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第30話:老将の布石

 ギリスは数日を掛け今までの情報を整理し、一つの結論に達した。


 軍議にてギリスは、幕僚達に対して情報を整理し推理した結論を説明しそして命じた。


「敵の意図は帝都ダエンの内側まで穴を掘り、そこから東門の内側に兵士を送り込ませ東門を内側から開けるつもりだ。東門の内側の地面を掘り、そこに水を流し込め」


 ギリスがいう、規律が乱れているなら必ずあるであろう「あの報告」とは「兵士同士の乱闘が行われている」という報告だった。


 ただでさえ戦で気が立っている。規律が乱れてくればいざこざの一つも起こるのが自然というものだ。


 鎧や剣すら身に着けず昼間から寝ている者が居るほど規律が乱れているなら、喧嘩なども頻繁に起こっていて当然なのだ。しかし、規律が乱れているはずの帝都の東側のランリエル軍にその様な報告はない。


 勿論、敵は9万の大軍だ。まったく乱闘が無い訳ではないかもしれない。しかし「どんな事でも報告すれば恩賞を与える」と布告しているにもかかわらず、それが報告されて来ないという事は、恩賞の為、血眼になって監視している我が軍の兵士が見逃す程度にしか起こってないという事になる。


 つまりランリエル軍の規律は乱れてなどおらず、一見規律が乱れていると見えるランリエル軍の姿は、実は忠実に任務を守った結果なのではないのか?


 剣を持たず。暑さで鎧を脱ぎ。泥だらけになる任務とはどの様なものだろうか?

 土木作業ではないのか。しかも昼間寝ている者は、夜にその作業を行っている者だろう。ランリエル軍が帝都に着てから今まで、昼夜行われている大規模な土木作業をである。


 しかし、敵陣にそれほどの大規模な土木作業が必要な建造物など建ってはいない。


 ならば地上ではなく地下に対しての土木作業ではないのか?

 地下に対しての土木作業というならば穴を掘るという事しかない。


 どこから?

 帝都の東側のランリエル軍の本陣からに決まっている。


 なぜ穴を掘るのか?

 帝国軍に隠して穴を掘るなら帝都を攻略する手段として以外にあるだろうか。穴を通ってなどでは多数の兵士は送り込めない。少数で帝都を落とす為の仕事をするとなると、内側から門を開ける事しかないはずだ。


 それほど長大な穴を掘っているなら大量の土が発生しているはずだが、その土はどうしているのか?

 アナガト川へと捨てているのだ。


 帝都とアナガト川の間に本陣の天幕と側近や幕僚の天幕を建てる事により川を隠し、川へ土を捨てるのを隠しているのだ。川は帝都の北から南南東へと流れている。東門の正面に本陣を置くと本陣から川までの距離が離れて天幕では隠し切れなくなる。その為にランリエル軍は、本陣を東門の正面ではなく東門のやや北側に置いたのだ。


 勿論、東門の正面のもっと川側に本陣を置けば天幕でアナガト川を隠す事が出来るだろうが、その場合は本陣から東門までの距離が開きすぎる。地上を全力で駆ければ数百サイトなど一瞬であるが、穴を掘るとなると数百サイトは大きな違いだ。


 大量の土を川に捨てて川がせき止められてしまわないのか?

 ランリエルから持ってきた船に土を運び込み、船で川を上り下ししながら、帝都から見えない方の船の側面から川へと土を落として流していたのだ。そして、あの船から聞こえてくる音楽は、土を川へ落とす音を隠す為のものだ。


 帝国では再現が困難なほどの音楽を奏でるという名の知れた楽士が、この様な戦場にまで来るだろうか?

 名の知られた楽士でなくて再現が困難な音楽を奏でるというなら、それはでたらめに奏でているのではないのか?

 おそらく土を川へ落とすに合わせて、それらしく太鼓や銅鑼を鳴らしていたのだ。


 これが、ギリスが今までの情報から推測し出した結論だった。


 このギリスの結論に幕僚達は驚き、早速帝国軍では東門の内側の地面を掘りその穴に水を流す作業が行われた。


 門の内側まで掘り進んだ敵は、ここまで来たところでこちら側が掘った穴とぶつかり、大量の水でおぼれ死ぬだろう。勿論、このままではいざという時、帝国軍が帝都の外へと出陣する時に掘った穴が邪魔となる。その上に頑丈な板を敷き詰め通るのに不便が無い様にした。



 そしてさらに数日後、全ての作業の完了の報告を聞いたギリスは安堵した。


 これでサルヴァ王子に一矢報いる事が出来る。そしてカルデイ帝都攻略の決め手が破られたサルヴァ王子は、帝都攻略を諦め撤退する可能性すらある。

 ギリスは連合軍による総攻撃の日を待ちわびた。


 そのころランリエル軍では、サルヴァ王子が本陣から帝都までの穴を掘る作業の進み具合の報告を受けていた。後数日で目的の地点まで掘り進む事が出来るという報告に王子は満足した。やっとこの戦にも決着をつける事が出来る。


 ギリスとグレヴィ。この2人が帝国、ベルヴァースのそれぞれの随一の名将といって良いだろう。そのギリスを倒しグレヴィを出し抜く。それでこそ少年の日の誓いに近づけるのだ。


 ギリスとサルヴァ王子が、共に待ちわびる決戦の数日前の事である。


 帝国軍では定例の軍議が行われていた。そして例により兵士からの報告内容の検討を行っていた。


 しかし、やはりすでに出尽くしているのか、報告されてくる内容は以前報告されたものと同じものばかりである。どうせもうランリエル軍の目的は知れたのだ。同じ内容の報告を繰り返し聞く事に何の意味があるのか、と幕僚達が飽き飽きしている所に今までに無い報告がもたらされた。


 その報告とは「アナガト川に浮かんでいる船の数が減った」というものだった。


 ランリエル軍の策をギリス将軍がわずかな、そして、一見意味のなさない情報から見破った。その事から、幕僚達もこの情報には何か重大な意味があるのでは? と、情報の解釈に議論は白熱した。


 しかし、白熱した議論の最中、新たな情報が、というより情報の訂正が行われた。それは「船の数が減ったというのは間違いで、船の数は減っていない」というものだった。白熱した議論を行っていた幕僚達が、顔色を変えて激怒したのはいうまでもない。


「なぜそんな間違いをすると言うのか!」


「数もろくに数えられんのか!」


 幕僚達の前に引き出された報告者の兵士は、身を縮ませ泣き出さんばかりの哀れな声で弁解した。兵士の弁解した内容は次の様なものだった。


 船は動いていたり本陣の後ろに隠れたりしていて数を数えるのが困難だったが、幸いそれぞれの船の側面にはさまざまな絵や柄が描かれている。ある船は竜の絵が描いてあり、ある船には白鳥や虎、色とりどりの腺を描いた美しい柄の船などもある。


 自分はそれぞれの船の絵や柄をまとめて書き留めてあり、浮かんでいる船の絵や柄で一隻一隻いるかを確認していた。しかし今日に限って竜の絵の船と4本線の柄の船がどうしても見つからない。なのでその船が居なくなったと思った。という事だった。


「もっとよく見ないか!」

 幕僚達から再度怒鳴られ兵士はさらに身を縮ませたが、そこへギリスがおもむろに口を開いた。


「その見つからなかった船は、結局どうしていたのだ?」


「はい。実はよくよく船の側面の絵以外の特徴を見てみると、居なくなったと思っていた船と一致する船がありまして、この船がそうだったのかと……」


兵士は申し訳なさそうギリスに何度も頭を下げた。だが兵士のこの答えに対してギリスは重ねて問いただした。


「この船がそうだったのか、とはどういう意味だ? 側面の絵はどうしたのだ?」


「それが今日に限って絵が全て水面に隠れてしまっておりました」


 兵士は頭を下げ両手で許しを請う様にしてギリスの質問に答えた。


 その答えを聞いたギリスはしばらくの間深く思考している様に見えたが、暫くするとつかつかと兵士の方に歩み寄った。幕僚達どころか兵士本人もギリス自らの手打ちになると予想したが、兵士のそばまで来たギリスは予想に反し、脅える兵士の手を右手でとり左手で肩を抱いてこう言ったのである。


「でかした」


 そしてギリスの新たな指示が発せられた。もう時間がない。間に合うだろうか?



 そのころグレヴィ将軍はベルヴァース軍本陣の司令部として使用している天幕で、サルヴァ王子の作戦を探らせていたサンデルからの報告を受けていた。


 その内容はギリスが看破したものと同じだった。


 これは特別サンデルがギリス将軍に匹敵する、ましてや上回る洞察力の持ち主という訳ではない。帝都から一歩も出られぬギリスと、自由に動けるサンデルとの置かれている状況の差である。帝都から一歩も出ずに、王子の作戦を見抜いたギリスこそ尋常ではないといえた。


 帝都ダエン及びその付近の地形と、各国の軍勢の位置を記した地図を前に、サンデルからの報告を受けたグレヴィはサルヴァ王子の作戦に感嘆した。


「なるほどサルヴァ王子は二段構えの作戦を考えておったのか。我らに打ち明けたのはその半分だけだったという事じゃの。東側の本陣を帝国軍が攻め込めば待ち構えているランリエル軍に撃滅される。かといって攻めねば、このまま王子の策により帝都は落とされるじゃろう。だが、今まで動いてない帝国軍が今更動きはすまい」


「では、このサルヴァ王子の作戦で帝都を落とし、戦はわれわれの勝ちですか?」


「おそらくの」


 しかしグレヴィにはまだ何かが引っかかった。この作戦を我らに隠す必要があるだろうか? だがサンデルが調査した結果ではベルヴァースに隠す必要は感じられない。


 グレヴィは改めて状況を確認した。東側のランリエル軍は本陣があるという事で、南北のランリエル軍より多勢である。だが、それでも東側の軍勢だけで帝国軍を凌駕するというほどではない。ならば南北の軍勢も戦闘に参加させる必要がある。


 だがその時に、我がベルヴァース軍はどうするのか?


 サルヴァ王子から、この作戦についての説明はない。ならばその時にベルヴァース軍は戦闘に参加する事が出来ない。少なくとも他の方面に対して遅れを取るだろう。


 グレヴィは地図を睨み、王子の作戦が行われた時のランリエル、帝国両軍がどう動くかを想定してみた。


 実際の戦闘において、奇抜な動きをする軍勢など存在しない。軍勢は動くべくして動くものだ。指揮官がどんなに精密巧緻な作戦を考えても従う兵士の大半は凡人なのだ。軍勢はその凡人を基準にしてしか動きようが無い。


 まず、東の軍勢だけでは帝国軍に勝つのは難しい。ならば南北の軍勢を参加させるはず。そして南北の軍勢が参加して帝国軍に打撃を与えたならば……。


「なるほどの」


 グレヴィは苦笑して呟くと、おもむろに天幕を出た。

 そして帝都の西門の敵兵を眺めると、まだ天幕の中に居るサンデルに振り返った。


「どうも、ろくに戦闘もない長期の睨み合いで敵も油断しておるようじゃ。一つ攻めてみようかの」


 この唐突な戦闘命令に唖然とするサンデルに、老将はにやりと笑った。


 それからしばらく後、サルヴァ王子はベルヴァース軍が帝都の西門に対して攻撃を開始しているという報告を受け、王子は我が耳を疑った。あの自軍の消耗を嫌うグレヴィが今ここで無駄に攻撃を行うなど、あり得ない話である。


「もっと、詳しく情報を集めよ!」


 王子の命令に対してさらに詳しい情報が集められた。


 ベルヴァース軍は多数の弓兵をそろえ雨の様に矢を打ち込み、隙を見ては帝都を囲む塀に軍勢を上らせようとしている。


 だが、当初は敵も突然の攻撃に不意を突かれ浮き足立ったが、現在は冷静に対処しベルヴァース軍を塀に寄せ付けない。しかしそれでもグレヴィは攻撃を止めず、現在ベルヴァース軍は盾を並べその間から矢を射らせ続け、帝国軍も塀の狭間から矢を射かけ返し、双方矢合戦となっている。


 この報告に王子は考えた。


 これでは双方被害もほとんど無く無駄に矢を消費しているだけだ。王子にグレヴィへの援軍に行く気はない。こんな無駄な戦いに参加しても意味はないし、ベルヴァース軍からの援軍要請どころか、攻撃開始の連絡すら受けていないのだ。


 さすがの王子も、このグレヴィの不可解な行動は理解しかねた。


 そしてギリスも、今まであまり戦闘の意志が感じられなかったベルヴァース軍が突如にして西門に攻撃を開始したとの報告に戸惑っていた。


 ギリスは敵の攻撃の拠点は間違いなく東側と考えていた為、東門側に司令部を置いていた。だが、その東ではなく反対側の西門に攻撃が行われるとは!


 ギリスの背に冷たいものが走った。もしかして今までの事が全て詐術であり、西側こそが敵の狙いなのだろうか?


 だが西側は陽動でやはり東が敵の狙いである可能性も捨てきれない。現段階では、指示した東側の作業は終ってはいない。今敵の作戦が発動されればこちらの負けだ。


 ギリスの見たところ、西側には敵に破られる要素はない。だが敵には、自分には思いもよらぬ作戦があるのだろうか?


 だが結局ギリスは割り切る事とした。


 敵に「自分には思いもよらぬ作戦」などが存在するのであれば、何をやっても無駄だろう。ならば当初の計画を変更する必要はない。西門を守る将に、冷静に対処し異変があればすぐに連絡する様にと伝令をだした。


 そしてギリス自身は東側の司令部に留まり、東側の兵士には慌てず指示通りの作業を進める様にと命じたのだった。


 サルヴァ王子とギリスの2人を困惑させた張本人であるグレヴィは、そろそろ頃合であろうと判断しサンデルに問いかけた。


「矢はどの程度残っておるかの?」


「かなり消費しております。矢を多く使用する攻城戦をこれ以上続けるのは難しいかと」


「なるほど。それは一大事じゃの。矢を補充する必要があるの」


 わざとらしくもそういうとグレヴィは全軍に後退を命じた。


 そして近隣の山々から矢の材料を採取し、陣中にて矢を作り始めた。さらに矢が不足している時に敵に攻められては一大事と、陣を幾重にも柵を折り重ねた強固な物へと改修しはじめたのだった。


 ベルヴァース軍が軍勢を退いて矢を作り、陣を強固に改修しているとの報告を聞き、ギリスはやはり陽動だったのか? と思い、サルヴァ王子は「あのじじい」と呟いた。


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