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東京パンドラアーツ  作者: 亜武北つづり
遥けき空に
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西暦2222年、東京

 昔々、僕の世界は平和でした。


「あー、兄さんこんなところにいたんだ。探したんだよ、もう」

「はは、ごめんごめん。今日は何して過ごそっか」

「んー……そだね、今日は――」


 妹と僕。どこにでもあるような、そんな日常。


「あはは、兄さんまたフラれたねー」

「んー、何でだろうねぇホント。こんな優良物件はそうはいないだろうに」

「……そういう捻くれたところのせいだと思うよ。でもまぁ、これなら安心かなー」

「そこで喜ぶなんて酷い妹だよね、お前」


 それだけで、世界は幸福でした。


「将来お互い相手がいなかったらさ、私が貰ってあげるね、兄さん」

「へぇ、そりゃ光栄。ちなみに将来って何年後くらい?」

「うーん……五十年くらい?」

「遅え……ま、せいぜい楽しみにしとくよ」

「うんっ」


 いつまでも、続くと信じていました。


『パンドラ!? な でこんな――が、あ、ァア  アアア アアアアアア !! ! !』

『う、 ? うで。お の で、が、がががががが』

『嫌だ、死にた、死 たくな――――― っぁ』

『ぎィぁあァああぁあああぁあああァあああぁあああ』


 目の前で吹き飛び、薙ぎ倒され、喰われていく人、人、人。

 父親も母親も幼馴染も親友も好きな奴も嫌いな奴も――みんなみんな、皆殺し。


「……兄………さん……?」


 気が付けば、生きているのは僕と妹だけでした。


「……っ!」


 お互いに伸ばし合った手。届け、届けと、目の前の最愛の肉親に。

 だけど。


 ――グチャリ、と。


 結局届いたのは、そんな音だけでした。


「か…………はっ、ぁ」


 痙攣する妹と、その胸に突き刺さった化物の爪。


「あ…………あああ…………!」


 助からないのは明白でした。

 妹の後ろで嗤う化物の声が聞こえました。

 妹の伸ばした手が、するりと地に落ちました。


「………に……さん………」


 僕の心がぐちゃぐちゃになる音が、鳴って、響いて。


「……………………たす、けて」


 その願いは、絶対に叶えられなくて。


「――ああぁぁぁあぁぁあぁあぁあぁあああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


 そして。


 僕は暴走を開始した。



◇◆◇◆◇



 一世紀ほど前、世界の辺境の辺境でとあるオーパーツが発掘された。

 未知の物質で出来ていたそれは信じられないほど巨大で、採掘されていくにつれ、それは『箱』のようなものだということが分かった。


 とんでもなく巨大なオーパーツの、その中に存在するモノ。


 当時の金持ちや科学者の興味を刺激するに、そのトピックは充分過ぎた。

 欲望に取りつかれた彼らは、どうやってかは分からないが、それを見事に開けて見せたという。人の欲望が怖いもの、なんてのはこの頃から変わらなかったようだ。


 ともかく人間は『箱』を開けてしまった。

 それが災いをもたらす『匣』であったとも、知らずに。


 『匣』からは化物が溢れ出た。視界に入る命あるもの全てを壊そうとする彼らは、災禍そのものとして『パンドラ』と呼ばれるようになった。

 パンドラは次々と、際限なしに人へと襲い掛かり、殺して行った。


 戦う準備などしていなかった当時の人類は壊滅的な被害を被った。

 総人口は割合単位で減り、国家の数は両手で数え切れる程度にまで消え去った。


 しかし、それでも人類は滅びなかった。


 生き残った者達は身を寄せ合い、規模こそ縮小したものの国家組織を再建。世界の主要な都市で復興作業を開始し、『コロニー』という生活地域を作り出した。

 とはいえ、未だ無尽蔵にパンドラは溢れ出て来ている。駆逐しなければ人類の生活圏は後退するより他はない。


 そこで人類は奇跡的に生け捕りに出来たパンドラの一体を研究、解析し、その研究結果から『魔法(アーツ)』を作り出した。

 発見された当初は魔法の普及は不可能とされていたが、研究者達が死に物狂いで研究を重ねるにつれ、それは才能さえあれば誰でも使えることが判明した。


 各コロニーの首脳はすぐさま魔法を使える者――『魔導師(アーティスト)』の人材の育成に力を入れた。


 コロニーごとに魔法を学ぶための学校を創設し、才能のある人間を強制的に入学させるという、そんな前時代の大戦時のような徴兵が世界の各地で行われたのである。


 そして、僕達が通うこの学院。正式名称『東京都立草薙士官養成学院』――通称『クサナギ学院』もそんな学校の中の一つである。



◇◆◇◆◇



挿絵(By みてみん)



 ――夢を見た。

 古めかしくて懐かしい『僕』の原点となった夢を。


「――まで! 勝者、梶浦謙吾!」


 何処か遠くで行われる、勝者の名前のアナウンスとそれに伴った拍手喝采。その二つが地に伏していた僕の意識をこじ開けた。


「あー……クソ、意識トんでた」


 周りの景色を見るに……ここはクサナギ学院の演習場か。

 そうだ、今は新学期始めの実力テスト、その実戦形式の実技テストの途中だった。

 何回か打ち合って、一発避け損なって、頭にいいのを貰って……そこから先の記憶がない。恐らくそこで気絶したのだろう。


 ……ああ、だからか。あんなに懐かしい夢を見たのは。


 起き上がろうと体に力を入れる。と、そこで僕は目の前に差し出された手のひらに気付いた。


「ほら、掴まれ」

「っと、ごめん。ありがと梶浦」

「気にするな」


 目の前に立つのは、黒髪をスポーツ刈りにした精悍な顔立ちの青年。同世代どころか大人にもそうそういないような高身長と筋肉質な体躯。

 彼の名前は梶浦謙吾(かじうらけんご)。この学院開設以来の天才と名高い、僕の友達だ。

 僕はその手を取った。と、凄い力で引き上げられ、つんのめってバランスを崩す。


「っとと」

「大丈夫か? すまない、あのくらいなら流石に躱せると思ったんだが」

「無理無理、買い被り過ぎだって。全く、これ以上馬鹿になったらどうしてくれるんだか……」

「そうだな。ほら、戻るぞ」

「……嘘でも否定くらいしてくれたっていいんじゃないかなぁ」


 雑談もほどほどに、次の生徒を呼ぶアナウンスを背後にして、僕達は教室へと歩き出した。





「ん、戻ったか。二人ともお疲れさん」


 僕らが教室に入ると同時、一人の男子生徒が声を掛けてくる。僕と梶浦はそれぞれ軽く手を上げた。

 ちなみにカジというのが梶浦のあだ名で、ハルカというのが僕の名前だ。


「や、藤城。先に戻ってたんだ」

「まぁな。こっからでも演習場は見えるし。ああハルカ、お前最後に綺麗に一発入ってたが大丈夫か?」


 そう言って僕の頭の心配をするこの男の名前は藤城純(ふじしろじゅん)

 ラフに着崩した制服、一目で染めたと分かるくすんだ金のウルフヘアー。目つきも顔つきも鋭く、猛獣じみた印象を受ける。

 体格は男子の平均値より少し上程度だが、この男の場合は意識的に絞っているのだろう。事実、身体能力と近接格闘に関してコイツは僕の知る誰よりも上だ。


 とまぁ普通なら敬遠されそうな男だが、先の会話を聞けば分かる通り僕なんかの心配をしてくれる。根は優しい――のかは知らないが、外見が人の全てじゃないことの好例だ。

 彼の問いに、僕は笑って応じる。


「別に大丈夫だよ。頭がちょっと悪くなっちゃったけどね」

「は、マジかよ。謝れカジ。スクラップが更にポンコツになったらしいぞ」

「壊れたテレビを叩くのは立派な医療行為だろう」

「……あの、二人とも酷くない?」


 僕が笑い、藤城も笑う。梶浦は笑わなかったが、いつものことなので特に気にならない。

 僕は窓からグラウンドの方角をちらりと見る。そこでは、未だ大勢の生徒が試合っている途中だった。


「あ、そういえば藤城はテストどうだったの?」

「あん? そりゃ全勝に決まってんだろ」

「うわ、うぜぇ」

「妬むな妬むな。才能が違うんだよ」

「……うぜぇー」


 毎月始めに行われるこのテスト。座学は由緒正しきペーパーテストで行われるが、実技の方は生徒同士による実戦形式の演習で評価が決まる。

 勝てば勝つほど、いい評価を出せば出すほど将来は薔薇色になり、学院からは補助金という名目で金が出るため、生徒達は必死になってこのテストを受けるのだ。


 梶浦は学年でトップクラスの成績保持者。座学は勿論、実力もかなりのレベルだ。

 藤城も、実力的には学年トップクラスなのだが座学の成績が死ぬほど足を引っ張っているため、総合成績は学年平均少し上くらい。


「ま、お前は今回も速攻で終わってたもんな。5分かかってないんじゃないか? しかも完封」

「今回の僕は運が悪かったんですぅ。相手が梶浦じゃ勝てるわけないだろ?」

「阿呆、実際の戦闘じゃンな泣き言は通用しねえぞ」

「はいはい知ってますー。あと実際の戦闘じゃないから言ってるんですー」


 僕の成績は学年で最下層。それも一年前からずっと変わらず。

 座学は平均クラスだが実技が絶望的――となっている。要するに弱いのだ。とても。


「……ま、気にしても意味ないんだけどねぇ」

「どうした?」

「はは、何でもないよ。独り言」


 笑いながら答えると、梶浦は怪訝そうな顔をした。

 と、そこで回線の繋がるとき特有の、ジジ……というノイズ音が聞こえてきた。


『テストが終了しました。生徒は速やかに着席し、待機していてください』


「お、意外と早く終わったな」

「あー……だねぇ」


 ウチの学年ってかなり多いのに。意外と早く終わって万々歳である――とは言わない、言えない。

 この後に待ち構えている、自業自得で因果応報な鬱イベントを思えば嫌でも眉間にシワがよる。


「……帰りたい」

「お前は特にそうだろうな。せいぜい見世物にさせて貰うぜ……っと、じゃ、また後でな」

「ああ、また後で」

「はいよー……」


 三者三様のテンションで別れたあと、僕は自席に座る。と、今度は前の席の奴が振り返ってきた。

 彼女が何かいう前に、僕はへらへら笑って口を開く。


「はは、今日はやけに人気者だなぁ僕。遂にモテ期でも来たのかな。ね、お嬢様はどう思う?」

「気でも狂ったのかと思うわね」

「……あは、辛辣ぅ」


 そう言葉の刃でザックリと僕を切りつけたのは、藤城と違って正真正銘純粋培養な金髪の女の子。しかし顔立ちは日本人だ。つまるところハーフさんである。

 ハーフといっても国家の枠組みがガバガバになった昨今だ。東京で暮らす海外筋の人間は、前時代など比べるべくもないほど一般的になっている。よって彼女のような容姿の生徒も珍しくもない。

 だからどちらかといえば、彼女という人間のほうが余程珍しいだろう。


 この女の子の名前は那月(なつき)ユズリハ。


 色素の薄い肌と透き通るような碧眼を持ち、涼しげな金髪を肩くらいまでの長さにしている美少女さん。

 那月家という大きな軍事財閥の令嬢でありながら梶浦と同じ学年トップクラスの優等生、更にこの歳にして東京コロニーの正規軍【草薙ノ劔(くさなぎのつるぎ)】から勧誘も受けているスーパーエリート。


 平たく言って天才で、その名を欲しいままにしている女の子だ。


「……なに、その顔」


 険しい表情で睨んでくる彼女に、僕はへらへらとした笑みを返す。


「あはは、ごめんごめん。まさかお嬢さまが僕なんかに話し掛けてくれるなんて思ってもなかったからね。ついつい緊張しちゃって。で、なに?」

「別に。ただあなたたちが騒いでいて目障りだったから注意したかっただけ。……あと、お嬢さまはやめてって言ったはずだけど」


 僕は彼女のことを名前でなくお嬢さまと呼ぶようにしている。

 何故か? 呼ぶ度に浮かべる彼女の不快そうな顔が大好きだからだ。他意はない。


「そう言わずにさ。仲良きことはいいことじゃない。お嬢さまはそう思わない?」

「だからお嬢さまは……、……もういい。あと、私はそうは思わない。この学院じゃ下手に他人に背を預けたら死ぬ。それはあなたも分かっているはずよ」

「要は心配してくれてるってわけだ。ありがとう。いやぁ、お嬢さまは優しいなぁ!」

「……もう知らない。勝手に死んで」


 ぷいっと前方に体を戻すお嬢さま。その可愛らしい態度に、僕は思わず笑みを浮かべる。

 ……しかしお嬢さまもヘソ曲げちゃったし、どうやって時間潰そうか。


 そんなことを考えていると、タイミング良く教室の入り口から教官が入ってきた。いつもの仏頂面を更に固く引き締めたその顔は子どもを一撃で号泣させること請け合いだ。

 そんな教官の様子を見て、やっぱり僕はへらへらとした薄笑いを浮かべた。


 ……ああ、僕また最下位か、と。

誤字脱字、指摘や感想など是非ともお願いします!

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