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第22話:老将の韜晦

 帝国でギリスが幕僚達と協議を進めているころ、ベルヴァースでもサルヴァ王子からの要請により、グレヴィを司令官に1万6千の軍勢が帝国へと向かっていた。


 帝国軍の幕僚達がこの事を知れば「ギリス将軍のランリエル軍がベルヴァース側国境から攻めて来ないのは不自然だという心配は、ベルヴァース側国境はベルヴァース軍が攻め寄せ、ランリエル側国境はランリエル軍が攻めるという事だったのだ」とギリスの心配が杞憂でなかった事を称賛しただろう。


 ただしその後ギリスにより「しかしそれでも兵力を分散させる意味は無い。ランリエル、ベルヴァースの連合軍でベルヴァース側国境を攻めても良いのだからな」とさらなる疑問を投げかけられたに違いない。


 軍勢を率い帝国へと向かうグレヴィは、馬に身を任せながら今回の出兵について思案していた。


 確かにベルヴァース王国はランリエル軍によって救われた為、現状ランリエルの要請を断れる状況ではなく出陣する事は仕方がない。しかしベルヴァースが帝国に併呑されば次はランリエルが標的となるのは自明の理であった。一方的に恩義を感じる必要は無い。とグレヴィは考えていたのだ。


 アルベルティーナ王女を救って貰った事についても同じ事だ。ベルヴァースに援軍を頼むのに、王女が帝国に捕えられたままだと不都合であるから、王子は王女を帰国させるように動いたに過ぎない。


 ベルヴァース王都エルンシェから帝国国境までは数日の行軍が必要であり、その日ベルヴァース軍は日も暮れた為、天幕を張り夜営を行った。


 その天幕の一つで、グレヴィとサンデルは今後の対策を練っていた。


「今回のランリエルへの援軍。おぬしはどう考える?」


「はい。勿論我が国としては、今は先の帝国軍の侵略により傷付いた国土を復興させたい時。ですが現状、ランリエルからの援軍要請を断る事は出来ません」


「うむ。それで?」


「先の戦いにより多くの兵士や民衆が命を落としました。生き残った者達は何とか生延びたと考えています。その為今回のカルデイ帝国出兵を必要の無い無駄な戦いと考え、この様な戦いで折角拾った命を落とすのは馬鹿馬鹿しいと考えている者も多いと聞きます」


「なるほど。では我が軍はどの様な方針を取るべきかな?」


 繰り返しサンデルに問いかけ続けるグレヴィに、サンデルは内心冷や汗を掻きながら必死に考えを整理する。まるで口頭による学術試験を受けているかの様だ。


「我が軍は極力損害を出さない様に戦う必要があります。そもそも先の戦いで帝国軍は多くの損害を出し、ランリエルは独力で帝国に勝つ事も不可能ではありません。にもかかわらずサルヴァ王子が我が国に援軍を要請したのは、我が軍を手元に置いて監視する必要があると考えた為と思われます」


「では、その監視する理由とは?」


 なおも続く問いかけに、サンデルは内心ではなく実際に冷や汗が流れるのを感じた。だがグレヴィの顔を窺っても、特にサンデルを苛めてやろうという訳でもなさそうだ。そもそもグレヴィがその様な人間性であれば、サンデルはグレヴィを慕ってはいない。


「それは……、もしランリエルが帝国を滅ぼす事に成功すれば、次に狙われるのはベルヴァースであるとわれ等が考え、帝国に協力するのを防ぐ為です」


「うむ。幾ら帝国の戦力が半減しているとはいえ、帝国を征服しようとするならランリエルはほぼ全軍を投入する必要がある。そしてそのランリエル全軍がカルデイ帝国奥深くに侵攻した時を狙って、我がベルヴァース軍がランリエルの王都フォルキアを攻めれば、それだけで王子の目論みは潰えるのだからな」


「はい」


 どうやらグレヴィからの執拗な問いかけは終了したのかと、サンデルは安著のため息を付いた。だが安心するのはまだ早かった。


「しかし、帝国を攻めるとなると王子はカルデイ帝国征服を成功させるつもり。成功させる算段があるという事になる。おぬし、その方法が分かるか?」


「帝国征服を成功させる方法……ですか?」


「そうじゃ」

 グレヴィに正面から見据えられサンデルの表情が強張った。


 過去に幾人もの英雄と呼ばれる者達ですら成功しえなかった他国征服。その方法が分かるなら、自分は過去の英雄達を越えている事になる。そしてそんな訳は無いとは思いながらも、サンデルは必死に考えた。


「サルヴァ王子には、帝国軍を壊滅させる策があるのでは……」


「過去に征服に失敗した英雄達も戦いでは大勝利し、敵国の軍勢を打ち破ったが、それでも征服はかなわなかった。そもそもどうやって強固な帝都ダエンに立て篭もるであろう帝国軍を壊滅させられるというのか?」


 過去にはよく主力同士の決戦が行われた。そしてその結果一方が大敗しその軍勢が壊滅した時、勝利した側が余勢を駆って敵本国まで攻め込み征服まで後一歩という所まで追い詰める、という事が稀にあった。だがその教訓から近年では各国は万一の大敗を恐れ主力同士の決戦を避ける傾向がある

 帝国軍撤退時の決戦は、あくまでサルヴァ王子が帝国軍を追い詰め、そして罠にかけた結果だ。まして軍勢が半減している今の帝国が再度決戦に応じる訳が無い。


 グレヴィの冷静な指摘にサンデルは再度必死に考えた。だがしばらくして彼の口からでた言葉は「……わかりません」と言うものだった。


 うな垂れるサンデルにグレヴィは笑いかけた。


「気にする事はない。わしにも分からんのだからの」


 幾分気が楽になったサンデルだったが、グレヴィは不意に表情を引き締めた。


「あの王子には、その策があるらしいがの……」


「……将軍」


 それではサルヴァ王子は過去の英雄達を超えるという事なのか? 二人の間にしばらく沈黙が続いたが、グレヴィは気を取り直した様にサンデルの肩を叩いた。


「なに。王子の策が成功するとも限らん。机上の作戦に失敗はなし、という言葉もあるでな。こちらはこちらでやるべき事をしようではないか」


「はい!」


 サンデルも気合を入れるべく、あえて大きな声で返答した。


「それで、こちらのやるべき事とはどの様な事でしょうか?」


 グレヴィはサンデルにいたずらな笑みを浮かべた。


「勿論……、戦わない事じゃよ」


「戦わない事……ですか?」


 サンデルが不思議そうに首をかしげた。我々はこれから帝国国境へと向かい、その国境を侵す為の戦いに、身を投じるのではなかったのか。


「おぬしも言うたではないか。今回の戦いは出来るだけ我が軍の損害を抑える事が何より重要じゃと」


「確かに被害を抑えるとは申しましたが、戦わずに国境の砦を落として帝国内に進軍する事は出来ません。我らは帝国内に進軍しないという事なのでしょうか?」


「いや、帝国内には進軍する予定じゃが?」


「では、国境の砦を迂回し帝国内に侵入するという事でしょうか? そうなると山林を切り開きながら進まねばならず、大軍での移動は困難です。補給もままなりません。危険ではないですか?」


「いや、国境の砦は落とす気じゃが?」


「それではやはり戦うのですか?」


 グレヴィの言っている事が理解できず戸惑いながら問いかけるサンデルに、今までもニヤニヤと笑いながら答えていたグレヴィが、たまりかねた様に大きく笑った。


 「はっははは。サンデルよ。だから戦わぬと言うておろうが」


 もはやサンデルにはグレヴィが何を言っているか訳が分からない。二の句がつげず立ち尽くすサンデルに、グレヴィは笑いを収めて語りかけた。


「戦うだけが戦い方では無いという事。おぬしに見せてやろう」


 グレヴィ率いるベルヴァース軍は、数日後にカルデイ帝国との国境に到着した。


 だがグレヴィの戦わないという言葉通り、ベルヴァース軍は帝国軍の砦を遠巻きにするだけで戦おうとはせず、無為に日を重ねていったのだった。


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