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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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ヘタの考え休むに似たり



 氷室の研究所から外に出たとき、時計の短針はちょうど真上を指していた。

 午後の予定の関係上、食べられるときに食べておきたい。この体は食事を必要としていないがそれはそれ、“食事を摂る”という行為自体が大切なのだ。


 タクシーを拾い、今いる北区から学園街のある南区へと送って貰う。幸い、研究所のある場所は氷室が鼻つまみ者なおかげで端っこも端っこだ。学園街の入り口までなら一時間もかからない。

 窓の外を流れる景色を眺めながら、ふとついこの前もこんなことがあったなと思い返す。


 四月の初め。汐霧の家を初めて訪れたときに受けた依頼で、研究所へ向かったときのことだ。

 あのときは僕と汐霧と、そして咲良崎。確か『パンドラの血』について話していて……それで、咲良崎が細かな説明を引き受けてくれたのだったか。


「んー……」


 一応、アイツにも伝えておくべきだろうか。藍染――汐霧の師匠が汐霧を狙っていること、そのせいで負傷したこと、などなど。

 聞いた話じゃ意識は戻っているようだし、面会できるようになったら訪ねてみるのもいいかもしれない。


「……それにしても」


 何故、汐霧が狙われているのだろう。藍染の様子から察するに彼女の過去絡みというわけでもないまろうし、あんなにも“派手”な襲撃を企てる連中が今の今まで音沙汰なしに潜伏していたとも考え難い。


 ――やはり先月の事件の影響か?


 MB事件で死んだ者、誰かを失った者は数え切れないほどに多い。

 幾ら自らの手で解決したからといって、首謀者の娘である汐霧を恨む人間は山ほどいるだろう。


 しかし、そう考えると今度は藍染たちのやっていたことが理解出来ない。仮に汐霧暗殺の依頼を受けたとして、B区画で超大規模な結界を張ることに何の意味がある?

 いや、確か藍染は……


『無理のないことです。師匠は……相変わらず仕事ですか』

『ああ。此度の内容はお前の回収だ。どうする? 出来る限り傷のないように、とクライアントからは聞いている。実力差が分からないお前じゃないだろう』


 回収。暗殺ではなく、回収。それも出来るだけ傷のないように。

 普通に考えれば、自分でじっくりたっぷり痛めつけるためだろうが……それにしては結界の件が意味不明だ。


 どうしてあそこまで大規模な結界を張った? 汐霧をおびき寄せるため? 正規軍に捕捉される可能性があるのに?


 汐霧は間違いなく天才だ。魔法の技術に限れば、あれほどの才覚を持つ者は見たことがない。

 しかし、あくまで彼女は発展途上。そんな彼女が感知できて、軍の観測機や魔導師が感知できないはずがない。あの慣れようからして昨日が初めてというわけでもないだろうし……。


 ……いや、待てよ。

 そもそも、そもそもの話だ。


 何故昨夜、軍は僕らを補足しなかった?

 あれほどの騒ぎを起こして、捕まえるどころか犯人すら分かっていないこの現状。何故、こんなことになっている――?


「……く様、お客様! 起きてください。着きましたよ」

「ん? あ……っと、はは、ごめんなさい。ちょっとうとうとしてました」


 いつの間にか南区に着いていたらしい。心配そうにこちらを見てくる人の良さげな運転手に会釈し、お金を払って車を降りる。

 日曜日のお昼時だからか、学園街はいつにもまして盛況だった。老若男女が混ざり合い、一様に平和を満喫している。


 だから――だから、僕はこの風景が大嫌いだったのだ。


「っとと」


 突如ポケットの中で振動した携帯を取り出し、画面を見る。

 表示された文字はドラム缶――汐霧のものだった。


「もしもし、儚廻だよ。どうかした?」

『憂姫です。ちょうど診察が終わったのでその報告を。今、大丈夫ですか?』


 彼女は昨夜の負傷絡みで、今日は午前から病院に診察を受けに行っていた。

 幸い独力で毒は除けたようだったし、傷跡もほとんど残らず消せていた。恐らく問題はないはずだが……


「いいよ、僕も気になってたし。どうだった?」

『特に問題なく終わりました。痕も後遺症もなく、健康そのものです』

「それはよかった。ああ、帰ったら僕も確認したいから全裸で出迎えよろしくね」

『あなたが全裸で帰って来るなら考えてあげます』

「……………………ほう」

『なにがほうですか馬鹿ですか。……え。ま、まさか……本気でやるつもりじゃないですよね……?』


 はっはっは。何を馬鹿なことを言ってるんだか。


「知ってる汐霧? 人間ってね、生まれたときはみんな裸なんだよ?」

『変態!?』

「男は誰だってビーストなんだ。いつだって秘めたる野生を解放したいのさ」

『変態!!』

「はは。まぁ僕今は人間じゃないから関係ないけどね?」

『変っっ態!!!』


 ブツリ。通話が切られ、残るのは、聴覚にゼロ距離で大音量をブチ込まれて悶える僕一人。

 ……何故だ。最後にちゃんと冗談でしたってオチつけたのに、何故だ。


 どのみち僕が10割悪いのだが、せっかくのジョークなんだからちゃんと聞いてやって欲しい。これじゃ芸人魂燃やし損じゃないか。


「……ま、まぁ、無事なようでよかった、かな」


 あれだけ大声が張れるなら、彼女の言った通り問題なかったのだろう。元気の注入と一緒に無事の確認も出来たのだから悪くない話だ。

 ガンガン痛む頭に笑い、ゆっくりと立ち上がる。周囲の奇異の視線から逃れるように歩き出し、その場を後にする。


 とりあえずは一息つける場所。なおかつ味覚の関係上、出来るだけ味の薄いものが望ましいが……まぁ、外食でそれは難しいだろう。諦める。

 幸か不幸か、氷室のクソのおかげでコーヒーの激痛には慣れている。水でも混ぜて薄めてやれば、そう吐くこともないはずだ。


 適度に()いているオープンカフェに入り、見た限りで一番プレーンなメニューを二、三品注文。

 ここはどうやら注文されてから作り始めるようなので、その間に出来るだけ多くの(・・・・・・・・)目に触れるような席(・・・・・・・・・)を取っておく。


 さて。では注文したメニューが来るまで、ちょっと現状を整理しておくとしよう。


「まず、昨日の襲撃について」


 C区画で行方不明の子どもについて調査していたところ、汐霧がB区画にて巨大な結界を感知した。

 嫌な予感がしたので向かったものの、異常の類は特になし。それならとB区画で聞き込みを続けていると、襲撃された。


 ……少し冷静になって考えてみると、これはどう考えてもおかしい。昨夜の襲撃の時点で、藍染は僕たちの行き先を知っていたばかりかB区画の人払いまで済ませていた。

 昨日の僕たちの行動はほとんどが勘と思いつきによるものだった。幾ら彼が無類の暗殺者といえ、こうも完璧に予測出来るはずがない。


 昨日の僕たちの行動を知っていたのは……直接話した友人三人を除けば、学院とその上位組織、軍だけだ。


 加えて氷室の忠告ーー『何故軍は児童の行方不明を“事件”と断定出来たのか』。


 確かに公的組織である軍が、何の根拠もなしに『事件』と断定などするはずがない。

 いや、もしかすると一応の根拠はあるのかもしれない。だが正式に依頼を受けた僕らに何の説明もない辺り、それは未だ不確実なものなのだろう。もちろん、そんなものを理由に『事件』扱いなど論外だ。


 これらを組み合わせると見えてくる予想、結論は――


「軍に、奴らの協力者がいる」


 ……決して、無視できるほど低い可能性ではない。そう考えれば昨夜、軍が僕たちと藍染を補足出来なかったのも納得出来てしまう。

 その場合、協力者は一人や二人じゃない人数がいるということになるが……やはり考えられないことではない。


 軍に所属している、だから何だ? その前に彼らは一人の人間なのだ。目的を持って、それを叶えようと他者を踏みにじる、人間なのだ。

 そう、僕はそれをよく知っている――。


「――なんだ、ハルカじゃねぇか」


 声に、思考の渦から引きずり出される。

 顔を上げると目に入ったのは、猛禽すらをも睨み殺せる鋭利な双眸に一目で染めたと分かるくすんだ金髪。鍛え上げられた筋肉質な体をTシャツにジーンズというラフな格好で覆っている。


 藤城純――お嬢さまと同等以上の実力を持つクサナギ学院、いや東京コロニーでも最強クラスの魔導師。

 数少ない、僕の誇るべき友人だ。


「ああ……こんにちは、藤城。はは、お前もお昼?」

「まぁな。店探してブラついてたらお前が見えたから声掛けた。相席いいか?」

「どうぞどうぞ。あ、オススメはホットココアらしいよ」

「ハ、こんなクソ暑い日にンなもん頼むかっつの」


 言葉通り、今日は最近だと珍しい雲一つない快晴だ。天気予報でも夏顔負けの最高気温と言われていたし、梅雨の湿気も手伝って非常に蒸し暑い。


「ってかお前よくもまぁそんな暑そうな格好してるな……そのカーデ絶対余計だろ」

「はは、まあね。でもこれ脱いじゃうと体のライン出ちゃうから恥ずかしいんだ」


 男の魔導師は屈強な外見の者ばかり。僕のような線の薄い男など、ほとんどが雑魚か一般人だ。

 パンドラアーツの――というよりそうなった経緯が経緯なので、僕の体がそう見えることはないだろう。とはいえそのおかげで僕が弱いことに疑いを持つ者はいないのだから、物は考えようだ。


「普段鍛えてねぇからそうなるんだよ。悪いことは言わん、タッパあんだからちゃんと鍛えとけ。海なりプールなりで恥かくぞ?」

「あー……まぁ、確かにそうかもね。一応鍛えとこうかなぁ……しかし海、プールねぇ」

「去年は行けなかったからなー。カジなりユウヒちゃんなり誘って行けば楽しいだろうさ」

「はは。でも目は全然楽しくないよねソレ」


 何が悲しくて野郎とぬりかべを眺めに行かなきゃならないのか。黙ってお化け屋敷にでも引っ込んでいて欲しい。ほら、ちょうど季節も季節だし。


「せめてお嬢さま呼ぼうよ」

「嫌だよ殺される。ってか別に那月のヤツも巨乳ってほどじゃねえだろ」

「いいんだよお嬢さまは。可愛いし。あと多分80はあるし」

「お前の採点基準がよーく分かった。……ちなみにユウヒちゃんは?」

「(笑)」

「オーケー察した、だから何も言うんじゃねぇよ」


 呆れた表情――大体僕が氷室を見るのと同じ感じ――で溜息を吐く藤城。

 ちょうどそこで僕たちの注文したものが運ばれて来たので、話もそこそこに手をつける。


 ……相変わらず、笑えるほど痛い。脳みそがヤスリで削られているようだ。胃液が喉から湧いてくる。

 吐き出さないように必死に飲み下し、その結果またせり上がってくるモノを飲み下しの繰り返し。舌と脳の感覚の齟齬に意識がガリガリと灼かれていく。


 あぁ。

 本当に……本当に、最高の気分だ。


「……ああ。そういや、ハルカよ」

「うん? 何かな」


 ゲロ塗れの口内を素早くお冷やで一掃し、へらへら笑って聞き返す。

 藤城は面倒くさそうに、ストローでカップを掻き混ぜながら、口を開いた。


「面倒だが聞いといてやる。さっきはシリアスな顔して何を考え込んでいた?」

「……あー、はは、そんな顔に出てた?」

「そうでもなきゃわざわざ聞かんさ。ああ、言っとくが全く似合ってなかったからな」

「はは、そりゃ残念」


 どうやら僕の父と母は嘘と隠し事の才能を遺してはくれなかったらしい。二人とも、ちょっと見たことがないほどの屑のくせして。

 ――生きていたら是が非でも殺してやりたいところだが、生憎両方とも今頃は地の底だ。どうせ僕も死んだら同じところに行くのだから、死んでからのお楽しみにしておこう。


「それで?」

「ん、ちょっと調べたいことがあってね。軍関係のことなんだけど、どうしようかなぁって」

「軍? またどうして」

「全部は話せないかな。もしかしたらお前に危険が行くかもしれない」

「はぁん、そういう話ね……んじゃまぁ、深くは聞かねえよ」

「ありがと。助かる」


 礼を言うと気にすんな、と肩を竦められる。兄貴肌、というのだろうか? こういうサッパリとしたところはコイツの美点の一つだと思う。


「でもま、軍に関わる話だから梶浦には話しておくつもり。どう思う?」

「いいと思うぜ。アイツから信用出来るだろうし……ハハ、ここで迷惑だなんだって遠慮するようなら殴ってたところだ」

「冗談抜きで首が飛ぶから勘弁してくれないかな……」


 ――不必要に人を巻き込むのは避けるべきだが、必要なら躊躇いなく巻き込むべきである。

 この自己中極まりない考え方は僕と藤城の共通認識だ。出来る限りは他人を尊重するが、あくまで自分のことが一番大事。

 こういう根底の価値観が似ているからこそ、コイツとは妙にウマが合うのだ。


「とはいえ、だ。分かってるとは思うがハルカ、今すぐにはやめとけよ? アイツも今はキツイだろうからな」

「キツイって……え、梶浦が? 何で?」

「はぁ? ……あぁ、まぁ、お前だもんな。知らなくても仕方ねぇか……」


 途端、僕に呆れるような――いや、僕を哀れむような顔になる藤城。

 しゃーねえな、と嘆息し、口を開く。


「昨夜の事件は知ってるか?」

「えっと、E区画の隅っこ辺りが一晩でメチャクチャになった件? ごめん、詳しい話は何も」

「違ぇよ、それとは別件だ。……ハァ、マジで知らんとは……お前、本当に魔導師か?」

「絶賛落ちこぼれてまーす。ッエーイ☆」


 きらりん、とウィンクすると、心底馬鹿を見る目で見下された。だろうな。


「……。二日前話した殺人鬼の話、覚えてるか?」

「あぁ、連続魔導師殺害事件の。うん、それくらいは」


 その後ご本人に実際に襲われたのだから、忘れられるわけがない。


「端的に言うと、昨夜ソイツが現れた。場所は東区湾岸の工場エリア、大型発電所だ」

「おっ……!? えっ、ちょ、嘘……だよね?」

「はっ、だったらいい笑い話なんだがな」


 藤城の表情から、これが間違いなく事実なのだと確信する。

 大型発電所。コロニー全体に供給される電力の60%近くを賄っている、冗談抜きに最重要施設の一つだ。


 当然監視の目は異常なまでに厳しく、神経質なまでに張り巡らされたセンサー類とC+ランク以上の魔導師で編成された巡回警備により、常に万全の態勢が取られていると聞く。


「つっても施設に何かしたわけじゃないらしい。目的は警備の魔導師だったようでな。三人を殺害、六人に重軽傷を負わせた辺りで何とか軍の救援部隊が間に合ったそうだ」

「その部隊に、梶浦が?」

「あぁ。指揮官としちゃアイツは軍の中でも飛び抜けて優秀だ。こういう事案を任されんのも初めてじゃねぇだろ」

「才能って残酷だなぁ……」

「ハハ、お前にゃカケラもないからなぁ」


 本当に、ねぇ。


「ま、あまり気にすんな。アイツは別格だよ。そもそも実戦初投入が13歳だ。魔導許可証(アーツライセンス)はおろか、学院の授業内容だってとっくの昔に修了してるだろうさ。そういうキャリアの差はどうしようもねえよ」

「はは、なんでアイツ学院来てるんだろうねえ」

「さぁね。親父さんの方針か、何かの任務か誰かの監視か……何であれオレにはどうでもいいわ」


 いちいちそんなことを気にしていても仕方ない。

 友達とはいえ他人は他人、何でもかんでも知る必要は全くないからな。


「ま、そんなこんなで結果として殺人鬼は逃亡。それの補足や身元の割り出し、警備や施設の点検に軍は大忙し。カジも事務に雑務に東奔西走ってわけさ」

「なるほどねー」


 あの赤髪のクソ幼女、まさかそこまで大胆な行動に出るとは。なかなかどうして凄いじゃないか。

 しかし、これで以前汐霧が言っていた『陽動』という説にも説得力が出て来た。無論クソ幼女の情報が出揃ってない以上、決めつけは危険だが――有力な候補の一つくらいには、もうなっている。


「……ん、分かった。話を聞くのは諸々落ち着いてからにするよ。親しき仲にも礼儀ありってね」

「おう、そーしとけ」


 しかし、そうなると午後の予定と行き先は自ずと決まってしまう。

 ……嫌だなぁ。行きたくないなぁ。絶対面倒事、というか戦闘(おまつり)事になるものなぁ。


 げっそりとお冷やを啜っていると、ふと飾り気のない電子音が鳴った。僕ではない、藤城だ。

 藤城は携帯を取り出して画面を見る――と、みるみるうちに渋面を浮かべてしまった。


「どうしたの?」

「ああ、ちょっとクソからメール来ててな……」

「ちょっとクソ……」


 お世辞にも人を言い表すときに使う言葉ではない。


「それ、レベルでいうと何クソレベルくらい?」

「あー……15クソくらい?」

「あぁ、結構低いのね」

「10点評価だぞ?」

「わぁ、驚くほど高いのね……」


 クソレベル150%。それ本当に人なのかと。


「いや、外見は普通ってか割といい方なんだがな。内面がそれを帳消しにしてあまりあるほど醜い」

「うーわー、そんなに……」

「マジだって。クソで作ったシチューみたいな性格のヤツなんだよ。アレと寝るくらいならまだお前を掘る方が断然マシだね」

「……あの、僕をそういう方面の引き合いに出さないでくれるかな……」


 一瞬想像してしまった。昼飯食ってんだぞ今。


「ハハ、まぁ忘れとけ忘れとけ。アイツの情報なんざカケラでも残しておくだけで癌の数倍害悪だ。覚えとく価値ねぇよ」

「お前がそこまでいう相手っていうのはむしろ気になるんだけど……」

「オレは別に聖人サマでも正義の味方でもないからな。嫌いなヤツにはその通りに対応するさ」

「そりゃそっか。……でさ、さっきから気になってたんだけど」

「あん?」

「向こうの通りからずーっとお前に熱視線注いでるあの娘。ほら、あの白髪の。知り合い?」

「……、…………、………………言うな」


 ボソリ、と。

 苦々しげに、苦しげに、絞り出したような、押し殺したような、そんな声で藤城は言った。


 ……ふむ。察するところ、あの娘が今言っていた人なのかな。

 と、僕らが気付いたことにあちらも気付いたのか、ゆっくりと僕らの席へと近づいてくる。


 白髪の少女。着物を着ている。年の頃は年下……だろうか? 大人びた雰囲気だが、顔立ちや身長は童女のそれを思わせる。

 作りもののような藍色の瞳。色素の薄い肌。表情は何故か、苦虫を千匹噛み潰したかと思うくらい凄絶なものを浮かべている。


 あと、おっぱいがとても大きい。やったぜ。


「ジュン、何で無視するの」

「……。むしろ、何故お前がここにいる」

「お前じゃない。わたしには」

「黙れ、答えろ」

「……呼んできてって頼まれたから」

「それで馬鹿正直に来るヤツがどこにいる……! チッ、ああクソ」


 ガリガリと頭を掻く藤城の様子は、今まで見たことがないほど不機嫌だ。

 ……この女の子、一体何者だ?


「……悪いハルカ、急用が出来た。会計はこっちで済ませておく。邪魔したな」

「ああ、うん。大丈夫、ありがとう。また明日、学院で――」

「……ハルカ? ジュン、もしかしてこの人間が」

「黙れ。それ以上喋ったら殺すぞ」


 ゾッとするような声音。

 ただ聞いていただけの僕ですら、あわや身構えてしまいそうになるほどの殺気。

 そんな代物を、直接向けられた少女は――


「あは、ごめんね?」


 ――心底幸せそうに、笑っていた。


 僕は察する。

 コイツはマトモな神経の人間じゃない。例えるなら氷室のような、純正モノのサイコ野郎だ。

 しかも、それだけじゃない。藤城が限りなく()を見せる相手。つまりは藤城、言い換えれば比肩する者がいないほどの力を持つ男と深い関わりを持つ少女。


 ……はは。どうやら、偶然にもかなりヤバイ相手と顔を合わせてしまったらしい。


「んじゃ、また学院で。あんまヤクいことに顔突っ込むんじゃねぇぞ」

「あはは、ありがとう。藤城は優しいね。……あ、ねぇ。ちょっといい?」

「……? ……何」


 藤城の後を付いて行こうとした少女を呼び止める。

 少女は大層胡乱げな表情を見せるが、気にせずに僕は、ずっと気になっていたことを聞いた。


「僕たちさ、会ったことない?」

「…………ナンパ?」

「ん、確かにそのおっぱいはとても魅力的だけどね。流石に友達の女を盗るほど飢えてはないさ」


 何より僕、髪フェチだし。


「……じゃなくて。実際、どうかな? その顔、なんか見覚えがあるんだけど」

「……少なくとも、わたしがあなたと会ったことはないはずよ」

「そ。ならいいや。引き止めて悪かったね」

「……そう思うなら、今すぐ――」

「おい、何をしている。早く行くぞ」


 何かを言いかけた少女は、藤城の怜悧な視線に、すぐその後を追って行った。

 独り残された僕は、しばらくそのまま見送った後、おもむろに席を立つ。


「さ、僕も行くとしますか」


 午後の予定。即ち、過去の教団事件に関する調査と資料を手に入れること。

 それには実際にその事件の解決に携わった組織を訪ねるのが一番いい。


 非正規軍【天ノ叢雲ノ剣】。

 通称【ムラクモ】と呼ばれるその組織――僕の古巣である、その組織へと。

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