第32話:終戦
「傷の浅い者は、各門と城壁の守備につけ!」
王城へと退却したギリスは残った兵士の指揮を懸命に執り続けていた。だがいかにも兵士が少なすぎる。王城へと逃げ込んだ兵士は数だけでいえば9千を数える。しかし完全に無傷な者などほとんど居ない。
王城に入らずに王都外まで逃げた者は、むしろ王都の外まで逃げる体力のあった者達といえた。王城に退却した者達は、王都の外まで逃げる体力が無かった者達と、帝都ダエンに家族が住んでいる者達だけだった。
軍医が重傷の者達に治療を施す為に駆けずり回った。しかし負傷者の数が多すぎて、ベッドになど寝かせられる状態ではない。そこら中に倒れている者を見つけては死んでいないかを確認し、死んでいなければ治療する。治療を終えた兵士は比較的傷の浅い兵士に抱えられ、毛布を敷き詰めた王城内の広間に寝かされた。
死んでいる者は王城の一角の隅に集められた。王国の為に戦って死んだ者達に対して酷い扱いではあるが、放置しては腐敗して疫病が発生しかねない。
ギリスはこの様な状況の中、王城の櫓の上から城外を眺めていた。
城下町の彼方此方で火の手が上がっている。だが帝国軍に消火する余力は無い。皮肉にも民家を徴収して兵士達の陣屋としようとするランリエル、ベルヴァース連合軍が火を消し止めていた。その連合軍も昼間の戦闘とさらに消火活動で疲労し、すぐに攻め込んでは来ないだろう。
そうギリスが考えていると、なんとそこへ妻のルシアが姿を現した。激戦により返り血を浴びて血だらけのギリスはこんな所までやってきたルシアを見て怒鳴った。
「まだ戦いは終っていない。ここはお前の来る様なところでない!」
しかしルシアは黙って俯いたままだった。確かに今はまだここは安全だ。しかし戦いが始まればその限りではない。妻を危険な目には遭わせられない。
「早く帰らないか!」
「いやです。帰りません」
ギリスの言葉に逆らう事などなかったルシアが小さい声ながらはっきりと拒絶した。ギリスがルシアを改めてよく見ると、ルシアの衣服は裾が血で汚れていた。ルシアは負傷した兵士達が転がる通路を通り抜けてきたのだ。
その裾の汚れには手形の様な形の物も多数あった。
傷に苦しむ兵士がルシアの衣服の裾を掴んで助けを求めたのだろう。手形の数からその様な兵士は1人や2人ではあるまい。だがルシアは、自分に助けを求める兵士達の手を全て振り切ってここまで来たのだ。
ギリスは妻のルシアが心優しい女性であると知っていた。傷ついた兵士達の手を振り切るたびにどれほど自分の心を傷つけてここまで来たのか。彼女はこの先ずっと、死ぬまで自分は傷ついた兵士を見捨てた酷い人間なのだと自らを責め続けるかもしれない。
だが自分の心が傷つく事よりも、自分が心優しい人間であり続ける事よりも、傷付いた兵士達を見捨てる血も涙も無い女となって、ギリスの元へ向かう事を選んだのだ。
自分は王都防衛に戦う夫の傍までは行けない。だがここまでならば来られる。夫の命が危ないという時に。二度と会えなくなるかも知れないという時に。その傍に居たいと考えない妻が居るとすれば、その妻は夫を愛しては居ないのだ。ルシアはそう思った。
ギリスは、フィオナ・ヘルバン夫人のもう一つの言葉を思い出した。妻を愛しているならば夫は妻の元へ生きて帰らなくてはならない。その為に出来る全ての事をすべきなのだ。
ギリスはルシアの元へ静かに歩み寄ると、強く抱きしめ唇を重ねた。
決死隊を募りながら生延びたいと思った自分も、傷ついた兵士を見捨てここまで来た彼女も共に地獄に落ちるかもしれない。
だがふたりで共に居られるならそれも悪くは無い。
ギリスは戦いはまだ終っていないと言ったが、現実的には戦いの勝敗は決していた。
ランリエル軍は大きな被害を出したが帝国軍は逃げ去った兵士も多い。現在ランリエル軍は帝国軍の6倍を超える兵力を有し、さらにベルヴァース軍も併せれば帝国軍の7倍を超える。
ランリエル、ベルヴァース両軍に帝都ダエンに突入された今、王城のみ確保していても帝国軍に長期の抵抗は不可能だった。
サルヴァ王子は降伏の使者としてデスデーリを派遣した。だがカルデイ帝国皇帝ベネガス・オルギンは、臣下の並ぶ玉座の間で降伏などできるものかと尊大に返答した。
しかし、その後にデスデーリからの「ここはあえて余人を交えず話がしたい」との要望を受け入れ護衛を除いてデスデーリと2人だけの会談を行った後、ベナガス王は降伏文書に署名する事を承諾したのだった。
はじめはベネガス皇帝も「そう簡単に一国を征服する事などできるものか」とギリスに前もって言われてきた台詞をデスデーリに浴びせ、降伏を改めて突っぱねた。だが、デスデーリは、臣下の並ぶ前ではとても言えない脅迫の刃をカルデイ皇帝に突き付けた。
「確かにカルデイ帝国はそう簡単にはランリエルに屈しますまい。ですが、そのランリエル軍を追い払った後のカルデイ皇帝は、どなたがなっておりますかな?」
確かにこのまま戦闘を継続し皇帝が討たれてもカルデイ国民は皇族の血を引く貴族を新たな皇帝として担ぎ、ランリエル軍に抵抗し続けるだろう。そしてついにはランリエル軍を追い返す事に成功するかもしれない。
だが、それでは現皇帝は死ぬではないか!!
現皇帝にそれだけの覚悟は無かったのだ。
当然の事ではあるがベネガス皇帝の決断には、今回の戦いにベルヴァース軍も参加しており、過去の「ランリエル軍に帝国が攻められれば、ベルヴァースが帝国を支援してくれるはず」という先例を期待できなかった事も大きく影響した。
しかし皇帝が降伏を承諾したとはいえカルデイ帝国がランリエル王国に併呑されるとなれば、民衆や皇家の血が流れる貴族達が黙ってはいまい。現皇帝を見捨て、彼らは新たな皇帝を立て反抗するのではないか?
そうなればサルヴァ王子とてかつてのドラゴネ王と同じく、すごすごとランリエルへ逃げ帰る事になるのではないのか?
多くの人間がそう考えたが、王子が出した降伏の条件とはみなが驚くものだった。降伏の条件とは次の様なものだった。
・カルデイ帝国はその存続を認める。
・帝室直属の兵力は近衛兵として5千名と北方の遊牧民に対しての備えのみとし、他の兵力を持つ事を禁じる。
・その分、余剰する軍事費と同等の金額を毎年ランリエル王国へと提供する。
・帝都ダエンを取り囲む塀を全て撤去する。
・カルデイ帝国とランリエル王国との国境の砦を全て破却する事する。
・カルデイ帝国はランリエル王国の承諾なしに税率を上げる事を禁じる。
つまりサルヴァ王子の狙いは帝国の併呑ではなく、属国化だった。
しかも通常属国化といえば増税を行い、税金を搾り取るのが目的である。だが、サルヴァ王子はその逆に増税する事を禁じたのだ。
そして軍事的に帝国を丸裸にし、まったくランリエルへ対抗出来なくした上でその分の軍事費を、増税を行わない代わりにランリエルへ提供させ様というのである。
この様な条件は他の国では通用しない。例えば帝国が健在の時にベルヴァースにこの様な条件を突きつければ、軍事力を無くしたベルヴァースは瞬く間に帝国に全土を侵略され、国力の増した帝国にランリエルも潰されよう。
しかしいくら帝国が丸裸になろうと、ベルヴァースに帝国を瞬く間に侵略する力などない。ベルヴァースが帝国を攻めているうちに、逆にベルヴァース本土がランリエルに攻められてしまうだけである。
確かにランリエルに屈するのは帝国の民衆にしてみれば屈辱だった。しかし現実を見ると帝国がランリエルに対して反抗する力をつけるなら、帝国は巨額の増税を行い軍備を増強しなくてはならない。そしてまたランリエルと対等になるにはいつまで掛かるのか。それまで増税が続くのか。
しかしこの条件にしたがえばカルデイ帝国がなくなる心配は無く、増税される事も無く、そして今後ランリエル軍と戦争になる事も無いのだ。帝国の民衆からランリエルへ反抗する意思は急速に冷えていった。
そして王子はさらにみなが驚愕する手を打った。
公爵、侯爵といった主だった貴族達を強引にカルデイ帝国から独立させてしまったのである。
独立ともなればその者達はカルデイ帝国に税金を払わなくて済み、それどころか軍役にも応える必要が無くなる。むしろ独立は貴族達にとって悲願とも言える。
もちろんそれでも「いえ。私のカルデイ帝国への忠誠は変わりません」と今までどおり税金を払い、軍役にも応じると宣言するものもいたが、多くの者は違った。
「私としてはその様な気はさらさら無いので御座いますが、現在ランリエルの意向に抵抗するのは難しく……」
と言い訳しながらもこれ幸いと独立を果たした。
さらに王子はそれに留まらず「どの様な爵位の者でも希望すれば独立を認める」との宣言を出した。その結果カルデイ帝国領内に、公国どころか、侯(爵)国、伯(爵)国、はたまた男(爵)国から子(爵)国まで存在する事になったのだった。
もっともそれでも各独立国はカルデイ帝国内に点在する事になるので、帝国が管理するが、影響力は以前の比ではない。ランリエルと互角の国力とは到底言えなくなったのだった。
帝国とは本来「異なった民族、国を支配する国家」という意味を持つ。
だがカルデイ帝国は今でその体をなしていなかった。それゆえ王子は時折カルデイ帝国の事を「自称帝国」と馬鹿にしていたのである。
「これでカルデイ帝国は名実共に帝国だ。結構な事ではないか」
この状況に王子はそう嘯いた
そしてベルヴァースにおいても、つい先の戦いで帝国軍からの侵略に対してランリエルから支援を受けている事、さらにたて続けに行われた戦いによりベルヴァース軍も消耗している事により、ランリエルのこれらの対応に異を唱える事が出来なかったのである。サルヴァ王子はこの時の為にベルヴァース軍にも消耗を強いたのだ。
もっとも、グレヴィ将軍によりその消耗も最小限に留められた。だがその為に逆に最後の最後でギリスの攻撃からランリエル軍を助ける為の戦力がベルヴァース軍に残っていたのは皮肉である。
この結果にグレヴィも、ランリエル軍を助けずに見殺しにした方が良かったか? と思わないでも無かったが、ランリエル軍を見殺しにすれば、帝国軍は次にベルヴァース軍を攻撃しただろう。見殺しにするのは自分の首を絞める様なものだった。
他国を征服しようとしていた今までの英雄達は、征服に抵抗する者達をどう抑えるかについて腐心していた。
サルヴァ王子の曽祖父であるドラゴネ王とて、カルデイ皇帝を討った後に「カルデイ新皇帝」が乱立した時は、その内の一人と手を結び他の新皇帝達を抑えようとした。そしてそれがかなわないとなると、その者達全員を討伐しようとして失敗したのだ。
サルヴァ王子の考えはその逆だった。王子は、いかに「抵抗する者達が現れない方法で征服できるか」を考え抜いた。そしてその状況を帝国によるベルヴァース侵略時から積み上げていったのだった。
カルデイ皇帝は殺さない。殺せばドラゴネ王の時と同じく新皇帝が乱立する。独立させた貴族達にしてもそれは同じだろう。だが降伏させて生き永らえさせてしまえば新皇帝が出現する可能性は低くなる。
いや増税されない事に満足し民衆の反抗する意思が低い今、現皇帝が存命にも関わらず、皇族の血を引く貴族が新皇帝を名乗って立ち上がっても民衆は支持しない。
カルデイ帝国の皇族達には、精々贅沢な暮らしをさせてやろう。皇族達が贅沢な暮らしをしているのに、どうして民衆が帝国の為に決起して立ち上がるだろうか?
そしてカルデイ皇帝を殺さない事に伴い、ギリスを筆頭とする帝国軍首脳部の者達も助命する事とした。
戦いの最中は当然お互い殺しあった。だが戦いが終った後は極力誰の命も奪わない。カルデイ国民にランリエルを暴虐な支配者と思わせてはならない。これからの統治を考えれば慈悲深い国と思わせる必要があるのだ。
だがそれでも、軍部の最高責任者ならば処刑されても仕方が無いと反感も少なかったかもしれない。サルヴァ王子にはギリスを殺さないもう一つの理由があった。
戦いには勝った。だが王子にはギリスに独力で勝てたとは思えなかった。そして戦いで倒せなかったギリスの命を、その様な形で奪う事がどうしても出来なかったのである。
カルデイ皇帝とデスデーリとの会談の数日後、降伏文書にカルデイ皇帝が署名した。
そして署名が行われると、早速ランリエル、ベルヴァース連合軍、そして帝国軍により帝都ダエンの塀の撤去作業が開始された。
王都の塀を撤去せずに連合軍が帝国を後にすると帝国が降伏を反故して、すぐにまた立て篭もり抵抗する可能性があるからだ。一旦撤去されれば一朝一夕で築き直せるという物でもない。帝都ダエンの塀を撤去する事は最優先事項だった。
そしてその他の詳細については、両国の役人の間で随時決められるだろう。
帝都ダエンの塀の撤去作業は後に残す軍勢に任せサルヴァ王子がカルデイ帝国を去るという時、王子は会談を開いた。
会談といっても改まったものではない。王子がベルヴァースのグレヴィ将軍と帝国のギリス将軍の2人と改めて話をしてみたいと考えた。という程度の私的なものだ。
王子は王都内のとある公爵家の邸宅の一室に2人を招いた。
帝国がランリエルに屈した為、サルヴァ王子に便宜を計っておいて損は無いと考えた帝国の公爵が、是非にと自ら王子に提供したものだった。公爵邸は占領軍に媚を売ろうという発想の持ち主の人格を反映し、その内装は豪華ではあったが品は無かった。
だが豪華な邸宅には違いない。その豪華な邸宅の豪華な一室に2人を招いた王子は、邸宅の主が言う「御自分の邸宅と思い遠慮せずに御自由にお使い下さい」との言葉に甘え公爵が秘蔵していたと思われる年代物の葡萄酒を2人に振舞った。
手ずから2人に葡萄酒を注ぎながら、王子はグレヴィ将軍の思慮深さとギリス将軍の洞察力を改めて称賛した。
するとグレヴィは「なに歳を取ると何事も億劫でござってな。無駄な事はなるべくしたくないのでございますわ」と返答し、サルヴァ王子は苦笑させた。
そしてギリスは「私が王子の策を読めたのは、私1人の力ではありません。幕僚や一兵卒に至るまで帝国軍全ての将兵のおかげです。私1人では、到底不可能だったでしょう」と返答し、それは謙遜に過ぎるというものだとサルヴァ王子に思わせた。
3将は色々な事を語り合った。と言ってもほとんど話題はサルヴァ王子が提供した。王子は酔うと意外にも饒舌になったのだ。もっともグレヴィはともかく、ギリスは敗戦の将である。饒舌になれというのは無理な話だろう。
「そういえば老将軍、内々に貴国のトシュテット国王陛下に伝えて欲しい事がある」
「なんですかな?」
「こういう事は、正式に申し込む前に根回しをする必要があるからな」
「それで、何を伝えて欲しいという事なのですかな?」
もったいぶるサルヴァ王子にグレヴィが少し焦れた口調で再度問いかけると、そのグレヴィの様子に満足して王子が本題に入った。
「実は、貴国のアルベルティーナ王女と、我が弟でランリエルの王子であるルージとの婚姻を申し込みたいのだ」
王子は、この申し出にはさすがのグレヴィも多少は顔色を変える、と考えていたがその予想は外れた。
「なんですと!」
とグレヴィは大声を上げて驚いたのだ。
多少顔色を変えるどころか目を見開き驚愕しているグレヴィに、話を切り出したサルヴァ王子の方が動揺した。常に冷静沈着なグレヴィをまさかこれほど驚かせるとは。
勿論グレヴィを驚愕させたのは、ランリエルが帝国を属国化し強化された国力を背景に王女と弟を結婚させてベルヴァースを傀儡とする、という王子の思惑についてではなく、好き好んであの王女と弟を結婚させようとする者が居たという事についてだ。
「老将軍は反対か?」
自国が傀儡にされるという申し出なのだから問題はあるだろうが、グレヴィがこれほど冷静さを無くすというのが王子には予想外だった。すると意外にもギリスが口を挟んだ。
「失礼ですが、サルヴァ殿下とルージ殿下はご兄弟仲がお悪いのですかな?」
「いや、悪くなどないが?」
「そうでございますか……」
ギリスはため息を付き、グレヴィはギリスの顔を一瞥し、酒を飲む振りをして杯で口元を隠しながらその口に皮肉な笑みを湛えた。
なるほど、アルベルティーナ王女は帝国に捕らえられていた。ギリスは王女が「どの様な者」であるか知っているという事か。グレヴィはそう考えたのだ。アルベルティーナ王女が「どの様な者」なのかを知っている者にとっては、その王女との結婚など厳罰としか思えない。
「おぬしら、なんだと言うのだ?」
アルベルティーナ王女が「どの様な者」であるかを、デスデーリから聞いている程度にしか知らないサルヴァ王子には、この2人の態度の意味が分からない。
「いやいや、まことに結構な申し出でございましょう」
グレヴィは戦いが好きな訳ではない。これで戦いが終るというなら異論は無い。さらにあの王女を引き受けてくれるというのなら、異論どころか諸手を挙げて喜ぶべき話だ。
戦が無くなり、グレヴィ家の家名をサンデルが継げば自分は引退し後は娘が産む孫をあやして暮らすのも悪くは無い……。
そしてギリスは無言だった。つい口を挟んでしまったが、本来ギリスが口を挟む話ではないのだ。
「まあ老将軍がそう言ってくれるなら心強い。よろしく頼む」
多少の違和感を覚えながらも、まあ賛成してくれるならとサルヴァ王子はこの話を切り上げた。
その後グレヴィ将軍は「老人に夜更かしは体に堪えますのでの」と退席したが、サルヴァ王子とギリス将軍は明け方まで語り合った。
王子がギリス将軍に、どうやって自分の策を読んだのかを詳しく聞きたがったのだ。
ギリスは兵士達に集めさせたランリエル軍兵士の鎧に泥が付いていた事や、船で奏でられていた音楽の音色といった情報から、サルヴァ王子の策を見破ったのだと語った。
「その様な事から我が策を見破ったというのか!」
サルヴァ王子はギリス将軍の洞察力に改めて感銘を受けた。そして、ギリスをランリエル軍の将軍として仕えないかと誘った。
「どうだ。私の口から言うのもおかしい話かもしれんが、もはや今後帝国軍が戦場で戦う機会は少なくなるだろう。そうなれば折角の貴公の才覚を発揮する場も無くなる。私に仕えランリエル軍の将軍として、貴公の才覚を発揮してみないか?」
サルヴァ王子の言葉に、ギリス将軍は深々と頭を下げた。
「まことにありがたいお誘いですが、お断りさせて頂きます。このお誘いがこの戦いの前であったら。帝国軍がベルヴァースより撤退した時であったなら、落ち目の帝国よりランリエルに使えた方が身の為とお誘いに応じたでしょう。しかし今回の戦いで私は多くの幕僚と兵士達の力によって非才ながらも貴方と雌雄を決する事が出来ました。彼らと別の国に仕えれば、万一にも彼らと戦う事があるやも知れません。そして、それはもはや出来ない事なのです」
そして、ギリス将軍はサルヴァ王子の目を正面から静かに見据えた。
サルヴァ王子もギリス将軍と視線を交えた。
そして王子は視線を移すと、そばに置かれた「彼の」兜を見やった。
サルヴァ王子は視線をギリス将軍に戻し僅かに微笑むと、小さく頷いた。