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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
遥けき空に
32/171

娘さんを僕にください b

「づっ……!?」


 体にのしかかる、ずしりという重圧感。拘束系統の魔法特有の感覚が、全身を蝕んだ。

 汐霧が自分ごと僕に拘束魔法を掛けた――それを理解した瞬間、直感する。


 汐霧父の放った『縛れ』というマガツ。

 アレの狙いは僕じゃなかった。汐霧だ。


 そして汐霧を戦わせるのではなく、拘束の道具として使ったのは――


『ゴ苦労、憂姫。ソノママ(・・・・)彼ヲ抑エテオケ(・・・・・・・)

「……ぁ」


 汐霧父の片手に禍力が宿る。その色は漆黒。先の銃撃とは比べ物にならないほどの量と密度。

 ――アレはヤバい。こんな防御もままならない体勢で、喰らっていいものではない。


『私デハ君ニ敵ワナイ、ノダロウ? 一人デ無理ナラ二人、トイウノハ合理的ダト思ウガネ』

「……それ、人間の発想だろ」

『ナンニセヨ、君ナラ簡単ニ引キ千切レルダロウニ。最モ……クク、憂姫モタダデハ済マナイダロウガネェ?』


 ……ゲス野郎が。

 言葉を飲み込んで、代わりに僕は状況の把握に努める。


 発射秒読みの、即死クラスの砲撃。拘束されて身動きの取れない体。

 汐霧はマガツで縛られており、文字通りの枷になっている。

 そのマガツの解除には繊細な操作を伴うため、片手も使えない現状ではどうすることも出来ない、と。


 控えめに言って、そこそこ最悪な状況だった。


『コノママ砲火ニ飲マレ塵ト消エルカ、憂姫ヲ殺シテ私ヲ殺スカ。君ニアルノハ二択ノミダ』

「……わざわざ脱出方法教えてくれてどうも。僕を殺せなくてもいいの?」

『クク、アレダケ虚仮(コケ)ニシテクレタンダ。君ニハ絶望トイウ絶望ヲ与エテヤロウト思ッテネ』


 もう、言ってることもやってることも支離滅裂だ。かなりのスピードで正気が剥がれ落ちて行ってるのが分かる。

 今の奴を突き動かしているのは、心に溜まった負の欲望。力に魅せられ、呑まれた者が一様に行き着く場所だった。


「……娘を殺す気か? このまま撃てば、僕ごと死ぬぞ」

『元々、ソレハ他家ノ厄介ナ情報網ヲ逸ラス目眩シニ拾ッタニ過ギン。確カニ才能ハ一級ダガ……ドウセ既に不要ナ駒ダ。捨テ(ドキ)ハ弁エルサ』

「……っ……」


 意識的か無意識か、汐霧がそんな息を呑むような音を漏らした。

 もし今の彼女に意識が残っていたなら、今の言葉も丸々聞こえていたことになる。


 だとすれば、それはどれほどのものなのか。


 家族に殺されかけ、終いには捨てられる。

 それは一体、どれだけ悲しいことなのだろうか。


 ――そして、砲撃が充填される。


『サテ、最後通牒ダ』


 煌々と輝く焔を片手に、汐霧父は改めて聞いてくる。


『【死線】ヨ、ドウスル? 私トシテハ脱出シテクレタ方ガ楽シメルノダガ』

「……それ聞いて安心した。僕にオッサンと化け物を喜ばす趣味はないからね」

『ココデ死ヌト?』

「少なくとも、汐霧を殺すつもりはないよ」


 彼女はきっと、僕にとって必要となる存在だろうから。

 だから僕は汐霧を見捨てないし、殺さない。それが何を意味するか、分かっていても。


『…………』


 僕の答えを受け、汐霧父はしばし無言となった。

 少しして頷き、ゆっくりとその濃紫の片腕を突き出す。


『ヨカロウ、デハ死ネ【死線】』


 ――【コードブラック】、と。


 漆黒の砲撃が放たれた。

 それは結局、何にも阻まれることなく僕たちへと迫り、


「……は」


 真正面から、僕と汐霧の全身を呑み込んだ。




『パンドラアーツガ如何(イカ)ニアレド、所詮ハ半端ナ紛イ物。真タル我ラパンドラニ敵ウハズモナイ』


 歪んだ声が、未だ土煙の収まらない666階に響く。

 砲撃は直撃した。そこらの魔導師なら百は殺せる、Sランクのパンドラ渾身の破壊の一撃だ。

 生死の前に、原型が残っていることすら考えられない。


 踵を返し、本来の目的だろう制御装置へと足を向けて、


「【アーツ】」


 僕は魔力を解放した(・・・・・・・・・)


『ヌゥ!?』

「……え」


 吹き荒れた純白の魔力の奔流を、汐霧父はギリギリで躱した。

 前後から聞こえる驚愕、懐疑にそれぞれ彩られた声。僕はへらへらとした笑みを返す。


「はは、避けられた。結構いい勘してるじゃない」

『キサマ、生キテ―――ッ!?』


 驚きながらも疑問を棚上げすることにしたのか、汐霧父は再び右手に焔染みた禍力を灯す。大技直後の隙を狙うつもりらしい。

 大量の魔力を放出すれば動きは止まる。魔法の基本だ。


 ――が。


「【アーツ】」


 第二射、解放。左腕から溢れた魔力が奔る。

 砲撃の連射。予想だにしていなかったらしい汐霧父は回避が遅れ、その左腕を呑み込まれた。


『ナッ……!?』

「この程度じゃ大量でも何でもない。雀の涙にも及ばないさ」


 再び収束。左手の指一本一本が思い切り引っ張られるような感覚が走る。

 それをまとめて握り潰し、照準する。


 見ると汐霧父も同様に、輝く右手をこちらに向けていた。

 解放は、ほぼ同時。


「【アーツ】」

「【コードブラック】!」


 砲撃と砲撃が激突した。

 二条の光は丁度中間地点でぶつかり合い、激しい光を撒き散らす。


 純白と漆黒。

 魔力と禍力。

 相反する二つが一際輝いて――そして、消滅した。


「きゃっ……!」

『…….ッ!?』


 相殺。

 発生した衝撃が僕と汐霧の髪を荒らし、汐霧父の霧を散らしていく。


『我ガ禍力ヲ……貴様一体、ドレホドノ魔力ヲ持ッテ……!!』

「あは、言ったでしょう? 僕はパンドラアーツ。魔力と禍力をその身に宿す、完璧な半端者だって」


 それが何を意味するか。少し考えれば、魔法に触れた者なら誰だって分かるはずだ。

 今の汐霧父は著しく知性がトんでいるが……それでも思い至ったらしい。白色の円でしかない両眼が、大きく見開かれた。


『……魔力ト禍力ノ反発カ……!』

「はい大正解。――そう、僕の体は、常に禍力と魔力の反発が起きている。互いを喰い合い、互いを殺そうとして、一秒ごとに強くなる」


 それはまるで、螺旋のように。円環のように、尾を喰らう蛇のように。

 僕は、生きるほどに強くなる。


『……出鱈目ダ! ソンナコト、有リ得ルハズガナイ!』

「そう思いたいならそう思えばいいさ。他人にそうあって欲しいと思うのはアンタの勝手だ。けど、その妄想に殺されるのはアンタ自身だよ」

「あ……」


 いつの日か汐霧に言った言葉。どうやら彼女も覚えていてくれたらしく、吐息が漏れる。

 その意味する内容は全くの正反対だけど、それでも彼らは親娘だった。根底に同じ物が流れているのがよく分かる。


 だからこそ――コイツが汐霧を捨てたことが、僕には許せなかった。


『ッッッ―――――!!!』


 汐霧父が声にならない絶叫を上げる。全身の濃紫の霧が、奴の右腕に絡みついていく。

 禍力の量的に、威力は恐らく先の【コードブラック】とやらより更に上。


 正真正銘、全力の一撃。次で決めるつもりだ。


「いいね、そういう分かりやすいのは嫌いじゃない」


 笑うと同時、抑えていた禍力が全身から溢れた。

 黒色の力が右腕に、右手に集中し、煌々と輝き始める。


 放つのは同じく砲撃。形は【アーツ】と全く同じ。

 ただし、放つモノだけが全く違う。


 禍力。

 破壊の力。

 僕に宿る、僕の人生を終わらせた力。


「……ねぇ、汐霧。確か前に言ったよね。『僕は複雑な魔法が使えない。援護や支援、遠距離系なんて無理』って」

「……はい?」


 背後の汐霧に届くように、僕は声を出す。

 彼女に僕のことを知ってもらうために、彼女との約束を守るために。


「それが……?」

「アレ嘘だ、半分くらい。本当は、あと二つだけ使える技がある」


 一つ目は【アーツ】。とにかく魔力を放出するだけの単純な技。

 分類上は魔法に属するのだが、僕はこれを魔法だと思ったことは一度もない。


 魔法(アーツ)の語源は、とある原初の魔導師が使った魔法が、あたかも芸術品のように美しかったからというものだ。

 こんな美しさの欠片もない技、どんな顔して魔法だなんて言えばいいのか。


「そしてもう一つ。こっちはそもそも魔法じゃないし、援護や支援なんかにも使えない。【アーツ】よりも使い勝手が悪くて美しさもない、ある意味とっても僕らしい技」


 操作する。

 禍力を、その性質を。破壊一色に特化させる。


 ――これは、この技は。

 立ちはだかる障害を、目標までの距離を、目的を否定するこの世界を。


「全て、壊すための技だ」


 収束完了。臨界寸前。

 あとは撃つだけ、壊すだけ。

 それは汐霧父も同様のようで、灯った黒焔は轟々と猛り狂っている。


 ――さぁ、決着の時だ。


『【コードインフェルノ】!!!』


 汐霧父の右手から、禍力の黒焔が放たれた。

 極大にして強大、圧倒的な滅却の焔。

 Sランクパンドラ汐霧泰河の持つ、最大最強の技。


 それに応じるように、僕は右腕を引き絞る。

 【アーツ】の時同様に右手を開く。鉤のように、手のひらの先にあるそれを掴もうとするかのように、力を込める。

 そして僕は、力を解放した。


「【セツナ】」


 ――それはさながら、深淵そのものだった。

 走る、奔る。

 壊す、殺す。

 世界の終わりのような黒。全てを壊す終末の権化。


 技名【セツナ】。『操作』によって破壊に特化させた禍力を撃ち放つ、破壊の一撃。

 僕の持つ最強の技で――妹の名前を冠する、そんな技だった。


 【セツナ】と【コードインフェルノ】。

 互いの最強同士が激突し、互いを喰い合い殺し合う。


 拮抗は一瞬以下。僅か儚い刹那の時間。


 【セツナ】が漆黒の焔を塗り潰し、完膚なきまでに破壊していく。

 真黒の奔流は勢い衰えることなく突き進み――そのまま汐霧父の全身を呑み込んだ。


『ガァァァァァァァァァァァァアッッ!!?』


 響く断末魔。命と引き換えに溢れる、まさしく魂の叫び声。

 ぼろぼろ、ぼろぼろと彼の体の至る所がもげ、壊れ、崩壊していく。


 しかし、それでも汐霧父は倒れなかった。


『……ァァァァァァァア!!!』


 崩れかけた足を、腕を、頭を再生し、その場に踏み留まる。

 濁った白の双眸に、溢れんばかりの闘気と狂気を宿しながら、汐霧父は咆哮する。


 やがて、【セツナ】が遥けき空に流れて消えた。


 まだ、彼は死んでいない。

 この東京を殺すために立って、生きている。


「――ああ。アンタなら、死なないでくれる(・・・・・・・・)と信じていたよ」


 だから。


 ――ドォッッ!!!


 パンドラアーツの身体能力、今日まで積み重ねた禍力の恩恵を以って、全身全霊で地を踏み蹴った。

 飛ぶように流れる景色。爆発的に埋まる距離。足が赤熱し、爆砕し、再生してまた砕け散る。


 最高速度、到達。衝撃が体を引き裂き血を散らす。

 その飛沫が地に落ちるより先に、僕は汐霧父のすぐ背後まで駆け抜け――


「――しィッ!!」


 そして両腕を薙いだ姿勢で、停止した。


『ム……?』


 汐霧父の体にダメージはない。怪訝げな声が上がる。……当然だ、僕がやったのは攻撃じゃないのだから。

 僕の仕事は、もう終わった。


『何モナイノナラ、コチラカラ―――!』


 振り返り、僕に攻撃を加えようとして、汐霧父は気付いたらしい。


 自分の体が、指一本すら動かなくなっていることに。

 僕の指から伸びた輝く鋼糸が、全身を雁字搦めに拘束していることに。


『【死線】、貴様……ッ!?』

「……何度だって言うよ。僕は【死線】じゃない。【死線】にとって鋼糸は武器だ。僕は違う」


 確かに鋼糸を武器のように使うこともある。でも、それはあくまで便利だから使っているだけ。

 根底にある、僕が鋼糸を所持する理由とはまるで違う。


 僕にとっての鋼糸は、ちょっと思い入れのあるだけの道具だ。

 手放してしまった、命よりもずっと大事なものを縛り付け、離さないための道具に過ぎない。


『ッ……ナラバ!』


 汐霧父の雰囲気が変わる。明確に伝わってくる攻撃の意思。全身の霧がボコボコと泡立ち始める。

 来るのは恐らく、全方位への禍力の放射。身を縛っている鋼糸ごと僕を殺す気だ。


 ――そう来ることは分かっていた。


 僕は冷静に『操作』の力を行使する。


「マガツ、解放」


 ドグンッ、という灼けるような感覚が体の中央に去来する。

 秒を(また)がずマガツが発動。力が鋼糸を通して汐霧父へと流れ込む。


 『操作』――僕がバケモノになった時に得た災禍の能力、マガツ。

 あらゆる禍力を意のままに操る、禁じ手とも言える力。


 結果として、爆発寸前だった禍力の泡は呆気なく霧散した。


『ッ!?』

「さっきぶりだけど紹介するよ。『操作』のマガツだ。今後ともよろしくね」


 そして、そろそろお別れの時間だ。

 だがそれを教えるのは僕の役割じゃない。

 この男に終わりを、死を、さよならを告げるのは――


「――汐霧、お前だ」

「……、…………。え?」

「はは、何その声」


 間の抜けた声。汐霧父をマガツと膂力で抑えながら、僕は呆れたように笑う。


「父親を殺すか、東京を殺すか。お前が決めて、そして終わらせてくれ」

「え、あ……まって、待って……!」


 僕の位置からでは彼女の姿は見えないが、それでもどんな様子かくらいは容易に想像出来る。

 きっと、いっぱいいっぱいな感じなんだろうな。


「なんで……なんで、私が」

「そりゃ、幾ら僕でも親娘喧嘩を終わらせるほど無粋じゃないからね。ここまで大事(おおごと)だったら尚更だ」


 そのお膳立てのために何度か危ない橋を渡ったが、何とかこの状況まで持ってこられた。


「状況は簡単だ。父親(バケモノ)を殺してヒーローになるか、東京を見捨てて世界の敵になるかの二択。全部お前次第だよ」

「…………私、は」

『――離セェェェェエ(・・・・・・・)ッ!!!』


 その時、僕の指が宙を舞った。二つ。薬指と、人差し指。鋼糸が指から抜け、拘束が緩まる。

 一瞬で再生を終え、今まで以上に力を使って抑え込むも、今のは少し危なかった。反応がもう少し遅ければ抜け出されていたかもしれない。


 そんな中、再び汐霧の声が聞こえる。


「……無理、無理です……私には、できない。私は、だって私は……私が、ヒーローなんて……」


 尻すぼみに消えていく言葉。

 それに対して湧いたのは――何よりも、失笑。


「それは理由にならない。何かを殺し、救うのにその人間が誰かなんて関係ないよ」

「……っ……」

「バケモノだからって? ハッ、お前なんか、僕に比べりゃ可愛いもんだよ。お前は(・・・)人間になれる(・・・・・・)。僕が言うんだから、間違いないさ」

「…………あ」


 例え今はバケモノだとしても、間違いなく彼女は人間になりたがっているのだ。

 でなければ、選択の前提が“ヒーロー”になるはずがないのだから。


「お前は死にそうになって、泣いた。それは何故だ?」

「……死にたくなかったから、です。ただ、生きたかったから……」


 その答えに、僕は口の端を釣り上げる。

 ああ、それで充分だ。


「それが分かってるなら、僕はもう何も言わないよ。あとはお前がやりたいようにすればいい」

「……そういうの、無責任って言うんですよ」

「馬鹿か。今更かよ」

「ええ……本当に。………………お父様」


 父親へと話しかける汐霧。その言葉に、汐霧父の抵抗が止む。

 それは諦めたからじゃない。次にコイツがやるのは、きっと――


『憂姫! 私ヲ助ケロ(・・・・・)! コノ男ヲ殺セ(・・・・・・)! ドウシタ、早く動ケェエ(・・・・・・)ッ!!』


 吐き出されるマガツの乱舞。それはそのまま繰り出されれば、容易に汐霧を支配しただろう。

 僕はマガツを使い、その言葉の全てを無力化する。そんなもの、家族の会話に必要ない。


「……私を拾ってくれて、ここまで育ててくれて。本当にありがとうごぞいます。感謝してます」

『ソウダッ、ダカラ救エ! 恩ヲ返セ! ソノゴミノヨウナ命ヲ使ッテ私ヲ救エ!』

「……。私は、生きたいんです。生きていきたいんです。だから、私は……わたし、は――」


 チャキッ、という撃鉄(ハンマー)を起こす音。

 父親の命を奪う決意の音が、聞こえる。


 震える声で、少女は続けていく。


「私は……あなたを、殺します」

『フ――フザケルナッ! キサマ、キサマ、キサマキサマキサマキサマァアッ! アァ、ァァァァァアアアアアアアアッ!!!』

「ぎっ……!?」


 正気を失い、更に暴れる汐霧父。鋼糸が体に食い込み切り裂き、痛みが溢れていく。

 だがこんな痛みがなんだというのか。心地いいくらいだ、この程度。


「……っ、ぐ……ふっ……!」


 押し殺した、少女の泣き声。彼女は悲しさと苦しさ、どうしようもない痛みに苛まれた先にある、一つの真理。


「ああ……そう。これが、これが人を殺すっていうこと……」


 汐霧は、泣いていた。人を殺そうとして、彼女は痛みを感じていた。

 10年という時間をかけて、彼女は人間になった。


「……狙うなら心臓だ。そこに核がある」

「っ……ありがとう……ございました……っ」


 それは誰に向けた言葉だったのか。

 きっと、汐霧本人も分からなかったんじゃないかと思う。


 そして、最後の時を告げる引き金が引かれる。


 ――カチンッ。



「さよなら、お父様」



 銀色の銃弾が、発射された。

 それは真っ直ぐに宙を翔け、汐霧父の胸の真ん中を貫く。


 ――パリン、と。


 何かの割れる儚げな音が、蒼穹に木霊した。

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