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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
遥けき空に
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それは最強の一撃


「汐霧はダメな食べ物とかある?」

「取り立ててはないですね。強いて言うなら……野菜類はあんまり、です」

「ああ、だからそんな体型なわけだ…………あっ、ちょ、待っ……!! 肘は、反則っ……!!」


 いくらツッコミでも肝臓に肘はダメだと思う。いろいろと出ちゃいけないものが出ちゃいそうだから。主にゲから始まる胃液とか。


「……あ、そういや生活用品その他は」

「それなら後で送らせるので大丈夫です」

「はぁん……金持ちは違うね、やっぱり」


 うっらやっましー、と空々しく嘯く。


 ……さて、さっきから何故こんな、仲の良い友達同士でお泊まり会でもするような会話が繰り広げられているのかといえば、そのまま。

 僕が契約を破って逃げ出さないか監視するためにという理由で、今日から汐霧が同居することになったのである。


「はいとうちゃーく。ここが今日から僕らの愛の巣でーす」

「……踏み千切るですよ?」

「何を? ねぇナニを? 言ってくれないと僕馬鹿だから分からないなぁ」

「死ね」


 寸分(たが)わない場所に叩き込まれる肘。悶え悦びながら、僕はこれまでの経緯を回想する。

 ――もちろんの話、思春期真っ盛りの純情な青少年にして紳士道準二級である僕は断固として拒否しようとしたのだ。


 嘘だろって?

 そう思うアンチクショウは以下の再現を聞いてもらいたい。


『――断る! 絶対、断固拒否する!』

『何故ですか? 理由は?』

『……あのね、僕ら一応思春期の男女なんだからね? 同じ屋根の下で一緒に暮らすなんては不健全だし刺激が強過ぎる。僕が寝不足になっちゃうだろ?』

『なら寝不足になってればいいです。あなたの事情なんかどうでもいいですから』

『は、そんな簡単に男の家に泊まりに行こうとするなんて……もしかしてビッチなの? 契約云々も体目当てだったとか。あぁ、それならいろいろ納得。是非とも恵まれない童貞君にやってあげるといい』

『そうですね。ほら早く案内しろです儚廻』

『……スルーかよ。ああ、そんなに僕のオカズになりたいの? そういうことなら入れてあげなくも』

『そうですね』

『……。ねぇ、マジメな話やめてもらえない? お前みたいな外見クソガキでもプライベートとプライバシーって言葉くらいは知ってるよね?』

『……そこまで嫌がるなら考えなくもないですが』

『うん、そうして欲しい』

『その場合、24時間監視の者を付け、索敵魔法、私設の監視カメラによる追跡を常時行いますが』

『……………………』


 ――以上である。

 さすがにそんなことをされて気に掛けないほど、僕は鈍感にはなれない。こうして渋々同居で妥協したわけだ。


「……さて、そうこうしている間に我が家の前に着いたけど。入る前に幾つかの注意をしておく」

「……? なんですか、改まって」

「僕の家で暮らすなら絶対に守ってもらいたいことだからね。ここで遵守するって約束してくれないとウチには入れられない」

「内容によります」

「じゃあまずその一。ウチの中で見たものは絶対に口外しないこと。コレは守れる?」

「はい、それなら。プライバシーは誰であろうと守られるべきです」


 ……お前が言うな。

 口をついて出掛かった言葉を必死に飲み込む。さっきはああ言ったが、やっぱり右腕は大切なのだ。

 人を愛するのは心だが、その愛を伝えるのも実感するのも強くするのも、全てその右腕なのである――。


 なおここまで実体験はゼロ、と。

 閑話休題。


「……ごほん。その二、0時には完全消灯。電気代が勿体ないからね、トイレ以外の出歩きは一切禁止だ。破ったら翌朝のご飯はないと思って」

「罰がえらく家庭的です」

「ママンと呼んでくれ」

「抉れて死んでください」

「……え、そこまで言う?」


 やっぱり初対面でお金要求したのが不味かったらしく、好感度はゼロどころかマイナスに振れきっているようだ。何だろう抉れて死ぬって。どこの話かで大分変わるぞこの野郎。

 まぁどうでもいい。次だ次。


「えーと、他にも立ち入り禁止の部屋とか幾つかあるけど……まぁ、それは後でいっか。とりあえずこの二つだけ守ってくれたら後は自分の家と思ってくれていいから」

「そうですか。では、遠慮なく」

「うむ」


 鷹揚に頷いて玄関のドアを開ける。その奥から、何となく落ち着く自分の家独特の匂いが広がる。


 長い一日だった。過剰でも余剰でもなく、心からそう思う。

 実技テストでボコられて、退学届を提出して、お嬢さまと喧嘩して、パンドラ共を駆逐して、汐霧のお姫様に脅されて、と。


 なんだかんだ、心から安らげる空間に戻って来れてホント良かった――


「後ろがつかえてるのですが」

「……ゴメンナサイ」


 嗚呼、さようなら。安らぎのマイホーム。

 世の無常にしんみりとしながらリビングルームに入る。


「……ハルカ?」


 と、そこには既に先客が居た。

 ソファに寝転がって目を閉じていた少女――いや、幼女か? それらの中間ほどの女の子が、部屋へと入ってきた僕に視線を向ける。


 詳しくは僕も知らないが、年齢は大体12か13くらい。透き通るような黒髪を腰ほどまで伸ばしている。気怠そうに開かれた瞳は深い紅ので、肌は病的なまでの真白色。

 その上に着ているのはシックな黒色のメイド服で、この少女が持つ独特の雰囲気とよく似合っている。


 彼女の名前はクロハ。ちょっとした事情により一緒に暮らしている女の子だ。


「帰りが遅かったから心配したのだけど、何か――」


 ゆっくりと起き上がりながら話すクロハ。

 彼女は僕の背後に目を向けた瞬間、彼女は目を見開いて絶句した。


「……ハルカ。あなたの後ろの、ソレは?」

「んあ? 後ろって……」


 背後霊でもいたのかな、と振り向く。

 すると、そこには――


「……こんな小さい女の子にそういう服を着せるなんて……いい趣味、してるんですね」

「ひっ」


 途轍もなくポリスな誤解を抱いたらしい、とっても般若な汐霧憂姫さんが立っていた。

 ちなみに2222年現在、ロリコンはやっぱり犯罪です。


「……って、いやいや違うから、コイツの格好が僕の趣味とかじゃないから。断じて好きとかじゃないんだからねっ!」


 流石に洒落にならない誤解についつい言い訳という名の醜態をぶち撒ける。トドメにクリミナルなワードまで。

 もしも今のを録音及び再生された日には、もう僕は生きていける自信がない。


 男のツンデレ、ダメ、絶対。


「へぇ……なら、何故この娘はこんな格好を?」

「いやね、コイツは居候でして。だから家賃代わりにメイド業をさせているっていう、そう、それだけ。ただそれだけだよ?」


 以上、多少ぼかしたり脚色したりはしたが、全て真実である。そこに僕の趣味など一欠片程度も介在していない。


 ……それにしても、もし今僕の部屋にあるメイド物のエロ本とAV(藤城に押し付けられた)が露見したらどうなるのだろう?

 とりあえず僕が死ぬってことだけはハッキリとしているな、うん。


「メイドだからメイド服。これより単純で明快な真理はない。オーケー?」

「……そんな小さな子に下女(メイド)の真似事を?」

「そうそう、その通――ねぇ、話の途中で突然どこに電話しようとしてるのかな?」

「すみません、警察ですか」


 なんと。お相手はまごう事なき国家権力だった。

 まさかギャグでも何でもなく即決で通報するとは。偶然我が家に電波ジャミングを張ってなかったらどうするつもりだったんだ、このヤロウ。


「……くっ」


 少しして電波が通じないことに気付いたのか、渋々携帯端末を仕舞う汐霧。

 何だかすっごい警戒した眼差しを向けられるが……何を勘違いしているのか。ったく、自意識過剰が過ぎるっつーの。名家のお嬢様は全くもう、これだから……


「あのね、誤解のないように言っとくけど僕の好みはナイスバデーなお姉様方だから。74の君に手を出すことなんてまずないから」

「……っ!? な、なんで、それを……!」

「男の煩悩を舐めるなッ!」


 本当は前に藤城が言ってたのを覚えてただけなんだけど。このセリフもその時の藤城のものだったり。

 アイツは演劇みたいに、何かの役になり切るの好きだからな。これらはとあるアニメの一場面であり、先のアダルトグッズもそのために購入したと言う。僕としてはいい迷惑だけれど。


 しかし悲しいかな。戦いにおいて、時に非道な行いをも躊躇ってはいけないのだ――


「大丈夫心配するな。女性の胸の性徴、もとい成長は大体15歳には止まるとされている。つまり、例えどれだけ時間が経っても僕が君を性の対象として見ることは断じてない。絶対にあり得ないんだ」

「なっ――!」


 最早何を話しているのかもよく分からないまま会話は進む。

 僕は社会的に大切な何かを犠牲に、会話の主導権を奪い取った。


 お前のことは忘れるまで忘れない。

 この勢いまま、僕が勝利を掴み取ってみせる――!


「……ねえ」

「ん? 何かな、クロハ」


 なんてハッスルしていると、心なし軽蔑したような顔のクロハが現れた。


「……あなた、この前は80以上はババアって言ってたのに――」

「ほーら、トマトジュースだぞー!」

「よこしなさい」


 即座に彼女の好物である紙パックを与えて話題を逸らす。

 ……ふぅ、危ない危ない。


 僕は晴れやかな顔で額の冷や汗をぐっと拭った。

 全く、アレは冗談だというのに。その時に説明もした。僕は危ない子供スキーなんかじゃ、決してない。

 まあいい、何とか上手く誤魔化せた――


「……ロリコンなのは、本当のようですね……?」


 ――鬼を見た。

 現世に現れた、小さな小さな本物の鬼を。


 彼女はゆらり、ゆらぁりと身を揺らす。

 汐霧の今の表情は見えない。俯いてるせいで、前髪が顔の半分くらいを隠しているからだ。それがもう――本当に怖い。


「……どういうことか、弁明は?」

「あっはは、ははははは…………そう、ほら、言うでしょ? 『男心と四季の空』ってさ?」


 訳:男の煩悩は四季の空全てを集めてもなお足りないほど多い、の意。元々の意味とは程遠いこの言葉は、誰が言ったものだったか。

 ……別に誰でも関係ない気がした。南無。


「言わないです」

「はぅあっ」


 ゴスッ。


 ……汐霧が、何を、どうしたとは言わない。

 ただ、彼女は放ったのだ。人類の半分に対して、最強の一撃を。


 もう一度だけ、言おう。

 彼女が、何を、どうしたとは言わない。


 ただ、流石の僕でもそこはクリティカルだった。


 僕は失神した。

投稿予約時間間違えてました。誠に申し訳ございませんでした。


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