表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/47

第31話:カルデイ帝都ダエン攻防戦(3)

 グレヴィは、サルヴァ王子の作戦が帝国軍に破られるとは考えてはいなかった。ならば戦いは王子に任せておけば良かろう。だが油断は禁物である。


 おそらく無いであろう「帝国軍がサルヴァ王子の策を破った場合」に付いて警戒し、心構えを持っておくとしよう。戦場において「無いに決まっている」「こうに違いない」といった判断で警戒を怠るという事が、自殺行為である事を歴戦の老将はわきまえていた。そして心構えが有るか無いかが、いざという時の判断力に大きな差となる事も。


 グレヴィは東門の異変を聞き急いで東門へと向かう。などという事はしなかった。他の門のランリエル軍と違い東門の異変を聞いても慌てずに偵察の兵を多数放った。そして、他の門の状況を調べた上で対応策を打ってから悠々と現れたのである。


 つまり、西門を離れれば出てくるであろう帝国軍に対し抑えの軍勢を置き後方の憂いをなくし、アナガト川がある帝都の北側を避けて南回りに、塀からの矢による攻撃を受けない様に帝都と距離を保って大回りに東門まで来たのだ。


 ベルヴァース軍の参戦により、ランリエル軍は息を吹き返した。


 帝国軍の包囲の外側からのベルヴァース軍の攻撃に対して、ランリエル軍も内側から同一箇所を攻撃し、ついに包囲に穴を開ける事に成功したのだ。


 ランリエル軍はその穴から次々と脱出する。地を這っていたサルヴァ王子も、ここぞとばかりに立ち上がり、懸命に駆けて包囲から脱した。


「ランリエル軍が体制を立て直すまで、持ち堪えよ」


 グレヴィの命でベルヴァース軍は包囲から抜け出したランリエル軍の背後を守った。帝国軍より数において劣るベルヴァース軍でだったが、東門外の戦場の狭さがここでは連合軍に優位に働いた。


 ベルヴァース軍は乱戦に持ち込まず整然と隊列を組み、王都の南東側の塀からアナガト川まで続く兵士達による盾の壁を構築したのだ。帝国軍はその壁を突破する事が出来ない。



「各指揮官は、部隊の収拾に努めよ。体制を立て直すのだ!」


 王子は叫びながら兜を脱ぎ、持って来させた水を頭から被った。そして他の者にも自分の鎧に水を浴びせる様に命じた。総司令官が泥だらけでは軍勢の士気に係わるのだ。


 そしてあらかた泥が落ちると王子は改めて兜を被り、用意させた馬に跨って将兵を鼓舞すべく前線へと戻ろうとした、その時、王子の従者が呼び止めた。

「殿下! これを御身に着け下さい!」


 従者が差し出したのは、総司令官の印である外套と普段王子が被っている兜だった。万一の場合にと予備が用意されていたのである。王子は馬上から外套を引っ掴むと馬の腹を蹴りその場を飛び出した。そして馬を走らせながら外套を身に付け前線へと急ぐ。


「グレヴィ将軍に伝えよ! アナガト川方面を守る部隊をどかしてくれとな!」


 サルヴァ王子の言葉をランリエル軍の伝令から伝えられたグレヴィは

「ほう」と一言呟いた後「承知した」と返答した。


 そして伝令が立ち去った後、グレヴィはサンデルににやりと笑った。


「どうやら勝てそうじゃの」


 アナガト川方面のベルヴァース軍が道を空けると、そこへ体制を立て直したランリエル軍騎兵が突入した。ランリエル軍はアナガト川の川筋と帝国軍の間を前進し続ける。


 帝国軍はその前進を防ごうとするが、すぐ横は急流のアナガト川である。帝国軍兵士達は溺死を恐れ、つい川岸から距離を置いてしまう。


 サルヴァ王子はその僅かな隙間に切り込み、針に糸を通す様にして突撃しその穴を押し広げ、遂には王都の北東の角にまで辿り着いた。そして王子が騎兵で突撃して道を作った後、歩兵がその道を舗装するかの様に盾を並べて固めていった。


 王都の南東側の塀からアナガト川までの壁を作るベルヴァース軍と、アナガト川沿いに王都の北東側までの壁を築いたランリエル軍により、今度は帝国軍が包囲されてしまったのである。


 帝国軍は川筋に沿って築かれた包囲網をアナガト川へと追い落とそうとするが、数に勝るランリエル軍は次々と駆けつける。帝国軍が作る綻びよりも早く包囲網は強化されていった。


 包囲され追い詰められた同胞が次々と倒れる姿を、ギリスも楼閣から険しい表情で睨んでいた。その光景にギリスは目を瞑り大きく息を吐き、心の内で(やむをえん)と付け加え兵士に命じた。


「東門を開門せよ!」


 これだけ状況が不利となってはここで粘っていても損害が増すばかりだ。だが、敵はこの機会を逃すまい。我が軍将兵と共に、王都内に雪崩れ込もう……。そう考えたギリスだったが、とはいえ、敵に体制を整えられじっくりと攻められれば、サルヴァ王子によって空けられた王都の塀の大穴は致命的だ。ギリスはもはや乱戦に活路を見出すしかないと、自身も前線へと向かった。


「早く中へ入れ!」


 門を開放させた兵士達が叫ぶと、帝国軍兵士は開いた東門から我先にと帝都ダエンへと逃げ込んだ。だが、つかさず連合軍の兵士も内部へと滑り込み、両軍の兵士は入り乱れたまま東門を潜った。戦場は王都内へと移り、戦いは町の一区画一区画を、一軒一軒を取り合い続けられたのである。


 町を騎士や兵士が走り回り、両軍の兵士が怯える民衆を尻目に民家に押し入る。身をすくますその家の家族には目もくれず2階へと駆け上がり、2階の窓から下にいる敵兵に向けて矢を放つ。そして、矢を射掛けられた側は、矢を射掛けてきた者を倒す為に、またその家へと押し入り、2階へと駆け上がって行く。


 連合軍に包囲されていた王都外での戦いとは違い、ギリスの指揮の元、王都内の戦いに帝国軍は一方的に負ける事は無かった。勝手知ったる王都内での戦いに、部分的には優勢に戦いを進める場面もあった。


 だが、それでも戦場全体を見れば数に勝る連合軍の優位は動かない。帝国軍は連合軍に押され崩れだし、ついに帝都から逃げようとする兵士達が現れ始めた。


 その者達の数は次第に増え一丸となり南門からの脱出を試みた。南門の外には陣を守る為に少数のランリエル軍が居るだけだった。必死で逃げようとする帝国軍の兵士達に、南門のランリエル軍は瞬く間に蹴散らされたのである。


 サルヴァ王子は、帝国軍が南門から脱出していく様を眺めていた。ここで逃げる敵をあえて追撃し、敵の必死の反撃を受ける必要も余裕も、激戦で疲労したランリエル軍にはない。帝国軍兵士は次々と王都を脱出していく。


 彼らが南門を退路に選んだのには理由があった。東門から敵が来るのだから東門は論外だ。北門はその先にアナガト川があり、門を出た後の行動は制限される。そして西門にはベルヴァース軍が築いた強固な陣がある。一番逃げやすいのが南門なのだ。


 王子が本来計画していた帝都の東側突破作戦が成功していれば、東側を突破したランリエル軍は南北の門と王城に殺到し、南北の門を内側から開いて味方の軍勢を引き入れていたはずだった。


 そうなれば、敵は西門から逃げるしかない。その結果、逃げる帝国軍と西門のベルヴァース軍との間で激戦が行われるだろう。帝国軍の敗残兵をベルヴァース軍に押し付ける。それが王子の立てた策の最終段階だったのだ。


 しかしグレヴィは王子の策を読み、敵が西門から逃げてきた時に敵を防ぐ為、陣を強固に固める口実に、わざわざ西門に攻撃をしかけ矢を消耗させたのだ。


 だが本来陣を強固に固めるのに理由は不要だ。わざわざ擬態を行って陣を固める、という手間を掛けたのは、帝国軍に対して不自然に見えない様にとの配慮からだろう。


 不自然に見えない様に。つまり理由もなく西側の陣を強固に改修するといった行動から、サルヴァ王子の策を帝国軍に悟られない様にという事である。


 もっともギリスは、それとは別の角度からの考察でサルヴァ王子の策を見破った。だがグレヴィの冷静な対処により、そのギリスの攻撃すら跳ね返したのだった。


 サルヴァ王子は、ランリエル軍と共に戦うベルヴァース軍に視線を移した。


 これほどの乱戦にも関わらずベルヴァース軍将兵に混乱はなく、グレヴィの指揮の元整然と戦っている。サルヴァ王子の口から自然と言葉が洩れた。


「見事なものだ」



 そして日が暮れ両軍が疲れ果てた時、戦いは終わりを告げたのである。


 ランリエル、ベルヴァース連合軍は帝都ダエン内に留まり、帝国軍は帝都のさらに奥の王城へと退却した。この戦いで帝国軍は1万6千名の死傷者をだし、残った軍勢の内さらに半数以上が城に入らず王都からも脱出した。城内に逃げ込んだのはわずか9千。


 ランリエル軍の被害はさらに多く、1万9千名もの死傷者を出した。


 ベルヴァース軍の死傷者は3千名だった。


「どうやら、勝ったようですの」


 戦闘が終結し、軍勢を纏めていたサルヴァ王子にグレヴィが話しかけてきた。


「老将軍のおかげでな」


 思いもよらぬサルヴァ王子の素直な言葉に、グレヴィは一瞬戸惑ったが、すぐに我に返ると片方の眉を吊り上げ、どうした風の吹き回しだ? とでも言う様に、にやりと笑った。


 王子は、グレヴィの表情に気付かぬ振りをし、グレヴィに問い返した。


「ベルヴァース軍の方は、もう軍勢を纏めたようだな」


「なに、我が方はランリエル軍に比べれば、小勢ですのでの。軍勢を纏めるのに時間は掛かりませぬわ」


 サルヴァ王子は苦笑した。


「しかし、これで戦いは終わりにしたいものですの」


 そう言って踵を返すグレヴィの後ろ姿を王子は黙って見送った。確かに戦いには勝利した。だが、自分1人の力では到底勝てなかったであろう事を王子は理解していた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ