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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
遥けき空に
26/171

最後のガラスをブチ破れ

◇◆◇◆◇



 ――とても、時を遡る。


「……どうすれば、アンタみたいに強くなれる?」


 今から何年も前のことだった。

 僕が先生と出会って、幾らか経った頃の話。


「え? 強くって……私?」


 今からすればとても幼稚なクソガキの質問に、先生はきょとんとしていたのを覚えている。


「……他に誰もいないだろ」

「あ、うん。今みんなもんじゃ焼きパーティーの買い出し行ってるもんね。もんじゃ焼きって初めてだから、私すごく楽しみで――」

「はぐらかすなよ。いいから答えろ」

「ご、ごめんなさい。うーん……強く、強く、かぁ……あ」


 少しして答えが出たのか、閉じていた目を開けて先生は言った。


「……んっ、私の持論になっちゃうけどいい?」

「それ聞いてるんだけど」

「えっとね、何かを思いっきり憎むことだと思うの」

「憎む……?」


 優しげな口調で紡がれたダークな単語に、僕は眉を顰めた。


「……愛する、とかじゃなくて?」

「それは何かを守りたいときかな。愛っていうのは大切にするってことで、最終的に望むのは現状維持の力。強くなるのにはちょっと向いてないと思うの」

「……それは」

「だから大事なのは憎しみ。誰かを殺したい、壊したい、犯したい。そんなドロドロの悪意に塗れた唾棄すべき感情。でも、そこには明確な目標と鮮烈な意思があって――手を伸ばすために必要なものが、ちゃんと揃ってる」


 そう言われて思い出すのは、最愛の肉親である妹のこと。

 僕は妹を愛していた。妹も僕を愛していた。だけど、現実はいとも簡単にその全てを否定した。


「手っ取り早く強くなりたいなら憎みなさい。敵を、人を、パンドラを、世界を、手当たり次第に憎みなさい。愛はその後でいい。憎んで絶望して、最後に何かを精一杯愛せば……それだけで、きっと充分なはずだから」

「……アンタのことも?」

「うん、私のことも。むしろまだ憎まれてないことに驚いたくらい」


 あははと笑う先生。いつも通りのにこにこ顔は、

今日も今日とて健在だった。

 先生が言っているのは日々の授業のことだろう。

 確かにアレは客観的に見ればそういう類のものばかりだ、が。


「あ、あと痛みと仲良くすること。これ本当に大事だから、絶対忘れないでね?」

「……いつも言ってるヤツだろ。覚えてるよ」

「あは、やっぱりハルカはいい子だね」


 柔らかく笑んで、優しく頭を撫でられた。

 少し、嬉しかった。

 だから、僕は――



◇◆◇◆◇



「……なみ! 儚廻!」


 隣からの呼びかけに、我に返る。

 耳を切り裂く風の音と流れていくC区画の風景、そして隣を走る銀髪の少女。


 今から数分前、コロニー外縁部にて僕は汐霧と合流した。当然彼女は説明を求めて来たが、いかんせん時間がない。

 よって移動しながら大体の事情を伝えて――脈絡なく昔のことを思い出していた、というのが今までの経緯である。


 現在地は居住地区C区画の中間ほど。

 残り時間は――20分を切った、か。


 時計を見ていると、おずおずと汐霧が聞いてくる。


「……それで、本当なんですか。お父様が……この状況の犯人だっていうのは」

「信じられない?」

「……当たり前です」


 それが普通の反応だろう。

 だが、僕は逆にコロニーに入った瞬間、自分の推測が当たっていることが分かっていた。


 ――視界内に伸びる、何十という黒煙の筋。


 状況的に見て、結界の穴から侵入したパンドラによるもので間違いない。

 もし汐霧父の部隊が正常に機能しているなら、ここまで多大な被害が出るはずがないのだ。


 それは汐霧も分かっている。分かっているが――それでも信じられないことなのだろう。


「それに、パンドラを放置していくのは……」

「心配しないでも一般人は地下シェルターに避難してるはずだよ。建物なんてまた直せばいい。行くのは時間の無駄だ」

「……そう、ですけど」

「っと、着いた」


 問答を終え、ある一軒の家の前で足を止める。

 それと同時、待ち構えていたかのように――実際そうなのだろう――玄関から一人の少女が飛び出してきた。


 黒を基調とした、ひらひらのたくさん付いたコスプレのような服装。艶やかな黒髪と真紅の瞳、いっそ不健康なほど白い肌。手には不釣り合いな大き目のアタッシュケースを持っている。

 クロハがこっちに来るのを待って、僕は声を掛ける。


「クロハ、準備は」

「万全よ」


 ケースを掲げ、得意げに言うクロハ。

 僕らが目指しているのは塔の頂上。だが敵も防備くらいは残している。恐らく、そこまでの道はパンドラで溢れ返っているはずだ。


 そこを突破するために、とにかく人手が必要だった――のだが、こんな妄想のような話を信じてくれる奴などそうはいない。

 クロハを使うのは正直苦肉の策だが、背に腹は代えられないのだ。


 僕は頷き、どこか気まずげな様子の汐霧を手招きする。


「なんですか……きゃっ!?」

「よし。クロハもちゃんと掴まった?」

「ええ」

「ちょっと、は、儚廻!? あなた、いきなり何を――」


 いきなり抱き抱えたせいか、汐霧はジタバタと暴れる。


「気持ち悪いだろうけど我慢して。あとで罵倒でも銃弾でも受けるから」

「だ、だからってこんな……!」

「ごめん。それより頼みたいことがあるんだ」


 赤面して怒る彼女には本当に申し訳ないが、今は本当に時間がない。

 出来る限りの誠意を込めて謝り、話を切り替える。


「この前の二人版の【コードリボルバ】、三人に掛けられる?」

「はぁ……? ……理論上は、可能なはずですけど」

「ならここにいる三人に頼む。タイミングは僕が言うから、合わせて」


 言い、前方を見据える。スカイツリーまではまだまだ遠いが、この距離なら――

 汐霧はしばらく僕を睨むように見た後、観念したように溜息を吐いた。


「……【武装換装装填魔法(カラフル)・コードリボルバ】」


 外した髪飾りに光が纏い、拳銃へと変化する。

 彼女はそれを左手に持ち、僕に視線を向けてくる。


「……言っておきますが、効果は一瞬ですよ」

「充分だ。じゃ、カウントスリーでお願い。……3、2、1――」


 今、と。カチン、と。

 声と引き金を引く音が重なり、世界が加速する――瞬間。


「――らァッ!」


 僕は、全力で地面を蹴り付けた。

 粉々に爆砕し、クレーターと化す地面を後に、僕らはカタパルトから射出された戦闘機のように空を吹き飛ぶ。


 ――バツン、バツンバツンッ!!!


 連続して鳴る、空気が破裂する音。馬鹿みたいな速度の代償に、体がバラバラになるような衝撃波が耳元を擦過していく。

 普通なら10回は死ねるような衝撃の中、僕は醜悪な笑みを浮かべる。


 僕の身体能力は、素で【コードリボルバ】を掛けた汐霧と同程度。

 そして【コードリボルバ】の加速率は使用者の身体能力に依存している。


 それでは、僕の身体能力に【コードリボルバ】を掛け合わせれば?

 子どものような安直な発想だが、それ故効果は絶大だった。


 大気を突き破る。

 雲をゴミのように吹き散らす。

 大結界の線が見える高さ、地上が点のように見える高さまで一気に上がり――そこで加速が切れた。


 見ると、スカイツリーの威容は随分と近くにあった。

 第十、十一、十二展望台――そして地上からではどんなに見上げても見えなかった最上階が、視界の中にしっかりと映る。


「……流石に最上階には届かない、か」


 それに、例え届いていたとしても最上階には非常に強固な結界が張ってある。コロニーを包む大結界と同程度、といえば分かりやすいだろうか。

 そんなものに突っ込めば、如何な僕でも汐霧の胸が如くぺったんことなってしまう。


 だから、僕が目指すのは第十二展望台。

 スカイツリーの展望台は塔の職員の休憩所として作られており、外の景色が見えるようガラス張りとなっている。無論、そこらの外壁よりよほど脆い。


 そして第十二展望台は、そんな展望台の中でも最も上階に位置する場所だった。

 進入するなら、そこだ―――。


「汐霧ッ、加速もう一回!」

「――ッ、ああもう、好きにしてください!」


 ――カチンッ。

 引き金を引く音。僕の総身が再び加速する。

 同時、僕は力を解放した。


「――ァァアッッ!!!」


 空気を、空を、世界を殺すつもりで蹴りを放つ。

 憎しみと殺意を込めた蹴りは大気とぶつかり合い、更なる速度と力を僕らに与える。


 加速する。

 ぶつかる空気が赤熱し、赤を灯す。

 加速する。

 汐霧が短い悲鳴を、クロハが苦しげな呻き声を上げる。

 加速する。

 巨塔が視界を埋め尽くす。展望台が見えてくる。

 そして、僕はこの速度ではガラスをブチ抜くに足りないことを悟った。


 ならば、どうするか。


 問うまでもなく、答えは明白だった。


「クロハ、汐霧。掴まって、絶対離すな!」


 左腕を後ろに突き出す。ありったけの魔力を手のひらに集める。臨界に達するまで高める。高めて、収束して集中して、そして――


「――【アーツ】ッッ!!!」


 解放する。

 単純明快な魔力の砲撃。白色の奔流が空を掛け――反動が、僕らの背中を突き飛ばす。


 迫る展望台。

 それを覆うガラスに衝突するまで、あと数瞬。

 だから僕は、空いている右腕を、限界まで引き絞り。


 壊す気で、撃ち出した。


「ブチ――抜けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!!!」


 轟音、衝撃。





 ギリギリ三人分の穴が空いたガラスから、展望台に転がり込む。


「っぐぁ……!」


 無理な体勢に異常な慣性。僕はどうしようもなく、吹き飛ぶようにして転がり掛けて――そこで、室内に僕ら以外に動くモノがいることに気付いた。

 敵だ。『混ざり者(ミックス)』だ。少し目に入っただけで、少なくとも五体はいる。


 僕はどうしたって体勢を立て直せそうにない。このままでは、思い切り隙を晒すことになる。

 僕は、叫んだ。


「クロハ、汐霧!」

「ええ!」

「っ!」


 応え、二人が僕の体を踏み台にして跳ぶ。力のベクトルを変え、突入の勢いそのままに『混ざり者』へと強襲を仕掛ける。


 それで、全て終わった。


 銃声が三つと斬撃音が二つ。一瞬刹那、二人は五体の『混ざり者』の心臓を潰し、勢いを殺しながら静止した。

 数秒間無様に転がり、僕も何とかその場に立ち上がる。


 展望台の内装はフードコートのようだった。椅子やテーブルが数え切れないほど置いてあり、かなり広い。

 今倒した『混ざり者』を除けば人っ子一人おらず、それが閑散とした空気に拍車を掛けている。


「まあいいや、とにかく急」

「――せぇっ!!」


 ゴキン、と。

 勢い良く、真横から顎を蹴り抜かれた。

 膝から力が抜け、べちゃりと床に倒れる。


 明滅する視界の正面では、今しがた華麗なハイキックを決めた汐霧が鬼のような形相で仁王立ちをしていた。


「お、おご……っ!?」

「あなたは私を殺す気ですか!? 殺す気でしたよね!? だって死んだと思いましたもん私!! 五回も!!」

「げべ」


 サッカーボールキック。キレよく踏み込み右、左。最後に背中の真ん中に踵を叩き込まれ、潰れたカエルみたいな声が漏れた。

 どうやら流石に何も伝えずに跳んだのはマズかったらしい。まぁ普通なら例え結界張ってても100回は挽肉になるような移動法だから、当然と言えば当然か。


 最も、それでも汐霧なら大丈夫だという確信があったから説明を省いたのだが。

 実際、見た目無傷っぽいし。


 それにしても、うん。

 やっぱり蹴るより蹴られたい派だな、僕は。


「というかさっきの身体能力はなんですか!? タワーの外壁は壊すし、あの魔法も――」

「ぎっ、ばふっ……し、汐霧」

「何ですか!?」

「……下着、今度もうちょい可愛いの買ってあげるから許して」

「しゃァらッ!!!」


 あ、ヤバイ死ぬかも。


「―――!」


 漫才する僕らを他所に無言で立っていたクロハが、くるりとこちらを向いた。


「……ハルカ、来たわ」

「っと……はは、もうか」


 蹴りの無間地獄からどうにか抜け出し、身を起こす。全身が痛むが、僕らの業界ではご褒美なので無問題だ。


 目を閉じて耳を澄ます。

 確かにクロハの言葉通り、階下から幾つもの気配が近付いてくる。大方僕らの侵入に気付いたパンドラや『混ざり者』辺りだろう。


 ヤツらをこのまま放置することは出来ない。僕らの行く先を考えると、とても後ろを気にしながらでは進めない。

 ので、


「クロハ、ここ頼んだ」

「イエス、マイマスター」


 答え、おどけた様子でスカートを摘んでちょこんとお辞儀するクロハ。

 持って来たアタッシュケースを片手に階下を向く彼女に背を向け、汐霧の手を取る。


「行こう、汐霧」

「……クロハちゃん一人で、大丈夫なんですか?」


 彼女も状況が何となく分かったのか、怒りを収めて聞いてくる。


「クロハは大丈夫だよ。少なくとも負けることだけはない。時間稼ぎにアイツ以上の適任はいないさ」

「でも……」

「いいから。僕らだってまだ、先がある」


 第十二展望台(ここ)から最上階まで、未だそこそこの距離がある。

 ショートカットのおかげである程度の余裕は出来たが、道中何が起こるかは分からない。出来るだけ急ぐべきだろう。


 ……いやまぁ、率先してふざけた奴が何をって話だけど。


 上階へと伸びる階段を汐霧に上がらせる。僕もそれに続こうとして――立ち止まる。そういえば、言い忘れていたことがあったのを思い出したからだ。

 肩越しに顔だけ振り返り、何でもないように言った。


「ああ、それとクロハ。勝てるよな(・・・・・)?」

「ええ、当然。それがあなたの命令でしょう?」


 ……上等、と。

 口の中で呟いて、僕は階段を駆け上がった。





「……行ったかしら」


 誰もいなくなった展望台で、少女――クロハはひとりごちた。


 下から迫る音の中、上へと消える足音に澄ませていた聴覚を下へと向ける。耳を刺す不快な音に、意図せず顔を歪めた。

 クロハは少しだけ面白くなさそうに、嬉しそうに、呟く。


「全く、心配性なご主人様なんだから。――ねぇ、あなた方もそう思うでしょう?」


 問い掛けの先は、階段の下。

 踊り場に当たるその場所には、既に大量の『混ざり者』が集結していた。


 その、熟練の魔導師ですら恐怖を禁じ得ない光景を前にして――少女は優雅に微笑んだ。


「ええ、ええ。死ぬまで戦いましょう。私か、あなた方か、どちらかが死に絶えるまで争いましょう」


 ふわりと。

 先ほど彼女の主人にやったように、スカートの裾を摘んで礼をする。

 それは、彼女がいつも戦闘に入る前に行う馴染みの仕草だった。



「―――だけど死ぬのは私じゃない」



 残り、17分。

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