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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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狂人の巣窟へ



 東京コロニー南区。

 【ムラクモ】の所有する隊舎は、その中心にあった。


「……変わってないなぁ」


 三年前、僕と氷室が抜けたときから何一つ変化のないその様子に溜息を吐く。

 元は綺麗にも関わらず、定期的に内側から(・・・・)壊れるせいでツギハギだらけの隊舎。とある頭がパーなトリガーハッピーの趣味である、クソ趣味の悪いピンク色のスポーツカー。その周囲を囲む、樹海に市街に荒野に砂漠となんでもござれの演習場。


 ……変わっていて欲しかった場所が全く変わっていない辺り、僕の知り合いは大体全員生きているらしい。

 今日の目的を考えれば喜ばしいことだが……うん、とても複雑だ。こう、社会への迷惑的なアレと、僕への面倒事的なソレで。


「……はぁ」


 憂いていても仕方ない。こんな場所はとっとと用を済ませて離れるに限る。

 幸いにも、あの悪趣味な車のおかげで僕の知り合いの一人がここにいることは分かっている。ラリパッパなイカレだが僕の目的を果たすなら何の問題もない。……多分、そのはずだ。そうだといいな。


 懸念を振り払い、隊舎に入る。エントランスの受付窓口に(珍しく)人がいたので、寄って行く。

 受付――慇懃な態度の少年だ――は近づく僕に愛想よく口を開いた。


「こんにちは。こちら【天ノ叢雲ノ剣】の玄関窓口となります。ご用件をお聞かせください」

「少し任務で必要な資料がありまして。アリス……さんと話がしたいのですが」

「リーダーと……ですか?」


 少年の顔に戸惑いと、疑念が表れる。

 ……へぇ。あの女、リーダーになったのか。


「失礼、本日は特にそのようなご予定など聞いてないのですが……」

「すみません、なにぶん急な話でしたので」

「……申し訳ありませんが、お引き取りください。仕事柄、身元も分からない人間を会わせることは憚られますので」


 ただでさえ恨みを買いやすい仕事だ。そういった危険性は出来る限り取り除きたいのだろう。

 しかし弱ったな。まさかこの掃き溜めにこうも真っ当な人間が勤めているとは。とてもアイツらと同種の人間には見えない。


 と、そこで少年の手元の端末が着信音を響かせた。少年は失礼、と会釈し端末を手に取った。


「はい、コノエです。ああリーダー、何か……は? いえ、しかし……シグレさんも、ですか? なら、はい……はい、分かりました」


 話が済んだのか、少年――コノエは複雑そうな表情でこちらに向き直った。


「……リーダーから許可が出ました。第四演習場で待っているとのことです。案内するので着いてきてください」

「ええ、ありがとうございます」


 ……どこかで覗いてやがったな、あのアマ。


 手元の書類を片付け、支度を済ませたコノエを伴って外に出る。

 第四演習場はここからすぐの場所にある、草原地帯を模した演習場だ。柔らかな土に足首ほどまでの若草という、昨日訪れた訓練場と見た目だけは(・・・・・・)よく似たフィールド。


 そんな場所で待っているということは……まぁ、そういうことなのだろう。ファ○ク。


「……すみません、少し聞いても構いませんか?」

「ん? ああ、ええ、はい。何か?」


 突如横から投げられた問いに、気の抜けた返事を返す。

 コノエは難しげな、いや、疑わしげな表情で僕を見ていた。


「あなたは……ああ失敬、その前にお名前をお聞きしても?」

「儚廻遥。呼び方は儚廻でも遥でもお好きなように」

「では儚廻さん。どうして儚廻さんはリーダーに会いに来たのですか?」

「依頼に必要な資料を貰うためですよ。さっきも言ったでしょう?」

「違います。私が聞いているのは、どうしてリーダーと会おうとしているのかです」

「……? 何か違います、それ?」

「失礼、言葉が足りていませんね」


 説明します、とコノエ。


「既に知っていると思いますが【ムラクモ】は非公式の組織です。ここに入った時点でそれまでの戸籍は抹消されますし、誰にも知られないように徹底的な隠蔽工作が行われます」

「へぇ、そうなんですか」

「これまでの言動や状況を総合するに、あなたは正規軍の人間ではありません。そうなれば他にリーダーの名前を知っているのはあの人のかつての知り合いのみとなります」

「おおロジカル。はは、確かにそうかもですねぇ」

「儚廻さんがリーダーのお知り合いだと仮定して、そこで最初の質問に戻ります。何故あなたはリーダーに会いに来たのか、と」

「ん、なるほど。言いたいことは分かりました」


 つまるところ、資料云々は建前でリーダー――アリスと話をすることが僕の本当の目的と思われているわけだ。

 ……うん、全くの的外れ。彼にとっては死んでないのに【ムラクモ】を抜けた人間、なんて発想がないのだから仕方ないことだけど。


「何度でも言うけど依頼の資料を貰いに来ただけですよ。はは、その用さえ済めばマッハで帰りますって」

「……そうですか」


 その会話を最後に、僕たちは無言のままのを進めていく。

 三十分も歩いただろうか、隊舎を囲む森林にも終わりが見え、ひらけた場所が見えてくる。


「あちらが第四演習場となります」

「ええ、ありがとうございます」


 上辺だけの会話を終え、森林を抜ける。

 辺りを見回すと、視界いっぱいに広がる草原。すぐ近く立っているプレートには『第四演習場』の文字。

 ……そして。


「――あれぇ。どうしちゃったの、ハールカ?」


 トン、と。

 ソプラノの女の声とともに、後頭部に硬質の何かが押し付けられた。


 無骨な筒のような感触。ゴリゴリとした攻撃的なフォルムにソレ特有の威圧感。

 ――拳銃だ。彼女の使用していた、バ火力を誇る特注品(オーダーメイド)の。


 この声、この銃。該当する人間は一人しかいない。


「……はは。どうしちゃったのって何が? 主語入れて喋れよアリス」

「あは、ごめんなさーい。じゃあ改めて聞くね? ――いつの間に、どうしてそんな腑抜けになっちゃったのかなぁ?」

「リ、リーダー……」

「コノエは黙っててにゃー? ぽろっと殺しちゃうからにゃー」


 キン、と澄んだ音。拳銃に魔力を注ぎ込んだ音だ。

 今、彼女が指先一つ動かすだけで、僕の頭は潰れたトマトのようになるだろう。


「クエスチョーン。もし私が入り口に対人トラップでも仕掛けてたら、今頃ハルカはどうなってたでしょー?」

「どうでもいいね。無様に死んでいたんじゃない?」

「あはぁ、大当ったりー! 正解者には飴玉を……あ、ゴメンないや。代わりに銃弾あげるね」


 ――ガウンッッッ!!!!!


 息を吐くように、ごくごく自然に引かれたトリガー。銃口から魔力の弾丸が吐き出される――その予兆である熱を感知する。

 発射まで残りコンマゼロ数秒。射線から逃れるにも銃を弾くにも全く足りない刹那の時間。


 だから、僕は枷の一つを外す。


「――!」


 獣のような挙動でアリスが飛び退く。そうして空いた空間を、僕の全身から奔出した魔力が塗り潰した。


 ――魔力の解放。僕は十年前の暴走で体内の魔力の調節ネジをブッ壊してしまっている。1か0か、その程度の調節すら出来ないくらい完璧にだ。

 結果、僕の体は言わば常に1の状態――常時魔力を垂れ流している状態と成り果ててしまった。


 魔力とは生命力そのもの、血液同様になくてはならないものだ。当然そのままにしていてはすぐに死んでしまう。

 生まれつき(・・・・・)膨大だった魔力を、先生が生きていた頃は彼女に抑えて貰い、彼女が死んでからは禍力を『枷』にして抑え込んでいた。


 では、その枷を外せばどうなるか。簡単だ。逃げ道を見つけた魔力は渦巻き、噴き出し、溢れ出す。

 (ダム)を徹底的に損壊させ、洪水となって全てを押し流す。


「っと、と!」


 逃げるアリス、発射される魔弾。威力は上等、狙いも正確、振り向いた僕の額まっすぐに飛んでくる。

 しかしそれも荒れ狂う魔力に触れた途端、ねじ切れるように歪んで消えた。


 攻守が逆転する。


「はっ!」


 腰の鞘からナイフを二本抜き、同時に投擲する。いつもは鋼糸に括り付けて使っているが、状況に合わせて臨機応変に使用出来るのがナイフの利点だ。

 右胸と太腿を狙う二刃、アリスは銃撃二つで正確に撃ち落とす。即座に魔弾を精製、僕を照準して――


「――あはっ」


 超至近距離まで(・・・・・・・)肉薄していた(・・・・・・)僕と目が合い(・・・・・・)、満面の笑みを浮かべた。


 殺人鬼のクソ幼女、汐霧――そして藍染が使用していた接近法。術理としては意識と意識の間を縫う、というもの。暗殺技術の基礎の基礎だ。

 無論簡単に出来るものではなかったが、前者二人で散々に経験を積み、その完成形たる藍染の技術まで直に見たのだ。再現程度ならわけもない。


 僕の放った手刀がアリスの魔導銃を弾き飛ばした。

 彼方後方へと転がっていく愛銃に、彼女は大仰に手を伸ばす。


「あ、あー!? まいらぶりーさぶうぇぽーん!」

「うるせえ」


 騒ぐアリスに追撃の回し蹴りを叩き込み、跳ね上がった顎にダメ押しの膝を叩き込む。

 「あふんっ」とかいうふざけた声と共に崩れる身体を前に跳躍、トドメの踵をブチ込もうと足を振り上げ――気づく。


「あは、させないにゃー?」


 ほざいたアリスの両手。そのそれぞれに魔力の光が集い、小さな球を型取っていく。

 それが何かよく知っている僕は、このまま彼女の顎を顔ごと潰す覚悟を決めて――


「……そこまでだ」


 ――低い、男の声が聞こえた。

 瞬間三本の短刀が飛来する。一本は僕の膝へ、もう二本はアリスの両手へ。ザクザクザクと突き刺さり、若草の緑が鉄錆色に変わり果てる。


「っづ……!」

「ふみ゛っ!! ……ばぶ!?!?」


 激痛に狙いが狂い、踵はアリスの顔横10センチを抉って止まった。アリスも手のひらごと魔法を貫かれたせいで魔力の制御を乱され、球体を霧散させてしまう。

 ……あと、踵落としの余波でアリスの顔が土まみれになった。ざまぁ。


 ひとまず距離を取るため、適当に跳躍して後退。右膝に突き刺さったままの短刀を抜き取る。

 緋塗りの小太刀――魔力加工されている。魔力加工とは金属に魔力を混ぜ込む技術のことで、これにより作られた武器は魔力を使わずともパンドラを殺せるようになる代物だ。


 そのため魔力加工された武器は魔導師の必需品とされているが、技術自体がここ数年で生まれたものなのでかなりの金がかかる。

 故に一定以下の魔導師には流通していないのが現状だ。


 ちなみにこの技術、理論を開発したのは氷室である。僕の鋼糸――要するに先生へのプレゼントに最強の鋼糸(ぶき)を作り上げようとして、その過程で必要になったから完成させたとか。


 閑話休題、話をまとめよう。

 つまるところこの武器はオーダーメイドで、この世に二人とコレを使う者はいない。ニアリーイコール、コレを投擲した人物は僕の知る者となる。


「……見ていたならもっと早く止めてくれませんかね、シグレ。アンタ保護者だろ」

「…………」


 返答、無言。代わりにこちらへ歩み寄る足音。

 振り返りつつ小太刀を投げると、パシリと小気味よい音を立ててそれをキャッチする男の姿があった。


 今の東京では割と珍しい黒髪黒目。年齢は22と若いが、目と表情筋が死んでいるせいかずっと老けて見える。身体つきは決して筋骨隆々ではないが、それは本人がワザとそう見えるようにしているらしい。

 【ムラクモ】指定の制服、その上から汐霧のものとよく似たロングコート。腰には長大な日本刀と短刀、背中に小太刀の鞘と全身に帯剣している様は以前と全く変わりない。


 名はシグレ。超一線級の刀剣使いで、かつての【ムラクモ】では主に切り込み役とアリスのお守りをしていた男だ。

 シグレはそのままアリスの下へと歩いて行き、小太刀を回収する。


「……返せ」

「アッ!? し、シグレっ、て、手ー!」

「……立て」

「いぎゃあっ!! ちょ、やめ、ひぎぃ!? さ、裂けちゃうっ、お手手裂けちゃうからぁ!?」


 アリスへの配慮ゼロで小太刀を抜くシグレ、のたうつアリス。

 その傷口を力強く握って強引に立たせるシグレ、痙攣するアリス。


「……変わらないなぁー……」

「はっ、ハルカっ、ほっこりする前に私を助けてくれないかなっ……!?」

「暴れるな」

「ばァアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?」


 暖かな6月の午後に、女子力ストップ低な狂人の断末魔が響いた。

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