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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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遭遇



 十分後、辿り着いたB区画は異常だった……というわけでもなく。


「……結界、あったんだよね?」

「はい、そのはずですけど……」


 などと二人揃って首を傾げてしまうほどにいつも通り。平和そのものな夕暮れ風景だった。

 高級住宅街、と呼ばれるのも納得の整然とした家々にゴミ一つ落ちていない路地。行き交う人々に特に何かあるわけでもなく、むしろ僕たち二人の方がおかしかったのではと思ってしまうほどだ。


「お前の勘違いってことは?」

「いえ、あの感覚は間違いなく……でも感知出来たのも一瞬でしたし、もしかしたら……」

「分からない、と?」

「…………」


 無視、というより自分の世界に入り込んでしまっているようだった。

 仕方ない、僕も僕なりに考えてみよう。


 そもそもの話、居住区画全域に及ぶ結界などあり得るのか?

 それを可能にするには馬鹿げた魔力が必要だか、そんなものが張られれば正規軍も黙っていないだろう。感知したのが汐霧だけというのもおかしい。


 大体SでもEでもない、B区画なんていう中途半端な場所にそんな代物を張る理由は何だ? 人払いや視線誘導のモノを張ったとして、それが何になる?

 ……ダメだ、何を考えるにも情報が足りない。今ある情報で結論を出そうとすれば、どうしたって『汐霧の勘違い』となってしまうだろう。


「……ってかそれが一番ありそうなんだよねぇ……」

「?」

「何でもないよ。お前はどう? 結論出た?」

「あ、はい。ひとまずこの場所を一通り回ってみようかと。予定とは違いますが、ついでにB区画の方々にも行方不明児童の件について聞いて回れますし」

「はいよ。じゃあ何かあったら呼んでね。僕はクロハのお土産買ってるから」


 B区画は居住区画のランクでいえば上から三つ目。わざわざ学園街の方面に行かずとも、居住区内で大体のものを揃えられるようになっている。

 とりあえずカレーパンでも探してみよう。アイツ確かカレー大好きだったし――


「あの、何故それが通ると思ったんですか……?」


 一歩目を踏み出そうとしていた足が、空中で止まる。

 原因は僕の後ろ首。凄まじい力で制服の襟首を引っ掴まれ、ピクリとも動かない。


 脳に血が足りず視界が眩み始める中、心底僕を慮るような汐霧の声が耳に届いた。


「いや、だって僕聞き込み出来ないし……」

「……意外と気にしてたんですね」


 僕だって初対面の一般人相手に嫌悪されたら普通に悲しいんだ。

 汐霧は同情的な視線を送って来るが、襟首を掴む力は少しも緩まない。同情するなら何とやら、である。


 ……というか何でコイツ片手でこんな力出せるんだろう。ゴリラかよ。


「だとしても、出来ないことならなおさら逃げちゃダメです。やらなきゃいつまで経っても出来るようにならないんですから」

「は、やった後悔よりやらない後悔ってね。労力も時間も無駄にしてからじゃ遅いんだぞ?」


 それに、やらない後悔はキツネのブドウで済むがやってしまった後悔は大体取り返しがつかないものだ。

 あの時ああしていれば、なんて妄想で時間を潰すのは人生で最も無駄な時間と断言出来る。それ故僕がここで遊びに行くのは仕方ないことなのだ――


「はいはい。いいから行きますよ」

「あっ……ちょっと待っ、首っ、アヒィッ、裂けちゃうよぉっ……!!」


 やっぱり言葉って薄っぺらい。





「そういえば、前から気になってたんですけど」

「ほあい?」


 会う人会う人に心を手折られながら、歩くこと約15分。

 人気のない路地の片隅で得た情報を考察しているといきなり横から振られた質問に、僕は気の抜けた声を返した。


「いえ、遥とクロハちゃんってどういう関係なのかな、と。……最初は遥が誘拐して調教でもしたのかと思ったんですが、そういうわけでもないみたいですし」

「お前は僕をなんだと思ってるのかな……」


 幼女を誘拐し、調教してメイドとして働かせる。

 ……うん、完全に事案(アウト)じゃねぇか。


「あのね、僕とクロハはとっても仲良しだから。そうじゃなきゃお土産買ってこうなんて話になるはずないだろ」

「そうですね。クロハちゃんとは大分仲良くなったと思いますけど、それでもあなたには負けますし」

「そりゃ単に時間の差だよ。これでもアイツと会ってから四、五年は経ってるもの。会って二ヶ月くらいのお前にゃ流石に負けんて」


 むしろあの人嫌いとこの短時間で仲良くなれた辺り、汐霧の方がずっと凄い。


「ええ、だからこそ分からないことがあります。一体どうして――あなたは、脅迫のような真似をしていたんですか?」

「……は、脅迫?」


 覚えのない、物騒な単語に僕は眉を顰める。

 対する汐霧は……ハッタリではないらしい。どうやら確証を持って話しているようだ。


「僕がアイツを脅迫ねぇ……それいつの話よ?」

「昨夜。首を絞めて、威圧感たっぷりに、道具呼ばわりしていましたよね?」

「あー……」


 なるほど、あれを見られていたのか。だったらそう思われても仕方ない。

 一応アレは僕なりの善意だというのに、ねぇ?


「はは、盗み聞きなんて趣味が悪いね。ちょっと意外……というか聞いてたならその場で止めれば良かったのに。お前、そういうの無視出来る性格してないでしょ?」

「もちろん止めようと思いました。でも、あなたが理由もなくあんなことをするとも思えませんでしたから」

「買い被りありがとう。今度デートしない? 行き先はメガネ屋さんで決定だ」


 よりにもよって僕が善人判定されるとは。人を見る目がないようで何よりである。


「それで、答えは?」

「答えねぇ……あ、それじゃ幾つか今から挙げてみるから、正解だと思ったのを正解だと思い込んで」

「思い込んでって……」

「ほら、人と人との関係なんて簡単に言葉に出来るものじゃないでしょ? いつかは知る機会もあるだろうし、答え合わせはその時のお楽しみにしとけばいい」


 ぶっちゃけ説明が面倒なだけだが、べらべら喋ってその辺は誤魔化す。


「……分かりました。それで」

「はは、ありがとう。うーん……『腐れ縁の昔馴染み』『道具とご主人様』『家出少女と保養主』『なんか世話してたら懐かれた』と、こんなところかな。さ、どれだと思う?」

「んー……『なんか世話してたら懐かれた』?」

「へぇ、理由は?」

「何故か凄い実感がこもってたので……」

「…………」


 ……大正解である。言わないけど。


「そ、それよりさっき言ってた結界はどう? 感じた?」


 図星を突かれた動揺から話題転換。ちょっといやらしい聞き方になってしまったのはご愛嬌。

 僕と違って彼女はキレイな心の持ち主なので、特に何も思うことなく答えてくれる。


「結界があるのは確かなんですが……それがどういった効果のものかが全く分からないんです。結界魔法についての説明は必要ですか?」

「あー……まぁ、一通りは抑えてるよ」


 結界魔法とは、言い換えれば自己という境界線を拡張する魔法である。

 まず前提として魔法の効力は感情に左右される。そして人間が最も守りたいと思うのは、自分自身に他ならない。


 これらの性質を利用し、守りたいものを魔力によって形成された『自己』で包み込む、というのが結界魔法の基礎理論だ。

 細かな例外はあれど、簡単に言うなら『お人好しにしか使えない魔法』というところか。


「そして、この世で最も滅ぶべき魔法ってね」

「え?」

「何でもないよ。で、全く分からないって?」

「はい。どうやら意図的に隠されているようで、なんていうか霧の中にあるような感触です。しかもこれ……何でしょう、どこか懐かしいような……?」

「何それ。意味分からん」


 象が蟻を認識出来ないように、僕は魔法の感知に対して(すこぶ)る相性が悪い。

 だが、それを置いても彼女の言葉に素直に頷くのは、僕には出来なかった。


 そもそもこれまでにすれ違った人の中で、汐霧と同様何かに気付いている様子の者はいなかったのだ。

 確かに汐霧は優秀な魔導師だが、他に誰も気付かないような結界に気付けるとも思えない。勘違いや思い違いの方がよほど説得力がある。


「これでも結界とは縁が深いんだ。幾ら感知が苦手でも、そんなデカい結界を見逃すほど鈍くない。大体そんな結界が実在するならとっくに軍が駆けつけてるさ」

「そうですけど……でも……」

「それとも何? お前にしか認識出来ないような結界がたまたまお前が近くにいるときに張られた? もしくは誰にも気付かれないほど高度な結界に、自分だけは気付くことが出来た? そんなことが、本当にあり得ると思ってるの?」


 少し意地悪な聞き方だが、汐霧の言っていることを要約するとそういうことだ。

 “自分は特別”。“自分だけは大丈夫”。そういった類の全能感にも似た驕りは、魔法という理外の業を行使する魔導師とは切っても切れない間柄にある。その先にあるのは確実な破滅にも関わらず、だ。


 まさか汐霧がそんなものに憑かれるとも思えないが、こういうのは兆候が見え次第諌めた方がいい。

 僕は更なる言葉を投げ掛けようとして――


それがあり得るんだよ(・・・・・・・・・・)現実(・・)


 ――と、いきなり背後から投げ掛けられた声に、僕は勢い良く振り返った。


 背後にあるのは塀、民家、電線、月夜。

 そして一軒の民家の上に立っている、一人の男性。


 ――影。

 それが、その男に対して感じた第一印象だった。


 長身痩躯。僕も魔導師としてはかなりの痩せ型とされる部類だが、この男は更に顕著だ。脂肪、筋肉ともに限界まで削ぎ落としており、纏っているコートの方がよほど幅がある。

 加えて全身黒色の装いに、全くと言っていいほど乱れの見えない直立した姿勢。よく見なければ人とすら気付かないほど、男の外見は常人離れしていた。


「汐霧憂姫と儚廻遥で合っているな」

「……え?」


 明らかに一般人ではないその男に僕が警戒を強めていると、隣の汐霧は呆然とした様子で何か呟く。


「どうしたの、汐霧。知り合い?」

「……まさか……」

「質問に答えてくれよ。汐霧憂姫と儚廻遥で合っているか、と聞いている」


 再度の問い。しかし、声の元は民家の上から前方の路地へ。

 いつの間に移動したのか見えなかった――いや、気付かなかった、の方が正しいか。


 とにかく、口を動かさないと。


「……あー、僕マイケル。れっつらぱーてー。シャルウィーダンス?」

「そのふざけた口の利き方、あのガキから聞いた通りだ。お前が儚廻遥だな。そして……」

「っ」

「お前が汐霧憂姫か。……条件通りで紅目のチビガキ。銀髪だが……まぁ、その程度どうとでもなるか」


 ぶつぶつと独り言を並べる男。気味悪さに僕も汐霧も攻められない。

 ……いや、汐霧は何か別の要因があるらしい。さっきから様子が変だ。この男に何か心当たりがあるのだろうか。


「……ああ了解した。これより汐霧憂姫の回収に移る。差し当たっては障害の排除を優先。保険に一人寄越してくれ。……儚廻遥、五か十か選べ」

「え? じゃあ十で」

「分かった。では死んでくれ」


 トッ、と男が地を蹴る音。

 攻勢。何が目的か知らないが、敵であることは間違いない。


 僕は身構え、迎撃しようとして、


「……頭に十本、心臓に十本。手向けの刃だ。安堵して逝け」


 そんな声が、すぐ隣から聞こえた。

 その言葉通り頭と心臓がグツグツと熱くなり――そのまま、倒れる。


 ……最近多いな、このパターン。

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