出会い
「はぁ……」
結果から言えば、もちろん全て門前払いだった。まあどこの店でも記憶喪失などとのたまう輩に敷地をまたがせたくはないのだろう。
がさがさ、とスーパーの特売で買った食材が入っているビニール袋が、とぼとぼ歩く俺を元気付ける(と思いたい、今は)。
しかし、このまま無収穫で家に帰るわけにはいかない。きっとリョウキは笑って「仕方ねぇな」と受け入れてくれる(そんくらい優しいやつなのだ、アイツは)だろう。でも、迷惑はかけたくないんだ。
せめて軍資金を手に入れないと…。なんせ、着の身着のまま飛び出してきたようだから、何も所持していないのだ。
「どこでもいいから、さ…」
俺なんかを雇ってくれないだろうか。
かと言って、実家に戻れそうには―――無い。考えるだけで吐気がして脳が拒絶して心臓が悲鳴を上げる実家に戻ったところで、いいことなんて一つもなさそうだから。
そんなことを思いながら、人通りの少ない道を歩いていた。
「ベチャッ」
こけた。
目の前で、オレンジが沢山つまった紙袋を抱え、悠々と歩いていた細身の男性がべたりと地面にキスをした。紙袋から零れ落ちたオレンジは、ごろごろと無情に散らばってしまった。男はうつ伏せのまま起き上がらずに居る。
「あーーーーー…マジいてーー」
「?!」
男は起き上がらずにうつ伏せのままで大声を上げた。一切として動きはしない。
薄紫のストライプのシャツに濃紺のカーディガン、真っ黒なサルエルパンツに茶色のサンダル。黒髪にところどころ赤いメッシュが入っている細身(最早ガリガリのレベル)の彼は起き上がる気配もせずに「あーー痛いなー」と棒読みで叫び続けている。
…正直関わりたくない。
しかし、周りには俺とこの男しか居ない。…仕方ない、のだ。
「だ、大丈夫ですか…?」
「がばりっ!」
「ひぃ」
起き上がった。手をつき仰向けのまま、上半身をそらして。所謂、海老反りと言う状態で起き上がったのだ。
そのままぎこちなくギギッと顔をこちらにむけて、「やあやあやあ」と無表情のまま言った。かけている赤紫の眼鏡が若干ずれていた。碧眼の瞳孔が開いている。
「オレを心配してくれてたの?ありがと、優しい人なんだね」
無表情で海老反りのままお礼を言うと、立ち上がってからオレンジを拾い始めた男(なら最初から立ち上がれ)。鼻歌まで口ずさんでいる。
か、関わっちゃいけない類いの人だ……。
思わず後ずさったスニーカーの踵に、ゴツンと言うオレンジの質量が確認される。…してしまった。
仕方なくそれを拾い上げると、しばし迷った末に鼻歌を歌う彼へ恐る恐る差し出した。
「あの、これ」
「!」
ぐるん、と振り返ってオレンジを握る俺の手ごと握りやがった。掌はとてつもなく冷たい。
「ありがとう……!オレにここまで親切にしてくれる外の人、初めて…。嬉しい」
相も変わらず無表情のまま俺の手を上下にぶるんぶるん振りまくる。男が抱えていた紙袋から再びオレンジがごろごろと零れ落ちた。…意味ねーーー!
あまりにも彼が喜ぶものだから、なんだか置いていく気にもなれずに結局全てのオレンジを拾うはめになった(手伝うだけでもびっくり(無表情)する姿に、いじめられているのか心配になるのだ)。
「これ、最後の一つ、っす…」
なるべく男から物理的距離をおいて最後のオレンジを手渡した。
「ありがとう……。全部拾えた、君のおかげだ」
かちゃり、と眼鏡のブリッジを押し上げて、ピクリとも変わらぬ表情のまま彼は言う。「はあ、じゃあ」結局終始無言だったな、表情筋死んでんじゃね?と思いながら、それでも人助けをしたことに少し誇らしげになりながら、その場をあとにして―――
「ガシッ」
「ぐんっ」
その場をあとに―――
「ぐいっ」
「ぐんっ」
あとに出来ない!!
男が俺の左腕をがっしりと掴んでいてはなさない。腕をぶんぶん振り回しても決して放そうとしない。何この人!怖い!
「ねえ、君。仕事、探してるの?」
「えっ…。ええ、まあ、そうっす。……あの、何でその…」
「何でオレが分かったって?君が独り言で呟いてたからだよ。流石にオレに超能力は備わってないから。ごめんね、盗み聞きみたいなことして」
ごめんね、ともう一度、一切として悪びれた風もなく。
……ぐあああ、まさか口からもれていたなんて。俺ただの変人じゃん!「か、関わっちゃいけない類いの人だ……」じゃねえよむしろ俺だよ!関わっちゃいけない人!
「オレの職場、紹介したげるぜ」
「?!」
「まあ、お礼と言うことで」
男は相も変わらず無表情のまま俺の手を握った。