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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
遥けき空に
31/169

娘さんを僕にください a

『――ソレガ、一体ナンダト言ウノダ!』


 汐霧父が叫ぶ。二丁の拳銃に禍力が収束し、砲火が狂い咲く。

 数は、一つではない。二つ、三つ、四つーー八つ。そのどれもが馬鹿みたいにデカい。人間の一人や二人、全身を消し潰してなお釣りが出るほどの大きさだ。


 弾丸と呼ぶには余りに巨大過ぎる、もはや砲弾と呼ぶべき銃撃。

 回避すれば、後方の汐霧と『結界装置』が飲み込まれてしまう。


 ――で。


「だから、どうした?」


 加速、疾走。

 迷いはない。恐れも躊躇もない。

 スローモーションへと切り替わる視界。迫り来る濃紫の砲弾との距離が恐ろしい速度で埋まっていく。


 (ゼロ)距離。


 砕けろ、と。

 僕は勢い良く、左足を踏み込んだ。


「ふッ!」


 右の拳を撃ち放つ。真黒の腕と濃紫の砲弾が激突し、辺りに衝撃を撒き散らす。

 拮抗は、たった一瞬。


 ――パァンッ!!!


 砲弾が、ゴミのように吹き散った。余波で生じた風が僕の髪を乱雑に掻き乱す。


「っは――」


 残り七つ。到達まで、あとコンマ数秒。

 自身の元へと殺到してくる濃紫を見て、僕は僅かに口角を上げた。


 さぁ(めぐ)れ。


「――軽いんだよっ!!」


 勢い良く回転し、二つ目の弾丸を蹴り砕く。

 その後ろから現れた三つ目と四つ目を、鉤爪のようにした両手で薙ぎ払う。

 跳躍して、軌道を曲げながら飛来する五つ目と六つ目をまとめて蹴り飛ばす。

 七つ目を、着地と同時に踵落としで押し潰し。

 目の前に迫っていた八つ目を、頭突きで粉砕した。


『何……!?』

「そんなチンケな禍力で僕が殺せるかよ。禍力っていうのは、もっとこう――」


 右腕を振りかざす。手のひらに黒色の力が集まり、凝縮していく。

 燃え滾るように揺らめくそれを、僕は前へと突き出し、


「――どうしようもなく、絶望的じゃないとさぁ!」


 解き放つ。


 禍力版【ショット】。魔力の代わりに禍力を弾にしただけの、単純な遠距離魔法。

 そしてそれが放たれた瞬間、汐霧父の右半身が綺麗に弾け飛んだ。


『ッ……!』

「見えなかった? ねぇ今見えなかった? 化け物の癖に? あは、超笑える」

『――舐メルナヨ』


 瞬く間に再生する肉体。ボコボコと肉が泡立ち、汐霧父の五体が元に戻る。

 核を壊さない限り、パンドラは何度でも再生する。問題はその核がどこにあるか、だが。


『身ニ過ギタ大言ヲ吐クトドウナルカ、ソノ身を以ッテ知ルガイイ!』


 耳障りなパンドラの声が、蒼天に木霊する。

 再び乱射される紫紺の弾丸。そしてそれと並走、いや追い越し迫り来る汐霧父。


 疾い。今の僕の感覚を以ってしてもそう感じる速度だ。

 アレを相手にしながら弾丸まで全て叩き落すのは、少し厳しい。


 ――だったら。


「【隙間だらけの護方陣】」


 鋼糸を操る。使うのは、先生直伝の自動防御の結界魔法。先日、お嬢さま相手に使った魔法だ。

 僕の背後、汐霧と『結界装置』を守れる位置に魔法を配置する。


 これで弾丸は処理出来た。

 意識の全てを汐霧父にのフォーカスする。


『自分ノ武器ヲ捨テルトハ余裕ジャナイカ、【死線】!』

「……だぁから違うっつの。というか鋼糸(ソレ)別に武器じゃないし」


 いい加減諦めかけ半分の訂正を言いながら、奴との距離を計り取る。

 奴の速度から考えて、衝突まであと僅か数秒。だが僕たちはバケモノにとって数秒間など長過ぎる。


 ふらりと倒れるように前傾。上体がほとんど地面と平行になると同時、僕も疾走を再開する。


 相対的に埋まる彼我の距離。

 パンドラの殺意とバケモノの憎悪が、至近距離で交差して――


『「―――ッッッ!」』


 中間地点が、震えた。

 僕と汐霧父の拳がぶつかり合い、互いに弾き合ったのだ。


 威力は僕の方が上。汐霧父は、右肩を引っ張られるようにして体勢を崩した。

 だが、敵も然る者。

 そうなることを読んでいたらしく、弾かれた勢いを利用して地面に手をつき、片手逆立ちの状態から回転蹴りを放ってくる。


 傍目から見て恐ろしいほどの速度。

 マトモに喰らえば、頬の肉をまるごと削ぎ飛ばされるだろう。


 ……だから?


「あは」


 足を動かす。

 後ろではなく、前へ。

 回避ではなく、次の攻撃の布石として。


 そんな僕の右頬を、汐霧父のブーツが蹴り抜いた。


「ぶぎゅ」


 口から愉快な音が出る。

 頬から噴き出す血飛沫(ちしぶき)。砕かれる顎。潰される右目。

 蹴りの威力で、僕の全身は身体ごと回転させられる。


 顔から剥がれた飛沫と塊が、中空を舞って――


「――ぁんだ、やれば出来るじゃない」


 そして再生が終了する。


 ギャリッ! と音を立てて回転する軸足。

 元通りとなった顔で醜悪に笑み、僕は汐霧父の鳩尾に回し蹴りを叩き込んだ。


『ヌッ……!?』

「いい機会だ。アンタは知らないだろうから教えてやるよ。痛みを力に変える人種がいるってことと――」


 吹き飛ぼうとしている汐霧父の足首を掴む。

 足が千切れないよう気を付けながら、ぐるぐると回転。スピードを上げて、上げて、上げて。


『ヤメ――』

「――『我々の業界ではご褒美です』って言葉をさ!」


 投げ放つ。手裏剣のように回りながら飛んでいく汐霧父の身体。

 もちろん、まだ終わりじゃない。


「僕ら折角傷が治るんだからさ、男なら攻撃には突っ込まないと」


 跳躍し、吹き飛ぶ汐霧父の体の真上まで一気に距離を埋める。両手を組んで、上体を折れる限界まで反らし、振り下ろす。

 命を砕く、最低の感触が両の拳に伝わった。


『ガッ、バァッ!?』


 真横に向いていた力のベクトルが真下に変わり、汐霧父の体が地面にめり込む。

 衝撃に、汐霧父は噴水のように紫の血を吐き出した。


 マウントを取っていた僕は、それを顔面でまともに受ける。

 紫に化粧された顔で、僕はにっこりと笑って。


「汚い」


 拳を振り下ろす。お返しに、と顔面の真ん中に叩き込む。

 バケモノの腕が顔の真ん中を貫通し、大穴が空いた。


 だが、すぐに周りの濃紫の霧が泡立ち、凄まじい速度で再生していく。


 ――パンドラは禍力によって再生する。

 核を壊さなければパンドラは殺せない、と言うのは核という禍力の源泉を絶たない限り、奴らは何度でも甦るからだ。


 そしてそれは、裏を返せば核を壊さない限り殺さずに済むということでもある。


「安心してくれよ、僕はアンタを殺さない」


 その代わり、死ぬ一歩手前くらいまで殴り続けるが。


 笑いかけ、拳を振り下ろす。

 何度も、何度も振り下ろす。


 無事な場所を、再生した場所を、再生が始まりかけている場所を。

 頭を、目を、鼻を、顎を、首を、拳を、肩を、腕を、腿を、足を、股間を、腰を、膝を、腹を。


 殺さないように、殺せないように。

 何度も、何度も、何度も、何度も。

 数え切れないくらい、いつまでも。


止マレェエ(・・・・・)ッ!!!』


 ふいにガクン、と全身が停止した。打ち下ろそうとした拳が、中空に縛られる。

 僕は速攻で解除し振り下ろすも、その一瞬のうちに汐霧父は距離を取り、体勢を立て直していた。


『ハァッ……ハァッ……!』

「…………」


 Sランクのパンドラは、肩で息をしながらも何とか再生を終わらせる。

 ゴミを見る目で見ていると、唐突に奴は口を開いた。


『……コレガ“パンドラアーツ”ノ(チカラ)、カ』

「ハッ、そんな大層なものじゃねぇよ」


 過大評価されても困るので言っておく。

 だが汐霧父は(かぶり)を振って、続ける。


『謙遜ハイイ。マサカタダノ身体能力ノミデココマデ追イ詰メラレルトハ、夢ニモ思ッテモイナカッタ』

「自分の弱さを僕に押し付けるなよ」

「……イヤ、驚クベクハソレヲ可能ニスルダケノ禍力量カ。一体、ドウスレバソコマデ増ヤスコトガ出来ル?』

「聞けって。あと、特別なことは何もしてないよ。アンタもヒトガタなら禍力を増やす方法くらい知ってるだろ?」


 魔力と反発させ、反作用で禍力を増やす。意識的にしろ無意識的にしろ、全てのパンドラがやっていることだ。

 僕は、それをずっと行ってきただけに過ぎない。


 そもそも僕は半分がパンドラとはいえ、半分は人間なのだ。

 故にコイツのように『核さえ無事なら大丈夫』というわけにはいかない。


 脳味噌や心臓と言った即死級の急所を抜かれれば、僕はその瞬間に死んでしまう。

 では何故こうも汐霧父を圧倒出来ているかといえば――それは彼が弱過ぎるからという、ただそれだけの理由だった。


「で、どうする? アンタじゃ僕には勝てない。身体能力、再生力。禍力の量、密度、練度。あらゆる差がお前を殺すよ」

『言ッテクレルナ……』

「事実だよ。それも僕が強いんじゃない、アンタが弱過ぎるだけだ。正直、今のアンタなら汐霧の方がよっぽど強い」


 ここに来るまでの汐霧の戦闘、そして先日殺されかけた時のことを思い出しながら、言う。

 もし今相対しているのが“英雄”と呼ばれていた頃の汐霧父であれば、僕はもっと苦戦しただろう。


 汐霧が使っているのを見ただけだが、あの【武装換装装填魔法(カラフル)】という魔法は非常に強力だ。

 それを今の汐霧以上に使いこなせていたのだから、かなり高位の魔導師だったはず。


 ――『汐霧』の魔導師の強さは多様な魔法と武器、そしてそれらを状況に合わせて使い分ける判断力にある、と。

 そう聞いたことがある。


 今の汐霧父にあるのはワンパターンな禍力の放出に力任せの体術、練度の低いマガツ。

 その強さとやらはどこにも残っていなかった。


「例えどんなに強い力を得たとしても、それを無闇に振るうだけじゃ子どもと同じだ。そんなんで殺せるほどパンドラアーツは弱くないよ」

『……ソウ、カ』


 呟き、押し黙る汐霧父。自身のダメなところを理解してくれたのなら何よりだ。

 最も、それを改善するだけの時間を与えるつもりはないが。


 後方の汐霧の様子を確認する。そして【隙間だらけの護方陣】を解除し、鋼糸を懐に戻す。溢れる禍力を凝縮し、体に力を込める。

 決着に向けて必要な要素を、全て満たしていく。


 対して汐霧父は何もせず、たた立っているだけだった。諦めたのだろうか?

 それなら楽で助かる――などと楽な方向に考えを巡らせていると、おもむろに彼は話し始めた。


『……ソウダナ。私一人デハ君ニ勝テソウモナイ。ソノ通リダ。認メヨウ』


 言葉とは裏腹に、汐霧父の周囲から立ち昇る禍力は増えていく。

 乱射か砲撃か、はたまたマガツか。どれが来ようと負ける気はないが、油断はしない。万全の状態で迎え撃ち、そして破る。


 果たして、放たれたのは僕の予想通りのものだった。


縛レ(・・)


 普段の言葉とは明らかに違う、力ある言葉。

 マガツだ。状況証拠のみだが、恐らく効果は言葉の内容を現実にするというもの。

 僕はそれに対処するために、チカラを使おうとして――


 ――トン、と。


 背後から何かが触れる軽い感触が、僕を襲った。


 マガツ――いや違う。

 息遣い、体温、鼓動、柔らかさ。両腕の上から胴に回される細い腕。

 人間だ。少女だ。


 そして、僕の後ろにいたのは――


「……【バイン、ド】」


 か細い声。僕は振り返る。

 そんな僕の視界いっぱいに、綺麗な銀髪がふわりと靡いた。


 そして、魔法が発動する。

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