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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
54/171

番外編・エイプリルドリーム

エイプリルフールネタ


本編とはあまり関係がありません


「…………」

「…………」


 朝起きたら妹の顔が隣にあった。

 ずっと見られていたらしく、バッチリ目が合った。


 うん、今日も可愛い。


「おはよう、兄さん」

「おはようセツナ」


 手を伸ばし、枕元の携帯を手繰り寄せる。時刻は午前5時59分。アラームの鳴り出す一分前だ。

 アラームのスイッチを切り、隣で寝ている妹――儚廻雪那(はかなみせつな)に向けて、僕は口を開いた。


「大丈夫? 狭くない? これ一人用ベッドだから窮屈だったでしょ」

「ううん、平気。兄さん痩せてるから」

「はは、お前に言われたくないなぁ。兄としてはもうちょい肉つけてくれた方が安心出来るんだけど」

「そうしたらこうやって一緒に寝られないでしょ。……よいしょっと」


 セツナが起き上がり、カーテンを開ける。可愛い。さらさらとした黒髪が朝日に映えてとても綺麗で可愛い。

 ちなみに妹は寝る時はちゃんとナイトキャップを着用する。寝癖がついて髪を傷めないように、という年頃の女の子らしい気遣いも可愛いし、デザインが可愛いからという子どもらしさも可愛くて可愛い。そもそも寝間着姿が可愛い。本当に可愛い。可愛い。


「セツナー、頭撫でていい?」

「遅刻するからだめ。ほら、起きる起きる」

「うぃー」


 促されるままに起き上がり、着替える。

 ……そういえばセツナ、どうして僕の部屋にいるんだろう。寝た時は各々の部屋だったはずだけど。


「……なに、兄さん? 私の顔に何かついてる?」

「や、セツナは今日も可愛いなぁって」

「ありがと。兄さんもかっこいいよ」


 ……まぁ、どうでもいいや。セツナ可愛いし。





 儚廻家はその奇特極まりない苗字に反して、どこにでもあるような普通の家庭だ。

 家族構成は父、母、兄と妹というやはり普通のもので、父と母は同じ企業で働く会社員(製薬会社だったか?)。兄である僕こと遥は今年で高校二年生、妹の雪那(セツナ)は一年生となる。


 ちなみに家族仲は一部につき良好。一部につき最悪。まぁ、そこまで珍しくもないことだと思う。

 ともあれ両親が共働きに出ているため、家事は主に僕たち兄妹でこなしている。割り振りは僕が掃除と洗濯、妹が料理と洗い物といった具合だ。


 簡単にまとめるなら、毎日妹の料理が食べられる僕は世界一の幸せ者ということである。


「兄さん、今日はどうするの?」

「んあ、何が?」


 先に座ってテレビを見ていると、可愛い妹から唐突な問いを振られ、首を傾げる。


「今日はほら、入学式でしょ。お弁当どうするのかなって」

「あー、そっか。今日はなしでいいよ。妹の晴れ舞台なんだ、余計なことで手を煩わせたくない」


 運ばれて来た料理と妹を待ち、手を合わせて箸をつける。

 うん、美味しい。ご飯の炊き具合やら味噌の配分やら魚の塩加減やら全てが至高だ。


 全く、どうしたらこうも美味しく作れるんだか。僕が作ったらねるねるねるねみたいなものが出来るのに。


「もう、入学式くらいで大袈裟だよ。それにお弁当作るのを煩わしく思ったことなんて一度もないよ」

「はは、ありがとう。でも面倒かけたくないのは本当。いい機会だし部長でも誘ってどこかで食べてくるさ」


 僕の所属している部活の部長は、真面目で優しいいい娘なのだが出不精とコミュ障のきらいがある。

 学園生活をどう送るかなんて個人の自由だが、たまに連れ出してやるくらいは許して欲しい。


「うん、分かった。あ、それなら私も一緒に行っていい?」

「もちろん。お前なら大歓迎だ。部長ともきっと仲良くなれるさ」

「……そうかな」

「そうだよ」


 妹と仲良く出来ない人間なんてこの世のどこを探してもいないだろう。

 いたとすれば、それはよほど心根の腐った邪悪で醜悪な蛆虫以下の生ゴミに違いない。僕が駆除してやらなければ。


 ……ああ、それにしても妹可愛いなぁ。





 僕の通う、そして今日からセツナが通うこととなる学園の名前は草菜(くさな)学園。美味しそうな名前ということで非常に人気の高い学園だ。嘘だ。

 実際はそこそこの人気にそこそこの生徒数、そこそこの敷地にそこそこのクソっぷりという何の個性もない学園である。


 ……ああ、でも小中高に短大とブッ込まれているおかげで学年に関係なくセツナと登下校出来たのは立派な利点か。


「それじゃセツナ、僕は先に教室行ってるから。何かあったら呼んで……っても顔見知りばっかだろうけどね」

「それでもありがとう兄さん。またお昼に」

「うん。ああ、別に優先したい予定とか出来たら遠慮しないでいいからね」

「あり得ないよ、そんなの」

「あは、ごめんごめん。じゃ」

「うん」


 制服姿の可愛い妹と別れ、教室に向かう。

 クラス替えの結果は春休み中に発表された。仲のいい連中もいるようだし、割合運が良かったと言えるだろう。


 そんなことを考えながら歩いていると、ちょうど教室の前に見知った顔が二つ。向こうもこちらに気づいたらしく、手を上げ返される。

 僕は口を開く。


「おはよ、梶浦、藤城」

「おはよう、遥」

「お、遥。今日は珍しく早いな。どしたよ?」


 梶浦謙吾、藤城純。友人にしてクラスメイトの二人だ。

 彼らとは小中も同じだったはずだが、知り合ったのは昨年の四月だ。同じクラスになってから何となくつるむようになった悪友、というのが正しい表現だろう。


「妹が入学式だからね。いつもみたいにギリギリってわけにゃいかんでしょ」

「ハ、出たよシスコン」

「はい今日のおまいう一号頂きましたぁー」


 コイツがいつも早くに登校しているのは社会人の姉に合わせて起きているから、と聞いたことがある。

 そこまでやる時点で立派なシスコン、人を笑う資格などあるはずがない。


「で、梶浦はいつも通り生徒会のお仕事?」

「ああ、今日から仮入部期間だからな。勧誘に設備を使いたい部活が多いったら仕方ない。遥の部活を見習って欲しいくらいだ」

「そりゃまぁ文芸部だしねー」

「しかも廃部寸前」

「うっせえ」


 部員数たったの二人、新入部員の勧誘には欠片の興味もなし。

 ……まぁ、客観的に見れば確かに廃部寸前だけど。


「アレだ、質より量なんだよ僕らは」

「クッソワロタ」

「エイプリルフールは一週間前だぞ?」

「……そうだけどさぁ」


 単に読書する場所が欲しいだけの部長と、人数合わせに強制入部させられた僕。

 草菜学園文芸部。質も量もスッカラカンの、非常に素晴らしい部活なのでした。まる。


「あ、でも雪那ちゃんが入るんでねぇの?」

「んー、アイツはテニスかバスケだと思うよ」

「……意外だな。てっきりお前と一緒にいたがるかと思っていたが」

「だって僕とセツナが一緒にいたら読書なんてしないもの。それじゃ迷惑かけちゃうでしょ?」

「「あー」」


 納得した、と呆れ気味に頷く二人に、僕はへらへらと笑う。

 僕はセツナと同じ空間にいたら百パーセント構い倒すし、それはセツナも同じだろう。ただ本を読みたいだけの部長にとって間違いなく邪魔になる。


 いちゃいちゃするのは勝手だが、他人に迷惑を掛けてはいけない。儚廻家の家訓である。


「あ、そうだ。二人とも昼飯はどうする? 弁当とか持って来ちゃった?」

「や、オレはどっかで食うつもり。カジは?」

「俺は学食で摂るつもりだ」

「だったらさ、今日のお昼部長と妹と食べに行こうと思ってたんだけど二人も来ない? 男女比率が大分偏っててちょっと辛くてさ――」


 そんな取り留めのない話を続けているうちに、朝の時間は瞬く間に過ぎて行った。





「そんなわけで一緒にご飯行こう?」

「遠慮するわ」


 時間は流れ、現在時刻は正午と少し。

 学園の部活棟、その片隅に位置する狭くも広くもない我らが文芸部の部室……いや、実際は狭いのだろう。単に使っている人間が少ないから広く思えるだけだ。


 机を挟んで向こう側、文庫本から顔を離さず拒否った部長――那月ユズリハに、僕は思わず苦笑を浮かべた。


「そんなこと言って今日もカロリーメイトとウィダーで済ます気でしょ? たまには誰かと話さないと挨拶の仕方忘れちゃうよ」

「……私をなんだと思ってるの?」

「クソぼっち」


 ごす。


 振り下ろされた文庫本の角が僕の頭にめり込み、そんな音を立てた。

 割とシャレになってない痛みに、僕は涙目になりながら口を開く。


「……部長、暴力は良くないよ」

「アメリカじゃ茶飯事よ」

「メリケン怖え……」


 そこは多分、アメリカではなくAMERICAって名前の国だと思う。

 半眼でこぶになってないかを確かめつつ、不機嫌顔でこちらを睨む部長について思い返す。


 彼女は父が日本人、母がアメリカ人のいわゆるハーフで、実際一昨年まではアメリカで暮らしていたらしい。

 それが去年、親の仕事の都合とやらで日本に渡来。この学園に通うことになったそうなのだが……途轍もなく無口、無愛想な上に非社交的、排他的な性格がたたってめでたくぼっちの仲間入りを果たしてしまった。


 まぁ、ただでさえむっつりとした不機嫌顔なのに加えて日本ではまず見ない金髪だ。その上顔立ちは日本人寄りなので、ぶっちゃけヤンキーにしか見えない。

 最近では僕に暴力を振るっているところが見られたのか、アレな尾ひれの付いた噂も出回っているとか何とか。


 いやはや、伝言ゲームって怖いね――と、閑話休題。話を戻そう。


「……だいたい、妹さんはいいの? 今日はずっと一緒にいるものだと思ってたわ」

「え、部長にまで僕がシスコンだってこと伝わってるの?」


 どういうルートで伝わったんだろう。彼女とそんな馬鹿話をする人間がいるとは思えないが。


「話題の半分に妹が出てくる上、自分が出来ないからって他人(ひと)の親にお金渡してまで妹の入学式を撮ろうとする人が、シスコン以外の何なのかしら」

「返す言葉もございません」


 客観的に聞くと大分気持ち悪かった。なるほど変態じゃねぇか。


「ってアレ? 話題の方はともかく……親御さんに頼んだ方は何で知ってるわけ? 話した?」

「……オールバックにサングラスの、厳つい男だったでしょう」

「う、うん。あ、実際はメチャクチャいい人だったけど」


 誠心誠意頼んだら二つ返事で引き受けてくれた。仕事は完璧だったり、お金は受け取らなかったりと、いい人なのは間違いない。

 しかしその人が、どうか――


「それ、私の父親だから」

「……………………へ?」


 今、なんと?


「彼、私の、父親」

「…………わっつ?」

「He is my father」

「……わーお」


 流石本場仕込み、発音パネェ。

 ……じゃなくて。


「……迷惑かけてごめんなさいでした」

「それは別にいいけど……本当にそう思ってるなら、態度で示して」

「態度?」


 


「……呼び方。その部長っていうの、やめてって言ったはずよ」

「えー。でも部長、前に“お嬢さま”って呼んだらマジギレしたじゃない」


 以前に冗談でお嬢さま、と呼んだ時。それはもう本当に酷かった。

 文庫本、電子辞書、洋書、広辞苑、パイプ椅子とランクアップしていく攻撃。半泣きになりながら逃げ惑う僕。嗜虐的な笑みで追いかけてくる彼女。


 もう一年近く前のことだが、まるで昨日のことのように思い出せるし時々夢に見る。所謂トラウマというヤツだ。

 部長――お嬢さまは半眼で、睨むような表情を浮かべる。


「変なあだ名を付けないで、と言っているの」

「んー……つまり苗字で呼べってこと? 嫌だよ、なんか距離感じるもの」

「……じゃあ名前でもいいから」

「え……そんな、付き合ってるって勘違いされたらハズカティ……」


 もじもじしながら言うと、再び振り下ろされる文庫本。瞬間僕の大和魂が燃え上がり、寸前で両手で挟み込む。

 これこそ日本の詫びとサビ―――!


「フ――ハハハハハッ! これぞ真・剣・白・刃・取り! 日本に来て日が浅いお嬢さまではこの技の突破は不可ノゥう゛っ!!?」


 調子に乗って大笑していると、普通にグーで頬を殴られた。

 バランスを崩し床に転がる僕。その上にゆっくりと、しかし力点を抑えて立ち上がれないようにしながら――お嬢さまが、乗っかって来る。


「……打撃は、抉り込むように打つべし……」

「りょ、両親にも殴られたことないのに――あ、待って、待って! 普通にグーパンは防げなイン゛ッ?!」

「打つべし、打つべし」

「ぁっ! ァっ! ら、らめぇ! マウント取ってボコられたらどうしようもないのォ゛ァ゛ッ!!」


 ……それから10分ほど、僕はお嬢さまに押し倒された体勢のまま殴られ続けた。


 割とクセになりそうだった。





「兄さん、大丈夫? パンダみたいになってるけど……」

「フッ、人気者の定めってヤツなのさ」


 気持ちニヒルに笑って格好を付け――ようとして、ピリッと走った痛みに悶える。

 その元凶、お嬢さまこと部長は、素知らぬ顔で明後日の方を向いていた。


 現在位置は校門前。ハカナミパンダこと僕とマイワールドことセツナ、部長がこの場に揃っていた。

 そう、なんだかんだ部長も昼飯に付いてくることになった。一通りストレスを解消出来たからか、僕の奢りなんていう五年に一度起こるかどうかの奇跡に引き寄せられたか……まぁ、どっちもだろう。多分。


 と、ガーゼと消毒液を片手に手当てをしてくれていた妹が声を潜めて、言う。


「ねぇ兄さん、あの人が部長さん? ……えと、ヤンキー?」

「外見はね。中身は優しいし頭もいいし気遣いだって出来る死ぬほどいい子だよ」


 事実、僕のような人間と一年以上も関わってくれているのだ。それは疑いようのないことだろう。

 僕がそう言うと、セツナは小さく微笑って頷いた。


「うん、兄さんがそう言うなら信じる。挨拶してくるね」

「仲良くね。僕は……っと、返信来た」


 梶浦、藤城の個人チャットにそれぞれ飛ばしておいた質問、『あとどれくらいで来れる?』。

 返信内容は――


「『今あなたの後ろにいるの』……なんでメリーさん?」

「昨日都市伝説の特殊やってたから」

「あそ……」


 心底どうでもいい。

 振り返り、満足げな藤城と呆れ顔の梶浦を視界に入れる。いつから隠れていたのか――聞こうとしてやめた。多分頭が痛くなるだけだ。


「梶浦はともかく、藤城も随分遅かったね。何かあった?」

「姉貴の様子見に行っててな。ちゃんと用意した弁当食ってるか心配で心配で……」

「……しっかり弟やってんのね」


 願わくば、そのしっかりとした立ち振る舞いを僕らにも見せて欲しいものだ。


「で、どこ行く予定なのよ。焼肉?」

「昼からヘビー過ぎるでしょ……というかそんな金あんの?」

「あん? お前の奢りなんだろ?」


 ホレ、と掲げられる携帯の画面。

 そこには部長から藤城へ、『今日はハルカの奢り』というメッセージが飛ばされていた。


「……こういう時ばっか連携しおってからに」

「フハハ。で、どこにする?」

「そうだねぇ……んー、梶浦は希望ある?」

「特にない。どこでも構わん」

「そーいうのが一番困るっつーに……」


 だからと言って焼肉は当然却下だが。

 一応は女性陣の希望も聞いておこうということで、僕は歓談中の二人の間に割って入る。


「セツナ、おじ……部長。どっか行きたいところある?」

「出来るだけ高いところ」

「兄さんの行きたいところかな」


 見事に参考にならなかった。

 というか部長、ここぞとばかりに日頃の鬱憤晴らしに来ておる。全て自業自得なのが辛いところだ。


「んじゃー無難にファミレスで」

「うわ、ツマンネ」

「普通だな」

「平凡」

「兄さんが行きたいなら私は賛成かな」


 恐らく本心だろうセツナのフォローが、妙に痛々しい。

 確かに奢ると言った手前、安く済ませようとしている僕が悪いといえば悪いのだが……なんだろう、このもやっとした感じ。


「……分かったよ。そこのイタリア料理店でいい? 木曜ならランチ安かったはずだし」

「しゃーねぇな、そこで手を打つか」

「ファミレスよりはマシだな」

「……シケてるわ」

「いいと思うよ、兄さん」


 どうやら僕の味方は妹だけのようだ。





 そんなわけでイタリア料理店『壁の中』に到着。

 全員一度は来たことがあったのか、注文をすぐに決め終えて雑談へと移る。やはりというかなんというか、話題の中心は我が妹だった。


「それにしても、まさか雪那ちゃんが新入生代表とはなぁ」

「ふふ、分不相応な自覚はあります」


 にこやかに謙遜するセツナ。容姿に加えて性格もこれほど素晴らしい人間など、世界に何人いるだろうか?


 天は二物を与えず、と言うがアレは嘘だ。天は与える人間には三物、四物だって与えるし、与えない人間には一物だって与えない。美女と野獣を分けたことを考えても、ほとほと不平等な存在だと思う。


「んなことねぇよ、立派だったさ。ただ兄がコイツって思うとどうしてもな……」

「……不本意ながら同意ね」

「酷いなぁ。僕だってやろうと思えばあれくらい……」

「「「無理だろ(ね)(だろう)」」」


 何故そう綺麗にハモるのか。

 速攻で否定した先輩たちに、セツナが首を傾げる。


「そうですか? 兄さんなら全然出来ると思いますけど……」

「そのセリフは去年のコイツの成績見てから言ってやってくれ。なんだっけ? 現代文が……」

「オーケー僕が悪かった。だからそれ以上言うんじゃねぇ」

「37点、だったかしら」

「フ●ッキュー!」


 折角隠してたのに! 妹にだけは知られないよう頑張ってたのに!


「遥は文系科目が軒並み酷いからな。帰国子女の那月の方がよほど出来ている」

「……兄さん、帰ったら一緒に勉強しようね」

「違う、違うんだよマイシスター……!」


 勉強はしている。予習復習だって出来る限りやった。そのおかげで古文漢文は平均近く取れている。

 ……が、どうしても日本史と現代文だけは出来るようにならない。お嬢さまとか満点近く取っているのに。何故だ。


「勉強法が悪いんでねぇの? 日本史とか覚えるだけだろが」

「それが出来れば苦労しないってーの……ってか藤城、お前だって人のこと言えるような成績じゃねーだろがい」

「オレぁいいんだよ。どーせワクワク私文勢だかんな、国英社さえ取れてりゃパーフェクトだ」

「チクショウ落ちろ……滑り止め含めてまとめて落ちて、死んだ目で浪人するがいい……」

「やめれ。その呪いはシャレにならん」


 僕が逆の立場ならブン殴ってでも止める類の呪いである。


「梶浦とお嬢さまはいいよねぇ。だいたいパーフェクトだもん」

「日々の積み重ねだ。しっかりと予定を立ててこなせば誰でも出来るさ」

「それが出来るのも立派な才能だって」

「出来る限りでもやれば大分変わる。現にお前の妹は出来ているだろう?」

「セツナは才能の塊だよ。出来ないことなんてないさ」

「もう、やめてよ兄さん。恥ずかしいってば」

「でも事実だろ」


 セツナに出来ないことなどない。何をやっても人並み以上にはこなすし、要領もいいからちゃんと結果を残す。せいぜい掃除と洗濯くらいだろうか?


「私にも苦手なことくらいあるよ。初対面の人に話しかけるのは未だに苦手だもん」

「誰だってそうだよ。部長と初めて会った時とか、僕がどれだけ緊張したかって……」

「……私のせいじゃないわ」

「いやいや、せめてその仏頂面さえなければかなり違うと思うよ? そうだ、ちょっとにっこり笑ってみてよ。ハイチーズ」

「嫌よ」

「ほらこれだ。その点セツナは凄いよ。僕なんて一年かけてもこれなのにさー」


 先ほど自己紹介して以来、妹と部長は仲良くしているように思える。部長は幾分か雰囲気が和らいでる辺り、間違いない。


「でもそれは、那月先輩がいい人って兄さんに教えて貰ってたから」

「加えて言うなら、那月の態度がアレなのは百パーお前のせいだと思うぜ」

「責任転嫁はよくないぞ、遥」

「……なんか今日、みんな当たり強くない? 気のせい?」

「「「気のせい(だ)(よ)」」」

「あ、あはは……」


 ――隣人と仲良くなるには、共通の敵を作ることが一番である。


 何故だかそんな一文が頭を過ぎった。





 昼食後、僕と部長は部室に、妹は仮入部に、藤城は帰宅、梶浦は生徒会室に、という風に解散した。

 文化系の部室棟の隅の隅、それも勧誘を一切していないせいもあってか部活の見学に来る人間はゼロ。結局読書しているだけで下校時刻となり、解散。


 今日はバスケ部の見学に行っていたらしい妹と合流し、帰宅開始。世間話をしているうちに時間は過ぎ、あっという間に我が家へと帰り着いた。

 玄関から溢れている光。どうやら僕らの帰りの方が遅かったらしい。


 意を決して、玄関の扉を開いた。


「ただいま」

「ただいま」

「ああ、遥に雪那。おかえり」


 リビングに寝転がったまま、こちらを振り返る男。

 彼の名前は儚廻奏多(かなた)。僕とセツナの父親に値する人物だった。


麻直(ますぐ)は風呂だ。二人とも、ご飯が出来たら呼ぶからそれまで部屋でゆっくりしていなさい」


 麻直(ますぐ)、とは母親の名前だ。合わないならそれに越したことはない。


「行こう、セツナ」

「……うん」


 妹を促し、二階へと上がる。

 注釈しておくと、僕もセツナも別に両親が嫌いなわけではない。 ただ、なんとなく彼らに苦手意識があるだけだ。


 それは彼ら両親も同じらしく、両方とも僕たちと接するときは明らかにぎこちなくなる。

 恐らく時間が解決するだろう問題。だがセツナが少しでも不快感を抱くようになった時は、遠慮なく居を別にさせて貰おうと思う。


「ま、大丈夫だとは思うけどねー」

「え?」

「何でもないよー。ほら、さっさと着替えよう。制服がシワになったらいけない」


 妹の背を押して彼女の部屋に入れ、僕も自室に戻る。制服をハンガーに掛け、パーカーにスウェットというラフな格好になる。

 格好が緩むと体も緩むのか、何となく力を失いベッドに寝転ぶ。


 ……さて、あとは今日一日を思い返すだけだ。


 妹と起きて――友だちと笑って――皆でご飯を食べて――それで。

 思い返すと眠くなるような、毒にも薬にもならない一日だった。けれど決して嫌いじゃない、そんな一日だった。


 もうすぐ、それが終わる。

 幸せで、楽しい、ごっこ遊び(・・・・・)の時間が――。


「……その前に、一つだけ聞いておかないとな」


 どれくらいそうしていただろうか。ふと呟いて、僕は起き上がる。


 特に重要でも何でもない、どうでもいいこと。でも、僕はそれを聞いておきたいと強く思う。

 きっとその答えは、『今日』の締めにピッタリなもののはずだから。


「兄さん、入るね」


 ガチャ、とドアが開く。

 僕同様ラフな、しかし僕と違って非常に可愛い妹の部屋着。目に焼き付けておくためにじっくりと見つめる。


「……恥ずかしいよ、兄さん」

「はは、ごめんごめん。妹が超ぷりちーだから見惚れてた」

「もー……」


 仕方ないなぁ、と零した妹が僕の隣に腰掛ける。

 しばらく続く無言の時間。僕ら兄妹にとってはそれすら愛しい時間――だが、いつまでも続けられるわけじゃない。


「ねぇ、セツナ」

「なに、兄さん」

「一つだけ、聞いてもいいかな」

「うん、いいよ」


 名残惜しいが、聞かなければ。


「どうしてお前は……今朝、僕の隣で寝てたの?」

「そんなの、兄さんが好きだからに決まってるでしょ」


 何を分かり切ったことを、と言わんばかりの返答。

 僕は笑って、それを心に沁み渡らせる。


「ねぇ、兄さん。私からも一つだけ、いい?」

「何かな」

「頭、撫でて欲しいな。うんと優しく」

「いいよ、もちろん」


 透き通るような黒髪。もう今はどこにもない、唯一無二の妹の髪。


 僕の持つ愛情全てを込めて、優しく、優しく――


「……うん。ありがと。もう充分」

「もういいの?」

「これ以上はもう、名残惜しくなっちゃうから」

「……だね」


 というかもう充分に名残惜しい。ずっとずっとこうしていたい、なんて弱音が溢れて零れて止まらない。

 ……けどまぁ、僕はとっても強いので。


 これくらい、なんてことはないみたいに、へらへら笑ってしまうのだ。


「じゃ、セツナ。また会おう」

「うん、兄さん。またいつか」


 そう言って。

 最後に一度、互いに触れて。


 幸せな一日(うそ)が――終わった。




◇◆◇◆◇




 ――東京、とある一軒の家にて。



「ふわぁ……おー、よく寝た」

「おはようございます。もう正午ですよ」

「うげ、マジで? 予定すっぽかしちった……ま、いっか。氷室だし」

「……どうでもいいですけど、私を巻き込まないでくださいね」

「ユウヒ、諦めなさい。ハルカに関わった時点で無理な話よ」

「言うねチビスケ……あー、はは」

「……? どうしたんですか?」

「悪いものでも食べた?」

「いやね……なに、現実も案外捨てたもんじゃないなってさ」

「「?」」




◇◆◇◆◇




 ――???



「ん……いい夢だったな……」


「……。でも、もう私は駄目だから」


「だから、頑張らないと」


「……大丈夫。ちゃんと、歩けるだけの力は貰ったから」


「独りでも、歩ける」


「どうか……幸せに」




「兄さん」





To Be Continued...

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