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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
42/171

本日も平常なり

本日20:00分、次話投稿。



 チェーンソーの唸り声が、意識を引き上げた。

 薄く、薄く目を見開く。


 目に入るのは、手術台の上で、厳重な拘束を受けている体。

 そしてチェーンソーを片手にこちらに近づいてくる、防護服を纏った男の姿。


 ――ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。


 リコイルスターターの紐が引っ張り上げられ、エンジンがけたたましく咆哮する。

 重低音が微かな衝撃となって、体の芯を響いていく。


「…………」


 動かない。動けない。

 動けないから動かないし、動こうとしないから動けない。


 自分に出来るのは、回転する刃がゆっくりと近づいて来るのをぼんやりと眺めることだけ。

 これが自分の運命なんだと、諦めたように受け入れることだけ。


 そして、その時が訪れる。


 ――ガリガリガリガリガリガリガリガリッッ!!


「ん……ぎ、ィいッ!」


 自身の肉と骨が削られていく感覚。無意識のうちに体がビクッ、ビクッと跳ねる。

 身体中から様々な、色とりどりの体液が噴き出し、目の前の防護服をビチャビチャと汚していく、


『…………』


 そんな中、防護服の男はどこまでも無感情だった。

 降りかかる体液も漏れ出る悲鳴もまるで意に介さず、ひたすらにチェーンソーの刃を動かす。


「ぁ、ア゛ぁ……ァッぁあ、アっあァッ!!?」


 密閉された部屋に絶叫が木霊する。


 ――痛い、痛い、痛い、痛い!


 無視したいのに、逃げ出したいのに、生まれた激痛は否応なしに意識をその部位へと集約させてしまう。


 最初に刃を押し当てられた、中指と薬指の別れ目。いつの間にか、指の股から手首へ。手首から肘へ。肘から肩口へ。次々と移ろう。

 その間に存在する筋繊維、血管、骨を滅茶苦茶にしながら、チェーンソーがグズグズと進んでいく。


 しかし、何事にも限界というものは存在する。

 一瞬何か鋭いものが全身を駆け抜けたかと思えば、次の瞬間には、ゆっくりと意識を失い――


 ――バヂンッッッ!!


「う゛う!?」

『…………』


 拘束具から流れ込む高圧電流。閉じようとしていた意識を強制的に切り拓き、現実へと引きずり戻す。

 一瞬意識がトんだ時、痛みへの覚悟も一緒になくなってしまった。先ほどよりも激しい痛みが体を蹂躙する。


 ――それから、何時間が経っただろうか。

 ――はたまた、何秒も経っていなかったのか。


 チェーンソーの動きが止まる。ずっぷりと挿入されていた肩から引き抜かれ、その駆動を停止する。

 同時、左腕が異質な感覚に包まれていることに気付いた。


「…………ぁ」


 見えるのは、裂かれた場所から二つに分かれて揺れる、もともと腕だった肉の塊。

 チェーンソーを安置した防護服の男はその中に指を突っ込み、もぞもぞと弄り回した後に引き抜いた。


 激痛と激痛の狭間に残る、確かな異物感。この“実験”の性質上、計器の類いでも突っ込んだのだろう。

 そしてそれが目的だとするならば、左腕なんて微妙な部位だけで済むはずもなく。


 ――ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。


『…………』


 再び駆動を始めるチェーンソー。構える防護服。

 そしてその刃先は、ゆっくりと左足の先へと伝っていき。


 そして。


 そして――





「連続魔導師殺害事件?」


 六月半ば。

 クサナギ学院、食堂(フードコート)

 時刻は放課後。汐霧とのある待ち合わせまでの時間潰しとして梶浦、藤城と雑談に興じること一時間ほど。


 ふと話題に上がった単語に、僕は疑問の声を上げた。


「ああ、ここ一週間で九人ものフリーの魔導師が殺されてる。それも全員ランクC以上の連中だ……あ、ポテト食う?」


 頬杖を付いたままどうでもよさげに言う藤城。

 会話の内容はアレだが、この程度コイツにとっては世間話の範疇に過ぎない。


 僕は勧められた劇物(ポテト)をやんわりと断りながら、爪先で頬を掻いた。


「一週間で九人ねぇ……確かに凄いけど別に珍しくもないような。そんな話題になるほど?」


 このご時世、連続殺人犯なんて狂人の類いは大体月イチのペースで現れる。

 そしてフリーの魔導師というのはほとんどが自己中のクズなので、そういった連中のターゲットになることも少なくない。


 つまるところ連続魔導師殺害事件なんていうのは、今や一般人ですら驚かないような事件に成り下がっていたのであった。

 ポテトを口に放り込んで、藤城が言う。


「ま、そうだな。実際話題になってんのはそっちじゃねぇし。なぁカジ?」

「……何故そこで俺に振る」


 憮然と返し、手にしている勉強用のノートから目を離す梶浦。

 そんな彼に対して藤城は親指を立て、とてもいい感じの笑顔を浮かべる。


「いやぁ、なんたってお前の親父さん軍のお偉いさんだろ? だったらお前にだって結構な情報流れてくるよなぁ?」

「守秘義務付きの情報を部外者に話せるわけがないだろう」

「ハハ、そう固いこと言うなって。怖い怖い殺人犯から身を守るためにも、正しい情報を知っておくのは悪いことじゃないだろうがよ」

「お前のはただの野次馬根性だろうが……」


 口論が飛び交うが、コレはコイツらにとって暇潰しを兼ねたゲームのようなもの。よく見る風景である。

 僕はその様を眺めながら、ぼんやりと意識を飛ばす。


 ああ、そういえばもうすぐテストあったっけ――


「――なぁハルカ。お前もそう思うだろ?」

「え? うんマジパネェ」

「…………」

「…………」


 苦虫を噛み潰したような顔、二丁上がり。

 心底呆れた様子で、藤城と梶浦はそれぞれ深々と溜息を吐いた。


「ハルカ……お前はホントもうそういうところだからな?」

「……同感だ。もう少し落ち着きを持て」

「はは、凄いアウェー。お前ら仲良いねぇ」


 『真の結託の前提は共通の敵を作ること』――だったか? 以前汐霧が言っていた言葉だと思う。


 何故かは知らないが、アイツには心理学崩れの一説を口にする癖? 趣味? があるらしい。非常に鬱陶しいのでマッハでやめて頂きたい、と言って鼻で笑われたのは、割と新しい記憶である。


 とまぁ、現状と全く関係のない回想をするのもここら辺にして。


「で、事件についての話だっけ?」


 僕はへらへらと笑い、話題を切り替える。


「あぁ。お前だって知っておきたいだろ?」

「んー、そうでも。知ってたからどうこうってものでもないだろうし」


 というか、そういうのは知っている方がむしろ面倒事に巻き込まれやすい。

 単なるジンクスに過ぎないが、馬鹿に出来ない程度の前例はこさえてしまっているのだ。


 藤城はどう解釈したのか、何か得心した様子で頷く。


「あー……ハルカじゃエンカウントした時点でゲームオーバーだわな、確かに」

「まぁね。ってもそれ別に僕だけの話じゃないって。そんなこと言ったら大半の学院生が当てはまるよ?」


 仮にもプロの魔導師を何人もコロコロしている輩と、未だ正規ランクすら持たないそこらの学生。比べる方が酷というものだ。

 ……まぁ、コイツらには縁のない話だろうけど。二人とも普通にプロの平均値超えてるし。藤城とかお嬢さまに匹敵するくらい強いらしいし。


「一体全体、何やったらそんなに強くなるんだか……」

「あ?」

「はは、何でもないよ」


 隠れ地獄耳な藤城に、ひらひらと手を振る。

 言っておいて何だが、別にそこまで聞きたいことでもない。どうせ気の滅入るような話に違いないし、聞くだけ疲れ損だ。


 などと割合失礼なことを考えている、と。


「――だがマジな話、ハルカ。お前は聞いておいた方がいいと思うぜ?」


 ふと藤城が真面目な顔になって、言った。

間が空いてしまい、本当に申し訳ありませんでした。

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