜ」
「どうでもいいから早くどいて頂戴……!」
割合必死度高めの声に背を浮かすと、クロハは素早く這い出て行った。僕も体を起こそうとして――とん、と額に指を置かれた。
ぱちくりと目を瞬かせ、汐霧を見上げる。
「……あの、起き上がれないんだけど?」
「ええ、起き上がれないようにしてますから」
「……はあ」
そんなドヤ顔されましても。
「さっきまでの寝ろ寝ろってのはどこに行ったのさ」
「……? ですから寝かしつけたんですけど?」
何を当たり前のことを、という表情の汐霧。
それが意味するところを察し、僕はとびきりの渋面を作る。
「……まさか、ここで寝ろと?」
「はい。部屋に戻ったらどーせぐだぐだと夜更かしするでしょうし。どーせ」
「そんな何回もどーせとか言わない。それにそんな気は……」
ないつもり、だ……が、今の気分で安らかに休むことが出来るかと言われれば答えは否だ。
やれることが、やるべきことがあるのに、何故休まなければならない? 心配されている疲労だって全く大したことはないのだ。自分のことは自分が一番分かっている。どんなに大目に見ても強がりではない。
僕の言いたいことを察したらしい汐霧が小さく頷く。
「……そうですね。確かに遥の言葉は嘘じゃないと思います。体調も疲労もまだ休息が必要なほどじゃない……それは疑ってません」
「そう。なら」
「でも、その顔は放っておけません。……誰かに似てると思ってましたけど、さっきやっと思い出しました。今のその顔、そっくりですよ。その愚か者に」
「愚か者? はは、へぇ、お前が誰かをそんな風に言うなんて珍しいじゃない」
基本的に善良で真面目なコイツがそこまで言う相手。一体どんな人格破綻者なのだろうか。
少しの興味に従ってへらへらと聞くと、汐霧は「それはそうですよ」と溜息を吐いた。
「だって『誰か』じゃありませんから。――本当にそっくりです。咲を守ろうと独りよがりに足掻いていた少し前までの私に」
「…………はっ?」
「あ、もう。寝ててくださいってば」
やんわりと押し止められ、思わず起こそうとした上体が再びソファに沈む。
仕方なく、格好がつかないのは百も承知で、汐霧を見上げたまま僕は口を開く。
「……僕が、今の僕が、……本当に?」
「ええ。自分一人で全部出来る気になって、守ろうとした人の気持ちを無視して、狭い視野で全てを見た気になって、挙げ句の果てに守りたかった人に憎まれて……結局何も守れなかった失敗者。そんな愚か者とそっくりの顔をしてますよ」
吐き捨てるように紡がれた言葉。その端々から滲むおぞましいまでの自罰に、僕は息を呑む。
なんて、なんて重い。どれだけ自責と後悔を重ねればこんなに言葉が重くなるというのか。
「断言します。そんな顔をした人間の行き着く先は間違いなく失敗です。だから、せめて、少しだけでも元の遥に戻るまでは……ゆっくり休んでください」
「……なるほど、ね。はは、確かに話に聞く昔のお前みたいになるのは御免だね」
「ええ、でしょう?」
塔で戦ったときに咲良崎が零した憎悪は半分以上がパンドラの血により増幅し、荒れ狂ったものだった。
だがそれ以外――例えそれが一割以下であろうと、彼女の憎悪は確かにそこにあったのだ。
汐霧から視線を外し、傍らのクロハに移す。
コイツには憎まれても仕方のないことをたくさんしてきたし、やってきた。だから今更どうなってもいい――そんなわけがない。
僕はクロハの頭に手を置き、その絹糸のような黒髪を撫でるように手で梳く。
「ん、ん……ハルカ?」
「なんでもないよ。ただ……うん、はは。綺麗ないい髪だ」
「そう。それなら気が済むまで撫でて。髪は女の子の命なのだから、うんと優しく」
偉そうなクロハに苦笑して、繰り返しゆっくりと手を動かす。
クロハは道具だ。妹を救うための道具。それは絶対の大前提だが、だからといってコイツが人間であることを否定するつもりは全くない。
人に嫌われたら、憎まれたら、悲しい。自分に好意を向けてくれる相手なら、なおさら。
それを避けられるような余地が、現状にまだ許されているのなら……
「……それを避けるために尽力するべき、か」
「ええ。これでもまだ悩むならとっておきです。ひとつ、いいことを教えてあげますね。――大切な人に嫌われるのって、本当に辛いんですよ?」
「……っ、ふっ、は、ははっ。ああ、うん、文字通り身を切ったアドバイスをどうも。分かった、僕の負けだ。大人しく休むとしよう」
これ以上ないくらい実感を伴った忠告に、思わず吹き出してしまった。負けました、ホールドアップとまな板の鯉よろしく一切の抵抗をやめる。
ここまで万感の込もった忠告を貰ってなお張り続ける意地など、あいにく持ち合わせがない。
未だ額に置かれている手をぺしぺしとタップし、降参の意を示す。
「さ、部屋戻って寝るからこれどけて」
「……本当に?」
「ハカナミウソツカナイ、フォーユー」
「信用出来ません」
「あれぇ!?」
ばっさりと一刀両断。とても悲しい。
「……はぁ。寝るならここで寝てください。それなら私も安心できますから」
「ここってこのソファで? いやまぁ寝れなくはないけど……」
実のところ、もともとかなり大きい型のソファだから寝苦しくはない。季節が季節だから寒くもないし、すぐ近くには毛布もある。部屋で寝るのとさしたる違いはないだろう。
だから問題という問題はない、のだが……やっぱり寝るならベッドの方がいい。当たり前だ。
「そんなわけで断る」
「いや、どんなわけですか……」
「あー……うん、そう、僕枕が変わると寝られないんだ。柔らか低反発なアレじゃないと寝つきが悪くてね。そういうことだから……」
「じゃあ部屋から取ってきます」
「いやんユウヒさんのエッチィー! 勝手にお部屋に入らないでよママァ!」
「……。分かりました。そうですね、それなら……」
言うと、マウントを取っていた汐霧が視界から消えた。これ幸いと体を起こすと、先ほどとは逆側から伸びてきた手に頭を掴まれ、強制的に押さえつけられる。
後頭部から伝わってくるのはソファの硬くはないが柔らかすぎもしない感触――では、なく。
ソファよりもずっと柔らかく、何より温かい。これは……
「……膝枕?」
「正解です。……や、柔らか低反発ですよ?」
「自分で言って照れるなよ……」
赤面するくらいならやらなきゃいいのに。マゾか。
思わず呆れ顔になる僕に、汐霧は耳まで真っ赤にしながら唇を尖らせた。
「な、なんですか。そんな顔しないでもいいじゃないですか。私はどっかのバカナミヤルカと違って貞淑なんです。慣れてなくて当たり前じゃないですか」
「うん、今お前なんて言った?」
貞淑な女の子は人の名前をド最低に改変しねえよ。
僕でもそう言わないような下ネタにドン引きしていると、クロハがひょこりと顔を出した。
「やめなさいな、ハルカ。ユウヒはヨゴレのあなたと違って本物の生娘なんだからあまり虐めちゃかわいそうよ。弱いものいじめはよくないわ」
「き、生娘……」
「ヨ、ヨゴレ……」
12歳の少女のえぐい評価に本気でショックを受ける僕と汐霧。
そんな年長者二人を放っておいて、クロハは言葉を続ける。
「そんな女の子がここまで慣れないことをしてまで示してくれた好意よ。そういうの無碍にできない性質でしょう? ね、ハルカ」
「は、小心者のヘタレで悪うござんした」
「あら、悪くなんてないわ。好きだもの、そういうところ。あと、ユウヒの膝がよく眠れるのは私が保証しましょう。この私が人前でも構わずに熟睡できた――こうでも言えば少しは凄さが伝わるんじゃないかしら」
「それは……まあ」
「なら決まりね。ほら、大人しく横になって力を抜いて。目を閉じて……はい、おやすみなさい。次目を開けたら潰すから、そのつもりでいてね」
「…………」
黙った僕の耳にヒュッ、ヒュッと風を切る音が届く。目潰しの素振りをしている――それが鮮明に分かるパンドラアーツの聴覚が今は恨めしい。
……ただ、まぁ、こうしてすることもなく目を閉じていると、激烈な眠気が襲ってくるのもまた事実なわけで。
それは肉体的には正常な反応ではあるものの、自分が僅かながらも身体について読み違えていた動かぬ証拠であり。
「汐霧」
「なんですか」
「飽きるなり疲れるなりしたら、やめていいから」
「言われなくてもそうします」
それはよかった、と。
竹を割ったようなその答えに小さな懸念が潰れたのと同時、僕の意識は……ブツリと切れた。
…………………………。
………………。
……。
◇◆◇◆◇
「……寝たかしら」
「……寝ましたね」
声を潜めて確認し合うクロハと憂姫。その視線はこの家の家主である青年へと向いている。
「コレの場合、意味もなくドッキリかましてきそうで嫌なんですよね」
「わかるわ。しかもそれを一週間はネタにして引きずるからほんとにクソよ」
「ですね。クズでクソです」
「ええ、本当に」
遠慮なく貶しながらも遥の様子を窺う二人。これだけ言っても起きない辺り本当に寝ているのだろう。二人してほっと安堵の息をつく。
なんとはなしに目を閉じている遥の顔に視線が集まり、憂姫がふとぽつりと零した。
「というかこの男、すっごくぐっすり寝てますね」
「まぁ、基本寝るときはぐっすりと眠るタイプだから……」
いつでもどこでも熟睡できるのはもちろん、実際の睡眠時間の倍の時間分の睡眠を摂れるのが今の魔導師の必須技能だ。
だから、まぁ、当たり前といえば当たり前な話ではあるのだが……
「なんかイラッときますね。私たちに無駄な心労与えてるくせして。……落書きでもしてやりましょうか」
「別に止めはしないけど、多分コレを喜ばせるだけだと思うわ」
「……ですね。虚無感がすごいです」
憂姫は溜息を吐き、せめてもの気晴らしに膝上の頭をうんと優しく撫でてやる。
普段チビだの嘆きの平原だのと馬鹿にしている自分に撫でられのはさぞ屈辱的だろう。いつか起きているときにやってやろう、と強く心に決めた。
数分ほどそうした時間が続き……意を決して、憂姫は口を開いた。
「……聞いてもいいですか、クロハちゃん」
「ええ、いくらでも。なに?」
「どうして……さっき、クロハちゃんは私の味方をしたんですか?」
――つい先ほどのこと。
憂姫は遥の顔に嫌な予感を感じ取り、彼に休息を勧めた。説得は予想通りに難航したが、クロハの丸め込みによりどうにか遥を休ませることが出来た。
だが、おかしいじゃないか。遥を休ませるということはそれだけ敵の情報を集める時間が減る、つまりクロハを守れる可能性が減るということだ。
誤解のないように言っておくと、憂姫は自分の選択を間違いだとは思っていない。
合理的で、最終的に、回り回ってクロハの安全を守ることに繋がると確信している。
だからと言って、いかに合理的な判断だろうとそう簡単に感情が伴うはずもない。
一見して遥のためにクロハを見捨てた、と解釈されるような選択なのだ。口には出さずとも不服そうな表情の一つはあってしかるべきだ。
だが、先ほどのクロハの様子は――あれでは、まるで。
「まるで、自分のことを諦めてるみたいじゃないですか……」
「……私があなたとハルカを信じてるから、と言ったら?」
「嬉しいですよ。なんなら今すぐ飛び跳ねたいくらいに。……でも、それだけじゃないことくらいは私にだって分かります」
「……そう見えたのならごめんなさい。そして、ありがとう」
口から出たのは肯定でも否定でもなく、謝罪と感謝だった。
クロハは視線を落とし、眠る遥の頭をゆっくりと梳く。いつもやって貰っているように、愛おしむように、慈しむように。
そしてふと、呟く。
「ね、ユウヒ。穏やかな寝顔ね。いつもへらへら笑ってるからかしら? なんだか幼く見えるわ」
「そう……ですね。いつもは……あんな言動なのに不思議と大人びてますから。だから今はずっと子どもっぽく見えます。……ちょっと新鮮です」
「そうね、その通りね。私も新鮮に感じているわ。――まだ17歳の子どもなのだから、そんなこと当たり前のはずなのにね」
「…………!」
ハッとする憂姫を置いて「ま、歳に関しては私が言えることじゃないけれど」とクロハ。
「……そうよ。ユウヒ、あなたにだから白状するけど、私は私自身をもう諦めてる。最悪敵の……教団の手に渡って、またあの地獄に叩き落とされる覚悟を完了してしまっているの」
「そんな……!」
「ああ、勘違いしないで。もちろんそうなるのは嫌だし、この身は余さずハルカのものよ。あの外道どもにくれてやる気は毛頭ないわ」
だが裏を返せばそれだけだ。最悪そのような未来を受け止める覚悟は既にしてある。
クロハの身体の特性やハルカが自分に後継を望んでいることを踏まえれば、自分を失ったハルカは落ち込むだろう。しかし、そんなものは探すなり造るなり後々どうとでもなる。
氷室フブキという天才が彼に協力している以上、それは決して絵空事ではない。
「分かるかしら、私は替えが利くの。そんな道具のためにハルカが、私の唯一無二のご主人様が身を削ってまで動き続ける必要なんて……どう考えたってないじゃない」
単純な話だ。自分の命などよりハルカの方がずっと大事だという、それだけの単純な話。
「私のためにハルカが頑張ってくれるのは嬉しいわ。本当に、本当に嬉しい。……でも、そのせいでハルカに迷惑をかけてしまうのだけは断じて許容できない」
「……クロハちゃんは、それでいいんですか?」
「当然よ。だって私はハルカを愛しているんだもの」
「っ……」
そう言い、ふふんと胸を張るクロハ。その可愛らしく微笑ましいはずの姿に、何故だか泣きそうになって……それが見られないよう、憂姫はクロハの頭を抱き寄せた。
「ユウヒ……?」
「ごめんなさい。もう少しだけ、こうしていてもいいですか?」
「え、あ、別に、いいけれど……」
ありがとうございます、と呟いて腕に入れている力を少しだけ強くする。
この想いが少しでも伝わるようにと、ただただそれだけを願って。
「……絶対に守りますから。クロハちゃんもハルカもこの日々も――私の好きなもの、全部」
「……? ごめんなさい、聞き取れなかったわ」
「ふふ、なんでもないですよ。ただの独り言です。明日の晩御飯、どうしようかなぁって」
「あ、あ、それならカレーがいい! ……じゃなくて、カレーがいいわ。前に作ってくれたの、本当に美味しかったもの」
「じゃあそうしましょう。明日、一緒に材料を買いに行きましょうね――」
こうして夜は更けていく。
クロハが攫われるまで、残り5日と18時間。
思っていること、どんな不満やdisでも構いませんので感想ください