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第3話:ベルヴァース王都攻略戦(3)

 ヘルバンは、捕らえた王都に住む王族や高官などの身分の高い者を、捕虜として帝国本土に護送する様に指示した。


 その捕らえられた王族の中には、国王夫妻の1人娘、ベルヴァース王女アルベルティーナ・アシェルも含まれていた。


 アルベルティーナ王女はまだ12歳の少女だった。

 金髪碧眼の美貌とすらりとした肢体という、お伽噺に登場する王女様そのままのこの少女は、だがしかし性格においてはそれをまったく体現していなかった。


 アルベルティーナ王女は護送される際に、口汚くヘルバンに対して悪態をついたのだ。


「この様な不正義。無礼な振る舞いを帝国が行うとは見損なった。騙まし討ちでしか戦いに勝てないとは、帝国軍は匪賊の類か。そしてお前が匪賊の頭目か!」


 12歳の少女に指差されながら、匪賊の頭目呼ばわりされたヘルバンは苦笑いするしかない。


 戦いにおいて敵を騙すのは当然の事だ。勿論、個人の主義として正々堂々と戦いたいというなら好きにすればよい。


 だが軍勢を率い兵士達の命を預かる将が、その様な騎士道精神を発揮して戦った挙句、戦いに負けてしまっては兵士達には堪ったものではない。


 実際、ヘルバンの個人的な心情としては、騙まし討ちともいえる方法で敗れた敵将に対し哀れみを感じていた。しかし、だからと言って個人の感情で自軍将兵の損害が増える戦い方をする訳にも行かないのだ。


「アルベルティーナ王女を御丁重に帝国まで御送りしろ」

 子供の相手をしても仕方が無いと、王女の悪態についてまったく無視したヘルバンは王女に背を向け、自分の後ろに控えていた兵士に命じた。


 そして王女をその場に残し歩き始めたが、その後頭部に王女はさらに言葉の礫をぶつける。


「言い返せぬか! やはり後ろめたい所があるのじゃな! 違うと言うなら申し開きしてみよ! 出来ぬのであろう! 訳の分からぬ格好をしおって!」

 だがその礫もヘルバンの強靭な心には、かすり傷一つ作る事が出来ず跳ね返された。


 しかし王女が言う様に、ヘルバンの姿は確かに他の者達とはかなり違っていた。


 カルデイではヘルバンには奇妙は趣味があると言われている。手柄を立てたと名高い勇者の武具を買い集め、そしてそれを身に纏うのだ。


 それの何処が奇妙な趣味なのか。武人ならよくある話ではないか。とも思われるが、ヘルバンのそれは確かに奇妙だった。


 勇者の武具を身に纏うのではない。勇者「達」の武具を身に纏うのだ。


 つまり誰か名のある勇者一人の鎧を身に付けるのではなかった。兜は誰々が身に着けていた物、胸当てはまた別の勇者の物といった具合に、統一されていない。腕や足の武具ですら左右で違った。


 しかもその勇者達が活躍した年代すらばらばらな為、遥か昔に作られた鎧の一部と比較的近年に作られた鎧の一部が混在した。

 ある部位は鎖帷子だったり、ある部位は鉄板を張り重ねた物だったりするのだ。


 帝国軍ではヘルバンを尊敬する者はその戦いぶりから彼を「守りのヘルバン」と称し、彼を嫌う者は「道化のヘルバン」と陰口を叩いているのだった。


 だがその言葉も無視された王女は、さらに12歳の少女では考えられないであろう悪態をついた。


 それはヘルバンの事をよく知る帝国軍の将兵であれば、決して彼に対して言わない類の台詞だった。


「おぬしの様な男には奥方も愛想を尽かしていよう! 奥方は今頃、他の男を寝屋に招き入れておるわ!」

 王女自身も、今度もどうせ無視されるだろうと思っていたが、意外にもヘルバンはこの台詞に踵を返し王女へと向き直った。


 やっとヘルバンが自分の言葉に反応した事に、王女は喜びほくそ笑んだ。しかし、その表情はヘルバンの顔を、いや目を見た瞬間に凍りついた。


 ヘルバンは全ての感情が無くなったかの様に完全に無表情で、王女を感情の篭らぬ目で見つめていた。だが、それだけに言い知れぬ恐ろしさを感じさせた。ヘルバンの温度を感じさせぬ視線が王女を凍てつかせたのだ。


 王女はそのヘルバンの目を見た瞬間「死ぬ」と思った。「殺される」ではない、ましてや「自分を殺そうとしている」でもない。回避しようの無い死が「訪れた」のだ。


 ヘルバンは静かに王女の前に歩み寄った。


「アルベルティーナ・アシェル王女よ。私が匪賊の頭目などではない事を証明しよう」

 ヘルバンは両手でアルベルティーナ王女の両頬をゆっくりと包み込んだ。


 王女は、恐怖のあまり動く事が出来ない。その表所はヘルバンの表情が乗り移ったかの様にまったく感情を浮かべていなかった。


「その証明とは貴女がまだ生きている事だ。私が匪賊の頭目だったなら、私は貴女の口を引き裂き、貴女はすでに肉塊となっているでしょう」

 ヘルバンは静かな口調でそう告げると凍った様に動かない王女を残し、背を向けてその場を後にした。


 王女はヘルバンが遥か遠く姿が見えなくなるまで立ち尽くしていた。ヘルバンが見えなくなると王女の歯はガチガチと音を鳴らし始め続いて足が震え始めた。


「あ……ああ……」

 次第にその震えは全身に広がり言葉にならない声を発した王女は、体の震えを抑えたいのか両手で自分の体を強く抱きしめたが震えは一向に治まる気配が無い。震えはさらに激しくなり、人の体がこの様に動けるものなのか思われた。それはすでに震えではなく、振動と言えるほどのものだった。


「王女様!」

 そばに控えていた王女付きの侍女エリーカも、ヘルバンの恐ろしさに身を竦ませ立ち尽くしていたが、王女の様子を見て慌てて近づく。


 そして王女の震えを抑えようと、王女の正面に回り込み両の二の腕を掴む。するとその瞬間、王女の体は前のめりに倒れこんだ。


 エリーカは反射的に支え、気付くと王女の震えは止まっていた。アルベルティーナ王女は気を失っていたのだ。


 他国の王女が知らないのは当然だったが、ヘルバンの愛妻家ぶりは帝国軍では知らぬ者は居なかった。

 勿論、愛妻家という事だけを知っているならば、アルベルティーナ王女はむしろ進んでヘルバンの妻を侮辱しただろう。


 だが、かつてヘルバンの妻をからかった2人の同僚に対しヘルバンが決闘を申し込み、ヘルバンはその2人のうち1人に重症を負わせた事。

 さらに過失とはいえ1人を死亡させている事まで知っていれば、恐れを知らぬアルベルティーナ王女ですら、ヘルバンの前でその妻を侮辱する事は、虎口に首を差し出す事に等しいと理解したに違いなかった。



「身分が低い役人と住民は即刻退去させよ」

 身の程知らずな王女の事はすぐに忘れ、ヘルバンはそう命じた。


 必ずベルヴァースからの反撃、及びベルヴァースの要請を受けたランリエルからの攻撃があるはずだ。


 その時に敵に回ると考えられる多数の住民など抱えていても害にしかならない。それに住民にも食糧を分け与えなくてはならなくなる。その為ヘルバンは退去を命じたのだ。


 勿論、全員殺害するなどという事が出来る訳がない。


 今回の戦いが成功しベルヴァースが帝国に併呑されれば、将来的にはこの者達もカルデイ国民という事になる。必要以上の恨みが残れば統治に支障が出るだろう。退去してもらうのが最善の策だった。


 住民は着の身着のままで持てるだけの金、貴重品などの財産を持つ事を許されて王都を追い出された。

 ある者は他の町に住む親類を頼もうと進み、ある者はベルヴァース王国全土が戦乱に巻き込まれるに違いないとランリエルへと向う。


 今回この作戦に動員された帝国軍の将兵は合計8万5千。カルデイ帝都の守備に1万を置いた以外の帝国のほぼ全軍である。


 その内の1万5千は、帝国とランリエルの国境守備へと割かれていた。


 間違いなくベルヴァースへの援軍としてランリエルの軍勢が出てくる。


 国境の1万5千は、敵がおそらく始めに考えるであろう『援軍するに敵に向かわず、敵の本拠地を突き、敵を撤退させる』の作戦を妨害する為だ。


 これは、攻めてきている敵の大軍とわざわざ戦う必要はない。敵の本拠地を攻めれば、敵は本拠地を守るために撤退するだろう。その結果攻められている味方は救われる。という兵法の基本的な作戦の一つである。


 ベルヴァース王都は、1万が篭れば数万の軍勢に囲まれても数年持ち堪えられるといわれる堅硬な要塞だが、ヘルバンは万全を期しここを1万3千の兵で守らせた。


 そして守りを固めた上で、帝国国境から王都との間の攻略せずに抑えてきた各拠点を、王都から帝国方向へと通常とは逆の順序で攻略する為に出陣した。その総勢5万7千。


 ベルヴァースの総兵力は約4万と推測されているが、この王都から帝国国境方面だけでいえばベルヴァースの軍勢はせいぜい8千といったところだ。


 さらに各拠点には精々1千居るかどうか。5百以下のところも多い。

 帝国軍は5万7千の兵を分散して各所を攻めるのではなく、全軍でもって一つ一つ拠点を落としていった。


 圧倒的な数の敵軍と王都陥落の報によりベルヴァース軍の士気はくじけ、帝国軍が来る前に兵が逃げ出す拠点も現れた。まさに破竹の勢いだった。


 王都と帝国本国との間の重要拠点を全て制圧した帝国軍は占領した各拠点の守りに2万を割き、3万7千はベルヴァース王都へ戻る。これで王都の戦力は5万。


 いとも容易く王都を攻略し帝国までの通じる地域も確保した帝国軍だったが、戦いはこれからが本番だとヘルバンには分かっていた。


 これからこのベルヴァース王都を拠点にランリエル、ベルヴァース連合軍と帝国軍との間に、ベルヴァース各地の城、砦をめぐっての争奪戦が始まるのである。


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