恐怖の味噌汁
「ただいま」
「おかえり」
お帰りって言ってもらったのはいつ振りだろう。
父さんの会社が倒産して(これを言うと母が鬼の形相で掴みかかってくる)お金も無くなった。
家族の中はどんどん仲が悪くなって、みんななにも話さない。
お姉ちゃんは家に帰らなくなって、お兄ちゃんはやくざになってつまらない事で小指をつめた(これを言うとお兄ちゃんはドスを持ち出してくる)。
お父さんが帰ってくるとお母さんが嫌味を言い夫婦喧嘩が始まる。一度これに犬をけしかけたら(夫婦喧嘩を犬に食わせようとしたんだ)2階のベランダから落とされた。
そんな状態だからお母さんから返事が返ってくるのは珍しい。
僕はうれしくなって続けた。
「今日の晩御飯何?」
「今日、『ふ』の味噌汁よ」
お母さんはそう言って味噌汁を運んできた。
何日ぶりだろう。
具の入ったお味噌汁は。
お味噌汁の中を見る。
麩と葱と茸の入ったお味噌汁だ。
やけに言い匂いがする。
「ねえ、お母さんこれってもしかして」
「そうよ。マツタケよ」
久しぶりどころか初めてだ。
初めてマツタケを食べるんだ。
早くお父さんもお姉ちゃんも弟も帰ってきたら良いのに。
今日はこんなに良い日だから。
「お母さん。何で今日はこんなに良い物が食べられるの?」
お母さんが振り返って優しく笑った。
そして僕に一枚の紙をくれた。
あみだくじだ。
僕の名前のところに星がついている。
「あみだくじで当たったから?」
「そうよ」
お母さんがまた笑った。
いつ振りだろうこんな笑顔のお母さんは。
「食べる前に手を洗ってらっしゃい」
「はい」
僕は急いで洗面所に向かった。
こんなに良い日なんだ。
お手伝いをしよう。
僕はお母さんのためにお風呂を沸かしてあげることにした。
お風呂場の扉は閉まっていた。
僕はお風呂場の戸を開けた。
最初に見えたのはお父さんだ。
お父さんがぶら下がっていた。
次は弟。
床に倒れている。
まわりが真っ赤だ。
最後にお姉ちゃん。
水の入っているお風呂の中に頭を入れて動かない。
「あみだくじであなたが生き残ったのよ」
後ろを振り返るとお母さんがいた。
マリア様のような顔だ。
ほけんきん。
お母さんがちょっと前からよく言ってたっけ。
「お母さん今日のお味噌汁……」
「そう。恐怖の味噌汁よ」
分かった。
人が死ねばお金が貰えるんだ。
人が死ぬほどおいしくなるんだ。
このお味噌汁は。
僕はもっとおいしいお味噌汁が食べたくなった。
作者は前日に貴志ゆうすけの『黒い家』を読みました。