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第25話:ベルヴァースの猛将

 ベルヴァース軍の司令官であるセデルテ・グレヴィ将軍の戦歴は長く武門の名門の家に生まれ、13歳の初陣からすでに50年以上の時を経ている。


 ランリエルのドラゴネ王によるカルデイ帝国侵攻時にも参戦していた軍人の中で、今でも現役である数少ない人物だ。


 当時はカルデイがランリエルに征服されてはベルヴァースにとっても存亡の危機であると、ベルヴァースはカルデイを支援していたのである。


 今では冷静な判断と的確な行動に定評があるグレヴィだが、以前は猛将と呼ばれていた。


 軍勢の被害とは戦闘自体で受けるものより敗北し敗走した時に追撃を受ける事によるものの方が遥かに多い。また、戦場に最後まで残っていた方が勝ちともいえる。


 戦いとは敵を敗走させれば。極端にいえば味方の損害が敵より多くても敵を敗走させれば勝ちなのだ。


 過去の戦争の記録を紐解けば、勝者といわれている側の被害の方が敗者といわれている側の被害より多かったという事例も存在するのだった。


 若き日のグレヴィはまさにそう考えているかの様に敵に突撃を繰り返し、味方の損害を度外視した敵を押し潰す戦いを行っていた。


 グレヴィが50歳に差し掛からんとした頃の話である。


 グレヴィは味方の半数程度の敵と遭遇した。


 グレヴィはこの程度の敵など瞬く間に叩き潰してくれると、いつも通りに猛攻撃を行った。だがこの敵は守りに巧みだった。


 この敵はグレヴィの苛烈な突撃に何度も耐えた。しかしグレヴィも突撃を繰り返す。


 そして遂にこの敵を撃破したが、とはいえグレヴィが率いる軍勢もみな満身創痍となり、疲れきり、グレヴィも含め全員がその場に座り込んでいた。

 そこへ突如として敵の大軍が現れグレヴィ達を包囲してしまったのだ。


 敵の作戦は囮部隊で敵を引き付け、そして大軍で敵を包囲するというものだったのである。当然囮部隊を見捨てる気は無くやられる前に到着する予定だったが、グレヴィの猛攻の前に大軍の到着より早く囮部隊が撃破されてしまったのだ。


 味方を撃破された敵は激怒し、囮部隊の弔いにとグレヴィ達をひとり洩らさず皆殺しにしようとした。そしてグレヴィの軍勢にもはや戦う気力は無かった。


 グレヴィが必死の思いで敵の包囲を突破し小高い山へと登り、敵の追撃から逃げ切り振り返った時、その後に味方の兵は殆ど着いて来てはおらず多くの兵が屍をさらしていた。


 その中にはグレヴィの長男のヴィデンが居た。次男のアグルも居た。初陣だった三男のニースも居たのだ。グレヴィはその惨状を呆然と見つめた。


 グレヴィ家はベルヴァース王国の武門の名家である。どの様な事があろうと軍人を辞める事は家名が許さない。それ故、傷心のグレヴィは戦い続ける事となった。


 だがグレヴィにはもう1人だけ子があった。娘のカルロッテだ。


 家は長男のヴィデンに継がせる事になっていた為、娘と恋仲になった商家の跡取り息子との結婚にグレヴィは反対せず娘の好きに任せた。


 グレヴィは娘の幸せを願っていた。娘が好いた男と一緒になり、沢山の子を産んで幸せに暮らす事を望んでいた。心からそう願っていたのだ。


 だがもうヴィデンは居らず。アグルもニースも居なくなった。


 しかし商人である娘婿を今更軍人にならせて、武門の名門の家名を継がすなど論外である。それ故、まだ産まれても居ない娘の子にグレヴィ家の家門を継がす事となった。


 グレヴィだけの考えではない。グレヴィ家一族の親族全員の総意だ。武門の名門であるグレヴィ家を絶やす事は許されない。


 だが、この話に娘のカルロッテは猛反発した。

「お父様は、兄や弟達だけでは飽き足らず今度は孫を、私の子供まで殺すのですか!」


 娘はグレヴィがこれまで見た事もないほど取り乱し叫んだ。そして父に対して近くにあった花瓶を投げつけた。


 花瓶はグレヴィの肩に当り砕けたが、強靭な彼には僅かな傷すらもつかなかった。少なくとも身体的には。


 沈痛な表情で娘を見つめるグレヴィの前で娘は泣き崩れた。だが娘の抵抗もそこまでだった。


 娘の夫も商家とはいえ一家の跡取り息子だ。ベルヴァースを離れて暮らす訳にはいかない。そしてベルヴァースで暮らす以上、グレヴィ家の親族からの圧力に対し抵抗し続ける事は出来なかったのだ。


 娘夫婦は泣く泣くグレヴィ家親族達の要求を受け入れ、男の子が産まれればグレヴィ家を継がせる事を承知した。だがこの事でグレヴィと娘は絶縁となった。


 グレヴィが妻を亡くした後、娘は亡き妻の代わりに家の事や弟達の面倒をよく見てくれていた。嫁いだ後も何かと気に掛けてくれていた。その娘が家にまったく寄り付かなくなったのだ。


 グレヴィは自らの行動により全ての子を失ったのだ。それは自らの浅はかさが招いた結果だった。


 14年の歳月が流れた。その間もグレヴィは前線で戦い続け、いつしかグレヴィを猛将と呼ぶ者は居なくなっていた。


 そして男子が産まれればグレヴィ家を継がす事を承知し、諦めたかと思われた娘夫婦の抵抗は実はまだ続いていた。


 結婚して今年で16年目の娘夫婦は、まだ1人も子を産んでいないのだ……。




 帝国のベルヴァース側国境を攻めるベルヴァース軍では、ランリエル軍による国境突破とそれに続く国境の帝国軍壊滅の報を受けていた。


 帝国境軍を壊滅させたサルヴァ王子の戦略を聞いたグレヴィは、改めて王子の武略に目を見張った。


「さすがと言うべきじゃの。国境を越えるのに4万の損害が必要といわれていた帝国国境を、その数分の1の損害で完全に制圧しきるとは」


 そして「ではそろそろ、こちらも動くとしようかの」とその重い腰を上げた。


 ランリエルから要請されたベルヴァース王国側国境の砦群の攻略を開始する為である。


 グレヴィはサンデルに命じて一つの文章を書面に作り、さらにそれを複数の書記に書き写させて国境の砦の各守将へと送った。その文面とは次の様なものだった。




 ベルヴァース王国は先の戦いにおいて帝国軍に侵略されたが、それは過去に何度もあった戦いの一つと心得ている。


 その戦も貴国の軍勢が撤退した事により終結している。


 確かに我が国は多くの被害を受けた。しかしそれは貴国も同じ事。もはや遺恨は無いものと考えている。


 ならばなぜ現在ベルヴァース軍がカルデイ帝国へと攻め寄せているかと言えば、ランリエル軍からの要請の為である。


 先の戦いでランリエル王国に援軍を要請した手前、ベルヴァース軍はこの要請を断る事は出来ない。よって此度の出兵となったが、我が軍に貴国と戦う意思はない。


 現在カルデイ帝国のランリエル王国側の防衛軍が壊滅したとの連絡が入っている。そちらにも同様の連絡が入っておりましょう。


 ランリエル軍はすぐにでもカルデイ帝都ダエンへとその軍勢を進めるはず。


 今は我が軍と貴国の軍勢が戦う時ではない。


 我らは兵を引くので、貴公達は安心して帝都ダエンへと撤退して頂きたい。


                  ベルヴァース軍 司令官 セデルテ・グレヴィ




 そしてこの文書を帝国軍へと送った後、実際に軍勢を砦からはるか離れたところにまで後退させたのだ。


 グレヴィから書面を受取った砦の守将達はベルヴァース軍が後退したという事もあり、それぞれの砦から出て砦の一つに集結し対策を協議した。


「敵将の言う事ながら、もっともと思われるがいかがかな?」


「おぬしは簡単に騙されすぎだ! 上手い言葉で我が方を撤退させ、空になった砦を占領しようという魂胆に決まっている!」


「確かに敵がまったくの善意で我が方にこの様な提案をする訳が無い事ぐらいは分かっておる。しかしだ。ランリエル側国境が越えられた今、ベルヴァース側国境を守っていても仕方あるまい」


「ベルヴァース軍1万6千を我ら4千で足止めできるならば、十分ではないか!」


「そのベルヴァース軍1万6千が大きく迂回し、ランリエル側国境から帝国に入ればどうする?」


「……その時こそ帝都へ撤退すれば良いだけの話だ」


「では、その時すでに先行するランリエル軍が帝都を包囲していたなら? 我らは帝都に入れず孤立する。我ら4千など、数万の敵軍に瞬く間に壊滅させられるぞ?」


「……撤退している時に敵の追撃を受ければどうする。帝都に着く前に壊滅だ」


「ベルヴァース軍は遥か後ろまで後退している。我らが撤退したところで彼らに翼でもない限り追撃の心配はあるまい」


「……」


 こうして砦の軍勢はカルデイ帝都ダエンへと引き上げ、その後グレヴィが舞い戻り、国境の各砦を占領したのは言うまでもない。グレヴィは以前サンデルに語ったとおり、戦わずに国境の砦を落す事に成功したのだ。


「お見事です。将軍」


 だがサンデルの称賛にグレヴィは苦笑するだけだった。しかしサンデルには今回のグレヴィの作戦について、不思議に思う事があった。


「ですが将軍は、サルヴァ王子がランリエル側国境を突破できるという事を確信していらしたのですか?」


「なぜそう思う?」


「今回の将軍の作戦は、サルヴァ王子がランリエル側国境を突破していなければ成り立たないからです」


「なるほどの。確かにあの王子ならば損害の多寡はともかく、国境を越える事は出来ると思うてはおった。だが、たとえ王子が国境を突破できなくてもそれならそれでこちらは一向に構わん」


 この言葉にサンデルは驚いた。ランリエル軍が国境を突破出来なくても良いとはどういう事か。


「すると、将軍はたとえランリエル軍がランリエル側国境を突破しなくても、戦わずに我が軍で国境を突破する策があったというのですか?」


「いや、その場合は戦わずに国境を突破するなど不可能であろうよ」


「では、さすがにその場合は戦って国境を突破したと?」


「いや、戦う気などなかったが?」


 例によってグレヴィの言っている事が分からなくなってきたサンデルは、二の句が継げず立ち尽くした。グレヴィもからかい過ぎたと思ったのか、笑いを収めようとしても抑えきれない笑みを浮かべたままサンデルに自分の考えを語った。


「帝国侵攻はあくまでランリエル軍への援軍じゃ。彼らが国境を突破できずにいるのに我らだけ国境を突破せねばならぬ理由はあるまい」


 やっとグレヴィの意図を理解したサンデルは「あ!」と声を上げた。


「我らはランリエル軍が国境を突破するまで待っておればよい。もし彼らが国境を突破できずに退却するというなら、我らも退却すれば良いだけの事」


 グレヴィは大きく笑いながら、サンデルの肩を叩いた。


 グレヴィは、サルヴァ王子の事をまるで過去の英雄達を超えているかの様に語ることがあるが、そのグレヴィ自身も過去の英雄達を超えているのではないか? サンデルにはそう思えた。


 こうしてベルヴァース軍は、カルデイ帝都ダエンへと軍勢を進めた。勿論、ランリエル軍より先に着かない様にゆっくりとである。


 余談では有るが、その後グレヴィは帝国軍の諸将へと送った書面の内容についてランリエル王国側から「我が軍に貴国と戦う意思はないとはどういう事か!」と詰問されたが、グレヴィは「敵を欺く為の方便ですわ」とぬけぬけと返答した。


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