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第27話:王子の思惑

 ランリエル、ベルヴァース連合軍が帝都ダエンに到着してから、まもなくはじまった連合軍の攻撃は開始後すぐに終了した。


 ギリスは的確な指揮で敵を寄せ付けなかったが、敵の攻撃が早々に終了した理由はそもそも連合軍側も簡単に帝都ダエンが落ちるとは考えていない為だった。


 連合軍は帝国軍の奇襲を警戒して矢が届かない距離よりも遥かに離れたところまで後退し、そして奇襲が出来ないなら不利だとして数に劣る帝国軍は追撃を控えた。こうして戦いは膠着状態となった。


 攻城戦といっても、毎日休まずに攻め続ける事などほとんどない。十分に準備を行いそして一気に総攻撃を仕掛けるのが普通だ。その方が毎日攻め続けるより効率的なのだ。


 重い石を10回上から落されても壊れない丈夫な箱も、それより少し重い石を1回上から落されただけで壊れる事もある。僅かでも許容範囲内であれば堪え続けられ、僅かでも許容範囲を超えれば決壊するのである。



「今は敵は攻撃を控えているが、いつまでも攻撃が無いなどあり得ん事だ! いずれ連合軍からの総攻撃があるはず。警戒を怠るな!」


 ギリスは全軍に命じた。敵の総攻撃が開始されるときは、必勝の体制で攻撃を仕掛けてくるはず。そう睨んでいた。


 総攻撃に失敗すれば連合軍は休息が必要となるが当然帝国軍にも休息を与える事となり総攻撃前の状態に戻ってしまう。一度で決めなければ無駄に被害を出すだけだ。


 勿論一度の総攻撃で落とせない事も多いが、だからといってはじめから失敗するつもりで攻撃を仕掛けてくるというものではない。サルヴァ王子がその一度の総攻撃で帝都ダエンを落とす算段がある。ギリスはそう睨んでいた。


 ギリスは王子の力量を認めていたが、王子ほどの人物ではなくとも歴代の英雄達がなしえなかった帝国併呑が困難だという事はわかる。サルヴァ王子ならなおの事だ。その王子が大軍を率い帝国まで攻め寄せてきたなら何か確信があるに違いない。


 もし王子が確信なく、攻め寄せてみれば成功するかもしれない。といった程度の考えでわざわざ帝国まで攻め寄せて来ていたというなら、それは自分が王子を過大評価していたという事だ。サルヴァ王子がその程度だったというのなら敵ではない。


 ギリスは、帝都の防御壁に等間隔に立てられている楼閣から連合軍を眺めた。彼が今いるダエンの東側にはランリエル軍の、つまりサルヴァ王子の本陣がある。


 なぜ王子はこんなところに本陣を構えるのか?


 この帝都の4つの門の内一番安全なのは西門で、次に安全なのは帝都の正門である南門だ。


 正門である南門が一番強固だがそれでもアナガト川により動きが制限される北門と東門に比べればまだ安全だ。いや、北門と東門を比べても、帝都の防御壁から川までの距離を考えれば北門の方がまだ東門より行動が制限されず安全だった。


 だが王子の本陣はその一番危険な東門の前に、いや正確には東門の正面ではなくやや北よりにある。どうしてその様な場所に本陣を置くのか?


 勿論理由は考えられなくも無い。援軍であるベルヴァース軍を一番安全な西門に配置する。だがランリエル軍の本陣を次に安全な南門に置くと、本陣からの指令が北門に配置したランリエル軍に届くのに時間が掛かる。それを嫌い本陣を南北門の中間の東門に置いた。


 この考えでおかしくは無いのだギリスは納得しかねるものを感じていた。何かが引っかかる。



 ギリスは改めてランリエル軍の本陣を眺めた。


 ランリエル本陣はひときわ巨大な天幕をはり、その周辺も側近や幕僚達の天幕だろうか、他の兵士達の為と思われる天幕より比較的大きな天幕が密集している。


 そしてそのおよそ百数十サイトほど後方に流れるアナガト川は本陣や幕僚達の天幕で隠れてしまっていた。アナガト川は川幅はそう広く無いが流れは速く泳いで渡る事は難しい。武装した兵士ではなおの事困難だ。


 通常は川を背に陣を布いたりはしない。もし敵に攻撃され敗北した場合に逃げ道が無いからだ。逆にわざと川を背にする事により味方の兵に決死の覚悟をさせる背水の陣というものもあるが、それは敵より兵力が少ない側がする事だ。兵力がまさるランリエル軍がする事ではない。


 ギリスは幕僚達と対策を立てるべく軍議を開いた。そして軍議が開始すると早速自分の疑問を幕僚達に話しそして問いかけた。


「なぜサルヴァ王子は、危険と思われる帝都の東側に本陣を構えるのか? みなの考えを聞かせて貰いたい」


「先ほど将軍自身が仰った、ベルヴァース軍を西門に配置した為に指揮系統の問題から東門に本陣を置いた。という事では何か不都合がおありですか?」


 つまりギリスの考え過ぎだろうという事だ。だがそれでもなお気に掛かるから相談しているのだ。ギリスが腕を組み納得しかねる様子なのを見て別の幕僚が発言した。


「本陣を囮として我が軍をおびき出す事を考えているのではないでしょうか? 現状我が軍の戦力では敵と決戦し打ち破るのは困難と認めざるを得ません。ですがサルヴァ王子1人を倒す事が出来れば敵は撤退するでしょう。敵はこの事を逆手に取り川を背にして本陣を置き、我が方にここを攻めれば王子を倒す事も可能と思わせる。そして我が軍をおびき寄せ壊滅させる、という事を目論んでいるのでは?」


 ギリスはこの幕僚の意見に考え込んだ。確かにそれならわざと本陣を危険な所に置いた理由にもなり、そして王子が何か帝都攻略の秘策を持っているのでは? という疑問にも符合する。ギリスも一応は納得し頷いた。


「なるほど、そうかも知れんな」


 そしてとりあえず、あのランリエル軍の本陣は囮であるという結論で軍議は終了した。


 しかしギリスには、あの本陣が囮とした場合として新たな疑問があった。囮ならどうして敵に攻められやすい様に東門の正面ではないのだ? 東門の正面と実際ランリエル軍が本陣を置いている東門の正面よりやや北側では何かランリエル軍にとって重要な違いがあるのだろうか?


 違いがあるとすれば帝都の北から南南東へと流れているアナガト川の川筋の為、本陣からアナガト川までの距離が本陣の方が遠くなるくらいだろう。しかしそれも高々数百サイトだ。背水の陣には変わりなく、数百サイトなど訓練された兵士に取っては瞬く間に駆け抜ける距離だ。実際の戦闘でどれほど変わるというのか。


 やはりもっと裏があるのではないか?



 ギリスが帝都ダエンで軍議を行っていたころランリエル、ベルヴァース連合軍でも軍議が行われていた。


 ベルヴァース軍の本陣は西門にありランリエル軍の本陣は東側にある。その為サルヴァ王子の発案で中間地点である南側の天幕で軍議を行う事になった。


 グレヴィがその天幕に向かうと天幕の手前でサルヴァ王子の姿を認めた。


「わざわざこの様な所で軍議を開いて頂かなくても、こちらからランリエル軍の本陣に出向いたものを」


 王子は笑いながら返答する。

「なに、戦がこうこう着状態では気分を変えてみたくなるものよ。それに敵の正門を望みながら軍議を行うのも乙なものではないか」


「ほっほっほ。たしかにこう膠着状態ではどうしようもありませんな」


 グレヴィも笑いながら返したが不意に表情を改めた。


「ですが、この膠着状態をどうにかしませんとな。まさか帝都の食料が尽きるのを待つ気でもありますまい。補給の困難さを考えればこちらが先に干上がりましょう」


 ランリエル、ベルヴァースの両国からこの帝都までの地域を完全に占領している訳ではない。しかも敵は少数ながらもこの帝都から国境までの地域に兵を配置しているらしく、小規模ではあるが輸送部隊が敵に襲われたという報告もある。


 さらにその敵はこちらが兵を派遣すると戦おうとせず逃げ去ってしまうという。補給部隊だけが狙いなのは明らかだった。その為輸送部隊には多数の護衛兵を必要とし、補給の負担はさらに増大しているのだ。


 「特に我がベルヴァース王国は先の戦いで受けた損害の復興の為、財政が厳しい状態ですしの」


 グレヴィはそう言うとにやりと笑った。

 サルヴァ王子は内心、相変わらず口の減らない爺さんだと思ったが、当然表情には出さない。

「なに。それについてはこちらに考えがある」と平然とすまして答えた。


「ぜひその考えを教えて頂けませんかな。どうも歳を取ると心配性になりましてな」


 食い下がるグレヴィに、王子が耳に顔を近づけ、声を潜めた。


「いや、東側の本陣は実は囮でな。名将と名高いグレヴィ将軍はすでにお気づきと思うが、我が軍の本陣は川を背にしている。もし敵に攻められれば簡単に窮地に陥ろう。それを餌に出てきた敵を叩こうと言うのだ」


「敵がそうやすやすとその餌に食いつきますかの?」


「なに、敵も追い詰められている、わらにも縋りたいであろうよ」


 怪訝な顔で問いかけるグレヴィに、王子はそう言ってこの話を打ち切った。


 その後の軍議では総攻撃の日取りなどが発表された。


 だがその日程にグレヴィが首を傾げた。なんと1ヶ月以上も先なのだ。通常総攻撃の前には兵士に十分に休養をとらせ、矢などをなじめとする攻城兵器の準備も行う。その為数日の準備期間が必要だ。だが1ヶ月以上もの準備期間とはあまりにも長すぎる。


 しかしグレヴィが立ち上がってその事について発言しようとすると、サルヴァ王子がそれを制した。


「グレヴィ将軍が疑問に思われるのももっともだ。あまりにも総攻撃の準備期間が長過ぎると言うのだろう。だが気付いている者もいるかと思うが、敵を罠にかけ誘き出す事を考えている。そうなれば我が方から総攻撃をかける必要がない。この日程はあくまで敵がこちらの罠に掛からなかった場合と考えて頂きたい」


 つまり1ヶ月ほどは敵が罠に掛かるか待ってみようと言うのだ。


 グレヴィも内心はともかく「なるほど。それで得心いきましたわ」と王子の説明を受け入れ、軍議は滞りなく終了した。


 軍議の後グレヴィは、サンデルに王子との会話の内容を語りどう思うかと問うた。


「サルヴァ王子は我らベルヴァース軍に胸中の作戦を漏らさぬ傾向があります。その王子にしては簡単に作戦を披露しすぎる気がします。もしや他にもお考えがあるのでは……。しかも以前の様に我らベルヴァース軍にとって負担となる事かも知れません」


「うむ。その可能性は高いじゃろうの」


「そうなると、なおの事、見過ごす訳にはまいりますまい」


「ではサンデルよ。無理はせずとも良いが、一つ王子が何を企んでいるか調べては見てくれぬか」


 実際呆れた事に、サルヴァ王子がグレヴィ達ベルヴァース軍に対して事前に作戦を正直に話した事などほとんど無いのだ。今回も裏があると考えるのが当然だった。


「はい。畏まりました」

 サンデルは一礼し、こうしてグレヴィの命によりサンデルはサルヴァ王子が何を企んでいるかを探る事となったのだった。


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