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第31話:カルデイ帝都ダエン攻防戦(1)

 ギリスの命じた作業は数日後無事終了した。


 ギリスは安堵のため息を付いた。後はランリエル軍の作戦がいつ発動しても良い様に常にランリエル軍の動向に注意してその時を待つだけだった。


 帝都から出撃しても勝てないであろう帝国軍にサルヴァ王子の作戦を食い止める事は出来ない。だが逆手に取る事は出来る。


 その為ギリスは帝国軍から決死隊を募った。何人かが必ず死ぬ事を覚悟しなければならない非情な使命だが、勇敢にも数百人の兵士が志願してくれた。


 ギリスは決死隊に志願する兵士に妻帯して居ない者という条件を付けようかとも考えたが思いとどまった。なにも妻だけが大事な人という訳ではあるまい。両親や兄弟、さらにまだ結婚していなくても恋人が居る者もいよう。言ってもせん無き事だった。


 ギリスは首にかけたペンダントを握り締めた。恥ずかしがるルシアをモデルに画家に肖像画を描かせ、さらにそれを参考に大理石に彫らせた物だ。そしてルシアはギリスのペンダントを持っている。


 ギリスがルシアのペンダントを作ると知った時に、ルシアが「私も貴方のペンダントが欲しいです」とねだったのだ。2人のペンダントの縁をミモザの花が囲む様に掘られていた。これもルシアが望んだ事だった。


「ミモザの花が好きなのか?」

「貴方が始めて私に贈って下さった花束にも……、その次に贈ってくれた花束にもミモザの花がありました」


「そんな事まで覚えているのか?」


 ギリスは、自分がはじめにどんな花束を贈ったのかなどすっかりと忘れていた。2つの花束に共にミモザがあったのは偶然でしかない。


 今自分とルシアは間違いなく愛し合っている。ギリスはそう思っている。だが少し前までの自分がルシアを本当に愛していたかと聞かれると自信は無かった。


 そしてルシアにしても少し前までは自分の事を、父に無理やり結婚させられた相手程度にしか思っていなかったのだと、そう考えていたのだ。


「父は……。よくあなたの事を私に話して聞かせてくれていました。お前の夫となる男はすごい男なのだと、あれほどの男は見たことが無いのだと。お前はあの男に着いていけば間違いなのだと。父はそう言っていました……」


 ルシアの言葉にギリスの胸は痛んだ。自分はルシアの父であるロサリオの事を、それどころかルシアの事すら出世の役に立つだろうと考えて結婚したのだ。


「いや。義父上には申し訳ないが、俺は義父上が見込んだほど立派な男ではない」


 ルシアはギリスの言葉に首を振った。そして少し眉をひそめながら首をかしげ、ギリスの顔を覗き込む様にして微笑んだ。普段はギリスに対して控え目に使えるルシアだが、この時の微笑みはまるで拗ねている小さな子供をなだめる母親の様な微笑だった。


「私はあなたと一緒に居て幸せなのですよ?」


 ならばロサリオが言っていた「お前はあの男に着いていけば間違い」という言葉は間違ってはいないのだ。


 ギリスは微笑むルシアを自然と抱きしめていた。気付くとその目には涙が溢れていた。ルシアも優しくギリスを抱きしめた。ギリスがその場に崩れ落ち膝をつくとルシアも跪いた。ギリスはルシアの胸の中で泣き続けルシアはギリスをその胸の中で抱き続けた。


 今まで他の誰かに涙を見せる事など無く人に涙を見せる事など恥と考えていたギリスだったが、この時妻に見せた涙は微塵も恥ずかしいとは思えなかった。


 夫が妻に涙を見せるのに何の不都合があるのだろうか?


 自然とそう考える様になっている自分に気付いたギリスは、同時にルシアが自分にとってすでに半身となっている事にも気付いた。そして涙を見せたギリスを自然と受け入れたルシアもそうなのだろうと確信した。


 帝都ダエンに篭っての戦いとはいえもしもの事があれば一刻を争う。ギリスも戦いが始まってからは持ち場で寝起きし王都内の邸宅には戻っていない。そしてルシアも、すでに邸宅には居らず王城の中に避難している。


 文武の重臣の特権としてその親族は王城へと入っているのだ。一般の民衆や兵士からすれば自分達のみ安全な所に逃げるのかと不満があるだろう。しかし、全員を王城へ収容する事は出来ない。そして一部の人間が収容できるならその一部に妻を入れる事にギリスは躊躇しなかった。


「おぬし達の妻子ばかりを危険な目には合わせはしまい! 我が妻子もおぬし達の妻子と同じく王城へ入れず、家で私の帰りを待たせ様ではないか!」

 とでも宣言すれば、私心を棄て兵士と苦楽を共にした名将とでも言われるのだろうか。


 だが他者からの評価の為に妻の命を危険に晒せる者が居るなら、その者は妻を愛しては居ないのだ。ギリスはそう思った。


 出立の時必ず帰ってくると妻のルシアを抱きしめた。

 ルシアは「はい」と一言だけ答えたが、その瞳には涙が溢れていた。出立の時にギリスがルシアを抱きしめたのもルシアがギリスに涙を見せたのもこれが始めてだった。ギリスの顔に苦笑いが浮かんだ。思えば初めてづくしだった。今まで自分達夫婦は何をしていたのだろう。


 ヘルバン将軍の未亡人であるフィオナ・ヘルバン夫人は、帰って来ないならば優しくしてくれない方が良かったと言った。本当にそうなのだろうか?


 自分にはなにが正解なのか分からない。分からないので回答は次の戦い以降に持ち越しにさせてもらおう。それにはまずこの戦いに生き残らなくてはならない。


 決死隊を募っておいて自分は生き残りたいなど、俺は地獄へ落ちるのだろうか? その答えならば死んだ時に分かるだろう。


 自分の気の回し過ぎで東門の内側へと出るのがランリエル軍の作戦かも知れない。それならそれでよい。その時の為の対応もしてある。


 さあ、ランリエル軍の真意はどちらであろうか?


 一方ランリエル軍でも、サルヴァ王子が全ての準備が完了したと報告を受けたのだった。




 その日、アナガト川に浮かぶ12隻の船に異変が起きた。


 すでに12隻全ての船の側面の絵が水面に消えていた。


 いかにも動きが鈍い12隻の船はゆっくりと動き、その中の6隻の船が船首を帝都に向けて縦に並んだ。アナガト川は川幅の広い川ではない。6隻の船が並ぶと、川のこちら岸から向こう岸まで連なる線となった。


 そしてもう6隻もその隣に縦に連なって並んだかと思うとその12隻の船が一斉に自沈したのだ。12隻の船が自沈する事によりアナガト川の流れは堰き止められた。


 その為川が氾濫すると思われたが、氾濫は起こらず川の水はある方向へと流れていった。水はランリエル軍が掘った穴へと流れ込んだのだ。ランリエル軍は本陣から帝都側にだけでなくアナガト川方向へも掘り進んでいたのだ。


 そして船を自沈させると同時にその穴とアナガト川を隔てていた最後の土の壁を掘り崩した。しかも帝都方面の穴は東門の下ではなく、本陣から最短距離の帝都の塀の下へと続いていた。塀の下まで達した水は幅十数サイトに渡り塀の下の土を流し去った。


 その箇所の塀が音を立てて崩れ落ちた時、サルヴァ王子とギリスは同時に呟いた。

「勝った」


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