急転直下
◇
「……だから『どのようにするか決めておいてください』って言ったんじゃないですか……」
「いや、それならそうちゃんと言えって。大事な話なのに主語抜いて話す、なんて普通ならあり得ないよ?」
隣を歩く汐霧の呟きに、僕は率直に反論する。
話題は無論、先ほど告げられた依頼についてのこと。汐霧がリストの依頼全てを受けるつもりであり、あまつさえ紫堂にそう伝えてしまっていた件についての話だ。
彼女の言い分を聞くに、「今回のような理由で提示された依頼は全て受けるのが定石ですから」とのこと。
確かにそれは正論だ。今回僕たちが求められているのは部隊としての信頼性であり、言い換えれば学院への力量をアピールすることなのだ。
最初に相手の予想をどれだけ上回れるかという点で、今後の学院から僕らへの対応が決まると言っていい。
だからまぁ、面倒だからとサボろうとした僕の方が間違っていると言えば間違っている。
……しかし、だ。
「だとしても、それとこれとは別問題。僕ら曲がりなりにも部隊なんだからさ、そういうところはちゃんとして行かないと」
「……でも、魔導師としては『普通』のことです」
「まだ言うか」
諦めの悪い汐霧に、僕は呆れ気味の溜息を吐き出した。
一応汐霧のためにも弁護しておくと、彼女が言っていることは決して間違いではない。
汐霧の取った対応は僕らの界隈だとセオリーと呼ばれているものだし、彼女と同じくらいのランクの魔導師であれば、何も言われずとも察せるだろう。
――だが、お忘れなきよう。
彼女が今組んでいるのは、学院の成績ですらE評価。正規のランクなど最低値にも達していないような無能だということを。
「あいにく僕はお前の言う『普通』未満なゴミムシなんだ。その辺りを求めるのは勘弁してくれないかな」
「……だったら、そんなあなたに助けられた私はどうなるんですか。馬鹿にしてるんですか?」
「え、だって僕なんかに助けられるなんて最高に屈辱的でしょう? ずっとそういうつもりで言ってたんだけど……あれ、気付いてなかった?」
通りで反応が薄いはずだ。こっちはいつ撃たれるかとムラムラ、ではなくワクワク……でもなく、ドキドキしていたというのに。
っと、いけない。話が脱線した。
「とにかく僕が言いたいのはどんな時でも情報伝達をちゃんとしようってことだけ。それさえ守ってれば、僕も今朝みたいに天井に突き刺さることはないわけだしね」
「そう、ですね。……けど、天井の件はあなたの自業自得です」
「ありゃ、手厳しい……っと、着いた着いた」
話込んでいたせいか、いつの間にか目的地の目の前まで来ていたらしい。僕たちは足を止めた。
学院と似た外装の巨大な建物。敷地外からでも目に入る広大な訓練場。そしてそこで訓練に勤しむ大勢の人影たち。
クサナギ学院が所有する一年生専用校舎、通称訓練校。
僕たちも去年までお世話になった、馴染み深い場所――そして依頼『訓練生の教導』の舞台となる場所だ。
最初にこれから済ませようとしたのはちょっとした理由がある……のだけど。
「……こんな急な話を即決オーケーとはねぇ」
急な話、というのは僕らが依頼を受けたことである。
汐霧が受諾したのは今朝の話。あちらにも予定があることを考えれば、僕たちが呼ばれるのは早くて数日後と思っていたのだが。
「教官は常に不足しているそうですから……多分、あちら側としても渡りに船だったんじゃないかと」
「だね」
クサナギ学院は軍による魔導師の学校だ。当然、教官も軍の魔導師でなくてはならない。
しかしコロニーの現状を鑑みれば、学校の教官などに回せる人材はほとんどいない。せいぜいが負傷などで戦力外となった者、また一定の年数を務め上げた者くらいだ。
前者は再起不能級の傷を負っていることがほとんどだし、後者はそもそも存在すら怪しい。
そんな中、ふるい落としも兼ねている訓練校が人材不足となるのはある意味必然と言えるだろう。
……ああ、でも。
「学院長……汐霧の爺さんは年数で退役したんだっけ?」
「ええ、そう聞いています。名誉元帥、だとかで今でも相談に乗ったりしているそうです」
「そうですって……身内なのに何でそんな伝聞系なのさ」
「直接話したことはおろか、学院以外で会ったこともありませんから。私がお父様に拾われた時には、もう既に汐霧とはほとんど縁を切っていられたみたいで、屋敷を訪れることも全くありませんでしたし」
「……へぇ」
まさか……その頃から汐霧父の事件を読んでいた、なんて。
……幾ら何でも、流石に考え過ぎか。
「……さ! さっさと手続き済ませよっか」
「……? はい」
首筋を伝う悪寒を振り払い、歩き出す。
この場にいないにも関わらずこうも不快感と不安感を与えて来るとは……いつかあのクソジジイとは決着をつける必要がありそうだ。
想像してみると、勝てる気が全然しなくてちょっと笑えた。
◇
クサナギ学院は数多くの優秀な魔導師を排出することで有名だが、誰も彼もが最初から優秀だったわけではない。
一部の名家の子息、ワケありの経験者などを除き、基本的に子どもは16歳から魔法を習い始める。
これは軍の方針で、体が魔法を覚えるのに最適な年齢だから、軍による思想教育が完了する歳だから――などなど諸説あるが、真相は不明である。
ともあれ汐霧や梶浦、藤城やお嬢さまのようなのは例外中の例外であり、ほとんどの生徒がただの素人からスタートするわけだ。
それ故一年生で行うことはひたすら基礎訓練。魔法や戦闘に耐え得る地力を付けさせ、卵からヒヨコ程度まで鍛え上げていく。
ちなみに余談だが、二年生は主に依頼や部隊行動をこなして行く。理論より実践、という方針でプロとしての基本を覚えていくことが主題だ。
僕と汐霧が平日の午後なんていう絶賛授業中な時間にこんなところにいるのも、その辺りの事情で融通が効いたからである。
……とまぁ長々と語ったが。
要するに一年生はズブの素人で、訓練を修了している二年生とは大きな差がある、ということだけ分かって貰えれば問題ない。
さて、では何故こんなことを長々と語ったかと言えば……
「――はああっ!!」
「わっ」
気勢と共に頭目掛けて打ち込まれる上段蹴り。僕はそれを奇声と共に、頭を抱えて蹲ることで避ける。
無様極まりない避け方だが勝てばよかろうなのだ――なんて笑おうとした瞬間、男子生徒の膝蹴りがほとんど目前に迫っていた。
「覚悟ッ!」
「ぬおっ」
反射的に後転して緊急回避。ぶおん、なんてえげつない勢いに青褪める中、今度は後ろから何かが迫り来る気配が生まれる。
足が地面を踏みしめる音。演習場の土が弾け飛ぶ音。無音の気勢、そして軸足が回転する音。
回し蹴り。蹴り技の中で最高級の威力を誇る一撃。
狙いは――後頭部!
「死ねやぁっ!!」
「わっしょい!」
地面に手をつく。刹那、一気に伸展。
僕の体は回転したまま宙を舞い、背後から迫っていた女子生徒を追い越し着地した。
……ふむ、僕ってもしかしたら体操選手になれるかも。現に僕の観客(脳内)は全員総立ちだ。やるじゃん。
そんなことを考えていると、遠目に僕同様訓練生の大群と戯れる汐霧が目に入った。
彼女は訓練生の波状攻撃を見切り、最小限の動きで躱し、弾き、その場から一歩も動いていない。
……才能って残酷だなぁ。
僕にも訓練生にも言えることを浮かべながら、再び襲い来る訓練生の乱撃を捌いている、と――ピッ! というホイッスルの音が響いた。
『そこまでッ!』
教官による終了の合図。訓練生たちによる攻撃が止み、十分ぶりの安息が訪れる。
ほとんどの訓練生と同じように、僕もその場にへたり込んで休んでいると――落とされる拳骨。岩をぶち当てられたような衝撃に、頭から地面に崩れ落ちた。
「教官が訓練生と同様に休むか、たわけ」
「……スミマセン」
正論に立ち上がり、声の主――この訓練校の教官に頭を下げる。
――『訓練生への教導』。その内容はやはりというか何というか、僕たちが教官をやること。
何でも護身術について実戦形式での演習がしたかったらしい。流石に教官一人では手が回らず、僕たちが依頼を受けたのは渡りに船だったらしい。
ちなみに今行っていたのは、僕と汐霧に分かれて1体10の徒手演習。制限時間は十分間、五分休憩で計四セット。
訓練生は一クラス40人であり、四グループに分かれて演習、見学、演習、見学と回されている。
ルールは僕らがひたすら防御に回るようにされており、こちらから倒すのは禁止。何でも僕らを倒せば加点がつくらしく、訓練生はかなり本気のようだ。
……僕としては、幾らズブの素人だろうとそんな人数差で来られたら死ぬほど辛いのだけど。
「そういえば……僕らの法には規定日数とかないのでここ来るの今日だけですけど、他のクラスは教えなくていいんですか? 不平等じゃ?」
「運も実力だからな。それが幸運か悪運かはさておき、だが」
「あれ、僕が来てる時点で悪運確定なんじゃ?」
去年一年間、目一杯クズ扱いされたことは記憶に新しい。
ああ、言うまでもなく全部僕の自業自得である。
「ああ、私も初めはそう思ったが……見ないうちに随分と動けるようになったものだ。素直に感心したよ」
「はは、教官が耄碌しただけですってそれ。僕は前からこんな感じです。見ました? さっきの無様な回避」
「ふざけているようにしか見えなかったがな……まぁ、そういうことにしておこう」
やはり、退役したとはいえ化け物揃いな正規軍の元軍人さんだ。目が鋭いのなんの。僕に演技力がないってだけかもしれないが。
全く。クズはクズらしく、安易に見下してくれれば楽なのに。
「あ、ところでどうして護身術なんか? 確か今の時期って魔法訓練の時期ですよね?」
「お前も聞いているだろう? 魔導師狙いの殺人犯が出たと。いつ生徒が狙われてもおかしくない」
つまり今の僕の苦行はあの幼女のせいということらしい。今すぐ捕まりやがれクソ野郎。
「お話中失礼します」
声に振り返ると、そこには汐霧が立っていた。
先ほどその場にへたり込んだ僕と違い、彼女は汗ひとつかいていない。表情もいつも通りのお澄まし顔だ。
「……チッ」
すっごいなあ、なんて見惚れていたら睨まれた。……視線がキモくてごめんなさい。
「どうした汐霧。何か質問か?」
「はい。次の訓練内容を聞いておきたくて」
「次は……そうだな。お前たち二人は同じ部隊だったな?」
「僕完全に足手まといですけどね~」
「――っ!」
……何故か、先ほどの五割り増しくらいの勢いで睨まれた。事実言っただけなのに。何故だ。
「……。遥は、少し黙っていてください」
「う、うん。了解」
「それで……私たちが同じ部隊だと、何ですか?」
「ああ。次は今の応用で複数人による対処行動を学ばせようと思う。お前たちにはその手本となって貰いたい。頼めるか?」
えーと、つまり僕と汐霧のペアで20か40を捌くってことか。
……まぁ、汐霧がいるならさっきよりかは楽になるか。
「ええ、大丈夫で――」
「いえ。それよりも効果的な訓練があります」
頷きは、汐霧の不意の言葉に止められた。
「効果的、だと?」
「先ほどのお話、身勝手ながら聞かせて頂きました。殺人鬼と遭遇した場合の行動について、ですよね」
「ああ」
「殺人鬼は恐らくかなりの腕利きでしょう。上位の魔導師が何人も犠牲になっていることからその辺りは明白です」
「ああ、その通りだ」
「――でしたら、自身より強い相手との戦い方を見せるのが一番効率的ではないでしょうか」
「ふむ……」
……やばい。やばい、やばい、やばい!
なんかよく分からないけど、この話の流れはとにかくやばい!
僕は汐霧を止めようと前に出る。
しかし、まるでそれが読まれていたかのようにピンと立てた人差し指を唇にあてがわれた。
不意打ちの感触に動きが止まった――直後。
「【インスタントスタンガン】」
火花が散った。
紫色の魔力の電流に、意識が、体が、蝕まれる。
「――ぁ」
膝から崩れ落ちる。
姿勢を維持せず、二人の足元に転がる。
そんな僕を無視して、二人の会話は続いていく。
「……確かにそれが一番だが、ではどうする? 私とお前が戦うか? それでは意味がないように思えるが」
「そうですね。私と教官では訓練生の参考にはならないでしょう」
「では」
「はい、ですから――私と儚廻遥の戦闘をもってそのことを教導しようと思います」
自信満々に、お澄まし顔を崩さずに、汐霧はそう断言した。
……って待て。それだと弱い方、つまりは勝たなければいけない方が――
「……いいだろう。しかしやるからには結果を残せ。ただ徒らに時間を浪費する結果となった場合、この依頼は失敗と判断する」
「ええ、それで構いません」
「ふ、ざけっ……!」
「では、一度生徒を集めよう。開始は儚廻が麻痺から回復して十分後とする。それまで互いに準備しておけ」
「はい」
「おっ……!」
そうして、汐霧と教官は別々に歩き去ってしまう。未だ芋虫のように地に転がる僕を置いて。
これ……下手すると先月の事件の時並に絶望的な状況なんじゃないだろうか。
解決策が、何も思いつかない。
……どうしよう、コレ。