表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/47

第3話:ベルヴァース王都攻略戦(1)

 ランリエル軍がその王都から出陣する2ヶ月前。


 ベルヴァース国王はカルデイ帝国を訪問していた。


 近年3国の友好の証として、毎年ベルヴァース王国の国王夫妻が帝国とランリエルに外遊に出向くのが通例となっている。


 そして国王夫妻が帝国、ランリエルの順番で出向けば翌年にはランリエル、帝国といった順番で出向くのが不文律となっていた。


 正式な取り決めとしなかったのは、2国と比べれば小国とはいえ一国の国王に対して「行動を規定する」事に遠慮した為である。


 そして今年は先ず帝国を訪問する順番だった。


 ベルヴァースのトシュテット王とディアナ王妃を帝国は盛大に歓迎した。


 連日の宴では国王夫妻のみならず、お供の側近や警護の兵士に至るまで山海の珍味に舌鼓を打ち、煌びやかな舞や音楽を楽しんだ。


「これほどの歓迎をして頂けるとは、ベネガス皇帝には心からお礼申し上げます」

 国王夫妻は接待に気を良くし、お世辞抜きに感謝の言葉を述べた。


 そしてカルデイ皇帝ベネガスも丁寧に返答する。


「いやいや、ベルヴァース王国とカルデイとの友好を考えれば、我が国が御二方を国を挙げて歓迎するのは当然の事。我らとしては、これからも末永くこの関係を続けて行きたいと考えております。ベルヴァース王国も同じ考えであると信じております」


そして一礼すると「つきましては」と前置きし言葉を続けた。


「友好の証と言ってはなんですが、我が息子をベルヴァース王国へ遊学させて頂けませぬか。他国を見る事、他国からこの国を見る事によって、息子の見聞を広めさせたいと考えておるのです」


 こう言われると国王夫妻も断り難いし、帝国の持て成しに気を良くしている為、断る気も無かった。

「勿論、大歓迎ですとも」と快諾した。


 そして翌日の宴には、遊学させたいというファリアス皇太子も同席した。


 皇太子は、肩まである黒髪をさわやかに靡かせ国王夫妻に深々と一礼した。

「カルデイ皇帝の息子ファリアスで御座います」

 その表情はにこやかで明るく、声も心地よく響いた。

 ファリアス皇太子は良き聞き手だった。


 国王夫妻にベルヴァースの文化、文学、名勝などあらゆる事を質問し、国王夫妻も丁寧にその質問に答えた。すると皇太子は一々その目を輝かせた。

「それは素晴らしい。是非早くこの目で確かめたいものです」


 自ら話に、目を輝かせて喜ぶ皇太子の反応に気を良くした国王夫妻は、話だけではなく、実際に見せればどれだけ皇太子が喜ぶだろうと、純粋な親切心を刺激され、一刻も早くベルヴァースに遊学したいというファリアス皇太子の申し出に、ベルヴァース国王もにこやかに頷いた。

「すぐに本国にファリアス殿下が遊学に行く事を連絡しておきましょう」


 その後もファリアス皇太子は、ベルヴァース国王夫妻と度々同席し親密さを増していった。


 だがこの様子をほくそ笑み眺める人物が居た。


 今回の作戦の立役者である帝国軍参謀ギリスは、計画が順調に進んでいる事に満足の笑みを零したのだった。


 エティエ・ギリスは今年37歳となる短い黒髪の男だった。

 中肉中背で武将としては体格が良いとはいえないが、無駄な肉のないすらりとした体躯で、軍内ではカルデイ一の謀将と名高い。


 実はファリアス皇太子は、このギリスの指示により人当たりの良い善良な皇太子の演技をする為に猛特訓させられたのだ。しかしその稽古の開始早々に皇太子は音を上げた。


「どうせなら本物の役者に、私の代わりに王子の役をやらせればよい」


 そう言って自らの代役を探す様に命じたのだ。だが自国の皇太子の言葉にもギリスはにべも無い。


「貴方は一国の皇太子です。他国にも貴方を見知っている者も居るでしょう。どの様に似た者を見つけてきたとしてもそう騙せるものではありません。貴方を演じられるのは貴方のみです」


 その結果演技の猛特訓は2ヶ月以上に及び、皇太子は少なくとも表面上はどこに出しても恥ずかしくない皇太子となっていたのだった。


 そして国王夫妻がカルデイを出立する日、盛大なパレードが行われ、国王夫妻と皇太子は共に城門をくぐった。そして国王夫妻と皇太子は城門の外で別れる。

 国王夫妻はランリエル王国へと向かい、皇太子はベルヴァース王国へと向かうのである。


 国王夫妻は皇太子の為に、自身の用人の中から特に気の利く者を選び

「わしに仕えるのと同様にファリアス殿下に仕える様に」と申しつけ皇太子と共に本国へと送り出した。


 国王夫妻には、子供はアルベルティーナ王女一人だった。


「我ら夫婦にもこの様な立派な男子がいれば……」

 礼儀正しくさわやかに受け答えするファリアス皇太子に対し、夫妻は密かにそう考えていたのである。


 数日後、皇太子を迎えたベルヴァース王都では国王からの丁重な持て成しをする様にとの言葉もあり、皇太子は下にもおかない扱いを受けた。そして皇太子も早速希望を述べる。


「国王陛下からベルヴァース王国の素晴らしさをお伺いしてまいりました。是非我が目で観て回りたいと思います」


「陛下からも、殿下に王国内をくまなく御案内する様に、と仰せつかっております」

 国王から皇太子の共にと選ばれた用人も保障した。


 皇太子は連日の様に出かけ、王国内の名勝を観て回った。


 帝国からベルヴァースまで旅をし、その後、今度は休むまもなく王国中を観光するという強行軍に、皇太子の世話をしているベルヴァースの臣下達の中には皇太子の体調を危惧する者達が現れるほどだった。


 だが、皇太子は名勝巡りをやめない。

「あそこは陛下から是非観る様にと仰せつかっている所です。行かぬ訳にはまいりますまい」

 こう言われては、その国王の臣下達に皇太子を引き止める言葉はなかったのだ。


 しかし、やはりファリアス皇太子の体調は優れなり、ある日観光の途中に皇太子は倒れた。


 そして皇太子が帝国から連れてきた医師達の診断結果は

「過労と思われます。連日の名勝巡りでお疲れになったのでしょう」という、子供でも言い当てられそうなものだった。


 血相を変えたのは臣下達である。


 はじめは臣下達も皇太子の体調を気遣っていた。しかし結局は引き止めきれず、皇太子の体調を崩させてしまった。


 この様な事が国王の耳に入ればどれほどお怒りになるか。皇太子が強く希望したからなどという言い訳は通じまい。だが臣下達が恐る恐る皇太子を見舞うと、皇太子は寛大にも寝室まで彼らを招き彼らの非をまったく責め無かった。


「私の我侭から色々と見て回った挙句疲れが溜まったのです。まったくの私の自業自得というもの。皆様にはご心配をかけ心苦しく思っております」


「若いのになんと奥ゆかしく立派な人物であろうか」

 臣下達は、自分達をまったく責めない皇太子に心から感謝し、益々皇太子に好意を持ったのだった。


 しかし、一向に皇太子の体調は良くならない。そして皇太子が倒れてから半月ほど経ったころ、帝国から皇太子の見舞い客と称する者達が続々と訪れたのだった。


 皇太子はこの事態に対し、臣下達に表情を曇らせ申し出た。


「あまりにも話が大げさになり、汗顔の至りです。すぐにでも我が国に私への見舞いには及ばないと申し伝えましょう」


 だが臣下達も「では、その様に御連絡下さい」などと言えるものではない。


「いえいえ、ファリアス殿下は将来カルデイ帝国を担う大切なお方。帝国の方々がご心配でならぬのも当然でございましょう」

 皇太子に好意を持っている事も手伝い、丁寧に申し出を辞退したのだった。


 元々皇太子は、護衛、従者、侍女、それにお抱えの医者などを含め五百人ほどの人数を引き連れてきていた。だが、見舞い客達も貴族ともなればそれぞれが共を連れてきている。


 公爵、侯爵といった大貴族となると本人が来る訳ではなく家臣を名代として派遣して来ている。だが、大貴族となればやはり体面という物があり主人に代わっての名代とはいえ数十人のお供を連れてくる者も多い。


 さらに直接皇太子と交友の無い小貴族達も

「カルデイ帝国の将来を担う皇太子がお倒れになったと聞き、居ても立っても居られず」と続々と集まってきた。


 本来なら他国からの入国はある程度制限されるものだが、皇太子の見舞いといわれては入ってくるなとは言い難く、こうして実数はともかく、ベルヴァース王都は、その人口が2割増しになったと言われるまでの状況となったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ