表
本当にどうでもいい話なんだけど、俺の知り合いには『自称』霊能力者が多い。
「私、霊感とかあって~ こーゆー霊とか出そうなトコわかっちゃうんだ~」位の奴から、それこそ「自分の力で霊の被害に遭っている人を救うのが使命」みたいな末期の奴まで。
大体20人程いる。
…………多いな。
人生で出会うヒトの人数が、おおよそ3~5万人らしい。
何らかの関わりを持つヒトが、その1/10程度。
親しく関わるヒトの人数は、1/100程度。
友人と呼べるヒトは、更に少ないそうだ。
もちろん、人によって多い少ないはあるって話だが、俺は平凡で平均で普通な人間なので『自分が相手を知っていて、相手も自分を知っている』位の条件をクリアしている人数はおおよそ400人として、その1/20が『自称』霊能力者ってのは、やっぱりかなり多いと思う。
『自称』霊能力者って言っても、人それぞれ。
例えば夏場に怪談でもしていて、場を盛り上げる為に軽く霊感あるフリをする。
全然アリ、許容範囲内。
むしろ場を盛り上げようとする心意気に、拍手さえしたい。
俺はそういうサービス精神を持たない、つまらない人間なので軽く尊敬してしまう。
盛り上げようとすればするほど、悲しいほどに空回りする自分が嫌なので、そういう場では出来るだけ大人しくしようと考えている。
じゃあ、俺の知っている『自称』霊能力者が、みんなそんなサービス精神を持った奴らなのかと言えば、そんなワケはない。
どちらかと言えば、ムスッとした奴が多い。
12~3人はそんな感じの奴だ。
あまり他人に心を開かないタイプの個人主義者って感じで、周りにあわせたりしない空気読まない奴が多いと思う。
仲間内の空気には鈍感なのに、霊には敏感ってのはどんな理屈なのか?
実際、知り合いには社交的で気が利く明るい『自称』霊能力者ってのもいるワケで、必ずしも性格的な要因が霊感に関与しているワケでは無いんだろうに?
それとも単純に、身体的な感覚器官が鋭く出来ている為に、霊的なモノを感じる様になるんだろうか? ……全く不思議だ。
……さて、どうでもいい前フリはこの位にして、もっとどうでもいい話をしたい。
知り合いが突然、見えない何かと戦いはじめたらどうするべきか? という話だ。
まあ、結論から言ってしまえば、のっかってみた。
サービス精神旺盛な人なら、ノリツッコミができる! と喜ぶシチュエーションなのかも知れないが、自分の盛り上げスペックに甚だ疑問をいだいている俺からすれば、やはり壮絶に空回りしたのは否めない、頑張ったと言っても良い感じではあったんだが……
流石にそこまで、華麗なボケ捌きを求められているワケでもないのだが、やっちまったなぁ…… と軽く落ち込んだ。
知り合い(というか後輩なんだが)のマツシタは坊主だ。
職業が、という意味では無く髪型がという意味で。
小学生の頃から二十代後半の今現在まで、と筋金入りの坊主なワケだが特に意味があるワケでは無いようで、まあ流石に最近はオシャレな感じの坊主に見えなくもない程度に変化はしている。
人当たりは良いし、気遣いもできる真っ当な人間で、俺と付き合いのある奴らの中では真人間と言って良いと思う。
なんと言っても、ちゃんと就職しているのが素晴らしい。
チンピラとニートで構成されている、と言っても過言ではない俺の知り合いの中では、数少ない『普通』の奴だ。
まあ、そうは言っても『自称』霊能力者が、一般的に普通なのかは甚だ疑問ではあるのだが……
マツシタは、自発的に外に出ない俺を気づかい、たまに食事にさそう。
その日もそんな感じで、電話がかかってきた。
……ヤローの先輩なんかにかまってるから、彼女ができないんではないだろうか?
「先輩、メシでも行きません?」
「あ~良いね、肉食いてえ、今日は肉の気分」
「肉ッスか、……しゃぶしゃぶとかどうッスか?」
「あ~良いね、しゃぶしゃぶ」
「じゃあ、先輩のウチまでいきますんで」
「あ~い、じゃあ待ってるよ」
お一人様では行きにくいお店は、こうした機会に行くべきだ。
まったく、持つべきものは気が利く後輩である。
お礼に、べらぼう美味い肉を食わせてやろう。
……タンしゃぶ美味かった。
タンは焼きだろ! っていう概念が簡単に崩壊してしまうほど美味かった。
通常タンはさっぱりした味つけで食べる事の多い部位だ、だから意外と気にならないが、実は比較的に脂分の多い部位なので、余分な脂分を落とす事のできる調理法が望ましい。 もちろんタン独特の食感を楽しめる事も重要だ、しかるにタンをしゃぶしゃぶで食べる、という行為はタン独特の食感を残しつつ余分な脂分を落とし…………
……いや、タンしゃぶの話では無い。
知り合いが突然、見えない何かと戦いはじめたらどうするか? っていう話だった。
まあこの場合の『見えない何か』は比喩的表現なワケだが、霊的な何かと言われても俺には全くワケわかめ。
見えてる物は見えてる物でしかなく、見えない物はわざわざ見なくてもイイや、ぐらいにしか思えない。
だから本当、この話もどうでもいい話だ。
思うさましゃぶしゃぶして、腹もくちくなり、俺とマツシタは帰りの夜道を幸せな気分で、しりとりをしながら歩いていた。
……イイ歳のヤローが、2人でしりとり。
縛りしりとり。 今回は『映画』縛りだった。
「ば、ば、バートン・フィンク」
「渋いッスね、く、クヒオ大佐」
「さ~……? サーチ&デストロイ」
「い、い、一番美しく」
「世界のクロサワか~ ……く、クイズ・ショウ」
「何なんッスか、そのジョン・タトゥーロ縛り……
う、う、うる星やつら2ビューティフル・ドリーマー」
「フハハ、まだイケる! マイスーツ、マイライフ」
「知らね~ッス! ダウトしたいけど、あるんだろうなあ……」
「タトゥーロも出演してる、マネキンのアンドリュー・マッカーシーも出演してる」
「あれッスよね? 主人公の作ったマネキンに魂が宿る…… マネ……キン……?」
そう、マネキン。
人通りのない暗い夜道のど真ん中に、マネキンが立っていた。
恐っ!
何これナニコレ何なんデスか?
1.イタズラ
こんな夜道で、マネキンなんかと遭遇したら…… 泣くほど恐いよね。
2.落とし物
トラックなんかの荷台からの落下物、って可能性も無くはない。
道路にはたまに、ビックリするような物が落ちてる事もある。
俺は首都高で、便座が道路に落ちてるのを見たことがある。
3.不法投棄
最近はエコの一般化って感じで、最盛期に比べて減ってはいるケドなくならない。
今でも年間数トンの不法投棄がある。
おおよそそんな感じなんだろうケド、夜道でマネキンは恐ぇな。
さて、どうしよう? とか考えていたら……
マツシタがズレた。
横方向に2メートルほど、まるで見えない何かにタックルでもされたかの様な感じで。
何かにぶつかる様な音もせず、だが急に衝撃を受けたかの様にゴホゴホむせている。
なんだ? どうした? いきなりパントマイムか?
リ、リアクションとればイイの? パントマイム付き合えばイイの?
パントマイムしろ、というフリだと理解した俺が、しかめっ面で壁を叩いたり、ロープを引っ張るパントマイムをしていると、マツシタがむせながら叫んだ。
「……ゴッ ハッ ……せ、先輩っ! に、逃げてっ!」
…………な、何から?
俺、何から逃げればイイの? 人生?
とりあえず、その場で逃げてる様なパントマイム。
警官から逃げる泥棒…… 警官から逃げてる泥棒…… と、呟きながらコソドロ風に顔の前で何かをしばり、小荷物を抱えて逃げる泥棒っぽいパントマイム。
何度か振り向き、追いつかれそうだ!ビックリ! みたいな演技とか、調子こいてエスカレーターのパントマイムも混ぜてみた。
…………って見てないじゃん! 見ろや! 坊主! ハゲ!
マネキンに向かって真剣に何かしてるマツシタ。
なんだかタテヨコに指を振っている。
「……オン・キリキリ……オン・キリキリ……ノウマク・サマンダ・バザラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン」
顔が真っ赤だぞ。
指が変な形に組まれてる。つる! あれは指つる!
「な、何してんッスか、はやく! 逃げてくださっ……い!」
負けじと両手でキツネを作っている俺。
キツネ状態で、人差し指と小指がくっつくんだぜ? ちょっと凄くない?
「マズッ……も、もう持たな……いっ……」
何よ、何が持たないのさ? トイレか?
お前、顔が真っ赤だぞ? 店出る前に行っておけばいいのに。
力尽きた様に膝をつくマツシタ。
……出ちゃった?
「スミ……マセン……」
「出ちゃったか? 大丈夫だ!ウチに行って風呂入ってけ、着替えも貸して……」
「なんで、こんな街中に……あんな大悪霊が……」
「だ、大の方か……………………ん? あくりょう?」
…………知ってた。 俺知ってたよ。
パントマイムじゃないよ、ましてやトイレでもない。
あれだよな。
人通りのない夜道でマネキンで恐い、イコール霊的なあれって事だろ?
知ってたわ~…… うん、知ってた。
空気読めること風の如し、の俺からすれば簡単な推理だ!
あれだ、マネキン的な悪霊なワケだな? いや、悪霊的なマネキン?
で、バトル的な感じだったワケだな! 正解!
クソ~……
マツシタがもっと『自称』霊能力者アピールしていれば、俺だってもっとこうイイ感じにリアクション出来たのに……
次から語尾に霊って付けさせるか。
「先輩メシいきませんか霊」
「このタンしゃぶ凄え美味いッス霊」
なんか違うか? まあヨシ!
え~……つまり、あのマネキンをどうにかしろってフリなんだな。
って言っても、徐霊的なアクションってどんなのだ?
降りて来い! 俺の中の徐霊師的な何か!
…………キタ。
なんか降りてキタ。
きっと俺の中の徐霊師的な何かが『スパーク』したのだ。
俺の中のみなぎる『力』が溢れださんばかりに、現れようとしている!
「何がしたいんだコラァ!」
溢れでる『力』のおもむくままに、マネキンの襟首を掴む。
拳を固めて、マネキンの胸元を殴りつける。
っしゃー!いくぞコラァ!!
二度、三度と殴りつけ、膝をついたマネキンの頭を脇に抱えて締め上げる。
(んん?……膝をついた?)
グイグイと締め上げるマネキンの頭が、ミキキッと音をたてる。
スタンドの観客に見せつける様に、マネキンの頭のポジションをあげる。
(……スタンド? 観客?)
「おm前$ら! カチ§▽くらわすぞ!」
急に滑舌が悪くなった気がする。
自分でも何を言っているのか、全くわからない。
俺の中の『力』が、この右腕でヤローの首を刈り取れ! と猛る。
マネキンを無理矢理立たせ、ロープに降る!
(ロープ…… え? ロープ?)
「ワイしゃい◇◎~▲sは!」
ロープから跳ね返って来たマネキンの首もとに、首よモゲろ! とばかりのラリアット!
正に『力』ラリアットとしか表現できないソレが、マネキンの首に叩き込まれる。
バガンッと大きな音をたて、マットに倒れるマネキン。
(マット…………うん、もうイイや!)
常ではない『力』をみなぎらせる俺の中に何かが起こっている。
そう、これは『革命』だ! 『革命戦士』なのだ!
観客の歓声に答える様に、右腕を高くまっすぐに突き上げる。
フィニッシュホールドは決まっている。
倒れたままピクリともしないマネキンの両足の間に右足をさし入れる、マネキンの両足をクロスさせマネキンの右足を俺の右腕でロック、自分の右足を軸にして反転してマネキンをひっくり返して腰を落とす。
そう、スコーピオンデスロック……いやココはあえて言おう! サソリ固めだ!
完全に極まっている。マネキンの足首、膝、腰が締め上げられギギギと音をたてる、身動きする余裕などあるハズもない、呼吸もできないほどの完璧なサソリ固めだ。
「※●ぁ! にブアップ▲ろコラァ! ■ゐ▽コラァ!」
すでに勝負は決している。
レフェリーがマネキンにギブアップの意思を確認しているが、そんな確認など必要ないだろう。往生際悪く、抵抗していたマネキンの体から力が抜けていく。
すかさずレフェリーが俺の体を叩き、サソリ固めをストップさせる。
サソリ固めを外し、髪をかきあげる。
俺は弾んだ息をそのままに、まっすぐに高く高く右腕を突き上げる。
会場に俺の勝利を祝う様にパワーホールが流れ、観客達が爆発的な歓声をあげる。
俺は勝った! 邪な悪霊を霊能力で退けたのだ!
やったった! 俺やってやったよ!
軽く、徐霊かコレ? って疑問も残るが……
まあ、あれだよ。
無茶ブリに精一杯やったよ。俺、頑張ったよ。
「せ、先輩…… あ……の……」
ん? 呼んだ?
マツシタの方に振り向くと、青い顔をして口をパクパクさせている。
……引いてる。ドン引きしている。
えっ? えふぇっ?
だ、駄目だった? 俺、精一杯やったんだよ、マジで!
「キレてないよ。俺をキレさせたらたいしたもんだよ」
「……え……あ……はい……」
「……帰るか」
「は、はい」
止めとけば良かった。
ズーンと落ち込んでいる俺に、マツシタは「先輩凄かったッス」とか「助かりました」とか言っているのだが、そんな事より自分の今夜のはしゃぎぶりが恥ずかしい……
マツシタは良いヤツだ。
ハプニング的に登場したマネキンを使い、俺を楽しませようとしたんだろう。
ただ、まあ、今後は無茶ブリは勘弁して欲しい。
本当にどうでもいい話だ。
知り合いが突然、見えない何かと戦いはじめたらどうするべきか?
次はスルーしよう、と心に決めた。
作中の映画
バートン・フィンク(1991)
監督:ジョエル・コーエン
クヒオ大佐(2009)
監督:吉田 大八
サーチ&デストロイ(1995)
監督:デイヴィッド・サーレ
一番美しく(1944)
監督:黒澤 明
クイズ・ショウ(1994)
監督:ロバート・レッドフォード
うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー(1984)
監督:押井 守
マイスーツ、マイライフ(2004)
監督:ランデル・コール
マネキン(1987)
監督:マイケル・ゴットリーブ