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第4話:軍議での攻防

 サルヴァ王子が率いるランリエル軍がベルヴァース国境を越えると、各所の守りを除きかき集められたベルヴァース軍1万8千が待ち構えていた。


 ベルヴァース軍を指揮するのはベルヴァース一の名将と名高いセデルテ・グレヴィ。歴戦の老将であり、戦況を冷静に判断し無駄の無い用兵に定評がある。


 王子に先立ちランリエルを発ったグレヴィは軍勢を纏めてランリエル軍の到着を待ち構えていた。グレヴィから使わされた使者は王子を丁寧に出迎える。


 使者はサルヴァ王子に深々と頭を下げた。


「このたびのベルヴァースへの援軍。真にお礼申し上げます。ランリエル王国の我が国への御友情。ありがたく存じ上げます」


「なに、ベルヴァースにもしもの事があれば我がランリエルとて人事ではない。ランリエルがベルヴァースを助けるのは当然の事。共に戦い自称帝国軍などすぐさま追い払いましょう」


 サルヴァ王子は無難に応じながら、内心自分の言葉に空々しさを感じた。


 今回帝国のベルヴァース侵略に対し援軍を率いる彼であるが、王子にもドラゴネ王など歴代の英雄達同様に他国を制圧し、自国をさらなる強国にして見せようという野心はある。

 つまり、王子自身がベルヴァースを攻める事もあり得たのだ。


 しかし、ドラゴネ王の二の舞だけは避けねばならない。


 勿論、長い3国の戦いの歴史の中では、1国が他の2国を併呑するのではと思われるところまで追い詰めた者は数多く居た。


 だがいずれの英雄達も後一歩のところで失敗したのだ。この様な事が続くと、さすがに3国とも他国を攻め取るのは困難であると悟りお互いに対して慎重となっている。


 王子は、今回の戦いの基本方針を「可能な限りベルヴァース軍に負担を背負わせ、可能な限りランリエル軍の損害を減らし、可能な限り帝国軍を叩く」と定めた。


 ランリエルが他の2国に対して優位な立場に立たなくてはならない。


 そう、帝国、ベルヴァース両国の国力を併せてもランリエル一国に対抗出来なくなるくらいに……。ではその後は?


 サルヴァ王子は、その後の展開において、今までの各国の歴代の英雄達とは違う考えを持っていた。だが、それもこの戦いに勝ってからの事である。


「早速、軍議を開きたいのだが、グレヴィ将軍の御都合はよろしいか?」

 もっともベルヴァース王国開放戦の軍議を、ベルヴァースの将軍が、都合が悪いから欠席する。などという事は有るまい。王子は皮肉にそう考えながら使者に問いかけた。


「確かに仰せつかりました。グレヴィ将軍にその様にお伝えします」


 使者は当然といえる返答をすると深々と頭を下げ、そしてグレヴィ将軍に伝えるべく踵を返しこの場を後にした。


 サルヴァ王子は、出陣に先立ち数多くの偵察部隊を放ち状況を調べさせていた。それによって分かった事は次の様なものだった。


・王都から帝国国境までの地域は、すでに帝国軍に占領されている。

・ランリエル、帝国国境は、およそ1万5千の敵勢で封鎖されている。

・帝国軍の総司令官はカルデイの名将ヘルバンである。


 王都に篭る敵兵の数と、王都から帝国国境までの地域を占領している敵兵の数までは調査できなかった。と報告にある。


 だが、サルヴァ王子はこの軍勢の数を、それぞれ4万から5万、2万から3万と想定した。


 長年の戦いから3国のお互いの動員兵力はほぼ把握されている。帝国の動員兵力は最大で9万から10万といったところのはずだ。


 帝国に兵を割き、国境に1万5千を配置すれば、ベルヴァース侵攻軍の数は7万から8万という事になる。


 帝国の名将ヘルバンは兵力分散の愚を犯さないだろう。戦力は最大限本隊に集中させるはずだ。占領地を確保する軍勢に過剰な兵力を割くとも思えない。


 占領地確保に必要な軍勢の数は、サルヴァ王子の見たところおよそ2万。多くても3万は超えまい。ならば王都に篭る兵力はおよそ4万から5万。


 王子はこの情報を元に、ランリエル、ベルヴァース両軍の諸将、参謀を交えた軍議へと向かった。


 軍議は先着していたベルヴァース軍の本陣の天幕で行われた。


 天幕の中にランリエルとベルヴァース両軍の諸将が左右に分かれみな俯き加減に目を閉じ座っている。


 なにせ顔を上げると正面にごつい男の顔があるのだ。睨み合う訳にも、見詰め合うわけにも行かずみな下を向いているのだった。だが軍議が始まるとみな顔を上げて発言者に視線を集中させる。


 軍議でサルヴァ王子は、まず副官のルキノより偵察の報告から推測された帝国軍の配置、兵力などを報告させた。


「ランリエルの北東にある帝国との国境は、1万5千の帝国軍が守りを固めております。そして帝国から見て西にあるベルヴァース王都と帝国国境の帝国軍占領地にはおよそ2万から3万の軍勢が抑え、王都には最大で5万の帝国軍が篭っていると考えられます」


 当然ベルヴァース軍でも偵察は行っている。援軍が来るまで当事者のベルヴァース軍が偵察を出さないなどありえない。


 だが、ランリエル軍も独自にこの程度の事は調査しているのだという事を示さないと、軍勢の「質」が疑われる。

 今回味方として戦うとはいえ、ベルヴァース軍に侮られる訳にはいかない。戦いとは戦場で戦うだけではなく、敵に対してだけ行うものですらない。


 同格の相手にならばわざと隙を見せ油断させる事も必要だが、ベルヴァースの様な小国に侮られても何の得もあるまい。それが王子の考えだった。


 ルキノからの報告の後、サルヴァ王子は立ち上がると自身の作戦案を披露した。


「まず、帝国軍が占領している王都から帝国までの地域を獲り返す。その後孤立した王都に篭る者どもを包囲する。さすれば退路を断たれ孤立無援となった敵は、早々に降伏するだろう」


 王子は両国の諸将を見渡した。


 王子は、占領地を攻めるにあたってベルヴァースの将兵に対して「みずからの領土はみずから取り返すべき」と矢面に立たせる計画だった。


 そうなれば、占領地を攻め取られれば本国との連絡が絶たれると見た帝国軍からも増援が送られる。双方消耗戦となるだろう。この戦いで帝国とベルヴァースの双方を消耗させるという、サルヴァ王子の思惑通りの展開になるはずである。


 だがベルヴァース軍の将軍グレヴィはおもむろに立ち上がると、王子の作戦案に対し反対意見を出した。


 顔には深い皺がありすでに髪も髭も全て白くなっている老将である。しかし背は高く背筋はピンと伸び未だ覇気の衰えは感じられない。


「他国の者に国土を占領されているのは確かに屈辱ですが、占領地の敵軍は守る事を第一とするはず。出撃しては来ますまい。こちらから手を出さねばそれらの敵兵は遊兵となりましょう。我らは全軍を持って王都へと進み、敵本隊に対して決戦を挑み一気に雌雄を決すべきと思うのですが、どうですかな」


 だが王子はグレヴィの案を一蹴する。


 「こちらは総勢9万を超える、王都に篭る敵は多くても5万。守れば有利な王都を出てわざわざ不利な決戦に敵がのるとは思えん」


「では敵にあわせこちらも5万で王都に向かい、4万は占領地の攻略に向かいましょう。同数なら敵も決戦を受けてたつやも知れませんぞ」


 だが、ランリエル軍の諸将から「その様なむちゃくちゃな作戦、馬鹿げている」と反対意見が続出した。

「名将といわれたグレヴィ将軍とも思われぬ作戦ですな。もうお歳もお歳ですし、もしかしてお加減でもお悪いか?」

 中にはそう言い放つ者まで居た。


 だが、その中でもサルヴァ王子だけは、グレヴィがその様な愚策を本気で考えているとは思っていなかった。ベルヴァースのグレヴィと言えば名だたる名将。だが、そのグレヴィが提案するにはあまりにも馬鹿げた作戦だった。


 もしかしてこの老人は俺の考えを読んでいるのか? 王子はグレヴィを改めて見直した。


 そして確かに、グレヴィは王子の思惑を察知していた。


 敵の司令官は守りに定評があるヘルバンだ。決戦を挑んでも乗って来ない事は分かっている。


 さすれば王都への攻撃となるが、そうなれば王都の4つある門の内ベルヴァースは1箇所を担当し、ランリエルが他の3箇所を担当する事になるはずだ。


 ベルヴァースの王都を取り返す為の戦いなのだから、ベルヴァース軍が多くを担当すべきという理屈もあるが、現実的に軍勢の数からすればベルヴァースには1箇所の門を担当する戦力しかない。


 ならば我が軍のみが矢面に立たされる事はあるまい。グレヴィはそう考えたのだった。


 勿論、その挙句帝国軍を追い払えないとなっては本末転倒だ。


 グレヴィは3国間の関係を正しく認識していた。


 ベルヴァースが帝国に併呑されればランリエルの命運も尽きる。ならば最終的にはランリエルは全力を持って帝国軍を叩く必要がある。

 グレヴィはそう看破していた。


 さらにこと補給に関しては、自国内での戦闘であるベルヴァースが一番負担は少ない。


 そして共に他国での戦闘である帝国とランリエルとを比べても、ベルヴァース侵略を入念に準備していたであろう帝国より、突発的に戦う事になったランリエルの方が準備不足で補給には苦しむ事は推測できる。


 だが3国中一番始めに根をあげると思われるランリエル軍は、補給が途絶えたといって素直に退却するだろうか? いや、ベルヴァースが滅びれば次は自分であると分かっているランリエルにはそれは出来ない。


 つまりその前にランリエル軍は帝国軍に対して決戦を挑む必要がある。


 勿論、その決戦に破れてしまってはベルヴァースが滅んでしまう。その時こそはベルヴァース軍も全力を持って帝国軍と戦う。グレヴィがすべき事は、その最終決戦までベルヴァース軍を温存する事だった。


 だがサルヴァ王子が目論んでいる事は、最終決戦までベルヴァース軍と帝国軍を噛み合わせる事なのだ。


 戦いとは敵と戦うだけではない。グレヴィと、そしてサルヴァ王子は共にそう考えていたのだった。


 王子は軍議に先立ち、自らの陣営の主だった者には、自分の意見に賛成する様にと根回しをしてある。だがグレヴィが頑強に抵抗するのだ。


 サルヴァ王子は両軍の諸将を見渡しながら、グレヴィは長く白い顎鬚を玩びながら、それぞれ思案していた。そこへベルヴァース軍諸将の末席から発言があがった。


「帝国とランリエルの国境をどうにか越えられないでしょうか? 勿論、敵も十分な備えをしているとは思いますが、昼夜攻め続ければさすがに敵も動揺するでしょう。敵の援軍が来れば、その時こそ決戦を行えばよいのでは?」


 見れば、かなり若く20代半ばにもなっていなさそうな線の細い男だった。


 両国の歴戦の諸将が集まる軍議の席で、まるで場違いな風貌の男の発言にみなの視線が集まる。ランリエル軍の諸将からは「若造の癖に重要な会議に発言するとは身の程知らずな」という視線が集中し、そしてベルヴァース軍の諸将からも視線が集中した。


 だが、ベルヴァース軍からの視線は「誰だ、あれは?」というものだった。ベルヴァース軍の諸将も、この者が何者かを知っている人間は殆ど居なかったのだ。


 だが若者の意見は却下された。


 国境を越える事も出来ず、敵の援軍も来なければみすみす敵に時間を与え、ベルヴァースが蹂躙されてしまうだけだ、と反対されたのだった。


 結局作戦はランリエルがベルヴァースを救援するという事もあり、ランリエル軍総司令官であるサルヴァ王子の案が採用され、占領地域の攻略を行う事となった。


 軍議が終わると早速両軍の諸将は、それぞれが率いる軍勢へと戻っていく。ベルヴァースの占領地に出立する準備の為である。先ほどのベルヴァース側の末席に座っていた若い男も、同じく立ち去ろうとするが、グレヴィは男を捕まえた。


「おぬしの名は? あの席次は確かシグバーン将軍の物だったと記憶しているが」


 するとその若い男は申し訳なさそうに、その理由を語った。


「私はレンヴィスト・シグバーンの息子サンデル・シグバーンと申す者です。父が病で臥せている為、父の代わりに出陣いたしました。本来ならば父が臥せている事を軍部に報告し、経歴も実力も十分な父の次席の方が出席なさるべきなのでしょうが、なにぶん王都があのありさまで……。結局私の様な若輩者が父の代わりという事になりました」


「なるほどの」

 若者の話す言葉にグレヴィは大きく頷いた。


「ところで先ほどの軍議での国境を攻めろとの発言だが、その真意は? 正直に答えて貰いたい」


「いえ、ああいう事も可能ではないかと、そう思って言ってみただけです」


 だがグレヴィは、サンデルの言葉に納得がいかず、正直に話す様にと目線でさらに促す。サンデルは観念した様に口を開いた。


「サルヴァ殿下の作戦ではベルヴァース軍の負担が大きくなると思ったのです。ですがランリエルと帝国の国境の戦いとなれば矢面に立つのはランリエル軍でしょう。少なくともベルヴァース軍だけが矢面に立たされる事はありますまい」


 その答えに、にやりと笑ったグレヴィはサンデルの肩を叩き、この戦いでは常に自分のそばにいる様にとサンデルに命じたのだった。


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