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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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ファミレスシンパシー




 お姫さまから命令を受けたらしい央時曰く、結界使いの女については明日中に資料にまとめて渡すとのこと。

 分不相応な感謝とクロハを受け取り、自己嫌悪に襲われながらタクシーで学園街へと移動する。


 時刻は午後一時。

 汐霧と合流して情報を共有するため、事前に決めておいたファミレスへと入る。

 店員を見回すと、とても目立つ銀色頭が目に入る。どうやら先に着いていたらしい。


 店員さんに待ち合わせの旨を伝え、彼女の向かい側に腰を下ろす。


「ごめん、待ったかな」

「気にしないでください。私もさっき来たばかりですから」

「なら良かった……ってクロハ、こっちじゃなくて汐霧の隣に座ってくれ。何のために汐霧がちっちゃいと思ってるんだ?」


 直後、ガスンッ! という音がテーブルの下で響いた。汐霧のローキックが僕の脛と運命的出会いを果たしたファンファーレだ。

 ――膝から下が吹っ飛んだ。一瞬本気でそう思った。


「っ……! っ……っっ……!!」

「ふぅ。クロハちゃん、こっちに座ってください。そこの男は寝転がるスペースが欲しいみたいですから」

「……むぅ」


 膨れながらも素直に従うクロハ。やっぱ仲良いな。まるで姉妹みたいだ。

 それから数分、和気藹々とメニューを見る汐霧とクロハ、一人激痛に震える僕という構図が続いて店員さんをドン引きさせたが、それはさておき。


「――では、私から報告します」


 クロハにも説明したが、汐霧は現コロニーの宗教的勢力図について調べて貰っていた。


「結論から言えば、こちらで分かったことはほとんどありませんでした」

「汐霧は……確か宗教法人のお偉いさんを当たってたんだよね?」

「はい。昔、依頼を受けたことがあったので、その縁で」


 仮にもAランクの汐霧に依頼出来るような人間だ。時間がない今は、その人に分からないのであればその方面を調べるのは無駄と考えるべきだろう。


「あとは……そうですね。ここ数年で大きな派閥に属してない中小規模の宗教法人が増加傾向にあるそうです」

「それを今回の件と結ぶのは……流石に強引か」

「ええ。そもそもコロニーの規模も年々少しずつ拡大してるんですから当たり前の話ですし」

「だね。じゃあその線は切ろう」


 有力な線の一つだったが、この短時間でそう判断出来ただけ幸運というものだ。

 運ばれてきたお冷やに口をつけつつ、今の話を脳味噌に染み込ませる。


「僕の方は明日資料を受け取りに行くことになってる。それまでは同じく成果なしってことになるね」

「明日は【ムラクモ】も訪ねるんですよね? 大丈夫なんですか?」

「無理を通せば道理も通る。ま、何とかするさ」

「……『なる』ではなく『する』なんですね」

「はは、そりゃねぇ」


 心配げな汐霧の視線を受け止め、へらへらと笑う。

 明日はアリス、場合によってはシグレさえ相手取る可能性がある。家の後押しがあった汐霧とは違い、実力だけでAランク最上位へと至った魔導師を二人もだ。

 加えて間違ってもパンドラアーツ(からだ)のことを気取られてはならない、という条件も付いている。綱渡りもいいところだろう。


「それなら塔の方は私が担当しましょうか? 資料を受け取るだけなら私だけでも問題ないはずです」

「いや、いい。明日はそれより僕と一緒に【ムラクモ】に来て欲しいんだ」

「どうしてですか?」

「簡単に言うと僕のバックアップ。僕が殺されそうになったり行動不能になったりしたときのフォローをして貰いたい。あとは情報を直に見た方が共有の手間を省けるからかな」

「……釈然としませんが、分かりました。指示に従う約束ですから」

「うん、いい子いい子。どれ、撫でてあげよう」

「デスれ」


 ピンと中指を立てる汐霧。僕はへらへらと笑う。どうやら僕が言った理由が上っ面だけということはバレているらしい。流石、勘がいい。

 ……本当は汐霧が塔に行こうものなら『結界装置』のお姫さまが嬉々として殺しにかかるから、なんてふざけたものだから言えないだけなのだが。


「ん……ともかく明日のことは分かりました。この後はどうするつもりですか? もし時間があるなら、遥は少し休んだ方が……」

「はは、何で? まだまだ体力には余裕がある。休まなくても全然平気だよ?」

「でも……」

「これでも体調管理はちゃんとしてるんだ。心配は無用だよ」

「……それならいいですけど……」


 パンドラアーツの身体能力はもちろん、先生の生徒だった頃から数日ぶっ通しで動き回るのは日常だった。二日の徹夜程度、万全と言っていい。

 へらへらと笑って言ってやるが、汐霧の顔はそれでも冴えない。一体どうしたというのだろう?


「午後は梶浦に会いに行く予定だね。殺人鬼と教団のことについて相談して力を貸して貰うつもり。無理でも軍の情報が増えれば連中の行動を間接的に妨害出来るだろうし、話して損はないと思う」

「学院まで行くんですか?」

「ううん、アイツここ最近は軍の中央基地の方にいるらしいからそっち。ああ、アポはちゃんと取ってあるから問題ないよ」

「ですか。であればむしろ行くべきですね。……というか、もう既に話しているものとばかり思っていました」

「はは。ごめんね、愚図で」


 諸々の事情で軍を頼ることを躊躇っていたが、その優柔不断さが事態を悪化させた部分は大いにある。

 懸かっているのは他でもないクロハなのだ。この程度のリスクくらい一も二もなく呑むべきだった。


「教団に狙われているのがクロハのことと殺人鬼に遭遇したのが僕だったことは伏せるつもり。前者は報告しないで、後者は汐霧が遭ったことにする」

「そうですね。こんなでも私のランクはAですから。……正規ランク非保持者(ノーランカー)の遥よりは現実味があると判断されるはずです」

「こんなでもは余計だけど、その通り。それにお前が狙われてたのは嘘じゃないし、親父さんが起こした事件のおかげで時期的にも違和感ない。僕としても変に目立たなくて済むから一石二鳥だ」

「分かりました。一応共有(シンパシー)しておきたいので許可をお願いします」

「もちろん」


 共有(シンパシー)とは結界系統の最もよく使われる一種で、自己を拡張するという結界系統の特性を応用し、対象の思考や記憶を覗くことが出来る。

 物理的に触れていて、なおかつ合意した相手、合意した範囲しか覗けないために戦闘には使えないが、こうした情報交換では重宝されている。


「範囲は四日前の夜だ。いつでもどうぞ」

「はい、では……【共有(シンパシー)】」


 魔法名を唱え、目を閉じ集中する汐霧。手持ち無沙汰な僕は、ふと先ほどからクロハが静かなことに気付く。

 ……見ると、汐霧の膝に頭を乗っけて幸せそうな顔でヨダレを垂らしていた。まぁ、今日は朝早かったからな……。


 それから数分、氷をボリボリと噛み砕いて暇を潰していると、ようやく汐霧が目を開いた。


「……ふう。遥、一通り見終わりました」

「ん、お疲れ様。ちゃんと記憶出来た? 何聞かれても答えられる?」

「ええ。見破られるような無様は晒しません」

「上等。頼もしいよ」


 ――正直なところ、軍への相談がいい方向に転ぶ可能性は五分五分だ。

 梶浦を信用していないわけではないが、正規軍にかなりの数の内通者がいることは間違いない。

 そして僕が内通者を送り込む立場なら、内部監査を躱すために監査を行う側――つまり佐官以上の将校にも紛れ込ませる。


 現場指揮官の最高階級が敵にいるということは、場合によっては軍の大部隊一つを敵に回すことになるかもしれない。

 そして、今回の行動がその引き金になる可能性は極めて高いのだ。


 ――そうなった時、僕はクロハを守れるのか?

 ――妹のためだけにある左腕と何かを壊すだけの右腕しか持たない、この僕が?

 ――妹を守ることが出来ず、先生を死なせてしまった、こんな僕が。


「…………」


 笑おうとして、笑えない。

 酷く不吉な予感が胸の内を占めている。

 

 この予感が現実になることを、このとき僕はどこかで察していたのかもしれなかった。

もう本当すみませんでした

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