はーとふるこみゅにけーしょん
◇◆◇◆◇
翌朝、教室。
僕を除けば一人しかいないほど朝早くに登校した僕は、紫堂から貰った依頼のリストと睨めっこをしていた。
「んー……どれがいいかなぁ」
リストにあるのは全部で三つ。紫堂は二週間以内にどれか一つを達成すればいいと言っていたが、提示されたものは判断に困るものばかりだった。
なお、汐霧には「どのようにするか決めておいてください」と言われており、目下絶賛悩みのタネとなっている。
まず一つ目は『児童行方不明事件の聞き込み』。
ここ最近子どもが行方不明事件が増加傾向にあるらしく、依頼内容はそれについての情報を集めることらしい。
あくまで情報集めなので難易度は低い……が、内容的に区画も回らなければならないだろう。
あそこで先月散々な目にあったので、出来ることなら行きたくない。よって却下と。
次いで二つ目、『塔の巡回警備(三日間)』。
塔というのはこの間もお邪魔したスカイツリーのことであり、文字通り三日間そこの警備を行うことになる。
この依頼は割合簡単で、【ムラクモ】時代にも数回経験している。そもそもどんな悪人でもスカイツリーを攻撃することだけはしないし、本職の警備も大勢いる。
なので仕事と言ってもせいぜいゴミ拾いくらいであり、体力と忍耐力さえあれば誰にでも出来る依頼なのだ。
では、何故僕が渋っているかと言うと。
「……絶対怒ってるよなぁ」
ちょっとした事情で思いっ切りシカトしてしまったとある御方が、間違いなく絡んで来るという点。
その一点により、この依頼は下手をすれば先の迷子探しより嫌なものになる。もちろん却下だ。
そして最後、三つ目は『訓練生の教導』。
要するに僕らの後輩である一年生に訓練をつけるということだ。
僕らも同じ学院生という立場上、訓練は恐らく実戦形式の演習となる。まぁ、それはいい。
問題は、学院の恥と名高い僕と絶賛時の人である汐霧の訓練を素直に受けてくれるかという点である。
汐霧はともかくとして僕は……うーん、やっぱり厳しいよなぁ。
「うーむ……」
私情を抜きにすれば二つ目。
完成度による点数を気にしないなら三つ目。
マゾ魂を炸裂させるなら一つ目。
……困った。いやもう、割とマジで。
こういう時は一人で考えるより誰かに意見を聞いた方がいい、ので。
「お嬢さま、どう思う?」
「……いきなり、なに?」
すんげえ面倒そうな顔しながらも、ちゃんと振り返ってくれるお嬢さまが僕は大好きです。
「《部隊編成》絡みの依頼の話でね。一週間以内にどれか一つやらなきゃいけないんだけど……どれにすればいいか迷ってて」
「そういうのは自分で決めるなさい」
「まぁまぁ、そう言わずに。ちょっとくらいならいいでしょ? ほら、先っちょだけ先っちょだけ!」
「……人の話を聞いて」
はぁ、と溜息を零すお嬢さま。それでも差し出したリストを受け取ってくれる辺り、本当に優しいなぁと思う。
まぁ彼女が優しいなんてことは、こんなクズの相手をしてくれる時点で分かり切っていることたけど。
と、リストを一瞥したお嬢さまが口を開く。
「これ、迷う余地ないでしょう」
「あー……うん、そうなんだけどね。ちょっと、個人的な事情で二つ目は遠慮したくて」
「それは命に関わるものなの?」
「いや、流石にそこまでじゃないけど……」
「だったら二つ目にしておきなさい。命と面倒、どちらを取るべきかなんて子どもでも分かることよ」
ぐうの音も出ない正論だ。
……が、やっぱり嫌なものは嫌なわけで。
「た、確かにそうだけども。でもほら、三つ目とかも良さげじゃない? 訓練だから死ぬことはないし、幾ら落ちこぼれだからって訓練生に負けるほどじゃないし……」
「あなたに、先生の真似事が出来るの?」
…………そう、だが。
……はは。
「……いやぁ、意外と出来るんじゃないかな? この間見たビデオじゃDQNだって家庭教師出来てたもの」
「それ、アダ……その、特殊なビデオの話でしょう」
「え、なんだって? ねぇアダルトがなんだって? ハカナミさんピュアだからちょっとよく分かんない」
「……っ」
「あ、もしかしてアダルトビデオって言おうとしてた? してたんだ? あっは嫌だなぁ、この純粋無垢な僕がそんな卑猥なことを言うわけないでしょ? あーあ、お嬢さまって実はムッツリだったんだねぇ。いよっ、この思春期!」
「……っ!!」
◇
僕の頭が天井に突き刺さったのを確認して、お嬢さまが口を開いた。
「……それで、結局どうするつもり?」
「んー……やっぱり、アドバイス通り二つ目にするつもり。実際戦闘行為が全く絡まないのってそれだけだろうし……よいしょっ、と!」
天井に手を突いて首を引っこ抜き、着地。追ってパラパラと降り注ぐ破片の元を見ると、天井にはちょうど人の頭一つ分ほどの凹凸が出来ている。
これ弁償かなぁ、なんて呑気に考えていると――突然、凹凸が氷結した。
「へ……」
「戻りなさい」
お嬢さまが呟いた瞬間、氷結した部分が激しく輝く。
瞬き一つ挟むと、そこにはいつもとなんら変わらない天井が広がっていた。
……お嬢さまは魔法名を言っていない。つまり、ただの魔力操作で物体の修復なんていう魔法級の事象を起こしたということ。
今し方行われた所業に、僕は思わず声を漏らしてしまう。
「……はは、相変わらず狂った魔法の腕してるね、お嬢さま」
「生きていれば、このくらいは誰でも出来るようになるわ」
「や、ならないから……というかお嬢さまさ、本当に人間? 実はパンドラだったりとか――」
その時だった。
ぴたりと。
とても優しく、とても穏やかに――僕の喉に、手が添えられた。
「…………」
「お嬢、さま……」
白魚のような五指が首を這い、思考が真っ白に停止する。
そんな中、お嬢さまは凄絶な形相になって――言った。
「次はないわ」
「おぅいぇ」
やべぇ殺される。
「寄りにもよって私をパンドラ扱いなんて……ふふ、笑えない勘違いもあったものね」
「……あ、あっはっはっは。い、嫌だなぁお嬢さま! もちろんそんなの冗談に決まってるじゃない? 全くもう、冗談の通じない娘は嫌われちゃうゾ」
「……死にたいなら素直にそう言えばいいのに……」
駄目だ聞いちゃいねぇ。完全に自分の世界にダイブしてやがる。
「……あー」
ふと、思い出したことがある。
それはお嬢さまに存在する、数少ない感情を爆発させるスイッチ。
先月の事件の際もそうだったが、お嬢さまはパンドラを前にすると、普段の無表情が嘘のような殺気を放ち始めるのだ。
簡単に言って、彼女は重度のパンドラ絶対殺すマンなのである。
……つまり、何だ。 今の状況はアレか。
僕は、戦略兵器級の地雷原と、全力で踊っちまったと。
なるほど、そういうわけか。
……なるほど、なるほど。
「ねぇ、お嬢さま」
「……なに?」
「靴の裏、舐めよっか?」
「…………」
僕はダーツになった。
◇◆◇◆◇
「……何してるんですか、遥」
「おはよう汐霧。いや、ちょっと乙女のクレイモアを踏んじゃって。ここって意外にひんやりしてて気持ちいいんだよ?」
「……。それで、依頼の件ですけど」
「それならやっぱり巡回警備かな。ほら、一番安全そうだし戦闘要素もないしさ」
「……何の話ですか?」
「え? だからどの依頼を受けるのかっていう……」
「は? 全部受けますよ?」
「えっ?」
「……え?」
会話文って今のままか、それとも一行ずつ開ける形式か、どちらがいいのでしょうか。