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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
だけど死ぬのは私じゃない
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ハカナミ一週間 a



「ああまで大人気なく本気出しといて負けるなんてダサいなぁ。生きてて恥ずかしくないの?」

「うるせえ」


 呆れ顔でこちらを煽ってくるクソ野郎に短く吐き捨てる。

 既にあの戦闘が終わってから一時間が経っている。気を失った汐霧を抱えた僕は、氷室の研究所へと戻って来ていた。


「さっすが。あの力を見に宿しながらAランクの魔導師風情に負ける雑魚は言うことが違う。キミとユウヒの戦闘予測、数値にしてみたけど聞くかい?」

「いらん」

「およそ90パーセント以上でキミの勝利。キミが制限状態でこの数値だよ? これで負ける奴をどう呼べばいいと思う? ボクは雑魚と呼ぶべきだと思う」


 ……やっぱり失敗だったかもしれない。もっと時間を潰してから戻るべきだった。

 延々と寄越される軽薄な皮肉に、しかし僕は反論することは出来なかった。


 僕の方が圧倒的に優位だったのは事実だ。

 油断も手抜きも断じてしていない。多少彼女のフィールドに合わせたものの、それでも勝てて然るべき戦力差だったのだ。

 しかも決着は純粋な火力勝負。僕の得意分野でぶつかり、その上で敗北した。


 これでは雑魚呼ばわりされるのも仕方ない。そりゃまぁ死ぬほどムカつくが。

 とはいえ、だ。


「……僕がクソなのは否定しないがな。アレは汐霧が頑張った結果でもあるんだ。あんまり僕を貶し過ぎるとアイツの努力の価値まで下げることになるから、程々にしてくれ」

「あはは。言い訳かな? 確かに彼女は凄かったけど、それはキミが負けていい理由にはならないよ。相手がユウヒだろうと最強の暗殺者だろうと、ね」


 にべもなく切り捨て、氷室はコーヒーカップに口を付ける。


「キミは負けてはならない。相手がどうとか状況がどうとか一切関係ない。あの方の教えを受け継ぎ、そしてその力を継承した以上、キミに敗北は許されないんだよ」


 軽薄な口調に熱が篭る。怒りという名のその熱は、この男の放つ言葉にすら並々ならぬ真摯さを持たせていた。

 氷室は先生――【死線】に、そして僕の持つ禍力に対して崇拝にも近い感情を抱いている節がある。


 だから僕が負けるようなことがあれば容赦なく責め立てるし、遠慮なく失望してみせる。

 そんな筋合いはない、と言いたいところだが……氷室が僕に協力している理由の半分くらいはこのためでもある。僕の利にもなっている以上、簡単に否定するわけにもいかない。


 一方氷室も存外に言葉に力が入っていたのに気づいたのか、咳払いを一つ打った。


「……ま、言いたいことは大体言った。これくらいで許してあげるよ」

「珍しいな」

「解放してまで負けたわけじゃない……そう自分に言い聞かせることにするさ。それに、ほら。お姫様がお目覚めだ」


 氷室はカップをテーブルに置くと立ち上がり、腰の拳銃を構えて撃った。

 減音された炭酸の抜けるような音と共に、弾丸が僕の頬を掠めて背後へと消えて行く。


 パシッという、何かを掴むような音が聞こえた。


「ん。体調は問題ないみたいだね」

「はい。おかげさまで」


 そう答えた汐霧は、掴み取った銃弾をゴミ箱に放り捨てた。そのままソファまで歩き寄り、僕の隣に腰を下ろす。

 ……撃たれた方も撃った方も何も言わないので、仕方なく僕が突っ込んでおく。


「あのさ、体調の良い悪いを銃弾で確かめるのやめてくれない?」

「でも手軽だろう」

「危ないって言ってるんだよ馬鹿野郎」

「えっ……あなたがそれ言うんですか……?」

「すまないが貧乳は黙っていて貰えるか?」


 拳銃で撃てば人は死ぬ。子供でも分かることだ。確かに汐霧は人間よりもドラム缶に近い容姿をしているが、それだって撃てば穴は開くだろう。いくら硬い胸でも銃弾を弾くほどではないはずだ。

 そう言うと汐霧はにっこりと笑い、直後僕の顔面を蹴り飛ばした。


 密着状態からノーモーションで顎を蹴り上げるという謎な技術によって吹っ飛ばされた僕は、そのまま天井に突き刺さる。

 なるほど確かに体調は問題ないようだ。


 僕は頭を引き抜き、着地してソファに座り直す。

 その間にも、二人は何事もなかったかのように会話を再開していた。


「それにしてもユウヒ、キミは凄かった。まさかあんな隠し球を持っていたなんて思いもしなかったよ」

「基本無敵の切り札ですから。……なんて言えたら格好いいんですけど、実際はデメリットだらけなんですよね。今の段階じゃ欠陥魔法もいいところです」

「そうだね。魔法構築に時間がかかり過ぎていたし、消費魔力も馬鹿みたいに多い。大きいデメリットはこの辺りだけど、何か解決のアテはあるのかい?」

「……難しいですね。現代魔法の理論からは大きく外れている魔法ですからどこの機関でも研究されていませんし……」

「ふむ……、了解した。そうだね、ボクの方でも時間を見て何か探しておくとしよう」

「いいんですか?」

「あの魔法はとても美しかった。完成形があるなら是非とも見てみたい」


 つらつらと進む会話。何となく仲間外れの気分を味わいながら、意外と気が合うのだろうか? などと邪推する。

 氷室と気が合う輩など同期の変態(ミオ)以外にとんと心当たりがない。二人とも顔は美形だから容姿的な釣り合いも取れるだろう。


 頭のおかしい奴が所帯を持った途端にマトモになった、なんて事例は割とよくある。氷室を野放しにしておくのは常々不安があったし、うん、案外悪くないんじゃないか。

 今度デートでもセッティングしてやろう――考えていると、ふと、いつの間にか二人から向けられていた冷たい視線に気付く。


「……目に焼き付けておくんだね。これが東京を代表するアホだ」

「……絶対馬鹿なこと考えてる顔ですよこれ」


 確かに否定は出来ないが。


「まぁ今はいいや。とりあえず汐霧が戻って来たことだし、これからについての話をしよう」

「その前に情報を共有しておくべきではないかな? キミ、この一週間あちこち動き回ってただろ」


 氷室の言う通り、僕はこの一週間ずっと敵との決戦の準備を進めてきた。

 汐霧が参加することで所々変化する部分もある。調整ついでにも丁度いいか。


「……あー。でもお前が邪魔だから、やっぱり帰って話すよ。すまんこ」

「品性を疑うよ。そんなこと言っていいのかな?」

「あ?」

「大方ユウヒをオペレーター役に想定してたんだろう? この娘が作戦に参加したら手が足りなくなるんじゃないか?」

「まあな。それが?」

「察せよカス。ボクがやってやるって言ってるんだ」


 組んだ足をテーブルに乗せての尊大な台詞に、思わず僕は半眼を向ける。

 このクソ野郎、今度は何を企んでいるんだ?


「そう疑うなよ。連中はボクの、この天才の最高傑作に土をつけた。目的はその技術の吸収と報復。簡単な話さ」

「……正直助かるからありがたいがな。邪魔はするなよ」

「そっくりそのまま返しておこう。ボクの邪魔をするならキミでも殺すからな」


 およそ仲間との会話として相応しくない言葉を掛け合う僕と氷室。汐霧は慣れたのかお澄まし顔でコーヒーを飲んでいる。

 改めて考えると、このメンツ頭おかしい奴しかいないな。もうちょっとまともな仲間が欲しい。何で僕の周りにはイカレポンチしかいないのだろうか。


 ……類は友を呼ぶ、なんて言葉が浮かんで泣きたくなった。僕はここまで頭おかしくない。


「……。取り敢えず、まずは僕がこの一週間何をしていたかから話すよ」



◇◆◇◆◇



 遡ること一週間。

 一日目。


 運び込まれた氷室の研究所で僕は目覚めた。


「やぁ、お目覚めかい。気分はどうかな?」

「……最高。もう最高だね」


 パンドラの意識に染まり過ぎて暴走こそしたものの、何が起きたかは全て覚えている。

 本当なら汐霧に土下座するのが筋だろうが……生憎と、そんな暇はなさそうだ。


 寝かされていたベッドから身を起こし、降りる。服などは寝ていた間に替えられたらしく、部屋の隅のゴミ箱に血塗れの制服が突っ込まれているのが見えた。

 まぁ、ああもボロボロになったらもう着れないだろう。血とか内臓とか浴びまくったから臭いも凄いだろうし。


「今は?」

「キミが運び込まれてから約12時間。もう昼だよ。ああ、お昼寝したいなら部屋を貸すけど?」

「もう散々寝たよ。検査はしたか?」

「オールグリーン。負けたのはクソだが、あそこまで染まった状態で禍力に手を出さなかったのは褒めてあげよう」


 そう言って頭に手を伸ばしてくるので、適当に手で払う。気色悪い。


「……お前自身が応対するってことは、鋼糸の修復は終わったのか」

「ああ、丁度キミたちが襲われている頃にね。いろいろとアップグレードしてやったから感謝しろよ?」

「ありがとう。すぐ出るから持ってきてくれ」

「あはは。もうちょっと心を込めてもバチは当たらないんじゃないかなぁ」


 へらへらと言い、氷室は部屋を出て行った。

 その間に僕は部屋に備え付けてあったクローゼットを開く。氷室の実験に付き合う際の予備として掛けられていた制服のうちの一つを手に取り、着替える。


 僕が着替え終わったのとほとんど同時、スーツケースを持った氷室が部屋に戻って来た。


「ほら、これ。スペックは後で端末に送るからちゃんと見とくように」

「……やたら機嫌がいいな。何かいいことでもあったか?」

「それが()るルートでボクの作った薬が大量に売れてね。何でだろうか、まとまったお金っていうのはどうにも人を笑顔にさせてくれる」

「は……じゃあ僕はそのルートとやらに感謝しておくよ」


 お陰で氷室が面倒くさくない。ここ最近で一番の幸運だ。


「そういうわけだからお叱りや皮肉はまた会ったときにしてあげる。応援しているよ。頑張れハルカ!」

「うわキモっ」


 吐き捨てて、僕は部屋を出た。





 正規軍【草薙ノ劔】の本拠である中央基地。

 無数の高層建築で構成されたその中でも取り分け高層階にある一室が、梶浦謙吾に充てられた執務室であった。


「――ああそうだ。汐霧憂姫の監視にはお前たち第一特務部隊に任せる。何らかの動きがあった場合は追跡して情報を送れ。対象の少女は隠密行動に長けている。片時たりとも警戒を怠らないように」


 仮想キーボードを叩く手を一切止めず、梶浦は指示を口にする。

 ここ数日の騒動で溜まりに溜まったデスクワークは最早気が遠くなるような量に達している。こうして礼に掛ける時間を惜しんででも進めなければいつまで経とうと終わらないだろう。


 彼の指示を聞く四人の軍人たちもその態度に気を悪くするようなことなどない。

 代表として、梶浦の副官である若い女性軍人が返答する。


「任務了解致しました。対象と情報はどちらを優先しますか?」

「対象の殺害は許可しない。彼女は新たな偶像(えいゆう)におあつらえ向きだ……それに厄介な阿呆に恨まれたくない」

「厄介な阿呆……?」

「気にしないでいい。とにかく汐霧憂姫の方が情報よりも価値があることに留意しろ。以上だ」

『イエス・サー!』


 一様に敬礼し、部屋を出ようとする軍人たち。

 しかしその一歩目を踏み出したところで、全員等しく動きを止めてしまう。


「……?」


 軍靴の音が止まったことに、梶浦は端末のディスプレイから顔を上げた。

 まるで金縛りにでもあったかのような部下たちの姿に、彼は眉を上げた。


「どうした?」

「そ、それが……急に、体が、動かなくっ……!?」


 副官の少女がそこまで言った瞬間、その体の動きが完全に停止する。もがくことはおろか、声を発することすら出来ないらしい。

 彼女の身を縛っていたものが更に拘束を強めた――そんな一連の流れに、梶浦の顔に色が浮かんだ。


 理解という名の、極めて理性的な色が。


 直後梶浦の体からも自由が失われる。何かに雁字搦めにされているような、いや正にそれそのものの感触。

 梶浦は溜息を吐き、言った。


「……いるんだろう。顔を見せたらどうだ――遥」

祝100話。

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