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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
遥けき空に
19/169

七転び八倒

 気が付いたときには、既に地面に引き倒されていた。


「っは……!?」


 背中を強かに打ちつけ、息が漏れ出る。

 そんな僕の眉間に突きつけられる――黒色の銃口。


「っ!」


 立てた人差し指と中指を全力で振るう。

 中指が拳銃の横っ腹に当たり、銃口を逸らした――瞬間、吐き出される閃光と魔力の塊。


 轟音が、耳元で炸裂した。


 パキポキと、衝撃でブチ当てた指が変な方向に曲がる中、僕は困惑の声を張り上げる。


「汐霧っ!? お前、いきなり何を――!」

「かえせ、かえせ、かえせ…………ぁ、ァアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 汐霧は絶叫しながら、発砲した直後の拳銃を鈍器のように振り下ろしてくる。

 その、暴発すらあり得る、あまりに無謀な使い方に反応が遅れ――僕はその一撃をマトモに喰らってしまう。


「がっ……!」


 額から舞い散る血液と、意識の上で乱舞する星々。僕の視界が大きく歪む中、汐霧は再び拳銃を僕の眉間に照準する。

 回避を――駄目だ間に合わない。今ので完全に出遅れた。


 僕が何も出来ずに硬直する中、彼女は凄絶な笑みを浮かべる。

 そして、人差し指を引き金に掛けて――


 ――タァンッ――!


「……あ?」


 その声は、他ならぬ汐霧のものだった。

 彼女の手元、そこにあった拳銃が見るも無残な姿へと変わり果てている。


 今のは……狙撃?


 僅かに残った理性が疑問符を浮かべたらしい、汐霧の動きが止まった――その、瞬間。


「【縮地(しゅくち)一閃(いっせん)】」


 突如虚空から現れた男が、汐霧へと刀を一閃した。


「うあ」


 完璧な不意打ちだったにも関わらず、汐霧はその一撃を難なく躱した。

 だが男の方も見越していたのか、二撃、三撃と立て続けに鋭い斬撃を浴びせ掛ける。


 あまりに(はや)く、正確な連撃。流石の汐霧も堪らず跳躍し、大きく後退した。


「今、の……」


 今のは……間違いない、転移魔法(・・・・)だ。目で見た場所に直接ノータイムで移動出来る、最上級の魔法の一つ。

 魔力の消費が激しい、使用に時間がかかる、目の届く範囲までしか跳べない……など様々な制限があるが、それらを補って余りある利便性を誇る、現代魔法の花形だ。


 僕の知っている中で、この非常に難易度の高い魔法を使えるのは――たった一人。


「梶浦……」

「無事か、遥」


 精悍な顔立ちに、刀と大型ライフルという超重量級の組み合わせを軽々と扱えるだけの恵まれた体躯。それを日々の訓練で鍛えるだけ鍛え上げ、引き締め切っている。

 学院最強の一人、梶浦謙吾(かじうらけんご)がそこに立っていた。


「何とかね……今の狙撃も、お前が?」

「ああ。それより、状況の説明を」


 どれだけの距離があったかは分からないが、精密狙撃と転移魔法を連続で行うという離れ業をコイツは何とも思っていないらしい。はは、やっぱり天才は違うね。


「……E区画の敵は全滅。やったのは汐霧で、今は暴走状態。多分僕のせい。強いよ」

「把握した。――小鳥遊(たかなし)、井村、御園(みその)は鎮圧系統、片山、古村、久遠(くどお)は拘束系統をそれぞれ準備。俺が抑える。その間に叩き込め」


 梶浦は指示を出し、大型ライフルを背中のケースに収める。刀を両手に持ち替え、正眼、基本の構え。

 そんな彼の背後にはいつの間にか、何人もの学院生が展開していた。多分、彼らが梶浦の率いる臨時小隊のメンバーなのだろう。


「し、汐霧憂姫……」

「Aランク魔導師だぞ……?」


 彼らの交わす、そんな会話が耳に入る。

 見たところメンバーの大半が実戦は初めてらしい。所謂“ホンモノの雰囲気”に青くなったり震えたりしているのが殆どで、揃いも揃って腰が引けている。


 しかしそれもある種当然のことだ。なにせほとんどの学院生は未だ初陣すら済ませていない。そんな条件下で、汐霧のような強者を相手取れという方が馬鹿げた話。

 自分がどう動くべきか、それすら把握出来ていないと見える。


 幾ら梶浦といえど一人で汐霧を抑えるのは厳しいはず。その上お仲間がこの様子では……少し、不味いかもしれない。


「やるしかない、か」


 梶浦のような実力者の前では出来るだけ使いたくなかったが、仕方ない。

 あまり長引けば下手すればどちらかが死んでしまうかもしれない。それはちょっと、嫌なのだ。


「行くぞ」


 僕が決心すると殆ど同時、梶浦が汐霧に斬りかかった。

 汐霧はどこに隠していたのか、取り出したナイフで瞬時に応戦。断続的な金属音と火花が辺りに乱れる。


 ――必要なのは刹那の時間だ。

 寸毫(すんごう)でも動きが止まれば、今の彼らだろうと反射で魔法を放てるはず。そうすれば勝てる。そうしなければ勝てない。


 だから、僕はタイミングを見計らい――汐霧がナイフを振る、その瞬間に右手を握り込んだ。


「―――ぁ?」


 ガクン、と前傾姿勢を取っていた汐霧が、何かに引っ張られるようにして急激に止まる。

 僕の右手、その五指のうちの一本からは――極細の鋼糸が、彼女の足首へと伸びていた。


 先ほど梶浦が現れた時、汐霧の注意が逸れた隙にこっそり絡めておいた一本の鋼糸。

 それが作った僅かな、しかし決定的な隙を梶浦は見逃さなかった。


「【剣戟(けんげき)電光刹華(でんこうせっか)】」


 虚空に紫の軌跡が幾重(いくえ)にも刻まれる。

 汐霧は躱す。躱す、躱す、躱す、躱そうとして間に合わず、ナイフで受ける。


 紫電が、瞬いた。


「かっ……ぁあ……!」


 刀の纏っていた電撃が流れ込み、汐霧は目を見開いて大きく痙攣する。

 今度こそ、汐霧の体が完璧なまでに停止した。


「今だ、やれ!」


 梶浦が叫ぶ。

 直後その声に押し出されるようにして、幾つもの声が重なった。


「【クワイエット】!」「【バインド】!」


 魔法名の唱句が連続する。後方から魔法が降り注ぐ。

 激痛を与える魔力の弾丸と自由を奪う魔法の鎖。ダメ押しとばかりにその(ことごと)くが、次々に汐霧へと直撃していく。


 如何なAランクの魔導師といえど――これだけの数を喰らえば、流石にどうしようもなかった。


「……ぁっ――」


 汐霧の体が(かし)ぎ、ゆっくりと崩れ落ちた。

 ――刀を鞘に収める梶浦と、倒れ伏す汐霧。

 これ以上ないほど分かりやすい、状況終了の構図だった。


「……一件落着だな」

「うん……はは、そうだね」


 場が段々と歓声と安堵に覆われる中、投げ掛けられた梶浦の言葉に僕はへらへらと笑う。


 一件(・・)落着。一件が片付こうと、まだ終わりじゃない。更なる問題が続いていく。

 その言葉通り、僕にとっての問題は――減るどころか、増えていくばかりだった。



◇◆◇◆◇



 結論から言うと、汐霧は元いた病院に逆戻りした。


 病院を脱走してパンドラと交戦、なんていう暴挙に担当医がブチ切れたらしく、搬送されたと同時に完全個室の病室に叩き込まれ、すぐさま面会謝絶。

 中では禍力の検査に説教、メンタルチェックと説教、そして説教が行われている――と、同じく大層ご立腹の看護師さんから聞いた。メチャクチャ怖かった。


 とはいえ僕の方も僕の方で学院への報告書作りや市街の復興支援(ボランティア)、自由研究……などなどやることが目白押しであり、見舞いの一つもままならない状態が続いていた。

 だからタイミング的に見れば、ある意味丁度よかったのかもしれない。


 ちなみに特に大変だったのは学院への報告書だった。そもそもの僕自身がどうしてああなったか分かってないと言うのに、一体何をどう報告したらいいと言うのか。

 アイツの見てない場所で勝手に評価に泥塗るのもアレので、結局は『落ちこぼれ(ぼく)が支援の魔法を使ったらトチって暴発してバッドステータス付けちゃいました~』なんて報告に落ち着いたのだ。


 僕の成績が成績なので教官は何も疑うことなく雷を落としてくるし、聞くところによると僕の評価は留年を狙えるくらいには落ちたらしい。

 泣きっ面に蜂、または踏んだり蹴ったりもいいところである。


「まぁ、そんなヨタはまるっと割愛するとして」


 見舞い品の入った紙袋をプラプラと揺らし、僕は回想を終える。

 現在僕がいるのは件の東京コロニー先端技術総合病院、その1080号室前。『面会謝絶』という札の掛かった扉の、一歩後ろ。

 言い換えれば、汐霧憂姫の病室の前である。


「じゃ早速お邪魔しまーす」


 一声呼びかけ、何か返事が来る前に横開きの扉をガラリと開ける。

 目に入るのはベッドと窓、椅子と簡素な机以外の内装が見当たらない、ただただだだっ広い部屋。


 そんな何もない空間で、取り立てて何か挙げるとすれば――部屋の奥に置かれたベッドの上からこちらに半眼を向けてくる、この病室の主くらいだろうか。

 僕はへらへらと笑い、片手を上げた。


「ハロー汐霧。楽しそうな病人生活送ってるようで何よりだよ」

「……なぜあなたがここにいるんですか」

「お見舞い。はは、憂姫ちゃんが心配で心配で」

「……。面会謝絶の札、掛かってましたよね」

「掛かってたけど別にいいかなって」

「怒られるのは私なんですけど」

「安心してくれ。僕はその隙に逃げるから」

「……もう」


 嘆息し、汐霧はベッド脇の椅子に目を向ける。座れ、ということらしい。

 ここに来るまでで既に疲れていた僕は、躊躇(ためら)いなくお言葉に甘える。


 久々に見る汐霧は、どこか衰弱して見えた。

 そりゃこんなところに5日も居たら普通に弱るだろうし、単に病院着といつもの髪飾り以外何も身につけていないから、必要以上に華奢に見えるだけかもしれない。


 だがしかし、今日のコイツのキレの悪さは本物だ。いつもだったら死ねとか蹴りとか、とっくに鋭いツッコミが入っているだろうに。

 折角クズ全開で話しているのに、これじゃ僕がただのクズ野郎みたいじゃないか。やれやれ。


「調子は?」

「特に問題はないみたいです。あと一日も養生すれば退院も大丈夫だとか。……あの、この間は」

「あ、それとこれお見舞いの品ね。はいどうぞ」


 遮って紙袋を手渡す。汐霧は何か言いたげな様子ながらそれをガサゴソと手探り――結果、見事な呆れた表情を浮かべた。


「……ハンバーガー、牛丼、カツサンド、ピザ……何ですか、このジャンクフード縛り」

「病院食って味薄いって聞いたからね。美味しいよ?」

「そういう問題じゃないですから……」

「じゃ、いらない? だったら捨てとくけど」

「…………頂きます」


 観念したように呟き、カツサンドの包装を解いて頬張る。

 頬張る。咀嚼。飲み込む。なんだかんだお腹は減っていたのか、最初は遠慮がちだったそのペースも段々と早くなっていく。


 うーん、それにしても美味しそう。どうしてジャンクフードの匂いはこうも食欲をそそるのか。

 僕の舌事情的に、食べたら地獄を見ると分かっていても思わず手を伸ばしてしまいそうだ。


「美味しい?」

「……ええ、まあ。太ってしまいそうですけど」

「はは、いいことじゃない。たくさん食べて成長、いや性徴しなよ。小さい頃満足に食べられなかったんだから、今から少しでも食べとかないとさ――」


 瞬間、部屋の気温が下がった。

 そう思えるほどの寒気が、眼前の少女から発せられていた。

 汐霧は目を見開き、震える声で僕に聞いてくる。


「…………どうして、そのことを?」

「そのことって……性徴のこと? ああ、まさか本当にまだだった? いやまぁ、薄々そうじゃないかなとは思ってたけど……」

「――はぐらかさないでください!」


 叫び声を、汐霧は上げた。怒りや恐怖の混ざり物が病室の白へと消えていく。

 これ以上ないほど必死な様子。それはどこか、今にも泣き出しそうにも見えて――きっと、そのお子様体型について触れたからじゃなかった。


「……どうしてあなたが……私の昔のことを、知っているんですか」


 結局最後に残ったのは、絞り出された哀切さだけだった。

 胸が痛くなるようなそれに、僕は敢えて笑顔を浮かべた。


「咲良崎から聞き出した。お前がE区画の出身なこととか【スケープゴート】の暗殺者だったこととか、いろいろ」

「……咲、が」

「全然喋ってくれなかったから苦労したけどね。ああ、アイツは悪くないよ。責めるなら僕だ。一片の言い逃れすらなく、僕が悪い」


 そして今、僕はそれが分かっていながら再び同じようなことを繰り返そうとしている。本当に、救いようがない。

 ……氷室のことを言えないな、これじゃ。


 ひっそりと自己嫌悪していると、汐霧が俯けていた顔を上げる。

 意外にも、そこには激情も軽蔑も存在しなかった。


「……咲が教えたのなら、いいです。例え、そこにどんな経緯があっても」

「それは……お前と咲良崎が“同じ”だったから?」

「…………」


 汐霧は答えない。どこかもの悲しい微笑を浮かべたまま沈黙している。

 そして、口を開く。


「儚廻。少しだけ、話を聞いてもらってもいいですか?」

「いいけど……どんな話?」

「そうですね。敢えて言葉にするなら――」


 ふわり。窓から風が入り、カーテンと汐霧の髪がはらはらと揺れる。

 風が銀色を帯びたような光景の中、その言葉は儚げに、それでいて確かに僕の耳へと入った。


「――とある愚かな殺人鬼の、どうしようもない罪のお話です」


 そして、汐霧は話し始めた。

高く跳ぶには思い切り屈まなきゃいけないとかそういうアレです、アレ。

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