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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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予感



「汐霧」

「…………」

「ギリちゃん」

「…………」

銀色ドラム缶(シルドラ)

「……なんですかその呼び方」

「はは。あ、やっとこっち向いてくれた」


 気まずげな顔の汐霧に、僕はベッドの上からへらへらとした笑みを返す。

 僕らが今いる場所は訓練校内の保健室。僕はベッド、汐霧はその前に置かれている見舞い用の椅子に座っている。奇しくも数週間前とは真逆の構図だ。


 何故こんなことになっているかといえば話は簡単。汐霧の攻撃を焼け切れず、右胸を見事に貫かれたからだ。

 肝臓なんていう急所中の急所を抜かれ、重傷患者としてここに運び込まれたのが今から二十分ほど前。養護教諭は留守にしているそうなので、代わりに汐霧に治癒の魔法を使って貰っている……ということになっている。


「で、汐霧は何か言いたいことある?」

「……何かって何ですか」

「その気まずそうな顔の理由とか? ま、お前は頭がいいからね。言われなくても分かってるでしょ」

「…………」


 だんまり、と。

 仕方ない。心が痛むがヒントを出してやるとしよう。


「あーあー、ブチ抜かれた肝臓が痛いなぁー。誰かさんに挿入(ずっぷり)された右胸が痛いなぁー」

「…………」

「誰かさんがなー、何か意味不明にいきなり本気出して来たせいでなー」

「……別に本気じゃないですけど」

「だとしても、あれじゃ僕みたいな落ちこぼれがどうにか出来るレベル越えてるって。いやぁ、よく死ななかったもんだよ」

「……ちゃんと手加減しましたもん」

「結局人の右胸抉り取ってるんだから手加減も何もないっつの。アレ絶対未来ある後輩達のトラウマになったぜ?」

「……あんなのでトラウマになる方が悪いです。私悪くないです」


 何か幼児退行してやがるコイツ。 似合うな。


「別に彼らがどうなろうがどうでもいいけどさ。何で突然あんなにやる気出してたのか、それが知りたいんだよ。ほら、お兄さん怒らないから話してみ?」

「…………」

「……あ、もしかして生」

「誤解です! ……あの、話しますから。ちゃんと」

「生理だった?」

「折角遮ったのに!?」

「あっはっは。ハイ、それじゃ言い訳どうぞ」

「……その……悔しくて」

「? 何が?」


 一個下にもスタイル負けているところだろうか。

 そんなの今更だろうに。はは。


 もちろん実際のところは違ったらしく、汐霧はぽつりぽつりと話し始めた。


「訓練生の子達が言っていたんです。『あんな人と組まされて大変ですね』って」

「それ僕のこと?」

「はい。あなたの戦い方を見て……自分たち相手にいっぱいいっぱいの落ちこぼれって」

「……え、普通に事実じゃん」


 実際僕はいっぱいいっぱいだったし、クズの落ちこぼれだし。

 むしろ汐霧の心配をしてあげている辺り、かなりいい子たちだと思うのだが。


 そんな僕の考えとは裏腹に、汐霧は僕をキッと睨みつけてくる。


「何が事実ですか。あの日お父様と戦った時のあなたは……私なんか足元にも及ばないくらい、強かったのに」

「……いやいやいやいや」


 あんまりにもあんまりな言葉にこめかみがズキズキと痛み出す。

 何でそんな発想が出てくるんだろう。馬鹿か?


「アレは実戦、コレは訓練。死人が出かねない力を使う必要がどこにある。そもそもそんなホイホイ使えるものでもないっての。バレたらモルモット用の檻行きなんだぞ」

「それでも、あの力抜きでも遥は強いじゃないですか。身体能力も戦闘技術も、私よりずっと上なのに」

「買い被り過ぎ。身体能力はともかく戦闘技術は大差ないだろ。そもそも僕とお前じゃ戦い方も違うんだ、単純に比べられるものじゃない」

「……仮にそうでも、訓練生相手に苦戦するはずありません。何も知らないのに、遥のことを好き勝手言って……」


 それはつまり、僕の期待通りに騙されてくれているということだ。

 捻くれたクズ共より、僕はそっちの方がずっと好感が持てる。


「……あのね、何でお前がそのことに腹を立てる? お前は褒められて、尊敬されてるんだ。ならそれでいいだろうに」

「いいわけありません。遥は私の恩人なんです。恩人を好きに言われて、遥は怒らないんですか?」

「少なくともその恩人の体に風穴開けることはないね」

「それは……!」

「いいよ別に。それは気にしてないから」


 あの攻撃を避けなかったのは僕の意思だし、そもそも避けられなかったし。

 しかしなるほど。どうして汐霧がやたら不機嫌で、ああも激しく攻撃して来たのか。それは大体理解出来た。


「つまりアレか? 僕にちょっとでも本気を出させて『実はこの人強いんです!』ってやりたかったって?」

「……はい。大体そんな感じです」

「あっはっは。そうかそうか、うん。なるほどね。ねぇ、汐霧」


 言いながら、僕は右手を汐霧の頭上まで持って行く。

 意味が分からないのか、汐霧が目を白黒させている中――


「……へ? え、な、何を――」

「この馬鹿野郎」


 スパァンッ! と。

 振り抜いた手のひらが、ステキな音を響かせた。


「み゛っ!!?」

「何? 外見ガキでも中身は大人って言うのがお前のいいところだったのにさ。中身までガキになったらソレただの年齢逆サバしてるクソガキじゃない」


 スパァンッ!


「ぁ゛っ!!!」

「その気持ちは嬉しいよ? 嬉しいけどそれで本人に迷惑掛けたら本末転倒でしょうが。いい歳こいて自分が世界なんてイタい勘違いしてんなって」

「は、遥に言われたくな――」


 スパァンッ!!


「い゛っ!!?」

「あ、ちなみに昔のテレビって叩いて修理するもんだったんだってさ。直るかなぁ、どうかなぁ」


 スパァンッ!!!


「私人間なん゛ぁっ!!!」

「はは、色気のねぇ声。出されても困るけどさ」


 殴られて興奮するなんてマゾヒスト確定、ドン引き案件だ。

 そんな変態、僕は生まれてこの方見たことがないけどね。


「さて、これでお仕置きはお終いだけど……どう? 反省した?」

「っ、っっ……い、痛い……」

「はは、僕も手と心が痛い。これでも殴るより殴られたい派なんだよ? 女の子なら尚更だ」


 だがま、このくらいしておかないとコイツはまた似たようなことをする。その確信がある。

 憧れの人を馬鹿にされると自分じゃどうしようもないくらい頭に血が昇るものだからな。昔僕もそれで調教されたし。


「ってか僕なんかのことでマジになるなって。もっとカルシウム摂ろうぜ。長生き出来ないぞ?」

「はぁっ、はぁ……ひ、人の頭殴るような人に言われたくないんですけど……」

「あっはっは。ハートブレイクされた恨みと思うがいい」


 しかし汐霧もそんな性分だことだ。せいぜい一回命を救われたくらいで、こうも恩を感じることもないだろうに。

 まぁ、僕にとっては都合のいいのでそこを指摘するつもりはないけれど。


 笑いながらふと時計を見ると、時刻は既に夕暮れ時となっていた。

 この後は行方不明児童の捜索――言い換えれば迷子探しをしなければならない。居住区までの移動時間を考えると、そろそろここを離れなければ。


「さて、じゃお暇しようか。ちょうど説教も終わったことだしね」

「……え、説教?」

「魔法の道はただ一つ、肉体言語ってね。とあるプリンセスの名言さ」

「それ迷言なのでは……?」


 ぶっちゃけそうだが、コイツが言えることではないと思った。





 訓練についての評価は後日通達があるということで、訓練校から居住区へと移動して早一時間。

 時間は午後五時。ちょうど親御さん達も子どもを迎えに来る時間で、先に訓練校の依頼を消化したのもこの時間を狙ってのためだ。


 そんなわけで僕たちはC区画にあるコロニー最大規模の公園を訪れていた。

 兎にも角にも聞き込み、ということで二手に分かれたのが今から十分ほど前。


 ……なのだが。


「ママー! はんざいしゃー!」

「なんてことを言うんだ……!?」

「ちょっと、そこのあなた何をして――あ、その制服、あの学校の……」

「あ、はい。クサナギ学院の儚廻遥と申します。すみません、少しお話を聞かせて貰えますか? お時間は取らせませんので」

「ごめんなさい、これから少し私事があって……本当にごめんなさいっ」

「あ、ちょっと待っ……」


 ……などと、こんなやり取りが繰り返されてもう五回。そろそろ心が折れそうだ。

 魔導師とは言え僕らは学生。ここまで警戒されるとは思えないし、僕もちゃんとにこやかに、愛想と礼節を忘れないようにしているのに……。


「……僕の笑顔ってそんなに酷いのかなぁ……」


 教えて咲良崎。お前も言ってたよね咲良崎。あれ結構傷ついたんだよ咲良崎。

 ちなみにその咲良崎本人はと言えば、この前医療刑務所で意識を取り戻したそうだ。


 現在はリハビリを行いながら取り調べを受けており、面会が出来るのは当分先になる――と梶浦に聞いた。

 しかし彼女の罪はどうなるのだろう。全て汐霧父のせいにすれば無罪は難しくても大分罪は軽くなるはず。とはいえアイツの性格だとそうするなんて思えないし――


「何サボってるんですか、遥」


 思考に耽っていると、ちょうど近くに来ていた汐霧に注意された。

 ちなみに彼女は外見年齢が低く、またとても可愛らしいためか子どもにも大人にも大人気。僕とは真反対の様子である。


 いいなぁ、ずるいなぁ。


「はは、ゴメンゴメン。なんか僕凄い警戒されちゃってて」

「あっ……はい、それならしょうがないですね」

「……あの、そんなに酷い? 僕の笑顔ってそんなに酷いの?」

「……。そんなことより、少し気になる話を耳にしたんですが」


 ……口ほどに饒舌な目が全てを物語っていた。


「まぁいいや。それで、話って?」

「はい。聞いた限りですがいなくなった子は皆女の子、それも十から十二歳くらいの子が多いみたいです」


 流石優等生。情報収集早いな。


「それ、信憑性は?」

「尾ひれが付いている可能性は否定出来ませんが……何人ものお母様方から聞いた話を総合した情報です。母親のネットワーク、というのは存外馬鹿に出来ませんから」

「なるほど……」


 汐霧はAランク魔導師、こういった案件はかなりの経験があるはず。

 その汐霧がそう言うなら信頼していい情報なんだろう。


「だとしても……うーん、これだけじゃ何とも言えないね。事故か誘拐か……偶然説が消えただけでも充分だけどさ」

「はい。とはいえC区画だけの話じゃないですから当然でしょう。あと幾つかの区画で話を聞いて……必要ならE区画にも足を運ばないと」

「そうだね。この件に関しては僕より汐霧の方が詳しいだろうし、汐霧の思うようにやってくれ。僕に出来ることなら何でもやるからさ」

「ええ。それではまず……」


 唐突に、汐霧の言葉が切れる。

 彼女は何かに集中するように目を瞑り、動きを止めた。


「汐霧……?」

「――魔法の気配。隠蔽(ハイド)……いえ、視線誘導……? 意識遮断、人払い……結界系」


 ぶつぶつとした呟きに、僕も彼女が何をしているのかを察する。

 汐霧は魔法の気配を辿っているのだ。彼女ほど魔力の扱いに長け、魔法の知識を持っているならそれはかなりの範囲、精度のものとなる。


 そして汐霧憂姫という人間が感知し、異常だと思ったなら、それは十中八九良くない類の魔法のはずだ。

 やがて汐霧は目を開き、押し殺した声で言った。


「……遥。戦闘準備を」

「何を見つけた?」

「分かりません。ただ、かなり高度な結界を。場所はB区画、範囲はほぼ区画の全域ほどです」

「それは……凄いね」


 結界系、と呼ばれる魔法は割合ポピュラーな系統のものだ。が、範囲がコロニー全域というのはまずあり得ない。

 加えて、B区画でそんなものを張る意味など――少し、考えつかない。


「……すみません。私たちの領分から離れたことですが、見つけた以上放っておけません。だから――[

「ああ、行ってみよう」


 面倒事は僕も嫌だが、それ以上に嫌な予感がする。

 とても危険で、焦燥感のある――それでいて、どこか懐かしいような予感が。

名言と言うより歌ですが

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