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ぼくらの戦争歌  作者: 竹魚 凛人
歯車ははまった。
3/8

日常



不思議なもので、記憶喪失とは言うものの、欠落するのは自身が感じたことのようだ。



つまり、常識的なこと、例えば「林檎とはバラ科リンゴ属の落葉高木樹。またはその果実のこと」と言うことや「大学とは学術研究および教育の最高機関である」と言うことは知っていても、実際に林檎を食べた時の感覚とか、大学で受けた講義の内容はすっかりさっぱり覚えてないのだ。


『人の脳は箪笥のようだ』というのは、とても言いえていると思う。つまり俺は、“思い出”と言う引き出しの中身をぶちまけてしまったというわけだ。決して中身をを無くしたのではなく、どこに何をどんな風に収納していたか全て思い出せなくて手を彷徨わせている状態である。




「リョウキ、起きろや。朝だ」



だから俺は、今たたき起こしている“リョウキ”と言う男と、四日前までの俺との関係性はさっぱり知らない。いや、正確には知らないのではなく思い出せないのだが。




「んー……。あと五分ー…」


「それは十分前に聞いたぞ、ハゲ。もう飯もできてる」


「ハゲてない……ふっさふさ…」



しかし、こんな風に軽口を叩き合うような仲ではあるらしい。


初めて(と言っても記憶を失った俺が、と言う意味)出会ったとき、敬語で話しかけると途端に青い顔になって「気色悪いからやめてくれ!キリヒコが敬語とか…」と震え始めた。四日前までの自分はどんな非道な男だったのか。



ここは、俺の友人らしい(一応自称としておく)彼、リョウキが一人暮らしをしているボロアパートだ。


俺が目を覚まし、初めて見た景色も、この畳とシミの出来た天井に薄っぺらい布団だった。そして俺を見下ろしていたリョウキは、泣きそうな(いや、若干泣いていた気もするが、そこはリョウキの尊厳のとめにも伏せておこう)顔で「良かった」と呟いたのだった。俺からすると誰だこいつ状態だ。



何でも俺は、夜中に「家出するから迎えに来い」と言う一文のメールで彼を呼び出し、そしてリョウキが駆けつけたときには近くの川で溺れかけていたらしい(たんこぶはそのとき滑って転んで打ちつけた、と考えたほうがよさそうだ)。

つまり、リョウキは命の恩人と言うわけだ。



リョウキは四日前の俺が“家出”と言ってたことから考察し、早急に川から俺を引き上げ、自宅に連れてきたという。俺の家の者を名乗る輩からの詮索の電話や訪問からも体を張って匿ってくれた誇るべき友人だ。



そうやって匿ってくれるのはとてもありがたい。

何故って、あの自宅とやらには兎に角+の要素(思ひ出?)が一切ない。それどころか、あの自宅(?)の光景が一瞬フラッシュバックするだけで酷く寒気と吐気といいようの無い恐怖に襲われるのだ。本当に感謝しか残らないレベルである。


ともかく、リョウキの家で目覚めた俺の第一声が「腹が減った」だったことは、本当にすまないと思っている。




記憶を失っていることは既に告げた。



リョウキは疑うまでも無く(彼に言わせると俺が嘘をつくのは面倒だからありえない、とのこと)納得し、なら記憶が戻るまでここにいるといいと提案してくれた。



俺はキリヒコ、桐の彦と書いてそう読み、リョウキは良い樹と書いてそう読むのだということ。


俺とリョウキは中学からの付き合いで、大学も同じだということ。


俺の実家はやたらと広くて、俺の両親とリョウキはあったことはないということ。


俺は兎に角面倒くさがりやで自由奔放で、嘘とかの類は吐けない悪いタイプの正直者で。


リョウキは当の昔に父が死に、(殉職だと言った)母と別れて高校から一人暮らしなのだということ。


俺は病弱で、あまり学校に顔を出すことが無かったということ。



以上の情報を、この四日間でリョウキはべらべら饒舌に喋ってくれた。…いや、それだけしか口にはしてくれなかった。



「んー……起きた!斡乃木良樹アツノキ リョウキ、完全覚醒!俺は起きたぞ!!」


「あーはいはい、大学遅れんぞ」


起きた起きたといいながら布団から離れないリョウキを引っぺがし、リビングへ放り出した。


渋々、といった風にリョウキは眠気眼を擦って机へ向かう。机上には少し冷めてしまった昨日の残りの味噌汁と米、塩鮭が鎮座していた。



「キリヒコは?」「もう食った」「ん」


もすもすとのったりとした動作で咀嚼を始めるリョウキを横目に、布団をたたんで押入れに突っ込んだ。そまま箪笥から適当なTシャツとカーゴパンツを拝借して着た。俺とリョウキだったら、リョウキの方が四㎝上なのでサイズに心配はない。ちょっとでかいけどまあ仕方なし。




「今日もバイト探し?」


「おう。流石にこれ以上迷惑かけらんねぇし」


「別にいいんだけどなぁ…」


「貧乏学生が、なめたこと言うなや」


リョウキは俺の言葉に曖昧に微笑むと、口に米を詰め込んだ。



……何故だろうか。



リョウキは自己紹介の際に自分で「貧乏学生」といったはずだ。家の中(そもそもボロアパートの一室)にはゲーム機やPC、本棚に至るまでさっぱりとない。布団が二セットと申し訳程度の衣服が入った押入れ(の中に箪笥が入っている)、アクリル板の机と数個のクッション、小型冷蔵庫、こぢんまりとした食器棚と旧型のTVのみ。


生活に最低限必要な道具しかそろってない、と言うのが第一印象。一部屋だけ「入るな」といわれている部屋があるが、もしやそこに電子機器が詰まっているのかもしれないが、まあ気にすることではない。


……うん、まあ。友人にだって隠したいことがあるのだろう。



「買い物して、店あたって帰ってくる。メシは適当に食ってろ」


「んー……今日も大学休むの?」


「あ、あ…ん。そうする」


行っても分からないし、と嘯いてみたりする。実は、何と言うか俺の第六感と言うかなんと言うかが、大学には行くな


と足を引っ張っているのだ。そんなことを言えば、リョウキに『中二病発症したか?』とからかわれそうなので胸に秘めておくが。




「行ってらっしゃい、ダーリン♡」


「うざい死ね。あ、鍵はかけておけよ」


「やーん冷たーい。気をつけろよ~」


こんなハニー居てたまるか、阿呆。




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