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第28話:遊船

 数日後、依然として戦は膠着状態だった。


 ギリスは相変わらずランリエル軍の動向に注意していたが、なかなか敵も尻尾を掴ませない。いや、そもそも尻尾など無いのではないか? とも考えるギリスだったが、やはりサルヴァ王子が無策でわざわざ帝都まで攻め寄せてきているとは思えない。


 だとすればやはりサルヴァ王子の罠とは本陣を囮にするという事なのだろうか? 王子の策にしては底が浅すぎではないか? ギリスは自問自答を繰り返した。何かあるはずなのだ。必ず。


 ギリスは各部隊の指揮官以外からも情報を集める為、一兵卒でもなにか気がついた事があれば遠慮なく報告する様に「どの様な些細な内容の報告であろうと報告者には恩賞をとらせる」との指令を出し、そうするとさまざまな報告があがってきた。


 それらは次の様なものだった。


・ランリエル軍では規律が乱れているのか剣すら持たない兵士が多数いる。

・ランリエル軍の兵士は騎兵の割合がベルヴァース軍より多い様だ。

・ベルヴァース軍は弓兵が多い様だ

・ベルヴァース軍は西門からはるか離れて陣をはり、攻めてくる気配が無い。

・ランリエル軍の兵士は命令に対して忠実で鐘の合図で兵士が規律よく動いている。

・ランリエル人は暑いのに弱いらしく、まだ春というのに天幕から鎧も着けていない兵士が出てきた。

・ランリエル軍は歩兵が多く騎兵があまり見当たらない。


 当然西門のみ担当しているベルヴァース軍の報告より、東南北の門を担当しているランリエル軍の報告の方が多い。


 さらに「ランリエル国人は足が短い」「ランリエル国人はいつも泥だらけの鎧を着ていて汚い」といった、ただの悪口としか言えないものまで様々だ。しかも相互に相反する内容の報告も多々あり、幕僚達はこんな情報は役に立たないと切り捨てた。


 ギリスは改めて指令をだした。


「それぞれの報告は、どの方面にいる敵についての報告なのかを明確にせよ」


 そして、どの方面の敵についての情報かを考慮して情報を纏めさせた。


 その結果次の様な事が分かった。ベルヴァース軍にはさほど矛盾した報告はないのだが、ランリエル軍が方面により報告の内容がばらばらなのである。


 正確には、ランリエル軍は北側と南側の兵士達は規律を良く守っているのだが、本陣のある東側の兵士達の規律は乱れているというのだ。さらに付け加えれば東側には騎兵が少ないという事だった。


 これはどういう事だろうか? 東側の本陣はやはり囮であり、帝国軍からの攻撃を受ける餌として無能な兵士達を集めているのだろか? いや、囮とするならその後に出てきた帝国軍に対して逆撃を与える為には、精鋭を必要とするはずだ。


 例え囮とする為に油断していて規律が乱れていると思わせたいのならば、東門の兵士のみ規律を乱れさせるのはあからさま過ぎると言える。


 ギリスは改めて東側の兵士についての報告を並べてみた。


・暑いのに弱いらしく、まだ春というのに天幕から鎧も着けていない兵士が出てきた。

・規律が乱れているのか剣すら持たない兵士が多数いる。

・歩兵が多く騎兵があまり見当たらない。


 さらには「泥だらけの鎧を着ていて汚い」というものまである。

 鎧すら着けておらず、着けていても泥だらけ、その上剣も持たない。となれば確かに規律が乱れていると言える。だが、だとしたらどうして「あの報告」がないのだろうか?

 規律が乱れているのなら「あの報告」もある筈ではないのか?


 ギリスはさらにランリエル軍の東側を重点に、ほんの些細な事でも良いから報告する様に改めて指令を出した。


 そして数日後、新たな情報が集まったがやはり東側の兵士達の規律が乱れているという物が多かった。


 その内容は「夜に見張り以外にも起きている兵士がいる様で、なにやら物音がする」「昼間に寝ている兵士が見受けられる」といったものだった。


 ギリスも確かに規律が乱れている様だとは思ったが、度が過ぎているのではとも感じていた。サルヴァ王子はこの風紀の乱れを正そうとはしないのか? そしてこれほどまで規律が乱れていて、なぜ未だ「あの報告」がないのか?


 そうしている内に、ついには次に様な報告がなされたのである。「東側のランリエル軍は川に船を浮かべて舟遊びをしている」と言うのだ。


 この報告に驚いたギリスはさらに詳しく調べさせた。

・船の数は12隻でいずれも50名程が乗る事が出来る中型船である。

・舟遊び専用の船の様であり、船の側面にはそれぞれ絵が描かれており、船首や帆にも煌びやかな飾りが付いている。

・ランリエル軍はわざわざ自国から船を分解して運び、こちらで組み立てた様である。


 そして、それから連日昼夜を問わず、ランリエル軍は船に乗り音楽を鳴らし、舟遊びをしている。帝都ダエンから見てちょうど本陣の後ろ側に船着場を作っているらしい。


 らしいというのは、帝都から見ると本陣の天幕とその周辺の側近と幕僚の天幕により川が隠れてしまっている為、船に乗り込む様子は見えない為だった。12隻の船は、一隻ずつ本陣の後ろでしばらく留まり、その後川を上り下りしまた本陣の裏に入るのだ。本陣の後ろに船着場があると考えるのは当然だった。


 ギリスは帝都の楼閣からアナガト川に浮かぶランリエル軍の船を眺めた。楽隊でも乗っているのか、船からは派手に太鼓や銅鑼の音が鳴り響いている。舟遊びとしてはあまり風流とはいえない音楽だ。これがランリエル王国の文化なのだろうか。


 そこへ偶然、武将の1人であるピナルが通りかかった。


 ピナルは元々はランリエル王国の貴族の出身で、幼い時に両親がランリエルの大貴族に睨まれ国に居づらくなり、帝国へと逃れてきたという者だ。3国の長い歴史では異色というほど珍しい存在でもない。


 帝国軍によるベルヴァース侵略時に、王都を守っていたベルヴァース王国近衛兵隊隊長のインサンもその祖先はランリエルからの移民なのだ。


「貴公も元ランリエル王国の貴族の出ならば、ランリエルにある川で舟遊びをした事があるだろう。懐かしく思う事はあるか? しかし、ランリエルの舟遊びに奏でる音楽とは騒がしいものだな」


 ギリスは何気にそのピナルに話しかけると、ピナルは苦笑いしながら答えた。


「父が船を好きだったもので船にはよく乗りました。確かに懐かしいと思う事はありますが、今の私の母国は帝国です。しかし私が子供のころはもう少し穏やかな音楽を奏でていました。あの様な騒がしい音楽がランリエルの最近の流行ならば残念です」


「なるほど。昔の物が無くなっていくのはさびしいものだな」


 ピナルは再度苦笑し「はい」と短く答えそして暫く談笑した後、ピナルは「では失礼します」と、一礼してその場を後にした。



 帝国軍の中にランリエル軍の舟遊びに激怒する者が続出した。自分達は命がけで戦っているはずなのに、その一方の敵が遊びほうけているのだから当然だった。


 ギリスは軍議を開いてランリエル軍の意図を幕僚達と協議した。


「我が軍を馬鹿にするにもほどがある。もはや打って出るべきだ」


「それこそ敵の思う壺である。敵はわれわれを誘き出そうとしているのだ」


 そうした中ギリスがおもむろに幕僚達に問いかけた。


「なぜランリエル軍は、船などをわざわざランリエル王国から運ばせたのか?」


 ギリスの問いに幕僚達は、ギリス将軍は何を言っているのかと首を傾げた。


「なぜもなにも、ランリエル軍が油断していると我らに思わせるか、さもなくば我らを馬鹿にする事によってか、とにかく本陣を囮にしているのと同じく我らを誘き出そうとしているのでは? という事を今まさに議論しているのではなかったのですか?」


 幕僚がそう言うとギリスは自分の意見を語り始めた。


「遊ぶ事によって油断をしていると見せかけるならば、飾り立てた馬車や牛車でも良いではないか。なぜ持ってくるのに多大な手間が掛かる船なのだ? 馬鹿にするなら馬車や牛車に乗り我らの近くで見せつけながら走り回れば良いではないか。なぜあんなに遠くの川に浮かべた船なのだ?」


 ギリスの言葉に幕僚達は息を呑んだ。たしかに船である必要があるのだろうか?


 ギリスが言うとおり船を持ってくるのには多大な手間が掛かる。油断していると思わせるにも挑発するにも船でも馬車でも牛車でも何でも良かったが、たまたま手間の掛かる船を選んだ。などという事があるだろうか?


「とにかくランリエル軍の行動には何か裏があるはずだ。もっと情報を収集するのだ」


 ギリスはそう軍議を締めくくった。


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