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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
55/171

話し合いのお時間です

◇◆◇◆◇



 屋根を蹴り、空を跳ね、電線を走る。

 壁を駆け、空を跳び、路地を抜ける。


 追いつけない。


 それがこの“鬼ごっこ”を十五分ほど続けた結果、否応なしに理解させられたことだった。


 身体能力は僕の方が上で、地の利はトントン。唯一、逃走技術の差が圧倒的だ。距離が詰まる気が全くしない。

 流石は汐霧の元師匠といったところだろうか。


「っと!」


 僕は一際背の高い民家の屋根を蹴り、中空に躍り出た。

 そして開いた左手を突き出し、魔法を行使する。


「【アーツ】ッ!」


 左手から極光を放つ。男との距離は数字にして20メートルほど。馬鹿げた範囲と射程を誇る【アーツ】なら、その10倍だって容易く埋める。

 対する男は砲火が届く寸前になって、小さく口を動かした。


「【瞬節(しゅんせつ)】」


 強化された聴覚がそれを聞き届けるのと同時、男の姿が?き消えるように加速する。

 直後【アーツ】がその場所を呑み込んだ――が、手応えはまるでない。どころか、更に距離を開けられた。


 今のは加速魔法、それも汐霧の【コードリボルバ】と同じく瞬間加速の魔法だ。

 最も加速率は同等ないしはやや下で、初速から最大速度まで汐霧が勝っている。追いつけない速度じゃない……はずだが、やはり距離は埋まらない。


「人参を前にぶら下げられた馬ってこんな感じなのかね……」


 唯一の救いはあの男が徹底的に人目を避けていることか。暗殺者、殺し屋という職業柄、誰かに姿を見られることをよしとしないのだろう。おかげで僕も身体能力をフルに扱えている。


 だが、それでもこのままでは撒かれるのも時間の問題だ。先ほどようやく気付いたが、このままではもうすぐE区画に入ってしまう。

 E区画は奴にとって庭も同然。逆に地の利がほとんどない僕ではどうしようもない。追跡はおろか発見すら出来なくなるだろう。


 ……仕方ない。

 一つだけ、この八方ふさがりな状況を打開する(すべ)がある。

 それは途方もなく危険で、文字通り命を()けることになる。また禍力を使用するので軍や研究所の張っている網に引っかかるかもしれない。


 だが……例え一端だろうが僕の情報を持ち帰られるよりはマシだ。

 やるしか、ない。


「【身体狂(しんたいきょう)――」

「待て」


 静止に、動きを止める。

 見ると僕が立っている廃ビルの屋上で、いつの間にか男は足を止めていた。


 距離は少し縮まって15メートルほど。辺りがいやに静かなのも手伝って、会話には支障がない。

 ……いや、静か過ぎる。なるほど、これは……


「……お見事。鬼ごっこは僕の負けってわけだ」


 へらへら笑って、認める。

 見覚えのある廃ビル、穴だらけの民家、ひび割れだらけのアスファルト。すぐそこに見える瓦礫の山は、先日汐霧の偽物が突き刺さっていたところだろうか。


 物にしろ人にしろ、否応なしにゴミが集まることから『ゴミ溜め』と侮蔑される場所――E区画に僕は立っていた。


「そうでもない。お前がそれ(・・)を使っていれば分からなかった。だから止めた」

「ああ、それは僕としても助かるので感謝を。なにせ暴走(オーバードライブ)の類です。使わないに越したことはない」

「……驚いた。敬語を使えるのか」

「はは、敵にはあんまり使いたくないんですけどねぇ。好き嫌いじゃ渡れないのが世の中の辛いところです」


 ただでさえ敬意の持ち合わせが少ない僕だ。だからせめて、敬意(ソレ)は好きになった人だけに使いたい。

 ……ああ、でも汐霧だかお嬢さまだか曰く僕の敬語って下手なんだったか。だったら敵に使う方がいいのかもしれない……ちょっと、だいぶ、悲しいけど。


「で、足を止めたってことは僕と会話するつもりがあるってことでいいですか?」

「ああ」

「そうですか。はは、問答無用で襲い掛かってきた野蛮人の割には随分と文明人の真似がお上手なんですね。ウキーって鳴いてる方がよっぽどお似合いなんだから無理しないでくださいよぅ」

「かもしれないな。まあ、どうでもいい。それより……」


 慇懃無礼にへらへらと笑う。効果があれば儲けもの、程度の小学生のような煽り。当然目の前の男には欠片の効果も見受けられない。

 彼はじっと僕を見据えたまま、口を開いた。


「答えろ。お前は何故、その身に禍力を宿している?」

「…………」


 やはり、見破られていたか。


「……はは、何のことです? 魔導師の僕がそんなものを宿しているわけないじゃないですか」

「だから聞いている。ああ、言っておくがハッタリじゃない。そもそもお前が俺を追って来たのは、俺が気付いた(・・・・・・)ことに気付いた(・・・・・・・)から――だろう?」


 これ以上はただの時間の無駄になる、と暗に告げてくる。

 ……ああ、これだから目がいい人間と話すのは嫌だったんだ。


「……仮に僕が禍力を宿していたとして、それが何です? どうせ殺すなら関係ないでしょうに」

「いや。場合によってはお前をクライアントの所に連れて行く」

「は?」


 クライアント。依頼主。彼にとってのご主人サマ。

 そんな重要人物の前に僕を連れて行く、だって?


「……訳分からん。頭湧いてんじゃないですか?」

「そんなことはどうでもいい。それで、答えは?」

「じゃー何でアンタらが汐霧を狙うのか。それ答えてくれたらいいですよ」


 それがあり得ないことを理解して、言う。

 汐霧が何故狙われるのか、その理由さえ分かれば対策は幾らでも立てられる。軍に預けるもよし、氷室に渡すもよし。それが無理でも最悪殺してしまえばいい。

 彼女の有用性を考えれば本当に勿体無いから、それは最後の手段だが。


 ともあれ、そんなあらゆることの鍵となることを漏らすはずがない。

 そう、思っていたのだが――


「構わない。あくまで俺の知っている範囲になるが」


 目の前の男は、あっさりとそう言った。


「……知っている範囲、ね。ああ、所詮アンタら使い捨ての木っ端歯車ですもんね? 大した情報なんて持ってないか」

「クライアント本人から聞いた話が大した情報でないと言うなら、そうなるな」


 至って淡々と返される。嘘ではない、と思うが……ああクソ、分からん。

 とはいえ、どのみち彼はここで殺すのだ。知られても関係ないといえば関係ない。

 で、あれば――


「……分かりました。いいですよ。そちらから話す、という条件が呑めればですが」

「いいだろう」


 首肯する男。僕は無言のまま、聴覚に意識を集中させる。

 辺りに人の気配はない。ここはE区画の端だし、そもそも先日のMB事件で住人の数が大幅に減っている。誰かに聞かれる心配はしなくていいだろう。


「クライアントの話によれば、ユウヒ――汐霧憂姫の存在がキーとなるらしい」

「キー? 何の」

神子(みこ)を取り戻すため。そう聞いている」


 神子。神をその身に呼び寄せ、宿す者のこと。確か、少女限定だったか?


「……何だそれ。宗教か何かですか?」

「さてな。それより、次はお前の番だ」


 ……こんな情報で対価を求めるとか、どれだけ面の皮が厚いんだ?

 とはいえ全く役に立たなかったかと言われればそうでもない。幾つか考えられることが、考えつくことがある。


 ……さて、その前に今度は僕の番か。

 一瞬ダッシュで殴ろう、なんて考えが湧き上がるもそれは無理だ。


 この東京の暗部にも、生きていく以上最低限のルールくらいはある。その一つ、決して取引を反故にしないこと。

 一度反故にしてしまえば、例えそれを誰にも知られずとも、“そういう人間”であることが態度に出てしまう。それを見逃すような節穴はまずいない。


  暗部のクズ共にどう思われようと知ったこっちゃないが、未来永劫あらゆる取引が出来なくなるのは困る。それはつまり、情報や金など生きるための力を一番持っている連中から相手にされなくなるのだから。

 七面倒臭い事情に、僕は小さく溜息を吐いた。


「僕がどうして禍力を宿しているのか、でしたよね。……というかよく気付きましたね?」

「脳と心臓をあれだけ潰して生きている。加えるなら、刺さったナイフの刃が溶解したかのように消えたのが決定的だった」

「あー……やっぱり」


 特に部下の方々にグサグサやられた辺り、あの辺りが致命的だったらしい。まぁ、仕方ない。

 ところで部下の方々といえば汐霧が今足止めしてくれているわけだけど、大丈夫かな。殺されたりしてないかな。


 正面戦闘だったらそうそう負けないとは思うが、ここ最近負け続きだったし心配だ。

 よし、やっぱり手短に済ませるとしよう。


「まず言っておきますと、僕はヒトガタじゃないですよ。この力は貰いもの、けれど確かに僕が掴み取ったものです」

「自分のもの、か」

「ええ。ああ、心配しないでください。別に嫌々手に入れたものではありませんから。そうですね、例えば……どこぞの宗教(・・・・・)かぶれな研究所(・・・・・・・)で作り出された(・・・・・・・)可哀想な子ども(・・・・・・・)、なんてことはないので安心してください」

「……そうか」

「ええ、そうなのでした」


 へらへら、へらへらと笑う、嗤う。

 それは昔を思い出したからでもあったし、どうしようもなく容赦のない現実への侮蔑でもあったし、目の前の男の反応を見たからでもあった。


「さて、これでお話し合いはおしまいですか?」

「ああ」

「はは、そうですか。それでは――」


 それでは、殺し合いを始めましょう。

 僕はへらへらと笑った。

ひと区切り

次回は明日か明後日に

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