断片
――昔の記憶だ。
直感的にそう思った。
ざあざあと真下で勢いよく流れる川。やけに冷たい風が、周りの木々をざわざわと揺らしている。空は分厚い薄黒い雲で覆われていて、今にも雨が降り出しそうな悪天候だった。
くるりと後ろを振り向く。
本来俺の目の前にあるはずの、橋に備え付けられている柵の前に、俺は立っていた。
足の裏の半分ほどしかないへりの上で、俺は何をするでもなくごうごうと荒れ狂う川を眺めていた。
大分深そうな川である。幼子が落ちたら浮き上がることもなく溺死するだろう。
その過去の記憶の中の俺の感情は、全くと言ってわからない。ただ。その川に落ちることで、何かが終わるというすがすがしさだけは明白にわかった。
足を踏み出して、川へとまっさかさまに落ちていく。
気持ちの悪い浮遊感と遠ざかる空を見て、ただただ達観したように「死ぬんだな」と思い知った。それしか、思わなかった。何の感慨もなく。
「ザップンッ」
体中が水に包まれ寒さゆえの激痛が襲い、水面に打ち付けた背中はひりひりと痛い。苦しくなって空気をごぼごぼと吐き出しながら、ゆっくりと着実に水底へと落ちていく躰。
遠くなる地上の光を見て、ただ単に、「美しい」と思いながら目をつぶった。
記憶が暗転する。
「おい、あんた!!」
誰かの呼ぶ声がする。
聞きなれたその声は、柄にもなく怒っていた。ゆさゆさと濡れた手で体をゆすられる。
目を開けるといつの間にか空は晴れていて、逆光で男の顔は見えない。ただ、濡れた金色の髪が水にぬれていて、俺をのぞき込んでいるためかぽたぽたと水滴を落としていることがやけに目に入った。
「ばっか野郎、何してんだ!死んだら何にも遺んないんだぞ!?お前がこの世に生きてた証明、何にもなくなっちまうんだよ!勝手に死のうとするな、生きたいと思ってる奴馬鹿にしてんのか糞野郎が!死んだら意味ないんだよ!!」
目を覚ましたなりいきなり罵声を浴びせられて驚いていたが。
彼が、あの水底から死ぬ気で俺を引っ張り上げてくれたのだと、素直に思った。
そして、彼が俺の光だと思った。たった一人の、道しるべだと。
俺なんかの為に、怒ってくれる他人だと。
ああ、彼は。