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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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自業自得

 身に覚えのない僕は、首を傾げて聞き返す。


「何でさ? 残念だけど、殺人鬼に狙われるような覚えはあんまりないよ」

「なんたって無差別犯だからな。警戒するに越したことはねぇだろ。それにほら、他にも幼女が行方不明になる事件なんてのもあったらしいし」

「……前者はともかく、後者は僕に何の関係もないよね?」


 コイツには僕が幼女にでも見えているのだろうか。『はかなみはるか! ごちゃいです!』とか叫ぶべきなのだろうか。


 一方梶浦は何か思い当たったらしく、軽く眉を動かした。


「……確かに、ここ数年で児童関連の行方不明届はかなりの数が出されていたな」

「ま、大方変な路地裏に入って殺されたか攫われたかしたんだろうさ。ただでさえ日本人は根がロリコンだからな。ハルカも気を付けとけよ?」

「……お気遣いどーも。でも残念ながら僕幼女じゃないし」

「や、お前じゃねぇからな。お前と同居してる娘の話だから」

「…………」


 同居してる娘、ね。

 ……へぇ。


「……あはは、何言ってるやら。僕に幼女の知り合いなんていないよ?」

「お前こそ何寝ボケたこと言ってやがる。アレだよ。お前が引き取ったって話の女の子のことだ」

「うーん、身に覚えがないなぁ……あ、もしかしてお前がやってるゲームの話? 何だ、ならそう言ってくれればいいのに。現実と妄想の区別くらいしなきゃ駄目だよ?」

「ハッハッハ、飛ばすなぁハルカテメェこの野郎。屋上行くか?」

「屋上は立ち入り禁止でぇ~す。プフー、ざぁ~んね~んで~したぁ~」


 鼻の横で手のひらをひらひらぷーと振る。

 次の瞬間、僕の頬を何かとんでもなく速いものが擦過して行った。


 ――ドスッッッ!!


「…………」

「…………」

「…………」


 沈黙が場を支配した。


 タラリ、と切った頬から流れ始める血。

 だらだらと冷や汗を流しながら振り返ると、すぐ横の壁に半ばまで埋まり込んだ――ポテトが見えた。


 ……ポテトが、埋まり込む?

 コンクリートで出来ている、壁に?


「……あ、あはは、ふ、藤城。おこなの? ねぇおこなの? ねぇ今どんな気持ち? ねぇねぇ」

「次は当てるぞ」

「ごめんなさいでした」


 あんなの当たったら顔からポテト生えてるステキ生命体になってしまう。ファストフード店の看板オブジェになって愉快なダンスを踊ってしまう。


 凄惨な未来に顔を青くしていると、梶浦が深々と溜息を吐いた。


「……ここは公共の場だ。あまり騒ぐな」

「ハルカが悪い」

「だとしてもだ。コイツがアレなのは今に始まったことじゃないだろう」


 フォローかと思ったら手酷い追い討ちだった。

 ……当たり前だった。


 閑話休題。


「……あー、何の話してたんだっけ?」

「僕がラブリーロリータって話」

「オェッ」

「……遥の家に幼女がいる、という話だろう」


 ファッキンアシスト、梶浦。


「あぁそれそれ。その話」

「はは、だから知らないって」

「つってもそこそこニュースになったぜ? 一週間前くらい」

「はぁ……?」


 古巣のクズ共ならいざ知らず、学院の連中が知っている?

 ……あり得ない。そんなことがあるはずない。彼女の存在の隠蔽は、成功していたはずだから。


 これは、もしかして――


「ねぇ藤城。お前さ、誰のこと言ってるの?」

「あ? そんなの決まってるだろ。ユウヒちゃんのことだよ」


 ユウヒちゃん。

 正式名称汐霧憂姫(ぺったんこ)

 現在ちょっとした事情により同居中。


 ……なるほど。なるほど、なるほど、なるほど。


「汐霧のことね……ゴメンゴメン、ちょっと勘違いしてた。うん、確かに汐霧とは同じ家に住んでるよ」

「だろ? だから気をつけろって言ってんの。ったく、誰と勘違いしてたんだか……」

「いやほら、幼女なんて言うからさ。そうだね、言われてみればアイツ胸とか身長とか幼女だもんね。はは、確かに気をつけなきゃだ」


 如何に汐霧憂姫と言えど、流石にリアル幼女の前では大人(笑)っぽく見えてしまう。

 あー、安心した。てっきりクロハの情報が何処かから漏れたのかと思った。


「ま、でも心配はいらないだろうけどね。ほら、彼女強いし」

「当たり前だ。あの娘仮にもAランク魔導師だぜ? それが処理出来ないことなんざ、お前に振る方が馬鹿だろ」


 実際、正規ランク非保持者(ノーランカー)のゴミに期待出来ることなどゴミ拾いか雑草抜き、球拾いくらいしかないからな。


「汐霧憂姫か……そうか、今は遥の家に移っていたんだったな」

「はは、この前の事件のゴタゴタでちょっとね。どっちかと言うと、一緒に暮らしてるってよりは部屋を貸してるって方が正しいかな」


 他に自称忙しい僕やクロハの代わりに家事をやってくれたり、クロハと一緒に魔法少女アニメをマジ視聴してたり。

 ちなみにクロハとは本当に仲良くなったらしく、家の中でも一緒にいることが多い。クロハの方も汐霧を慕っており、関係は見たところとても良好である。


 いやはや。ちっちゃい同士、仲良きことは美しきかな。見ていて心が洗われる心地だ。

 ……最近はそのせいで僕の立場がどんどんなくなっている気がするとか、そんなことはない。ないって言ったら、ないのである。


「汐霧とはそんな感じだね。浅くもなく深くもなくって感じ」

「あん? ってことはお前、まだヤッてねぇの?」

「おま、ちょっ……」

「…………」


 僕と梶浦による白けた視線×2。

 それらを軽く流して、藤城はゴッキュゴッキュとジュースを飲み干した。


 半眼のまま、僕は口を開く。


「藤城、流石にソレは……」

「……品性を疑うぞ」

「ないモノ疑われてもなぁ。それにこれでも安心してんだぜ? お前と分厚いガラス越しの間柄にならずに済んだーってな」

「お前は僕を何だと思ってるのさ……」

「銭ゲバの外道。んで変態」


 合っているが。


「幾ら何でも手を出すわけないだろ。というか、下手に出そうとしたら返り討ちにされるから」

「だろうな。あ、そういやお前のタイプって年上だっけ?」

「体のタイプはそりゃまぁ……ってやめてくれ。これじゃ僕までゲス野郎みたいじゃないか」

「?」

「?」

「腹を殴るぞお前ら」


 地味に梶浦(カタブツ)まで乗っているのが頭に来る。つまりは真実ということらしい。


「ま、冗談はさておき。つまりお前から手を出す気はないと?」

「当たり前だ。クズならまだしもロリコン呼ばわりは流石に御免被るよ」

「ふむふむ。要するに女性として未熟な娘は眼中にないと?」

「少なくとも性欲は湧かないね」

「落ち着け遥、藤城」

「幼児体型は敵だと?」

「ああそうだっ。立派に女性になるまで家から出るなと言いたい」

「幼女は悪だと?」

「ファッキンロリータ!」

「おい遥、藤城」

「貧乳なんて滅べばいいと?」

「むしろ片っ端から地獄に叩き込んでやりたいくらいだねっ」

「ユウヒちゃんへの素直な気持ちをどうぞ」

「お前の写真で懐が温かい! ありがとう!」


 ヒートアップしていく会話。品性その他諸々を犠牲にテンションと速度だけが上がっていく。

 もはや自分が何言ってるかもよく分からない。実は藤城が笑いを堪えていることにも、梶浦が止めようとしてくれていることにも気付かない。


 この時の僕に分かっていたのは、一つだけ。

 コレは負けられない戦いである、ということだけだった。

 ……それが我が身の破滅を呼ぶと、露とも知らずに。


「おい、遥……」

「ごめん梶浦、今僕大事な話してるから後で――!」

「へぇ……コレそんなに大事なお話だったんですか。でしたら是非(・・・・・・)私も混ぜてください(・・・・・・・・・)

「……へ?」


 ピシ、と。

 体が石になったような感覚が全身を襲った。


 今の声。いつの間にか真横から漂う気配。視界の端をチラつく銀髪。

 ニヤニヤと笑う藤城、額に手を当てる梶浦、横からビシバシと伝わるドス黒い何か。


 パンドラアーツの極限まで強化された感覚が、満場一致である事実を告げている。


 その事実を認めたくなくて。

 僕は立ち上がり、明日に向かって走り出そうと――


「動くな」

「イエスマム」


 肩に加わる凄まじい圧力と殺気。

 それだけで、僕は蛇に睨まれた蛙の気持ちを理解した。


 凍り付いた場の空気。

 肩から鳴り響くバキバキという音のみが、僕らの席に木霊する中。


 僕は観念して、殺気の主に振り向いた。

 そこには学院の制服を着た、ちっさい女の子が――


「お待たせしてすみませんでした、遥」

「ひっ」


 違った鬼だった。

 人間離れした形相を浮かべた鬼だった。

 もう、どうあがいても絶望そのものな鬼だった。


 浮かべているあまりにも凄絶な表情に冗談抜きで泣きそうになっていると、汐霧に襟首を引っ掴まれて強制スタンダップ。

 彼女は目以外で満面の笑みを浮かべて、言った。


「梶浦、藤城。コレ借りていきますね」

「おう。好きにしちゃっていいぜー」

「ちょっ、藤城! お前も同罪だろ!? 何一人だけ助かろうと……!」

「だってオレ何も言ってねぇし? なぁカジ」


 救いを求めて梶浦を見るも、無言で首を振られた。

 その辺しっかり計算しての会話ってことか。なるほど、卑怯じゃねーの。


「では遥、いきましょうか」

「はは……それ『行く』だよね? 間違っても『逝く』じゃないよね?」

「喚かないでください。豚に喰わせますよ」

「あはは、汐霧は冗談がヘタクソだなぁ……」

「ふふ……」


 へらへらと笑いかけるも、汐霧からの返答はなし。

 襟首を掴まれて引きずられているため、汐霧の表情は見えないが――それが非常に、怖い。


「あの……汐霧、ちょっと、息が、出来ないんだけど……力、強すぎないかな……?」

「女子力です」

「そっかぁ、女死力かぁ……」


 それなら仕方ない、かぁ……。


「じゃハルカ、骨は見つけたら拾うわ」

「……来世はもっと性格が良くなって生まれてくるといい」

「はは、お前らは本っ当に優しいねぇ……」


 友人たちの厚い友情に、思わず涙が出そうだ。

 そして、汐霧の手によってズルズルとドナドナされていく途中。

 食堂を出る寸前、最後の最後で、パンドラ化した聴覚が奴らの会話を捉えた。



『で、どう思うよ』

『何がだ?』

『ハルカがどうなるか』

『……五体満足な死体に10だ』

『じゃオレは惨たらしい死体に20で』



 ……もはや何も言うまい。

第一章ではキャラがおとなし過ぎましたので、第二章からは少し元気にさせていこうと思います。

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