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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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今日も厄日



「……では繰り返し確認する。隊長に汐霧憂姫。隊員に儚廻遥。この内容に誤りはないな?」

「はい、ありません」


 クサナギ学院教務課、職員室。

 教官の巣窟にして訓練によるトラウマ持ちにとっては地獄に等しい場所。そして僕にとってはお馴染みの場所である。


 本日、僕と汐霧は、ある目的のためにこの場所を訪れていた。


「よし、それでは《部隊編成》による部隊として貴殿らを承認する。これから一年、貴殿らの活躍を心より期待している」


 そう、《部隊編成》。

 僕たち二年生にとって必須、にも関わらずなんやかんやですっかりと忘れていたイベント。

 今日はその最終期限日で、僕たちがここに来たのはそれ用の書類を提出するためだった。


 と、そこで厳かに告げた教官が相好を崩した。


「……と難しく言ったはいいが要するに頑張れよって話だ。あんま固くなる必要はねえ――ってまぁ、言われずとも分かってるか?」


 大柄で筋骨隆々な体躯。固そうな黒髪をワックスか何かで上げている。

 体全体に大小様々な傷跡が残っているが、中でも一際目を惹くのは左目に掛けられた眼帯と、合成金属で出来た左腕だ。


 紫堂司(しどうつかさ)

 先日の事件にて、僕とお嬢さまが配属された部隊の隊長だった男だ。


  一ヶ月のあの日、コロニー内外問わずたくさん人が死んだ。

 それは学院にいた教官も例外ではなく、民間人の避難誘導や護衛、避難所の防衛などでパンドラ共との戦闘で大勢が犠牲となったのだ。


 例えば先日まで僕らのクラスの担任だった、ゴリラ呼ばわりされていた教官。

 彼は避難誘導中に禍力の放出をマトモに喰らい、死んでしまったらしい。


 そうして生徒数以上に教官の数が減ってしまったため、学院長の手回しで負傷により退役した軍人を何人か学院に回して貰ったのだ。

 左目、左腕を失くした紫堂も例に漏れず、僕らのクラスの担任に着任したのだった。


 回想する僕を他所に、汐霧は頭を下げた。


「お言葉ありがとうございます、紫堂教官」

「そう言ってくれて何よりだ。儚廻、お前にも期待しているぞ?」

「……どうも」


 軽く頭を下げ、痛烈な皮肉を受け止める。

 期待。

 あの日、紫堂からすれば皆を見捨てて敵前逃亡かました僕に期待、ね。


「……あと、コレはさっきから気になっていたんだが。儚廻、お前どうしてそんな血塗れなんだ?」

「貧乳こそブッダですよね」

「は?」


 宇宙人を見るような目をされた。

 閑話休題。


「……はは。えーと、これでもう承認されたんですよね? それじゃ僕たちはこれで」

「悪いが却下だ。お前たちにはこれからテストの説明を受けて貰う」

「は、テスト……?」


 《部隊編成》に必要なものは書類のみのはず。

 そんなものを受けるなんて話は聞いたことないが……


 僕の考えが伝わったのか、紫堂は面倒くさげに眉根を寄せ、言う。


「学院側にワケあり、問題ありと判断されている生徒のいる部隊には別にテストを受けさせるんだよ。面倒くせえがこれも規則でな……」

「へぇ。でも僕たちどこにも問題点なんてありませんよ?」

「いえ遥、流石にそれは無理があるかと……」


 何を言うか。ただちょっと片方が学院で一番の落ちこぼれなだけで、もう片方が少しだけ父親が歴史的犯罪者なだけじゃないか。

 ……いや、うん。考えてみれば、確かに当然の措置ではあるけれど。


「いやでも、テストってどうせ戦うんですよね? 僕ら学生風情がこの前まで現役軍人だった人相手に敵うはずないじゃないですか。アレですか? お前ら組むんじゃねえっていう大人の隠語(スラング)ですか?」

「阿呆、もしそうだったらンな面倒なことするか。テストってのは単純、依頼の遂行だよ。学院側が選んだ依頼を受け、達成出来たら晴れて合格。出来なければ失格ってわけだ」

「なるほど……」


 大方、依頼に対する手際と完成度辺りが評価対象だろう。

 紫堂は数あるファイルのうち一つを手に取り、その中の一枚を引き抜く。

 そして僕たちにそれを差し出して、言った。


「ほれ、これがその依頼のリストだ。そのうち一つを二週間以内に達成、報告しろ……あぁ、読み込むのはここを出てからにしてくれ。俺もいつまでもお前たちに構ってられるほど暇じゃないんでな」


 言葉通り、紫堂の机は他の教官の机よりも散らかっている。大方新任による諸々の手続きか、紫堂自身が書類仕事を苦手としているかの二択だろう。

 その時、見計らったかのように机の上の電話が鳴り響いた。


「チッ……あぁハイ、もしもし?」


 露骨に顔を顰め、気怠さを隠さず電話に出る紫堂。

 ともあれ完全にお話終了の空気となったため、僕たちはそれぞれ黙礼し、出口へと向かう。


 幾つか問題事も浮き上がったが、取り敢えず今日はこれで終わりかな――。


「……なるほど。あぁ分かった、俺の方から言っておこう。おい儚廻、お前ちょっと残れ」

「はい?」

「では、私は外で待ってますね」

「あ、うん」


 退出する汐霧に頷いて、再び紫堂の元へとカムバック。


「で、何ですか?」

「コレを見てみろ」


 そう言って紫堂は自身のPCを操作する。表示されたのは幾枚かの画像。

 見たところ、どれも学院内の写真だ。


「あの……コレが?」

「もっとよく見ろ。共通点があるだろうが?」

「共通点……?」


 言われた通りに凝視する。この類の画面は目が疲れるので好きではないのだが、それでも凝視する。

 そうやって、凝視して、凝視して――ようやく、あることに気付いた。


「もしかして、この床に引いてあるライン……」

「ご明察の通り。血液だ。それも、この学院の生徒のな」


 全て画像の床に引いてある、若干黒ずんだライン。

 血液。紫堂によると、生徒の中の誰かの。


「……コレ、いつの画像ですか?」

「つい先ほどだ。そして、誰の仕業によるものかも検討が付いている」

「は……?」


 ……後から思えば、この時くらいには気付いておくべきだったかもしれない。

 学院内で起きた惨事を匂わせる何か、にも関わらず全く焦っていない紫堂。

 つい先ほどの話。誰の仕業かも分かっていて、僕がここに残された意味。

 そして何より、汐霧の折檻で全身血塗れな僕。


 ――だが僕がそこに思い至る前に、タイムアップは無慈悲にも訪れた。

 紫堂は面倒げな表情をより一層深めて、告げる。


「喜べ儚廻、学院内ほぼ全員からの苦情だ。お前が汚した床(・・・・・・・)しっかり清掃して来い(・・・・・・・・・・)

「……え、僕?」

「おう、お前」

「……………………あっ」


 そういえば僕、ここに来るまでの間ずっと汐霧に引っ掴まれて紅葉おろし(人間)されてたんだった。

 しかもその時の僕は、触れた場所がビッチャビチャになるくらい新鮮な血塗れくんだったわけであり……


「あ、あー、あー、えー。それはきっと僕じゃなくて、僕に似たイケメンな誰かさんの陰謀で……」

「ちなみに苦情を言ってきた連中は全員満場一致で『儚廻遥が犯人です』っつってるからな。言い逃れは出来んから安心しろ」

「……わぁい」


 どうも、今日は厄日らしい。



◇◆◇◆◇



「わぁ、真っ暗」


 清掃を終わらして学院を出た頃には、もう四時間が経っていた。

 正門前の時計を見るに今の時刻は夜十時ちょうど。一般家庭が団欒の時を過ごし、クズ共が水面下で殺し合いに興じる時間帯。


 日はとうに落ち、また梅雨の曇天のせいで月明かりも遮られ、辺りは非常に暗くなっている。

 簡単に言うなら、変質者の喜びそうな夜だった。


「こういう時に気軽に帰れるのは野郎の特権ってね」


 汐霧は僕が残された理由を聞くなり「頑張ってください。私は先に帰りますね」と言って帰ってしまった。

 確かに僕が百パーセント悪いのだが……ちょっとくらい手伝ってくれてもいいんじゃないかな、とは思った。固まってこびり付いた血ってどうしてあんなに取れないんだろう。


「ま、でも結果オーライかな」


 学院のすぐ近くと言っても、この辺りにあるのはほぼ学院生用と化している交通機関諸々のみ。

 この時刻ではそもそも利用する人間がほとんどおらず、少し入り組んだ路地に入るだけで途端に人が消えてしまうのだ。


「でも、得てして近道ってのはそういう道なんだよねぇ」


 実際、今僕が歩いている駅への道中をショートカット出来る裏路地は、そんな感じだ。

 何処か()えたような臭いがするし、至る所に荒らされたゴミ箱が中身をゲロして転がっている。好き好んで通る輩は絶対にいないだろう。


 昨今のコロニーの治安を考えれば、こんな夜にこんな場所を女性が外を歩くのは危険極まりない。汐霧のような可愛らしい女の子であればなおさらだ。

 そう考えるとアイツが今いないのは幸運かもしれない――


 なんて、そんなことを考えながら。

 僕は軽く跳躍し、とんでもない速さで降って来た何かを躱した。


 ―――ズドンッッ!!!


「おっとと」


 着地した場所まで響く凄まじい衝撃、轟音。

 その出所、寸前まで僕がいた場所は土煙で覆われていて見通せない。


 だが、分かる。

 煙の向こうに、何かがいる。

 殺気と狂気に彩られた、異常な何かが。


 やがて煙が晴れ始め、その中心にいる人影が見えてくる。

 かなり小さい。恐らく女の子。いや、それにしたって小さい。汐霧と同じくらい、下手をすればもっとだ。


「……あーあ。外しちゃったか。楽に逝かせてあげたかったのに」


 幼さの残る声で呟きながら、人影がゆっくりと立ち上がる。

 目を引くのはその両手に握るものだ。

 途轍もなく巨大な、恐らく今の破壊を引き起こした武器。


「ま、いっか。どうせ死ぬのはワタシじゃないしねー」


 人影はその何かを腰だめに構え、大振りに凪ぐ。

 パッ、と土煙が吹き飛び、晴れる。


 少女だ。

 真っ黒の、暗殺者のようなアンダーウェアを身に纏った、幼さの残る顔立ちの少女。

 紅髪を振り乱し、右手に大型チェーンソーを携え、微笑んでいる。


 面倒臭さを視線に押し込めて放っていると、少女はふと口を開き、言った。


「こんばんは、魔導師のお兄さん。巷で噂の殺人鬼だ。今から思いっ切り殺してあげるから、黙って死ね」


 ……本当に、今日は厄日だ。

忙しくて死にそうです(言い訳)

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